ARBを投与中の患者にラジレスを追加しても、降圧の上乗せ効果はほぼ得られません。

ラジレス錠150mg(一般名:アリスキレンフマル酸塩)は、2018年からオーファンパシフィック株式会社が製造販売してきた、日本で唯一の直接的レニン阻害薬(DRI:Direct Renin Inhibitor)です。この薬剤は、レニン-アンジオテンシン系(RAS)の最上流に位置するレニンを直接かつ選択的に阻害するという、ACE阻害薬やARBとは根本的に異なる作用機序を持つ点で、特に治療抵抗性高血圧の患者において一定の役割を果たしてきました。
しかし、本薬の全世界における権利を保有するアイルランドの製薬会社NODEN Pharma DACが、従来の原薬製造所との契約終了後、新たな製造所での製造開始に伴う「不採算事業の整理」を理由に、米国を除く各国で順次ラジレス錠の供給停止を進める方針を明らかにしました。フランスでは日本に先行してすでに供給停止となっており、日本国内への供給停止の連絡がオーファンパシフィック社に届いたことで、2024年7月に「供給停止(欠品)並びに限定出荷のお詫びとお願い」が医療関係者各位に通達されました。
当初、弊社在庫の消尽時期は2025年3月を見込んでいましたが、予想より処方の切り替えが進んだこともあり、実際の在庫は延命しました。2025年8月に消尽時期の変更通知が出され、その後2025年9月17日付けで正式に「販売中止のご案内」が発出されています。最終的な弊社在庫消尽時期は2026年1月とされており、経過措置満了日は2027年3月31日(予定)とされています。
経過措置満了日とは、薬価基準から削除が決まった医薬品でも、一定期間は保険適用での調剤・請求が認められる制度上の期限です。つまり、現在ラジレス錠150mgを処方し続けることは保険請求上の観点から2027年3月末まで猶予があるものの、実質的には在庫がすでに消尽しており、新たな調達は不可能な状況です。これが原則です。医療機関・薬局においては、院内採用薬からの削除処理と患者への処方変更対応が急務となっています。
参考:オーファンパシフィック社 製品情報ページ(ラジレス錠150mg販売中止のご案内を含む)
オーファンパシフィック株式会社 ラジレス®錠150mg 製品情報ページ
参考:日本高血圧学会 学術委員会よりラジレス錠についてのお知らせ
日本高血圧学会 – 学術委員会よりラジレス錠についてのお知らせ
ラジレス錠150mgが他の降圧薬と大きく異なるのは、その作用点にあります。ACE阻害薬はアンジオテンシンⅠをアンジオテンシンⅡに変換する酵素を阻害し、ARBはアンジオテンシンⅡの受容体を遮断します。一方、アリスキレンはRASカスケードの最上流に位置する「レニン」そのものを直接かつ選択的に阻害することで、アンジオテンシノーゲンからアンジオテンシンⅠへの変換を源流からブロックします。この結果、血漿レニン活性(PRA)、アンジオテンシンⅠ、アンジオテンシンⅡの血中濃度がすべて低下し、持続的な降圧効果が得られます。
つまりアリスキレンです。
日本高血圧学会の高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)では、ラジレスはACE阻害薬・ARBとともにRA系阻害薬に分類され、「治療抵抗性高血圧」においてCa拮抗薬・ACE阻害薬またはARB・利尿薬の3剤で目標血圧に到達しない場合の「さらなる4剤目の併用療法」として位置付けられていました。ガイドライン89ページの表5にも明記されており、一定の患者層では代替の効かない選択肢だったと言えます。
ただし重要な点があります。透析患者においては、高血圧の維持にレニンの関与が低いため、アリスキレンの降圧効果が十分に得られなかったという報告があります(荒川俊雄ら、透析会誌 43: S805, 2010)。また、透析患者ではむしろ血圧を上昇させる可能性があるという報告も存在し、この点は見落とされがちなリスクです。さらに、ARBの最大量からアリスキレン150mg/日に切り替えた場合は降圧作用の増強が確認された一方、ARBとの「追加併用」では上乗せ効果が得られなかったという知見もあります。これが冒頭の驚きの一文につながる背景です。
本薬の販売中止により、日本ではDRIクラスの降圧薬が完全に消失することになります。特に「ACE阻害薬・ARBでは血管浮腫や空咳のため継続困難だが、RAS系の抑制が必要」というニッチなケースでは、代替選択肢の設計がより複雑になることが予想されます。医療従事者としてこの事実をしっかり押さえておくことが大切です。
参考:白鷺病院薬剤科によるアリスキレンの薬剤情報(透析患者への投与、相互作用等)
医療法人仁真会 白鷺病院 透析患者に関する薬剤情報 ラジレス錠
処方変更にあたっては、「一律に何かに切り替えればよい」という単純な話ではありません。患者ごとの状況が異なるため、個別評価が必要です。これが代替薬選択の基本です。
オーファンパシフィック社が医療関係者向けに提示した代替薬の考え方は、大きく2つのパターンに分かれます。
まず、ラジレス以外にRA系阻害薬を服用していない患者の場合です。このケースでは、ラジレスと同じRA系阻害薬であるARB(アジルサルタン、オルメサルタン、カンデサルタン、テルミサルタンなど)や、ACE阻害薬(エナラプリル、イミダプリル、ペリンドプリルエルブミンなど)、アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)であるサクビトリルバルサルタン(エンレスト)、またはMR拮抗薬(エサキセレノン、エプレレノン、スピロノラクトンなど)への変更が候補になります。
次に、すでにARBやACE阻害薬などのRA系阻害薬を服用している患者の場合です。RA系阻害薬同士の重複使用(アリスキレン+ARBや+ACE阻害薬)は、腎機能障害・高カリウム血症・低血圧のリスクが増大するため、従来から慎重使用が求められてきました。特に糖尿病合併例では、アリスキレンとACE阻害薬またはARBとの併用は禁忌とされています。このような患者でラジレスを中止する場合は、RA系以外の作用機序を持つ降圧薬、具体的にはCa拮抗薬(アムロジピン、ニフェジピンなど)、β遮断薬(ビソプロロールなど)、利尿薬(トリクロルメチアジドなど)、α・β遮断薬(カルベジロールなど)の選択が現実的です。
切り替え時に特に注意すべき検査項目があります。血清カリウム値と腎機能(eGFR、血清クレアチニン)のモニタリングは必須です。アリスキレンは腎機能障害患者(eGFR 60mL/min/1.73㎡未満)ではARB・ACE阻害薬との併用を原則回避する薬剤であり、処方変更後も一定期間はこれらの値を追跡することが推奨されます。痛い見落としになりかねません。
また、ラジレス錠は「粉砕不可・分割不可・一包化不可(吸湿性あり、潮解する)」という取り扱い上の特徴を持っていました。代替薬に切り替える際に、同様の管理上の制限がないかを確認することも、現場での混乱防止につながります。
参考:日本循環器学会 ラジレスⓇ錠150mg供給停止のお詫びとお願い(代替薬の考え方を含む)
日本循環器学会 – ラジレスⓇ錠150mg供給停止のお詫びとお願い(周知ページ)
ラジレス錠(アリスキレン)は、食事の影響を極めて大きく受ける降圧薬として知られていました。意外ですね。
具体的には、空腹時投与と食後投与とを比較すると、空腹時ではAUCが食後の約2倍に上昇します。つまり、同じ量を飲んでも服用タイミングによって体内への吸収量が2倍も変わるということです。このため、添付文書では「患者ごとに食後または食前(空腹時)のいずれかに規定し、原則として毎日同じ条件で服用すること」と指定されていました。
また、高脂肪食と同時に摂取すると吸収率が70〜80%低下するという知見もあります。これはCa拮抗薬やARBとは全く異なる特性であり、食事管理が不安定な患者では降圧効果のばらつきが生じていた可能性があります。
さらに、相互作用についても注意が必要でした。シクロスポリンやイトラコナゾールとの併用はP糖タンパク(P-gp)を介してアリスキレンの血中濃度を大幅に上昇させるため「併用禁忌」に指定されていました。シクロスポリン併用ではアリスキレンのAUCが4〜5倍に達するという報告もあります。ベラパミルとの併用ではAUCが2倍に上昇し、リファンピシンとの併用ではAUCが56%も減少するという真逆の影響が現れます。グレープフルーツジュースでさえ、OATP2B1を介した吸収阻害によりCmaxが20%・AUCが40%低下する可能性があることが示されています。
これらは代替薬に切り替えた後は引き継がれない注意事項です。これは使えそうです。ただし、逆に言えば「患者がこれまでラジレスを飲みながら摂取制限をしていた食品・飲料・薬剤がある場合、代替薬ではその制限が解除される」という変化が生じます。患者向けの服薬説明を見直す際にはこの点も確認しておくと、丁寧な指導につながります。
参考:ラジレス錠よくあるお問い合わせ(食事の影響・相互作用について)
オーファンパシフィック株式会社 ラジレス錠150mg よくあるお問い合わせ(医療従事者向け)
販売中止にともなう実務上の対応を整理しておきます。経過措置満了日が条件です。
まず経過措置期間について確認します。ラジレス錠150mgの経過措置満了日は2027年3月31日(予定)とされています。これは薬価基準から削除が決まった医薬品でも、この期限まで保険適用での調剤・請求が認められる制度です。ただし前提として、在庫がなければ処方も調剤もできません。2026年1月の弊社在庫消尽以降は実質的に入手不可能であり、経過措置の活用余地は現時点ではほぼない状況です。
院内採用薬の管理上は以下のような対応が求められます。
また、薬剤師の立場では、処方変更に際して「以前使っていた作用機序と新薬の作用機序の違い」を処方医に情報提供することで、よりスムーズな移行を支援できます。特に、RA系阻害薬同士の重複を避けるべきケースや、eGFR 60mL/min/1.73㎡未満の腎障害患者における選択肢の絞り込みなど、薬剤師が貢献できる場面は多くあります。
今後、同様の「海外起因の供給停止による国内販売中止」事例は増加すると予想されています。日本の薬価制度における毎年改定(毎年薬価改定化)の影響もあり、採算が合わない薬剤が撤退するケースは今後も続く可能性があります。ラジレス錠150mgの販売中止は、こうした医薬品供給リスクを改めて考える契機としても捉えることができます。
参考:一般社団法人日本病院会 ラジレスⓇ錠150mg供給停止並びに限定出荷のお詫びとお願い
一般社団法人日本病院会 – ラジレスⓇ錠150mg供給停止(欠品)並びに限定出荷のお詫びとお願い(PDF)
参考:日本腎臓学会 ラジレスⓇ錠150mg供給停止についての周知ページ
日本腎臓学会 – ラジレスⓇ錠150mg供給停止(欠品)並びに限定出荷のお詫びとお願い(会員向け周知)