先発品のセレキノンは、もう処方できません。

トリメブチンマレイン酸塩は、1970年にフランスで開発されたアミノエステル誘導体です。日本では1972年に「セレキノン錠」として承認・発売され、長年にわたり慢性胃炎や過敏性腸症候群(IBS)の治療を支えてきた薬剤です。2007年には販売名が「セレキノン錠100mg」へ変更され、田辺三菱製薬が製造販売を続けていました。
その先発品セレキノンが、2023年1月10日付で田辺三菱製薬より販売中止が告知されました。在庫消尽の時期は2023年9月とされており、以降は市場から姿を消しています。販売中止の理由は「諸般の事情」と公式にはアナウンスされましたが、採算性の問題や後発品への移行が進んだことが背景にあるとみられています。
これは業界内でも衝撃的な出来事でした。というのも、過敏性腸症候群の薬剤は患者数が多く需要が安定しているにもかかわらず、先発品が姿を消すという事態だったからです。
つまり現在、医療機関・薬局で流通している製品はすべて後発品です。処方箋に「セレキノン錠100mg」と記載しても調剤できないため、医師・薬剤師ともに一般名処方または後発品名での記載が必須です。これが条件です。
実際、複数の病院のDIニュースでも「セレキノン錠100mgは在庫消尽次第、トリメブチンマレイン酸塩錠100mg『トーワ』へ切替」と案内されており、主要な医療機関ではすでに後発品への移行が完了しています。先発品に戻す手段がないため、後発品を適切に選択・運用することが現場での重要課題です。
参考:セレキノン錠100mgの販売中止告知(DSJP供給状況データベース)
セレキノン錠100mg 販売中止情報 - 医療用医薬品供給状況データベースDSJP
「先発品が終売なら、後発品でも効果は本当に同じなのか?」という疑問を持つ医療従事者は少なくありません。これは正当な問いかけです。
結論からいえば、現在流通している後発品6品目はすべて生物学的同等性(BE)試験が実施されており、国立医薬品食品衛生研究所(NIHS)のブルーブックに掲載されています。具体的には以下の6品目です。
BE試験とは、後発品を投与したときの血中薬物濃度の推移(AUCおよびCmax)が、先発品のそれと統計学的に同等であることを証明する試験です。添加物の組成は各社によって異なりますが、有効成分の体内への吸収プロファイルが同等であることが確認されています。
また、2019年度に実施された「後発医薬品品質確保対策事業」の溶出試験でも、適合の結果が出ています。品質面でのリスクは低いといえます。
ただし、添加物の違いに起因するアレルギー反応などが理論上は起こりえます。特定の添加物(例えば乳糖や着色料)に過敏な患者に対しては、使用する後発品のインタビューフォームを確認し、各社の添加物リストを照合することが実務上の安全策です。これは押さえておきたいポイントです。
参考:国立医薬品食品衛生研究所 ブルーブック(医療用医薬品最新品質情報集)
トリメブチンマレイン酸塩錠 ブルーブック(BE試験データ掲載)- NIHS
先発品・後発品を問わず、トリメブチンマレイン酸塩錠の適応症と用法用量は添付文書上で共通です。医療現場で最も使われる場面を整理します。
まず適応症は2つあります。1つ目は「慢性胃炎における消化器症状」で、具体的には腹部疼痛・悪心・噯気(げっぷ)・腹部膨満感です。2つ目は「過敏性腸症候群(IBS)」で、下痢型・便秘型・混合型のいずれにも適応があります。
| 適応症 | 1日量 | 分割回数 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 慢性胃炎 | 300mg(100mg錠×3錠) | 3回に分けて | 年齢・症状により適宜増減 |
| 過敏性腸症候群(IBS) | 300〜600mg(100mg錠×3〜6錠) | 3回に分けて | 年齢・症状により適宜増減 |
IBSへの1日最大600mgという用量は、慢性胃炎に対する用量の2倍に相当します。意外と見落としがちなポイントです。胃炎の適応で投与中にIBSの症状も管理したい場合、1日300mgで様子を見てから増量するという段階的なアプローチが現実的です。
過敏性腸症候群の治療ガイドライン(日本消化器病学会 機能性消化管疾患診療ガイドライン2020)においても、トリメブチンマレイン酸塩は第一段階治療薬として位置付けられています。病型を問わず使いやすい薬剤です。
また、このカテゴリの作用機序として重要なのが「双方向調律作用」です。消化管の平滑筋に直接作用し、運動が亢進しているときには抑制し、低下しているときには促進するという二面性を持ちます。神経系を介さず平滑筋に直接作用するため、中枢への影響が少ないとされています。これが原則です。
参考:過敏性腸症候群(IBS)患者さん向けガイド2023(日本消化器病学会)
IBS診療ガイドライン 患者向けパンフレット - 日本消化器病学会
後発品を含む全製剤の添付文書に記載されている副作用情報は共通です。服薬指導で必ず伝えるべき内容を正確に把握しておくことが大切です。
まず、重大な副作用として「肝機能障害(頻度0.1%未満)・黄疸(頻度不明)」が挙げられています。AST・ALT・ALP・LDH・γ-GTPの上昇を伴うもので、添付文書改訂により2006年9月に追記されました。頻度は低いものの、長期投与患者では見逃しがちな副作用です。
| 分類 | 副作用の種類 | 発現頻度 |
|---|---|---|
| 重大な副作用 | 肝機能障害 | 0.1%未満 |
| 重大な副作用 | 黄疸 | 頻度不明 |
| その他の副作用 | 便秘(最多) | 1.32% |
| その他の副作用 | 下痢、口渇、口内しびれ感 | 0.1〜1%未満 |
| その他の副作用 | 眠気、めまい、倦怠感 | 0.1〜1%未満 |
| その他の副作用 | 排尿障害、尿閉 | 0.1%未満 |
全体的な副作用発現率は4.88%(治験データ:1,515例中74例)と比較的低く抑えられています。安心できる数字ではあります。ただし「口内しびれ感」は患者が驚くことのある副作用で、服薬開始前に一言伝えておくだけで不必要な服薬中断を防げます。
服薬指導で最初に伝えておきたいのは「倦怠感・食欲不振・皮膚や白目の黄染があればすぐに受診する」という点です。これは肝機能障害の早期発見に直結します。長期投与患者には定期的な肝機能検査の実施が現場で求められます。特に既往の肝疾患がある患者では、より慎重なフォローアップが必要です。
参考:くすりの適正使用協議会(RAD-AR)くすりのしおり
トリメブチンマレイン酸塩錠100mg「トーワ」くすりのしおり - RAD-AR
セレキノン終売の影響は、病院・診療所・調剤薬局それぞれの現場で異なる形で現れました。実態を把握しておくことは、処方設計と患者説明の両面で役立ちます。
まず病院・診療所では、電子カルテのマスタから「セレキノン錠100mg」を削除し、後発品の一般名または銘柄名に切り替える作業が必要となりました。多くの施設で2022〜2023年にかけてこの対応が行われており、採用薬委員会での審議を経て後発品に移行しています。
調剤薬局では、患者への説明が課題となりました。長年セレキノンを服用してきた患者が「薬が変わった」と戸惑うケースが多く報告されています。この場合、有効成分が同じであること・BE試験で同等性が確認されていることを丁寧に説明する手順が求められます。
厚生労働省は2024年3月15日付の事務連絡で、医薬品の供給不安への対応として「やむを得ない場合に後発品から先発品への変更調剤を当面の間認める」旨を通知しましたが、トリメブチンマレイン酸塩については先発品自体が存在しないため、この通知が適用される余地はありません。後発品のみで対応するしかない状況です。
現在の現場で推奨される実務的な対応として、以下が挙げられます。
IBS患者は元来不安を感じやすい傾向があります。薬剤の変更によって「効かなくなった」という心理的な先入観が症状悪化につながることもあります。丁寧な説明コミュニケーションがプラセボ・ノセボ効果を左右することを、処方医・薬剤師ともに意識しておく必要があります。
参考:後発品から先発品への変更調剤に関する厚労省事務連絡(2024年3月)
後発医薬品の変更調剤に関する事務連絡(令和6年3月15日)- 厚生労働省保険局医療課