不眠目的で処方しているそのトラゾドン、実は85%が適応外使用です。

トラゾドン塩酸塩錠50mg「アメル」は、SARI(Serotonin 2-Antagonist/Reuptake Inhibitor:セロトニン遮断再取り込み阻害薬)に分類される抗うつ薬です。三環系・四環系抗うつ薬とも異なる独自の位置づけを持ちます。
この薬の核心は「二重の作用」にあります。一つ目はシナプス前膜でのセロトニン(5-HT)再取り込み阻害作用で、シナプス間隙のセロトニン濃度を高め、うつ病患者で低下したセロトニン神経機能を回復させます。二つ目はシナプス後膜における5-HT2受容体遮断作用であり、これがSSRIにはない睡眠改善効果と鎮静作用の源泉です。つまり「抗うつ+鎮静」の両立が基本です。
三環系抗うつ薬が強力な抗コリン作用(口渇・便秘・排尿困難など)を持つのに対し、トラゾドンはムスカリン性アセチルコリン受容体への親和性がほとんどなく、抗コリン作用は軽微です。ドーパミン受容体への親和性もほぼなく、精神賦活作用よりも鎮静作用が優位である点が特徴的です。
| 薬剤分類 | 主な受容体作用 | 抗コリン作用 | 鎮静作用 |
|---|---|---|---|
| 三環系(TCA) | ノルアドレナリン・セロトニン再取り込み阻害 | 強い | |
| SSRI | セロトニン再取り込み阻害 | ほぼなし | 弱い |
| SARI(トラゾドン) | 5-HT2遮断+セロトニン再取り込み阻害 | ほぼなし | 強い |
α1受容体遮断作用も有するため、起立性低血圧や失神のリスクがある点は見落とせません。特に降圧剤を使用している患者への併用は慎重が必要です。これが条件です。
参考:SAR分類の解説(日経メディカル 処方薬事典)
添付文書による承認用法は「うつ病・うつ状態」に対し、トラゾドン塩酸塩として1日75〜100mgを初期用量とし、1日最大200mgまで増量、1〜数回に分割経口投与とされています。高齢者では生理機能の低下を考慮し、減量が原則です。
意外な事実があります。米国での2019年データによれば、約2,400万件のトラゾドン処方のうち、少なくとも85%(約2,000万件)が「不眠症」を主目的とした適応外使用であったと報告されており、関連医療費は年間2億9,400万ドルに達していました。日本においても同様の傾向があり、不眠症単独に対する鎮静系抗うつ薬の使用は保険適応外とされています。
睡眠への効果については複数の報告があります。
うつ病・不眠の両方を抱える患者への処方は治療上の合理性がある場面もありますが、「不眠症だけ」を目的とする場合は保険適応外使用になることを処方医・薬剤師は確認する必要があります。適応を把握してから処方する、が基本です。
トラゾドン塩酸塩錠50mg「アメル」の添付文書には、複数の重大な副作用が記載されています。頻度不明とされるものが多いですが、発現した場合のインパクトが非常に大きいため、処方前・処方中の定期評価が欠かせません。
まず見落とせないのが「QT延長・心室頻拍(torsade de pointesを含む)・心室細動」です。心疾患の既往がある患者や、QT延長を引き起こす他の薬剤との併用患者では、定期的な心電図検査が推奨されます。
「持続性勃起(プリアピズム)」も重大な副作用の一つです。頻度不明とはいえ、実際に症例報告が存在し(J-GLOBALに国内症例あり)、4時間以上持続する勃起は泌尿器科的な緊急対応が必要になります。陰茎への血流障害が持続すると永続的なED(勃起不全)につながるリスクがあり、男性患者への投与時には事前説明が推奨されます。これは重要な情報です。
「悪性症候群」は稀ですが致死的となりえます。無動緘黙・強度筋強剛・頻脈・血圧変動・発熱が揃った場合、直ちに投与中止と全身管理が必要です。
「セロトニン症候群」も注意が必要です。SSRIやSNRI、トリプタン系薬剤、MAO阻害薬との併用でリスクが上昇します。錯乱・ミオクロヌス・反射亢進・高体温が現れたら疑うべき病態です。
厳しいところですね。しかし事前に把握しておけば、リスク患者の選別と早期対応が可能です。
参考:トラゾドン塩酸塩錠50mg「アメル」添付文書全文(QLifePro)
トラゾドン塩酸塩錠50mg「アメル」の添付文書 | 医薬情報QLifePro
トラゾドン塩酸塩は、主に肝代謝酵素CYP3A4とCYP2D6によって代謝されます。この代謝経路の特性が、複数の重要な薬物相互作用の原因となっています。
特に現代の臨床現場で見落とされやすいのが、COVID-19経口治療薬パキロビッド®(ニルマトレルビル/リトナビル)との相互作用です。リトナビルはCYP3A4の強力な阻害薬であり、トラゾドンとの併用によりトラゾドンの血中濃度が著しく上昇し、過鎮静・低血圧・QT延長などの副作用が増強されるリスクがあります。
CYP3A4の阻害・誘導薬が関わる場合は減量や代替薬の検討が必要です。これが原則です。また、アルコールや中枢神経抑制薬(バルビツール酸誘導体など)との併用でも相互作用により死亡例が報告されており(添付文書記載)、患者への飲酒禁止の指導は必須です。
COVID-19治療薬との相互作用を含む最新情報は、定期的に確認することを推奨します。複数の併用薬を持つ患者では、処方追加のたびに相互作用チェックを行う、という習慣が安全処方の鍵です。
参考:パキロビッド®との薬物相互作用(国立国際医療研究センター病院薬剤部資料)
パキロビッド®パックとの併用に慎重になるべき薬剤リスト | 国立国際医療研究センター病院
高齢者へのトラゾドン投与では、通常よりも慎重な用量設定と経過観察が求められます。一般に生理機能(腎・肝機能)が低下していることが多く、添付文書では「減量するなど注意」と明記されています。
特に医療従事者が見落としがちな点として、海外の疫学調査が挙げられます。主に50歳以上を対象とした海外の研究で、SSRIおよび三環系抗うつ薬を含む抗うつ薬を投与された患者において「骨折リスクの上昇」が報告されています。トラゾドンもこの注意事項に含まれます。転倒・骨折ハイリスクの患者では、投与の利益とリスクを天秤にかけた評価が必要です。
24歳以下の若年患者についても注意点があります。海外の大うつ病性障害患者を対象とした複数の短期プラセボ対照試験の検討結果では、24歳以下の患者においてプラセボ群と比較して自殺念慮・自殺企図の発現リスクが高かったことが示されています。25歳以上ではリスクの上昇は認められず、65歳以上ではむしろリスクが低下しています。若年患者への投与初期は特に状態の観察が必要です。
投与中止時の注意も重要です。投与量の急激な減少や突然の中止により、嘔気・頭痛・倦怠感・不安・睡眠障害などの離脱症状が現れることがあります。中止する際は必ず「徐々に減量(テーパリング)」が必要で、患者への事前説明も欠かせません。
離脱症状は中止禁物ということですね。また、躁うつ病(双極性障害)の患者では躁転や自殺企図のリスクがあるため、トラゾドン単独投与には慎重さが求められます。脳の器質障害・統合失調症素因のある患者でも精神症状を増悪させる可能性があり、精神科専門医との連携が望ましい場面もあります。
参考:高齢者のうつ病治療ガイドライン(日本うつ病学会)
高齢者のうつ病治療ガイドライン | 日本うつ病学会