SUS304は「非磁性」と書いてあっても、冷間加工率が20%を超えると磁石に付くことがあります。

透磁率μ(ミュー)とは、物質が磁場にどれだけ反応するか、つまり「磁束の通りやすさ」を数値で示した物理量です。金属加工の現場では「なんとなく知っている」という方も多いですが、単位の意味までしっかり押さえている方は意外と少ないのが実情です。
透磁率μは、以下の式で定義されます。
| 記号 | 名称 | 単位 |
|---|---|---|
| μ | 透磁率 | H/m(ヘンリー毎メートル)またはN/A² |
| B | 磁束密度 | T(テスラ) |
| H | 磁場の強さ | A/m(アンペア毎メートル) |
計算式は「μ = B ÷ H」です。単純に言えば、「同じ磁場の強さ(H)をかけたとき、どれだけ磁束密度(B)が生まれるか」の比率がμということですね。
SI単位系における透磁率の単位はH/m(ヘンリー毎メートル)で、N/A²(ニュートン毎平方アンペア)とも表記されます。どちらも同じ量を指しています。金属加工の現場で目にするデータシートや材料規格書に記載される「H/m」という単位が、この透磁率を指しているということを覚えておけば十分です。
そして特に重要なのが「真空の透磁率μ₀(ミューゼロ)」の値です。μ₀ = 4π × 10⁻⁷ H/m(≒ 1.257 × 10⁻⁶ H/m)と定義されており、あらゆる物質の透磁率を比較する際の基準値として使われます。これが原則です。
なお、CGS単位系(旧来の単位系)では透磁率は「無名数(無次元)」として扱われており、SI単位系とは表現方法が異なります。古い文献や海外の規格書を参照する際は、どちらの単位系で書かれているかを必ず確認しましょう。
磁気単位換算表(セイコーインスツル株式会社)|CGS単位からSI単位への換算値(透磁率μ:1 = 4π/10⁷ H/m)を確認できます
金属加工の現場でよく登場するのが「比透磁率μr(ミュー・アール)」という用語です。透磁率μと比透磁率μrは別物なので、しっかり区別してください。
比透磁率は以下の式で求めます。
わかりやすく言うと、真空を「1」としたときに、その物質がどれだけ磁束を通しやすいかを数字で表したものです。比透磁率が5000なら「真空の5000倍、磁束が通りやすい」ということになります。
主要な金属材料の比透磁率の目安を表にまとめます。
| 材料 | 比透磁率μrの目安 | 磁性の種類 |
|---|---|---|
| パーマロイ(PC系) | 100,000〜200,000以上 | 強磁性(軟磁性) |
| 純鉄(99.95%) | 約200,000 | 強磁性 |
| ケイ素鋼(電磁鋼板) | 約4,000〜35,000 | 強磁性(軟磁性) |
| 炭素鋼 | 約100 | 強磁性 |
| フェライト系ステンレス(SUS430) | 1,000〜1,800 | 強磁性 |
| マルテンサイト系ステンレス(焼鈍) | 750〜950 | 強磁性 |
| オーステナイト系ステンレス(SUS304) | 1.003〜7程度 | 常磁性(非磁性) |
| アルミニウム | 1.000022程度 | 常磁性(非磁性) |
| 銅 | 0.999994程度 | 反磁性(非磁性) |
この表を見ると、純鉄の比透磁率は20万という驚異的な値であることがわかります。これは意外ですね。一般的に「鉄は磁石につく」とは知っていても、その数字が空気の20万倍もの磁束通過率を持つとはなかなかイメージしにくいです。
一方、非磁性として扱われる SUS304 の比透磁率は1.003〜7程度と、空気(≒1)とほとんど差がありません。ただしこれはあくまで「加工していない状態」の話です。この数字が条件です。加工後の変化については次の項目で詳しく見ていきます。
透磁率とは?比透磁率との違いやヒステリシス曲線の見方(特殊金属エクセル株式会社)|比透磁率の計算式とヒステリシス曲線の読み方を図解で解説
金属加工業に従事している方が最も注意すべき「透磁率の落とし穴」が、ここにあります。「SUS304は非磁性」という前提で部品を製作したのに、完成品を磁石で確認したら吸着してしまった……。これは製造現場でかなりの頻度で起きているトラブルです。
原因は「加工誘起マルテンサイト変態」です。SUS304のようなオーステナイト系ステンレスは、素材の段階では非磁性の「オーステナイト組織」を持っています。しかし、冷間加工(曲げ・絞り・切削・プレスなど)によって強い力が加わると、内部組織が磁性を持つ「マルテンサイト組織」に変化してしまいます。
長野県工業技術総合センターの研究(2006年)によると、SUS304の引張加工によって以下のような比透磁率の変化が報告されています。
加工率が上がるにつれ、比透磁率が急激に上昇しています。痛いですね。
さらに、三洋特殊鋼のデータによれば、SUS304は冷間加工度がおよそ20%以上になると急に比透磁率が上昇し、明確に磁性を帯びるとされています。深絞り加工の隅やプレス品のコーナー部など、強い塑性変形が起きる箇所は特にリスクが高い部位です。
この問題の厄介なところは、「材料証明書では非磁性と確認できているのに、加工品では磁石に付く」という現象が起きることです。材料自体の問題ではなく、加工プロセスが磁性を生み出している。そういう状況です。
また、溶接部においてもデルタフェライトと呼ばれる磁性組織が生成され、溶接ビード周辺が磁性を帯びるケースも多く見られます。溶接構造物で完全な非磁性を維持するのは難しいということですね。
対策としては「固溶化熱処理(溶体化処理)」が有効です。約1,000℃以上に加熱後、急冷することでマルテンサイト組織をオーステナイト組織に再変態させ、比透磁率を元の低い値に近づけることができます。加工後の磁化が許容できない場合は、最終工程に熱処理を組み込む方向で検討してみてください。
ステンレス(SUS304/SUS430)が磁石に付く理由(meviy/ミスミ)|加工誘起マルテンサイト変態のメカニズムと設計・図面への応用まで詳解
透磁率の測定は「磁石に付くか否か」という感覚的な判断ではなく、定量的な数値として確認することが品質管理の基本です。ここが重要な出発点です。
現場で使われる主な測定機器として、透磁率計(比透磁率計)があります。プローブを測定対象に当てるだけで比透磁率の数値を読み取れるポータブル型の機器が広く普及しており、加工後の検査に活用されています。代表的な装置として、フェルスター社の「MAGNETOSCOP 1.070」や電子磁気工業の「高精度低透磁率計」などがあります。
測定を行う際には、以下の点に注意が必要です。
非磁性が要求される部品の図面記載では、「非磁性」という文言だけでは不十分です。これは使えそうな知識です。以下のように工程・基準値・測定条件を組み合わせて記載することで、発注者と加工者の認識の乖離を防ぐことができます。
材料選定の段階でも透磁率の知識は役立ちます。例えば、SUS304よりも加工誘起変態が起きにくい SUS316L や、高強度でも比透磁率が低く保たれる専用の非磁性ステンレスを選ぶことで、加工後の磁性リスク自体を低減できます。SUS305という鋼種は冷間圧延20%程度まで比透磁率の上昇がほとんど見られないとされており、厳しい非磁性要求がある場合の材料選定候補として覚えておくと有用です。
高精度低透磁率計(電子磁気工業株式会社)|低透磁率材料の加工後検査に対応したプローブ型測定器の仕様と特長
透磁率の話をするとき、多くの解説は「高い透磁率の材料はコイルやトランスのコアに使われる」という用途目線で終わります。しかし金属加工業の視点では、「どの材料をどう加工したときに透磁率がどう変化するか」という動的な理解が実務に直結します。
強磁性体に分類される材料の中でも、「軟磁性材料」と「硬質磁性材料」では透磁率の振る舞いがまったく異なります。
ここで見落とされがちなポイントがあります。ネオジム磁石の比透磁率は1.05程度と、空気(≒1)と驚くほど近い値です。永久磁石そのものは「透磁率の高い材料」ではないという点は、多くの方が誤解しているところです。
また、透磁率は温度によっても変化します。強磁性体は一定の温度(キュリー温度)を超えると強磁性が失われ、常磁性体に転移します。鉄のキュリー温度は約770℃です。高温環境での使用や熱処理後の磁気特性変化を考慮する際には、この温度依存性も重要な知識になります。
さらに、透磁率は「一定値」ではなく、磁場の強さ(H)によっても変化します。B-H曲線(ヒステリシス曲線)の傾きが透磁率μに相当するため、磁場の強さが変われば透磁率も変わります。強磁性材料では特に顕著で、「初透磁率μi(原点付近の傾き)」と「最大透磁率μm(B-H曲線で最大となる傾き)」が区別されています。ケイ素鋼の場合、0T付近では比透磁率が約2,000ですが、最大では35,000にも達するというデータがあります。
つまり「この材料の透磁率はいくつですか?」という問いには、「どの磁場の強さで測った値か」というセットの情報が必要です。金属加工品の磁気特性を評価・比較する際には、測定条件(磁場強度・温度・周波数など)が揃っているかどうかを確認することが大切です。この点が条件です。
特集「やさしい磁性材料」(特殊鋼倶楽部誌 2009年11月号)|CGS系とSI単位系の説明、比透磁率の定義と代表的な磁性材料の特性比較を網羅

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