チエナム点滴静注用 0.5gを生食で溶解しても、規定時間内に投与しないと力価が約20%低下します。

チエナム点滴静注用 0.5gは、カルバペネム系抗菌薬であるイミペネム(imipenem)500mgと、腎デヒドロペプチダーゼ-Ⅰ(DHP-Ⅰ)阻害薬であるシラスタチン(cilastatin)500mgの配合製剤です。製造販売元はMSD株式会社(旧万有製薬)であり、国内での使用実績は30年以上に及びます。
イミペネムの作用機序は、細菌の細胞壁合成に関わるペニシリン結合タンパク質(PBP)に結合し、細胞壁の合成を阻害することにより殺菌的に作用することです。グラム陽性菌・グラム陰性菌・嫌気性菌にまたがる広域スペクトルを持ち、ESBL産生菌やAmpC産生菌など多くのβ-ラクタマーゼに対しても安定しています。これが基本です。
シラスタチンはそれ自体に抗菌活性を持ちません。腎尿細管でDHP-Ⅰによるイミペネムの加水分解を抑制し、尿中への活性体排泄を確保する目的で配合されています。シラスタチン単独では治療効果はありません。同時に、腎毒性を軽減する効果も確認されています。つまり、この2成分の組み合わせが有効性と安全性を両立させているのです。
抗菌スペクトルとして特筆すべき点は、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)・アシネトバクター属・嫌気性菌(Bacteroides fragilisを含む)をカバーする点です。ただし、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)・腸球菌の一部(E. faecium)・Stenotrophomonas maltophiliaには本剤の効果は期待できません。この例外は必須です。処方前に起因菌と感受性結果を確認することが鉄則となります。
添付文書上の通常用量は、成人に対してイミペネムとして1日1.0~2.0g(力価)を2~3回に分けて点滴静注します。重症・難治性感染症では1日最大4.0g(力価)まで増量可能とされています。ただし、添付文書上の上限を超えた投与は安全性データが乏しく、推奨されません。
| 適応・重症度 | 1回用量(イミペネムとして) | 投与回数/日 | 1日総量(上限) |
|---|---|---|---|
| 一般感染症(中等症) | 0.5g | 2回 | 1.0g |
| 重症感染症 | 0.5~1.0g | 3~4回 | 2.0g |
| 難治性・重篤感染症 | 1.0g | 3~4回 | 最大4.0g |
投与速度は厳守が原則です。0.5g製剤は100mL以上の輸液に溶解後、30分以上かけて点滴静注します。1.0gを投与する場合は最低でも60分以上かけることが求められます。30分未満の急速投与は、悪心・嘔吐の発現率が急増するとの報告があり、添付文書でも明確に禁止されています。速すぎると危険です。
カルバペネム系薬は時間依存性抗菌薬です。MIC(最小発育阻止濃度)以上の血中濃度を維持する時間(%T>MIC)が治療効果を規定します。このため、1回投与量を増やすよりも、投与回数を増やす(または投与間隔を短縮する)ことの方が薬力学的に有利とされています。重症例では「延長点滴法(extended infusion)」として3時間以上かけて投与するプロトコルを採用する施設も増えています。これは使えそうです。
腎機能低下患者への投与では、クレアチニンクリアランス(CCr)の値を必ず確認することが条件です。イミペネムは主に腎排泄型であり、腎機能が低下すると血中濃度が上昇し、痙攣などの中枢神経系副作用リスクが有意に高まります。
| CCr(mL/min) | 投与量の目安 | 投与間隔 |
|---|---|---|
| ≥71 | 通常量(0.5~1.0g/回) | 6~8時間ごと |
| 41~70 | 0.5g/回 | 8時間ごと |
| 21~40 | 0.25g/回 | 6~8時間ごと |
| 6~20 | 0.25g/回 | 12時間ごと |
| ≤5(透析患者以外) | 原則使用を避ける | − |
CCrの推定にはCockcroft-Gault式を使用します。体重・年齢・血清クレアチニン値(SCr)を代入するだけで算出できます。高齢者は筋肉量が少なく、SCrが正常範囲内であってもCCrが著しく低下している場合があります。「SCrが1.0mg/dLだから大丈夫」という判断は危険です。例えば、体重45kgの85歳女性でSCr=0.9mg/dLの場合、Cockcroft-Gault式で算出するとCCrは約35mL/minとなり、減量が必要な範囲に入ります。これは見落とされやすい落とし穴です。
血液透析(HD)施行患者については、透析直後に本剤の血中濃度が低下するため、透析後に投与するのが基本とされています。腹膜透析(CAPD)患者についても別途投与設計の考慮が必要です。腎機能に注意すれば大丈夫です、というわけにはいかず、個々の状態に応じた丁寧な確認が求められます。
調製手順を誤ると有効成分の力価が低下します。これが現場で最も起きやすいミスの一つです。
チエナム点滴静注用 0.5gは、専用の希釈液(添付の希釈液または100mL生理食塩水・5%ブドウ糖液)に溶解して使用します。溶解方法の手順は以下の通りです。
溶解後の安定性は温度によって大きく異なります。室温(25℃以下)では4時間以内、冷蔵保存(4℃)では24時間以内に使用する必要があります。24時間以内なら問題ありません、とは言い切れず、冷蔵から取り出した後は速やかに投与を開始することが推奨されます。
配合変化については注意が必要です。乳酸リンゲル液や重炭酸ナトリウム(炭酸水素ナトリウム)注射液との配合は不安定とされており、配合禁忌に準じた扱いが推奨されています。他の抗菌薬(特にアミノグリコシド系)との同一ルートでの同時投与も避けるべきです。同一ルートは避けるのが原則です。
なお、チエナムは光に対して比較的安定していますが、長時間の光暴露は避けることが望ましいとされています。調製後は可能であれば遮光保管を行い、調製時刻を必ず輸液バッグにラベルで明記する運用が推奨されます。
カルバペネム系の中でも、イミペネムは特に痙攣の誘発リスクが他剤(メロペネム・ドリペネム)と比較して高いことが複数の比較研究で指摘されています。意外ですね、と感じる医療従事者も少なくありません。
痙攣の発現率は添付文書上では0.4%前後とされていますが、以下の危険因子が重なると発現率は大幅に上昇するとされています。
バルプロ酸との相互作用は特に重要です。カルバペネム系薬(イミペネムを含む)はバルプロ酸の血中濃度を著しく低下(最大で80%減少との報告もある)させることが知られています。てんかんや双極性障害でバルプロ酸を服用中の患者にチエナムを使用すると、バルプロ酸の血中濃度が治療域を大幅に下回り、痙攣発作が再燃するリスクがあります。バルプロ酸との併用は原則禁忌と理解しておくべきです。
その他の主な副作用として、消化器症状(悪心・嘔吐・下痢:5%前後)、肝機能検査値異常(AST/ALT上昇:数%)、血液毒性(好酸球増多・血小板減少)、偽膜性大腸炎(Clostridioides difficile関連下痢)などが挙げられます。重篤な皮膚障害(Stevens-Johnson症候群、中毒性表皮壊死融解症)の報告もあるため、発疹出現時には速やかな評価が必要です。
副作用の早期発見のため、投与期間中は少なくとも週1回の腎機能・肝機能・血算のモニタリングを行うことが推奨されます。長期投与では耐性菌出現のリスクも念頭に置き、不必要な長期使用は避けることが原則です。
参考:チエナム点滴静注用 0.5g 添付文書(MSD株式会社)— 用法・用量、腎機能別投与量、配合変化、副作用の詳細が記載されています。
参考:日本化学療法学会「抗菌薬適正使用ガイドライン」— カルバペネム系薬の適正使用基準・腎機能別投与設計に関する推奨が確認できます。
参考:日本てんかん学会・神経内科系資料 — バルプロ酸とカルバペネム系薬の相互作用に関する臨床的注意点が記載されています。