ポリミキシンBを「ただの古い抗菌薬」と思っているなら、多剤耐性菌の患者に使える選択肢を1つ見逃しています。
ポリミキシンBは、土壌細菌であるPaenibacillus polymyxa(旧称 Bacillus polymyxa)が産生する環状ポリペプチド系抗生物質です。1964年に米国でヒトへの医療使用が承認され、WHOの必須医薬品リストにも収載されています。その構造はポリミキシンB1・B2などの成分混合物であり、正に帯電したアミノ基と脂肪酸鎖を兼ね備えた独特の化学構造を持ちます。
ポリミキシンBの一次作用は、グラム陰性菌の外膜を構成するリポ多糖(LPS)との静電的結合です。具体的には、環状ペプチド部分の正電荷を持つアミノ基が、LPSのリピドA(Lipid A)に存在する負電荷を帯びた部位に静電的に引き寄せられて結合します。通常この部位はカルシウムイオン(Ca²⁺)やマグネシウムイオン(Mg²⁺)などの2価陽イオンが安定化のために結合している場所です。ポリミキシンBはこれらのイオンと競合的に置換することで外膜の安定性を破壊します。
この結合によって外膜の透過バリアが崩れると、次にポリミキシンBの疎水性脂肪酸鎖が細胞膜の疎水性内部領域に侵入します。つまり「外膜の固定を外す→疎水性部分が膜脂質に溶け込む」という2段階で膜の完全性が失われていきます。結果として細胞内分子が漏出し、細胞呼吸が阻害されて菌は死滅します。殺菌的(bactericidal)に作用する点が特徴です。
グラム陽性菌はLPSを持たないため、ポリミキシンBはほぼ無効です。この事実は基本ですが、臨床で意外に混乱する場面があります。「ポリミキシンBが効く菌か」を判断するには、まず「グラム陰性菌か」を確認することが原則です。
参考:ポリミキシン耐性の詳細な分子メカニズムについてはNITEのMiFuPデータベースに詳しく掲載されています。
ポリミキシンBの作用機序の中で、意外と臨床家に浸透していないのがエンドトキシン(LPS)の結合・不活性化作用です。グラム陰性菌の外膜成分であるLPSは血中に遊離すると全身性炎症反応(SIRS)や敗血症ショックを引き起こす強力な毒素として機能します。ポリミキシンBはそのリピドAに結合してこの毒性を中和できます。
この特性を応用した医療機器が、ポリミキシンBを不溶性担体(ポリスチレン繊維)に固定化したエンドトキシン吸着カートリッジ「Toraymyxin(トレミキシン)」です。このPMX-DHP(Polymyxin B Hemoperfusion)は体外で血液を灌流させてエンドトキシンを除去する血液浄化療法であり、敗血症性ショックの治療に用いられています。重要なのは、このカートリッジ内ではポリミキシンBが担体に固定されており、血液中に遊離しない設計になっている点です。つまり通常投与時に問題となる腎毒性や神経毒性を回避しながら、抗エンドトキシン作用だけを利用できます。
薬剤師や集中治療医が「ポリミキシンBは全身投与では使いにくい薬」という印象を持っていても、PMX-DHPとして別の形で日常的に関わっている場合があります。これは使えそうですね。PMX-DHPは特に敗血症性ショックで循環動態が不安定な患者に対して考慮される場面があります。エンドトキシン吸着療法の適応としては、適切な輸液負荷にもかかわらず平均血圧65mmHg以上を維持するために循環作動薬を必要とし、かつ血清乳酸値が2mmol/L(18mg/dL)を超える敗血症性ショック患者が対象となります。
参考:MSDマニュアルでは、ポリミキシン系薬剤の作用機序や適応・禁忌・有害作用について包括的に解説されています。
MSD マニュアル プロフェッショナル版:ポリペプチド系抗菌薬(バシトラシン・コリスチン・ポリミキシンB)
ポリミキシンBが有効な菌種は主要なグラム陰性桿菌です。緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)のMICは0.25〜1 µg/mlであり、大腸菌(Escherichia coli)や肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)、エンテロバクター属なども感受性を示します。一方で、Proteus属・Providencia属・Burkholderia属・Serratia属には自然耐性(固有耐性)があり、無効です。Proteus mirabilisに至ってはMICが100 µg/mlを超えるデータが示されています。これは覚えておくべき例外です。
通常の感染症に対してポリミキシンBが第一選択となることはまずありません。しかし、多剤耐性緑膿菌(MDRP)や多剤耐性アシネトバクター属(MDRAB)、カルバペネム耐性腸内細菌目細菌(CRE)といった他に有効な薬剤が存在しない状況では、ポリミキシンBまたはコリスチンへの依存が避けられなくなります。
コリスチン(ポリミキシンE)との関係を整理しておく必要があります。コリスチンはポリミキシンBとアミノ酸1分子だけ異なり、作用機序は同一です。コリスチンとポリミキシンBの間の交差耐性はほぼ100%であるため、どちらが耐性になればもう一方も無効と考えて問題ありません。日本では静脈内全身投与として主に使用されているのはコリスチンメタンスルホン酸ナトリウム(CMS)であり、CMSは血中でコリスチンに変換されるプロドラッグです。ポリミキシンBは現在の日本においては経口・局所投与が中心ですが、海外では全身投与も実施されています。
臨床現場でポリミキシンBを使用する場面では、コリスチンと「どちらを選ぶか」という問いが生じることがあります。一般的には毒性プロファイルや各施設のアクセス状況に応じて判断しますが、ポリミキシンBは直接活性型であるためCMSのようなプロドラッグを経由せず、より確実な血中濃度が得られるという特性があります。つまり「即効性の観点ではポリミキシンBのほうが有利」という点を念頭においた選択が求められる場面もあります。
ポリミキシンBへの耐性は、主にLPSのリピドA部分への化学的修飾によって獲得されます。リピドAが陽性荷電物質によって修飾されると、もともと負電荷であった結合部位の電荷が中和されてしまいます。その結果、正電荷を持つポリミキシンBとリピドAの静電的な親和性が大幅に低下し、薬剤が結合できなくなります。
具体的な修飾機構は主に2種類です。ひとつは4-amino-4-deoxy-L-arabinose(L-Ara4N)による修飾で、大腸菌やサルモネラなどの染色体上の遺伝子群(arnオペロン)によって制御されます。もうひとつはホスホエタノールアミン(PEtN)による修飾で、こちらがより大きな問題となっています。なぜなら、PEtN修飾を担う酵素をコードするmcr-1遺伝子(およびmcr-2)がプラスミド上に存在するためです。プラスミドは細菌間を水平伝播するため、耐性が菌種を超えて急速に拡散します。
mcr-1遺伝子は2015年に中国の家畜由来大腸菌から初めて報告され、以来アジア・欧州・米国など世界中で検出されています。日本国内でも分離報告があり、もはや「海外だけの問題」ではありません。この遺伝子が拡散すると、ポリミキシン系薬剤とコリスチン系薬剤の両方が無効化されることになります。多剤耐性菌感染症において最後の選択肢であるこの薬剤群まで耐性化されれば、有効な抗菌薬が文字通り「ゼロ」になる状況が生まれます。厳しいところですね。
耐性の拡大を防ぐためには、ポリミキシン系薬剤の適正使用とサーベイランスが不可欠です。使用前に感受性試験を実施することはもちろん、CLSIが現在「intermediate」のブレイクポイントのみを推奨しており、ポリミキシン系のMICに基づく感受性判定の信頼性に限界がある点も知っておく必要があります。感受性試験の結果だけを鵜呑みにしないことが条件です。
参考:ポリミキシン耐性の分子機構やmcr遺伝子の詳細はWikipediaのポリミキシンB項目でも概要が確認できます。
Wikipedia:ポリミキシンB — 作用機序・耐性・臨床使用
ポリミキシンBの全身投与時に最も注意すべき副作用は腎毒性と神経毒性です。ポリミキシンBは選択的毒性が相対的に低い薬剤であり、細菌の細胞膜のみならずあらゆる種類の細胞膜に対して非特異的な毒性を発揮します。これが副作用の根本的な原因です。
腎毒性は用量依存的です。総投与量・投与期間・1日投与量すべてが腎障害発症リスクのファクターとして関与します。臨床的には血清クレアチニン値の上昇や急性腎障害(AKI)として発現します。アミノグリコシド系薬剤やアムホテリシンBなど、他の腎毒性薬剤との併用ではリスクがさらに高まるため、できる限り回避する必要があります。
神経毒性は腎毒性よりは発現頻度が低いとされますが、口周囲・四肢の錯感覚、回転性めまい、言語不明瞭などの症状として現れます。特に危険なのは神経筋遮断作用で、筋弛緩剤や麻酔薬、アミノグリコシド系薬剤との併用時にはクラーレ様作用が増強され、呼吸抑制のリスクが生じます。腎機能不全患者ではこれらの副作用がより頻発します。
副作用管理の実践として、投与中は定期的な腎機能(Scr、BUN)のモニタリングが必須です。また神経症状の有無についても問診・観察を怠らないことが原則となります。なお、経口投与の場合は消化管からほぼ吸収されないため(腸管排泄約100%)、これらの全身性副作用のリスクは著しく低くなります。白血病治療時の腸管内殺菌などの目的で経口投与される場合は腎毒性・神経毒性の心配はほとんど不要です。
用量については、専門家の間でも議論が続いています。製造業者が推奨する用量では効果が不十分と考える専門家も多く、負荷量の使用を含めた高用量レジメンを推奨する声もあります。ただし腎毒性は用量依存的であるため、高用量化には十分な注意が必要です。用量設定や投与継続判断には感染症専門医・薬剤師を含めたチームによる評価が不可欠です。これが基本です。
参考:ポリミキシンBを含む感染症治療のガイドラインはIDSA(米国感染症学会)の最新ガイダンスが国際的な指標となっています。臨床現場での実践的な情報は以下のリンクでも確認できます。
抗菌薬インターネットブック:ポリミキシンB — 用法・副作用・MICデータ