抗菌薬を「とりあえず広域で使えば安心」と思っているなら、耐性菌を院内で増やしているかもしれません。

抗菌薬適正使用支援(Antimicrobial Stewardship:AMS)とは、感染症の治療効果を最大化しながら、薬剤耐性菌の出現や副作用・医療コストを最小化するための、組織的・継続的な取り組みを指します。単に「抗菌薬を減らす」活動ではない点が重要です。
世界保健機関(WHO)は2015年に「薬剤耐性(AMR)に関するグローバル・アクション・プラン」を策定し、各国に行動計画の策定を求めました。日本でも2016年に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」が閣議決定され、2020年までの目標として「抗菌薬の人への使用量を2013年比で33%削減」が掲げられました。この目標は達成には至りませんでしたが、その後も取り組みは継続されています。
つまり、AMSは施設単位の問題ではなく、国家戦略に位置づけられた活動です。
日本の診療報酬上においても、2018年度改定で「抗菌薬適正使用支援加算」(現:感染対策向上加算内の評価)が設けられて以降、AMSは保険診療と直結した取り組みとなっています。感染対策向上加算1(旧:感染防止対策加算)を算定する施設は、AMSチーム(AST:Antimicrobial Stewardship Team)の設置と活動記録が必須要件となっています。これは知っておいて損のない情報です。
AMSが注目される背景には、薬剤耐性菌による死亡者数の増加があります。欧州疾病予防管理センター(ECDC)の2022年報告によれば、欧州だけで年間35,000人以上が薬剤耐性菌関連感染症で死亡していると推計されています。日本においても、国内の薬剤耐性菌感染症による死亡数は年間8,000人を超えるとの推計があり(AMR臨床リファレンスセンター、2017年推計)、対策の遅れが直接的な生命リスクに結びつきます。
AMR臨床リファレンスセンター(国立国際医療研究センター)公式サイト:AMR対策の最新情報、啓発資材、データが集約されており、AMSの根拠・背景理解に直接役立ちます。
AMSにおける「優先順位」は、多くの施設で最初の壁になります。結論から言えば、「全症例を同時に見る」は現実的ではありません。
介入の優先順位を決める際に参考になるのが、米国感染症学会(IDSA)および米国医療疫学学会(SHEA)が2016年に発表し、2023年に更新した「抗菌薬スチュワードシップ・プログラムのガイドライン」です。この中では、介入対象の優先化として以下の考え方が示されています。
優先順位が高い症例から着手するのが原則です。
施設規模や体制によってリソースは異なります。200床以下の中小病院では、まず「血液培養陽性症例の全例レビュー」と「カルバペネム処方の事前承認制度(Prior Authorization)」の2点から始めるだけで、抗菌薬使用量の削減と適正化に一定の効果が出ると報告されています。実際、国立国際医療研究センターの実践報告では、ASTの介入により広域抗菌薬使用が介入前比で約20〜30%削減された事例が複数紹介されています。
介入方法には大きく「事前承認(Prior Authorization)」と「事後レビュー(Prospective Audit and Feedback)」の2種類があります。事前承認は使用前に許可が必要なため強制力は高い反面、緊急時の処方の障壁になることがあります。事後レビューは処方の自律性を尊重しながらフィードバックで改善を促す手法で、医師との関係構築に適しています。どちらが優れているという問題ではなく、施設の文化・規模・リソースに合わせた選択が必要です。
AMSを継続的に機能させるためには、個人の努力ではなくチーム体制が必要です。これが基本です。
ICT(感染制御チーム)とAST(抗菌薬スチュワードシップチーム)は、混同されやすいですが役割が異なります。ICTは主に感染対策全般(手指衛生・環境清掃・アウトブレイク対応など)を担うのに対し、ASTは抗菌薬の適正使用に特化した介入を行います。日本の診療報酬要件では、感染対策向上加算1を算定する施設においてASTには「感染症専門医または感染症科を標榜する医師」「感染管理認定看護師または5年以上の感染管理業務経験を持つ看護師」「抗菌薬の適正使用に関する3年以上の業務経験を持つ薬剤師」「臨床検査技師」の4職種による構成が求められています。
4職種の連携が条件です。
薬剤師の役割は近年とりわけ重要性が増しています。ASTにおける薬剤師の主な業務としては、①抗菌薬投与量・投与方法の最適化(PK/PDに基づく用量設計)、②TDM(薬物血中濃度モニタリング)の実施と結果解釈、③腎機能・肝機能に応じた用量調整確認、④薬物相互作用スクリーニング、⑤培養結果に基づくde-escalation提案、の5点が中心です。特にバンコマイシンのAUC/MIC比に基づくTDMは、2020年のIDSA合同ガイドライン改訂以降、トラフ値管理からAUC管理への移行が推奨されており、薬剤師の専門性が問われる場面が増えています。
臨床検査技師の貢献も見逃せません。培養検体の質の管理(採血タイミング・本数・検体汚染率)、血液培養陽性時の迅速同定(MALDI-TOF MSや迅速同定システムの活用)、感受性試験結果の迅速報告体制の整備など、微生物検査室との連携なしに有効なAMSは成立しないと言っても過言ではありません。
日本環境感染学会:ICT・ASTの活動指針や教育資材が公開されており、チーム体制構築の実務的な参考になります。
AMSの効果を客観的に評価するには、数値による測定が欠かせません。「なんとなく減ったかも」では継続的な改善につながりません。
代表的なモニタリング指標を整理します。
これらの指標は測定するだけでは意味がありません。月次または四半期ごとに処方医・部門へフィードバックするサイクルを組み込むことで初めて行動変容につながります。これが条件です。
フィードバックの形式については、個別フィードバック(特定の医師への処方レビュー結果の伝達)と集団フィードバック(科単位・病棟単位での抗菌薬使用データの共有)の2種類があります。エビデンスとしては、個別フィードバックの方が行動変容効果は高い傾向がありますが、医師との信頼関係が前提となります。関係性ができる前は、科単位の集団フィードバックから始めることが現実的なアプローチです。
電子カルテシステムとの連携も実務では重要です。処方入力時のアラート設定(特定抗菌薬の選択時に培養提出を促す、腎機能値を自動表示するなど)は、介入の手間を減らしながらAMSを「仕組み化」する効果があります。富士通やNECなど国内の主要電子カルテベンダーでも、AMSサポート機能の実装事例が増えており、自施設のシステム担当者との連携を確認する価値があります。
多くのAMS活動で見落とされがちな視点があります。それは「優先すべきは症例ではなく、関係性かもしれない」という逆説です。意外ですね。
技術的に正しい介入であっても、処方医との関係性が構築されていなければ、推奨は無視され、フィードバックは形骸化し、最終的にAMSチームは「来るとうるさいチーム」と認識されてしまいます。これは日本の医療文化において特に顕著な問題です。
コミュニケーション上の失敗例としてよく見られるのは、「処方が間違っている」という否定から入るアプローチです。証拠として、米国の研究ではASTメンバーが処方医に対して「承認・提案型」で関わった場合、同じ内容のフィードバックであっても受け入れ率が約60〜70%に対し、「指摘・訂正型」では35〜40%に下がったと報告されています(Clinical Infectious Diseases, 2014)。関係性の質が、介入の効果を2倍近く変えることになります。
関係構築のための具体的なアクションとしては、①カンファレンスへの定期参加(AMSチームが科のカンファに出向く)、②症例相談の窓口の明確化(処方医が気軽に相談できる環境作り)、③感謝・肯定のフィードバック(de-escalationを実施した医師へのポジティブなフィードバック)、④勉強会の共同開催、の4点が効果的とされています。
関係性を先に作るのが戦略です。
また、ASTメンバーの「語り方」にも工夫が必要です。「この薬は使うべきではない」ではなく「この培養結果を見ると、スペクトラムを絞れる可能性があります。いかがでしょう?」という提案型の言語化は、特に若い医師や異なる専門科の医師との対話において効果的です。薬剤師がこのスキルを持つことで、AST活動全体の介入成功率が向上します。
さらに、施設のトップマネジメント(院長・医療安全管理者)のコミットメントを得ることも、長期的なAMS活動の優先順位付けに大きく影響します。院内の公式方針として「ASTの推奨への対応を診療記録に記載する」ルールを設けるだけで、介入の記録率・受け入れ率が大幅に向上した事例が国内でも報告されています。
医学書院「週刊医学界新聞」:ASTの現場実践と処方医との関係構築に関する実例記事。日本の医療文化に即した内容が参考になります。
「うちは感染症専門医がいないから無理」という声はよく聞きます。しかし、専門医不在でもAMSは始められます。これは重要な前提です。
厚生労働省が公表している「抗菌薬適正使用支援プログラム実践のためのガイダンス」(2017年)では、専門家リソースが限られる施設向けに、段階的な実装モデルが示されています。優先順位を絞った以下のステップが現実的です。
感染対策向上加算の「連携強化加算」(2022年度改定新設)は、感染症専門医が不在でも加算1算定施設と連携することで取得できます。これを活用すれば、専門家不在の施設でも定期的なコンサルテーションと技術支援を受けながらAMS活動を進める環境が整います。これは使えそうです。
また、日本化学療法学会・日本感染症学会が共同で運営する「AMR教育・研修プログラム」や、AMR臨床リファレンスセンターの無料e-learningも、スタッフ教育コストを抑えながら知識底上げを図るうえで有効です。特にAMR臨床リファレンスセンターの「抗菌薬適正使用支援ハンドブック」は全国の医療機関向けに無料で配布されており、実務で即使える内容が凝縮されています。
継続性を担保するためには、担当者が異動しても機能が維持される「仕組み」を作ることが最終目標になります。マニュアル化・チェックリスト化・電子カルテへの組み込みを段階的に進めることで、個人依存を脱したAMS体制が実現します。
厚生労働省科学研究費補助金「抗菌薬適正使用支援プログラム実践のためのガイダンス」:小規模施設を含む実践的なAMS導入手順を示した公式資料。現場での優先順位付けの根拠になります。