単位を「なんとなく」で扱うと、磁石1個の選定ミスで数万円の損失が出ることがあります。

残留磁束密度とは、永久磁石に強い外部磁場をかけて磁化を飽和させた後、その磁場をゼロに戻したときに磁石の内部に残っている磁束密度のことです。英語では「Remanence(レマネンス)」とも呼ばれ、記号は Br で表します。金属加工の現場では磁石を固定治具やチャックに使うことが多く、この値が磁石選定の出発点になります。
単位には大きく2種類あります。SI単位系のテスラ(T) と、CGS単位系のガウス(G) です。
| 単位系 | 磁束密度の単位 | 磁界の強さの単位 |
|--------|--------------|----------------|
| SI単位系 | テスラ(T) | アンペア毎メートル(A/m) |
| CGS単位系 | ガウス(G) | エルステッド(Oe) |
換算の関係はシンプルです。
$$1\,\text{T} = 10{,}000\,\text{G}$$
つまり、0.1T=1,000G=1kG(キロガウス)という関係になります。ネオジム磁石のカタログに「Br = 12.5kG」と書いてある場合、SI単位に直すと1.25Tです。数字だけを見ると「12.5」と「1.25」では10倍近く違って見えるため、単位を確認せずに数値だけを比較すると大きな判断ミスにつながります。これが基本です。
近年は国際的にSI単位系(テスラ)を使う方向に流れていますが、日本の工業現場や磁石メーカーのカタログでは今もCGS単位系(ガウス・キロガウス)が混在しています。両方を読める状態にしておくことが、実務上の必須条件です。
参考:磁束密度の単位換算と実用的な使い方について詳しく解説されています。
磁束密度、磁界強度の単位換算 | 技術情報 – MAGNIX株式会社
残留磁束密度の数値は、磁石の性能を示す B-H曲線(磁気ヒステリシスループ) の上に現れます。縦軸が磁束密度B(単位:T またはG)、横軸が磁界の強さH(単位:A/m またはOe)で、外部磁場をゼロにした点、つまりグラフの縦軸との交点が残留磁束密度Brです。
この交点の値をどちらの単位で読むかは、カタログや測定器の設定によって変わります。テスラメーター(ガウスメーター)を使う場合、機器の設定を確認しないまま数値を読んでしまうと、単位が混在したまま記録されるケースがあります。
意外ですね。
現場でよく起きるミスとして、「カタログはkG表記なのに、社内の設計書はT表記で入力していた」というパターンがあります。たとえば、フェライト磁石の等方性グレードのBrは「2.2kG」ですが、これをそのまま「2.2T」と入力すると、実際の10倍の磁力が存在するかのような計算結果になります。
B-H曲線から実務的に読み取るべき値は、Brだけではありません。
- Br(残留磁束密度):磁石の磁力の強さ。単位はT(SI)またはG(CGS)
- Hcb(保磁力):Brをゼロにするのに必要な逆磁場の強さ。単位はA/m(SI)またはOe(CGS)
- BHmax(最大エネルギー積):磁石の総合的なパワーを表す値。単位はkJ/m³(SI)またはMGOe(CGS)
B-H曲線を読む習慣を持つことが基本です。カタログのどこを見てどの数値を拾うか、単位の確認も含めて一連の流れとして定着させることが重要になります。
参考:B-H曲線の見方と残留磁束密度・保磁力の関係について詳しく解説されています。
磁石の種類が違うと、残留磁束密度の値は大幅に変わります。金属加工の現場で代表的に使われる3種類の磁石を比べると、その差は一目瞭然です。
| 磁石の種類 | 残留磁束密度Br(CGS) | 残留磁束密度Br(SI換算) |
|-----------|---------------------|------------------------|
| ネオジム(等方性) | 12.3〜12.9 kG | 1.23〜1.29 T |
| サマリウムコバルト | 9.8〜10.6 kG | 0.98〜1.06 T |
| アルニコ | 12.5〜13.0 kG | 1.25〜1.30 T |
| 異方性フェライト | 3.9〜4.1 kG | 0.39〜0.41 T |
| 等方性フェライト | 2.05〜2.35 kG | 0.205〜0.235 T |
ここで重要な点があります。アルニコ磁石はBr(残留磁束密度)の数値がネオジムと同水準なのに、現場でほとんど見かけない理由が「保磁力の低さ」です。Br単体で磁石の性能を判断することはできません。アルニコは保磁力(Hcb)が0.6〜0.7kOeと非常に低く、外部からわずかな逆磁場が加わるだけで減磁してしまいます。一方、ネオジムの保磁力は10kOe以上あります。
フェライト磁石はBrが2〜4kG台とネオジムの約3分の1以下ですが、耐熱性(使用温度上限250〜300℃)と安価さが利点です。ネオジムは温度上昇に弱く、一般グレードでは80℃を超えると磁力が徐々に低下し始めます。
これは使えそうです。
切削・研削加工などの熱が発生する工程でマグネットチャックを使う場合、Brの値だけを見てネオジム製を選んでしまうと、現場の熱環境で想定以上に磁力が落ちるリスクがあります。使用温度環境に合わせた磁石選定では、Brの絶対値とあわせて温度特性も必ず確認する必要があります。
参考:磁石の種類ごとの残留磁束密度・保磁力の数値一覧が記載されています。
単位換算のミスは、書類作成や仕様確認の場面で起きやすいです。ここでは、金属加工の現場でよくある状況を整理します。
換算の基本式をあらためて確認しておきます。
$$1\,\text{T} = 10{,}000\,\text{G} = 10\,\text{kG}$$
$$0.1\,\text{T} = 1{,}000\,\text{G} = 1\,\text{kG}$$
$$1\,\text{mT} = 10\,\text{G}$$
たとえば、カタログに「Br = 4,200G」と書いてあれば、SI単位では0.42Tです。「Br = 1.2T」と書いてあればCGSでは12,000G=12kGになります。
現場で起きやすいミスのパターンを挙げます。
- 📋 カタログ値(kG表記)を社内資料に転記する際、「k(キロ)」を落として「G」のまま入力してしまう
- 📋 テスラメーターとガウスメーターを複数台保有していて、機器ごとの表示単位を切り替えずに測定値を混在させる
- 📋 保磁力HcはOe(エルステッド)表記、残留磁束密度BrはG(ガウス)表記の資料を混同して比較しようとする(定義が異なるため直接比較できない)
保磁力Hcと残留磁束密度Brは、単位の「定義そのもの」が違います。Brは磁束密度(単位面積あたりの磁束)なのでT(またはG)を使い、Hcは磁界の強さなのでA/m(またはOe)を使います。同じ「磁気の強さ」を表しているように見えますが、換算の仕方が根本的に異なります。OeをそのままGと読み替えることは真空中・空気中でのみ近似的に成立する特殊ケースです。
測定器の設定を確認する、それだけで大丈夫です。社内でガウスメーターとテスラメーターが混在している場合は、機器に貼るラベルや点検シートに「単位:G/T」を明記する運用を徹底するだけで、転記ミスの大半は防げます。
参考:テスラメーター(ガウスメーター)の測定方法と注意点が解説されています。
テスラメーター(ガウスメーター)の磁束密度測定方法・注意点 | 株式会社IMS
残留磁束密度Brには、金属加工の設計担当者にとって見落とされがちな重要な性質があります。それは、「Brは磁石の形状に左右されない」 という点です。
磁石のサイズや形を変えても、同じ材質・グレードであれば残留磁束密度Brの値は変わりません。これは定義からして当然の話なのですが、現場での磁石選定ではこの点が混乱の原因になることがあります。
「表面磁束密度(表面磁場)」と「残留磁束密度(Br)」は別物です。
表面磁束密度は、磁石の形状・サイズ・磁気回路の構成によって変わります。たとえば、同じBr値のネオジム磁石でも、薄くて大きな面積のものと厚くて小さな面積のものでは、磁石表面で測定できる磁束密度が大きく異なります。材料カタログのBr値だけを見て「この磁石なら1.25Tが出るはず」と思って測定すると、実際の表面磁束密度は0.5T以下だった、というケースが実際にあります。
具体的に説明します。磁石に外部からの鉄や鋼が近接すると、磁路(磁束が通る経路)が変わり、磁石が実際に動作する「動作点」がB-H曲線上でBrよりも低い位置に移動します。この動作点のことを「パーミアンス係数(Pc)」と関係した設計上の指標で捉えることが、実務上の正確な磁石設計に必要です。
結論はシンプルです。Brは「材質の磁力ポテンシャル」を示す素性の数値であり、実際の発揮磁力は使い方・形状・磁気回路で決まります。材質を選ぶ際の比較にはBrの単位(T/G)と数値を使い、実際の設計では表面磁束密度を別途計算・測定する、という2段階で考えることが原則です。
参考:磁石の残留磁束密度と表面磁束密度の違い、B-H曲線の実践的な読み方が解説されています。
残留磁束密度の用語解説 | NeoMag株式会社(磁石ナビ)