スクラルファート顆粒を患者へ継続処方していれば、それだけでCA19-9が基準値の10倍以上に跳ね上がることがあります。
スクラルファート顆粒(一般名:スクラルファート水和物)は、長年にわたり胃潰瘍・急性胃炎・慢性胃炎急性増悪期の標準的な粘膜保護薬として使われてきた薬剤です。しかし2022年以降、複数のジェネリックメーカーが相次いで販売中止の告知を行いました。
東和薬品は2022年10月27日付で「スクラルファート顆粒90%『トーワ』」の販売中止を通知しており、その理由は「需要状況等による」とされています。同時期に日医工も同成分の顆粒製剤について販売中止を公表しており、経過措置期限は2024年3月31日でした。
これは単一メーカーの問題ではありません。
ジェネリック医薬品市場においては、薬価改定のたびに収益性が低下していく構造的な問題があります。スクラルファート細粒90%の後発品薬価は1gあたり6.5円(鶴原製薬「ツルハラ」)程度であり、製造ライン維持コストと収益のバランスが崩れると、需要が一定数あっても撤退せざるを得ない状況になります。これが顆粒製剤の販売中止が連鎖した本質的な背景です。
また、消化性潰瘍治療そのものの主流がP-CAB(タケキャブなど)やPPI(プロトンポンプ阻害薬)へと移行したことも、粘膜保護剤の需要低下に拍車をかけました。「胃酸の分泌を根本から抑制する」治療法が普及したことで、スクラルファートのような粘膜保護剤は「補助的な位置づけ」になりつつあります。
つまり、需要減少と薬価圧縮の二重構造が今回の販売中止の核心です。
医療機関・調剤薬局側は、2024年3月末日以降はスクラルファート顆粒90%「トーワ」および「日医工」ブランドの顆粒製剤を保険診療で使用することができなくなりました。現在も継続入手できる剤形としては、鶴原製薬の「スクラルファート細粒90%『ツルハラ』」やスクラルファート内用液(10%)が挙げられます。
参考:東和薬品 スクラルファート顆粒90%「トーワ」販売中止のお知らせ(PDF)
スクラルファート顆粒90%「トーワ」販売中止のお知らせ(東和薬品公式)
参考:東和薬品 製造販売中止に伴う経過措置移行のお知らせ(2023年11月)
経過措置移行のお知らせ(東和薬品公式、経過措置期限2024年3月31日)
販売中止に伴って別の薬剤へ切り替える前に、スクラルファートそのものの特性をしっかり把握しておくことが重要です。成分の特性を理解していないと、代替薬選択の判断を誤ることがあります。
スクラルファート(化学名:ショ糖硫酸エステルアルミニウム塩)は、胃内の酸性環境下でゲル状物質を形成し、潰瘍部位や炎症部位のタンパク質と選択的に結合して保護層を作ります。この「物理的なバリア形成」がスクラルファート最大の特徴です。正常粘膜部位よりも損傷部位に優先的に結合するという性質があり、まるで胃の傷口に液体絆創膏を塗るようなイメージに近い作用と言えます。
この薬が原則として食前(食事30分〜1時間前)または就寝前に投与されるのも、この機序に起因しています。食前の空腹時は胃内のpHが低く酸性が強いため、スクラルファートのゲル化が促進されます。食後に服用すると食物が緩衝材となってpHが上昇し、ゲル形成が不十分になる可能性があります。食前服用が条件です。
また、ペプシンによる粘膜の加水分解を抑制する効果や、胆汁酸の吸着作用なども報告されており、多角的に粘膜を守る薬剤であることがわかります。
ただし、PPIやP-CABのような「胃酸分泌を根本から抑制する」機序とは根本的に異なります。スクラルファートは酸分泌そのものには直接作用しないため、ヘリコバクター・ピロリ除菌時のような「強力な酸抑制が必要な場面」では主役にはなりません。それぞれの薬剤の立ち位置が条件です。
参考:くすりの適正使用協議会「スクラルファート細粒90%ツルハラ くすりのしおり」
スクラルファート細粒90%「ツルハラ」 くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)
スクラルファート顆粒が入手困難になった現場では、現実的にどのような選択肢があるのでしょうか?
まず最も自然な代替は、同成分の別剤形・別ブランドへの切り替えです。鶴原製薬の「スクラルファート細粒90%『ツルハラ』」は2026年3月現在も薬価収載が続いており、引き続き処方可能な状況です。成分量はそのまま維持できるため、投与量調整不要で切り替えられる点が大きなメリットです。内用液(10%)への変更も選択肢の一つですが、液体が飲みにくい高齢患者への配慮は必要です。
別成分の粘膜保護薬として検討されるのは、以下の薬剤群です。
| 薬剤名(一般名) | 主な作用 | 主な適応 |
|---|---|---|
| レバミピド(ムコスタ) | 胃粘液分泌促進・粘膜血流改善 | 胃潰瘍・慢性胃炎 |
| テプレノン(セルベックス) | 粘液(ムチン)分泌増加 | 胃潰瘍・急性慢性胃炎 |
| ポラプレジンク(プロマック) | 亜鉛による粘膜修復促進 | 胃潰瘍 |
| アルジオキサ(イサロン) | 炎症抑制・粘膜保護 | 胃潰瘍・胃炎 |
これらはいずれもスクラルファートとは異なる機序で働くため、「完全な代替」ではなく「薬効クラスの代替」として位置づけるべきです。患者の病態・既往・併用薬に応じた個別判断が求められます。
代替薬への切り替えで最も注意が必要なのは、服用タイミングの違いです。スクラルファートの食前服用に慣れている患者がレバミピドに切り替えた場合、レバミピドは通常食後服用であるため、患者への服薬指導のリセットが必要になります。これが抜けると十分な薬効が得られないケースが出てきます。
参考:管理薬剤師.com「胃の痛み・ムカムカの薬一覧」
胃の痛み/ムカムカの薬一覧(管理薬剤師.com)
スクラルファートを含む製剤を新たに処方・継続する際に、絶対に見落とせない禁忌があります。それが透析患者への投与禁忌です。これは添付文書に明記されています。
スクラルファートはアルミニウムを含有する化合物です。健常な腎機能があれば吸収されたわずかなアルミニウムは腎臓から排泄されますが、透析患者では腎機能がほぼゼロであるため、長期投与によりアルミニウムが体内に蓄積します。その結果として、アルミニウム脳症(認知機能低下・痙攣・脳波異常)、アルミニウム骨症(骨の脆弱化・骨痛)、そして貧血を引き起こすリスクがあります。
透析患者への投与は原則禁忌です。
また、透析が必要な段階には至っていない腎障害患者(CKD患者)についても慎重投与とされており、添付文書では「定期的に血中アルミニウム、リン、カルシウム、アルカリフォスファターゼ等の測定を行うこと」と記載されています。CKDのステージが進行している患者については、長期投与の是非を主治医と薬剤師が連携して判断する必要があります。
販売中止に伴う処方整理のタイミングは、こうした患者背景を再確認する絶好の機会でもあります。スクラルファートを長期処方していた患者の中に透析患者やCKD患者が混在していないか、一覧で再確認することが推奨されます。
参考:日医工 スクラルファート内用液10%「NIG」添付文書(禁忌・慎重投与の記載)
スクラルファート内用液10%「NIG」添付文書(日医工、腎機能障害患者への注意事項)
参考:日本透析医会雑誌「維持透析患者における薬剤性消化管障害」
維持透析患者における薬剤性消化管障害(日本透析医会雑誌、スクラルファートの透析禁忌について)
医療従事者の間でも意外に認知が低いのが、スクラルファートの長期服用によるCA19-9の偽高値問題です。これは販売中止・代替薬切り替えの際に改めて周知しておくべき重要な臨床知識です。
スクラルファートを長期内服していると、腫瘍マーカーであるCA19-9が基準値(37U/mL以下)を大幅に超えて上昇するケースが複数報告されています。CA19-9はもともと血液型抗原の一種(シアリルルイスA)であり、スクラルファートの成分が何らかの機序でその発現または測定値に影響を与えると考えられています。
実際に「スクラルファート長期内服によりCA19-9値上昇を示した6例の報告」(日本臨床内科医会誌、2002年)という症例報告では、明らかにスクラルファートと関連したCA19-9の上昇が確認されています。基準値の10倍以上に達した症例も存在します。これは読み違えると膵臓がんや胆管がんの疑いで不必要な精密検査につながる可能性があります。
CRCグループのQ&Aでも「慢性胃炎治療薬のスクラルファートを内服している患者で一過性の異常高値を示すことが知られている」と明記されています。
これを知っているかどうかで、患者管理の精度が大きく変わります。
スクラルファートから代替薬へ切り替えたタイミングは、同時に「CA19-9フォローの再評価」を行う機会でもあります。スクラルファート中止後に再測定し、値が正常化するかどうかを確認することが、不必要な精密検査を防ぎ、患者の不安を取り除く上でも重要です。
参考:FIZZ Drug Information「胃薬のアルサルミンで腫瘍マーカーCA19-9が上がる?」
スクラルファートとCA19-9偽陽性の関係(FIZZ DI、文献をもとに解説)
参考:CRCグループ「CA19-9が癌以外で高値となる疾患はありますか?」
CA19-9のスクラルファートによる偽高値について(CRCグループ Q&A)
参考:日本臨床検査自動化学会「腫瘍マーカー CA19-9」
腫瘍マーカー CA19-9(日本臨床検査自動化学会、スクラルファート服用との関連)
スクラルファートが持つ「他の薬剤の吸収を阻害する」という特性は、臨床現場でのちのトラブルにつながりやすいポイントです。代替薬への切り替え時には、この問題も合わせて整理しておく必要があります。
スクラルファートに含まれるアルミニウムイオンは、複数の薬剤とキレートを形成して消化管からの吸収を妨げます。特に注意が必要な組み合わせとして、ニューキノロン系抗菌薬(シプロフロキサシン、レボフロキサシンなど)とテトラサイクリン系抗生物質があります。
愛媛大学医学部附属病院の調査資料によれば、キノロン系抗菌薬とスクラルファートを同時服用した場合、薬物のAUC(血中濃度時間曲線下面積)が最大70%低下するケースが報告されています。抗菌薬の効果が70%も下がれば、治療失敗や耐性菌出現につながるリスクがあります。これは非常に深刻な相互作用です。
添付文書では「スクラルファートの2時間以上前に他の薬剤を服用することで相互作用が弱まる」と記載されており、服用間隔の確保が対応策です。食間(食前)にスクラルファートを服用し、抗菌薬を食後に服用するよう指導することで、2時間以上の間隔を設けるという運用が一般的です。
代替薬に切り替えた際の重要なポイントは、この相互作用が解消されるかどうかを確認することです。レバミピドやテプレノンへ変更した場合、アルミニウムを含まないため、ニューキノロン系との吸収阻害は基本的に起こりません。代替後は相互作用が消えたということですね。
スクラルファートからの切り替えは、相互作用管理の観点からもメリットになるケースがあります。長年「2時間の服用間隔管理」を徹底してきた患者が、アルミニウム非含有の代替薬に変わることで、服薬指導のシンプル化・アドヒアランスの改善につながる可能性があります。
参考:愛媛大学医学部附属病院 薬剤部「金属含有薬剤と相互作用を起こすおそれのある薬剤」
スクラルファートとニューキノロン系のAUC低下データ(愛媛大学医学部附属病院)
参考:岐阜薬科大学附属薬局「キノロン系抗菌剤と金属カチオン含有製剤の併用時における注意点」
キノロン系と金属カチオン製剤の相互作用の詳細解説(岐阜薬科大学附属薬局)