打ち抜き加工しただけで、鉄損が約1.6倍に跳ね上がっていることがあります。

渦電流損失(Eddy Current Loss)とは、交番磁界中に置かれた金属導体の内部に、電磁誘導によって渦状の電流が発生し、その電流が材料の電気抵抗と組み合わさってジュール熱を生み出す現象に伴う損失のことです。この現象はフランスの物理学者レオン・フーコーが1855年に発見したことから「フーコー電流」とも呼ばれます。
金属加工の現場でモータや変圧器のコア(鉄心)を扱っている方には、「鉄損」という言葉がなじみ深いと思います。鉄損は主にヒステリシス損失と渦電流損失の2つから成り立っており、渦電流損失はその重要な一要素です。
| 損失の種類 | 主な原因 | 周波数との関係 |
|---|---|---|
| ヒステリシス損失(Ph) | 磁化・消磁サイクルでのエネルギー消費 | 周波数の1乗に比例 |
| 渦電流損失(Pe) | 電磁誘導による渦電流のジュール熱 | 周波数の2乗に比例 |
| 異常渦電流損失(Pex) | 磁壁の移動に伴う渦電流 | 周波数の1.5乗に比例 |
高周波環境ほど渦電流損失の比率が跳ね上がる、というのが基本原則です。
磁界の変化が速くなると(=周波数が上がると)、電磁誘導による起電力も強くなり、渦電流の強度と損失が二乗のオーダーで増大します。一方、ヒステリシス損失は周波数の1乗にしか比例しないため、高周波になるほど渦電流損失が支配的になります。これは現場でモータ・コイル・変圧器を設計・評価する際に、周波数の扱いが鉄損計算の精度を左右する大きな要因であることを意味します。
参考リンク(渦電流損失の基礎原理・発生メカニズムについて):
日本電気技術者協会「インダクタンス物語(8)うず電流とその性質」
渦電流損失の基本となる計算式は以下のように表されます。
$$P_e = K_e(f \cdot B_M \cdot t)^2 \cdot V \quad \text{W}$$
各パラメータの意味は次の通りです。
| 記号 | 意味 | 単位 |
|------|------|------|
| Pe | 渦電流損失 | W |
| Ke | 渦電流損失係数(材料定数) | — |
| f | 周波数 | Hz |
| BM | 最大磁束密度 | T(テスラ) |
| t | 板厚(鉄板の厚さ) | m |
| V | 鉄心の体積 | m³ |
この式で特に重要なのは、「f・BM・t」の3つが積として2乗されるという点です。つまり周波数・磁束密度・板厚のいずれか1つが2倍になると、渦電流損失は4倍に跳ね上がります。逆に言えば、3つのうちどれかを半分にするだけで損失は1/4になります。これは使えそうです。
より詳細に展開すると、電気抵抗率(ρ)を明示した形で以下のように表されることもあります。
$$P_e = \frac{\pi^2 \cdot \sigma \cdot (f \cdot d \cdot B)^2}{6\rho} \quad \text{W/m}^3\text{}$$
ここでσは板の電気伝導率、dは板厚、ρは抵抗率です。抵抗率に反比例するため、電気抵抗が低い材料(たとえばケイ素を加えていない純鉄に近い材料)ほど渦電流損失が大きくなります。
スタインメッツの実験式による鉄損全体の表現では、ヒステリシス損との合算で次のように書かれます。
$$P_{total} = K_h \cdot f \cdot B_m^{1.6} + K_e \cdot f^2 \cdot B_m^2$$
右辺の第1項がヒステリシス損(Steinmetz定数β≈1.6を使用)、第2項が渦電流損失です。この式はモータや変圧器の鉄損計算で広く使われる実用的な式です。
参考リンク(スタインメッツ式と鉄損の分離計算手法について):
計算式のポイントがわかったところで、実際に板厚の変化が損失にどう影響するか見てみましょう。渦電流損失は板厚tの2乗に比例します。ということは、板厚を半分にすれば損失は1/4、さらに半分(元の1/4の厚さ)にすれば1/16にまで激減します。
たとえば、板厚2mmの鉄板を0.5mmの薄板4枚に分割(積層)した場合、渦電流損失は理論上1/16、つまり約6.25%にまで低減できる計算になります。実感しにくい数字ですが、100Wの損失が6W台まで下がるイメージです。
これが変圧器やモータの鉄心に「積層鉄心(成層鉄心)」が使われる理由です。絶縁コーティングされた薄鋼板を何枚も重ねることで、渦電流の流れる回路を物理的に遮断し、損失を大幅に抑制します。
| 板厚の変化 | 渦電流損失の変化率 |
|---|---|
| 元の厚さの1/2 | 1/4(25%)に減少 |
| 元の厚さの1/4 | 1/16(6.25%)に減少 |
| 元の厚さの1/8 | 1/64(約1.6%)に減少 |
一般的なモータ・変圧器用の電磁鋼板は0.2〜0.5mm程度の厚さが採用されています。0.35mmが広く使われており、これはA4用紙(0.08〜0.1mm)を3〜4枚重ねた厚さほどのイメージです。高周波用途では0.1mm以下のアモルファス箔が使われることもあります。
板厚を薄くするだけで損失が劇的に改善できる、というのが基本です。ただし、薄くするほど製造コストや組み立ての難易度が上がるため、使用周波数や用途に応じた最適値を選定する必要があります。
参考リンク(積層鉄心と板厚1/4分割で1/16になる原理について):
日本磁気応用技術研究会「磁気特性を評価するための試料形状が磁気特性に与える影響」(PDF)
ここからが、多くの現場担当者が見落としがちなポイントです。渦電流損失の計算式はあくまでも「加工前の素材特性」に基づいています。しかし実際には、打ち抜き加工・シャー切断・溶接といった加工工程が電磁鋼板に歪みを与え、磁気特性を大きく劣化させます。
三菱電機の研究報告によれば、打ち抜き加工後の鉄心ではヒステリシス損が約52%、渦電流損が約39%それぞれ増加し、鉄損全体として約45%増加することが確認されています。さらに別の報告では、打ち抜きによって鉄損が約1.6倍に増加するケースも示されています。
計算式通りの値を信じると、現物の損失を大幅に過少評価することになります。
加工歪みのメカニズムを少し詳しく見ると、電磁鋼板を打ち抜く際に切断面付近の結晶構造が変形し、磁化特性が劣化します。この劣化は切断面に近いほど大きく、内部に向かうにつれて緩和されます。特にコア幅が小さいほど(切断面の割合が多いほど)影響が顕著になります。
このような加工歪みを設計段階から見込む場合、計算式に補正係数を掛けるか、劣化特性を実測してシミュレーションに反映させる必要があります。JMAGのような電磁界解析ソフトウェアでは、加工歪みを考慮した鉄損計算機能が整備されつつあります。
参考リンク(打ち抜き加工による鉄損増加と加工歪みの影響について):
JMAG「第12話:加工、組み立ての影響、そして異常渦電流損失について」
また、三菱電機技報では、実際のモータ設計において加工劣化を織り込んだ磁気設計手法の詳細が公開されています。
三菱電機技報「鉄心打ち抜き時の加工劣化を考慮したモータ磁気設計技術」(PDF)
計算式と発生メカニズムを理解した上で、金属加工・機器設計の現場で実際に取り組める対策を整理します。渦電流損失の支配変数(f・BM・t)のうち、現場でコントロールしやすいのは主に「板厚」と「材料選定(抵抗率)」です。
まず、材料面では、ケイ素(Si)を添加した電磁鋼板の使用が有効です。ケイ素の添加によって電気抵抗率が高くなり、渦電流が流れにくくなります。一般的な電磁鋼板ではSiを2〜3.5%程度添加しており、純鉄に比べて抵抗率が数倍高くなっています。
次に積層設計の最適化です。次の表を参考に、使用周波数に合わせた板厚を選定してください。
| 使用周波数の目安 | 推奨板厚の目安 | 用途例 |
|---|---|---|
| 50〜60 Hz(商用周波数) | 0.35〜0.5 mm | 電力変圧器、低速モータ |
| 数百 Hz〜数 kHz | 0.1〜0.2 mm | 高速モータ、スイッチング電源 |
| 10 kHz以上 | アモルファス箔(数十μm) | 高周波変圧器、DC-DCコンバータ |
板厚は薄いほど効果的ですが、薄くなると打ち抜き加工の精度要求が上がり、加工コストも増大します。バランスを取ることが大切です。
また、加工プロセスの管理も重要な視点です。切断・打ち抜き後に歪み取りアニール(焼鈍)処理を施すことで、加工によって劣化した磁気特性を回復させる効果があります。加工歪みによる鉄損増加(最大で設計値の1.6倍以上)を見越して、アニール処理のコストと損失増加の影響を天秤にかける判断が現場では求められます。
さらに、鉄損の評価方法についても確認しておく価値があります。電磁鋼板の鉄損を正確に評価するためには、JIS C2550-1に準拠したエプスタイン試験枠法、またはJIS C2556に基づく単板試験法が標準的に使われています。カタログスペックはあくまでも素材段階の値であるため、加工後の状態での鉄損実測を設計検証プロセスに組み込むことが、品質の高い製品づくりにつながります。
🔧 渦電流損失対策のポイントまとめ。
- 板厚を薄く:2乗の効果で大幅な損失低減が可能(板厚1/4で損失1/16)
- Si添加電磁鋼板を使用:抵抗率を高めて渦電流を抑制
- 積層鉄心の絶縁管理:絶縁被膜のはがれ・接触が渦電流の経路になる
- アニール処理:打ち抜き後の加工歪みを除去して磁気特性を回復
- 実測による確認:計算値と実測値の乖離を設計に反映
渦電流損失の計算式は、設計の出発点として有効なツールです。ただし、現場での加工歪みや周波数帯域の変動が計算通りにならせない要因になることを常に念頭に置いておくことが、安定した品質と効率につながります。
参考リンク(鉄損の測定方法とエプスタイン枠法の詳細について):