抗うつ薬として処方されているのに、実は85%が適応外の不眠治療に使われています。

トラゾドン塩酸塩(以下、トラゾドン)は、1970年代にイタリアで合成され、日本では1991年から使用が開始された抗うつ薬です。商品名はレスリン錠・デジレル錠として知られており、後発品であるトラゾドン塩酸塩錠25mg「アメル」(薬価6.1円/錠)も広く使用されています。
日本における保険適応は「うつ病・うつ状態」に限定されています。正式な適応はこれだけです。しかし、実際の臨床現場では「睡眠薬の代わり」「せん妄予防」「認知症の不眠」など、保険適応外の場面で広く使用されている薬です。
分類上はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)ではなく、SARI(Serotonin2-Antagonist/Reuptake Inhibitor:セロトニン遮断再取り込み阻害薬)と呼ばれるカテゴリに属します。日本では現時点でこのSARIカテゴリに属する薬はトラゾドンのみです。つまり唯一無二のポジションにある薬といえます。
うつ病に対する治療効果は、三環系抗うつ薬(TCA)と同等とされる一方、三環系に比べて抗コリン作用が極めて弱いため、口渇・便秘・排尿困難といった副作用が生じにくい特性を持ちます。重症うつ病や制止症状(思考・行動の緩慢化)が目立つケースでは効果が乏しいこともあり、適応患者の選択が重要です。
トラゾドンの薬理作用を理解する上でポイントとなるのが、「相反する2つの作用の組み合わせ」です。
一つ目はセロトニン(5-HT)再取り込み阻害作用です。シナプス前膜のセロトニントランスポーターに作用し、セロトニンの再取り込みを阻害することで、シナプス間隙のセロトニン濃度を高め、セロトニン神経系全体を活性化させます。
二つ目は5-HT2受容体遮断作用です。この作用がトラゾドンの特徴的なポイントで、シナプス後膜の5-HT2A受容体を遮断します。5-HT2A受容体は覚醒や体温調節、REM睡眠の抑制などに関わっており、この受容体が遮断されることで、徐波睡眠(深いノンREM睡眠)が増加します。これが睡眠の「質」を改善するメカニズムの核心です。
加えて、アドレナリンα1受容体遮断作用とヒスタミンH1受容体遮断作用も持ちます。α1受容体の遮断は起立性低血圧を引き起こす一方、H1受容体遮断による鎮静・眠気が睡眠補助薬としての効果の一端を担っています。
💡 ここが理解のコツです。
「セロトニンを増やしながら(再取り込み阻害)、同時に5-HT2受容体を遮断する」という一見矛盾した作用により、うつ症状を和らげながら睡眠の質を向上させる、という多面的な効果が発揮されます。特に不眠を伴ううつ状態の患者では、この特性が非常に有用です。
薬物動態としては、内服後に速やかに吸収され、1〜2時間後に血中濃度がピークに達します。半減期は3〜9時間と個人差が大きく、肝臓のCYP2D6およびCYP3A4で代謝されます。代謝産物であるm-CPP(クロロフェニルピペラジン)は活性代謝物ですが、通常の臨床使用量では血中濃度は無視できる程度とされています。
医療用医薬品 レスリン(トラゾドン塩酸塩)の作用機序詳細(KEGG)
米国での2019年の調査データは衝撃的な数字を示しています。トラゾドンの全処方件数(約2,400万件)のうち、少なくとも85%が適応外使用であり、関連医療費の84%(約2億4,700万ドル、日本円で約370億円相当)が適応外の場面に費やされていました(Health Affairs Scholar誌 2025年7月号掲載)。
「なぜ、うつ病の薬がここまで適応外で使われるのか?」という疑問への答えが、以下の通りです。
① 不眠症への使用(適応外)
ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬では耐性・依存性・翌朝への持ち越しが問題になる場面で、トラゾドンが選択されるケースが多くあります。睡眠を改善する目的では25〜100mgの低用量で使用されることが多く、抗うつ目的の75〜200mgよりもはるかに少ない量です。25〜50mgの低用量帯では、鎮静系作用(H1/α1/5-HT2A遮断)が主体となり、結果として入眠促進・睡眠深度の改善が期待できます。
処方日数制限もありません。これは使い勝手のよさとして現場で評価されています。
② 認知症に伴う不眠への使用(適応外)
これが特に重要です。系統的レビューによると、認知症の睡眠障害に対してプラセボ対照RCTで有効性が示された薬剤は、現時点でトラゾドンのみです。
| 薬剤 | 有効性 | 科学的根拠 | 問題点 |
|---|---|---|---|
| メラトニン | 無効 | RCTあり | 効果なし |
| ラメルテオン | 無効 | RCTあり | 効果なし |
| スボレキサント | 不明 | 認知症対象RCTなし | データ不足 |
| トラゾドン | 有効 | RCTあり | 適応外だが安全性高 |
| BZD系 | 使用禁忌 | RCTなし | 認知機能低下・転倒・せん妄 |
試験規模は小さく(被験者30名)、根拠の強度としては限定的ではあります。しかし、他に科学的根拠のある選択肢が存在しない以上、トラゾドン50mg/日(就寝前)から開始するのが現実的な第一選択とされています。
適応外使用となるため、家族への説明が必要です。「もともとはうつ病に使う薬だが、少量で睡眠に効く作用があり、依存性もない」という点を丁寧に伝えることが、治療継続のカギとなります。
③ せん妄予防・治療への使用(適応外)
5-HT2A受容体遮断作用がせん妄状態の改善に関与するとされています。金沢医科大学病院の診療上の情報公開文書(2023年)でも「睡眠作用および忍容性に優れているとの報告があり、禁忌事項についても少ない薬剤」と記載されており、ガイドラインでもせん妄患者への使用が検討されています。せん妄予防での使用時は、25mg以下の少量から開始するのが原則です。
認知症の不眠に対して「唯一の科学的根拠がある薬」としてのトラゾドンの解説(湘南在宅クリニック)
副作用は他の抗うつ薬と比べてマイルドなものが多い印象がありますが、見落としやすいリスクがいくつか存在します。これが重要です。
頻度の高い副作用(添付文書データより)
- 眠気:4.3%
- めまい:3.6%
- 口渇:2.9%
- 便秘:1.8%
眠気は睡眠薬的な使い方では「効果」として活かせますが、日中投与の場合や翌朝への持ち越しには注意が必要です。
特に注意が必要な副作用
①起立性低血圧・転倒リスク(高齢者で要注意):α1受容体遮断作用による起立性低血圧は、高齢者では転倒・骨折につながる直接的なリスクです。SSRIやミルタザピンなどを処方された高齢者では死亡・脳卒中・転倒骨折のリスクが高かったとする報告もあり(日本老年医学会ガイドライン2015)、処方前の転倒リスク評価が不可欠です。
②持続性勃起症(Priapism):男性6,000人に1人という頻度で報告されています。まれではありますが、見逃すと重大な問題につながります。患者・家族への事前説明と、症状発現時には速やかに泌尿器科を受診するよう伝えておく必要があります。
③躁転:躁転のリスクは双極性障害に限らず単極性うつ病でも起こり得ます。さらに、SSRIよりも短時間で躁転が出現する可能性が示唆されており、処方初期の観察が重要です。
④鼻閉(鼻詰まり):意外に見落とされがちな副作用です。実際に複数の患者で鼻閉を理由に中止となったケースが報告されており、「眠れなくなった」と訴える患者がいた場合、鼻閉で眠れないケースも鑑別に挙げる必要があります。鼻閉はトラゾドンのアキレス腱ともいわれます。
薬物相互作用
トラゾドンはCYP2D6およびCYP3A4で代謝されます。これらの酵素を阻害する薬剤(例:フルコナゾール、パロキセチンなど)との併用でトラゾドンの血中濃度が上昇する可能性があります。サキナビルメシル酸塩(インビラーゼ)とは併用禁忌です。また、アルコールとの併用により鎮静作用が増強されることも、患者への指導事項として伝えておく必要があります。
高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015(日本老年医学会):高齢者への抗うつ薬使用のリスク評価に活用
添付文書の記載通りに使うと、臨床現場では「なぜか効かない」「副作用だけ出た」という経験をすることがあります。それは用量設定と服用タイミングの理解が鍵だからです。
用量による作用プロファイルの変化
トラゾドンは用量によって主体となる作用が大きく変わります。
- 25〜50mg(低用量):H1/α1/5-HT2A遮断による鎮静作用が主体。睡眠改善・せん妄予防に活用されやすいゾーンです。
- 75〜100mg(中用量):セロトニン再取り込み阻害作用が加わり始め、抗うつ効果も期待できる移行帯。
- 150〜200mg(高用量):抗うつ薬としての全効果を発揮するゾーン。海外では最大600mgまで使用されるケースもあります。
25mgという低用量が睡眠薬的な場面で選ばれるのは、この用量帯では鎮静作用が前に出やすく、かつ高用量時に見られる翌朝の持ち越しが起こりにくいからです。
服用タイミングの実際
血中濃度が最大に達するまで約1〜2時間かかります。「就寝直前に飲む」のではなく、就寝1〜2時間前の服用が基本です。食事の影響を受けやすく、食後投与で吸収速度が遅くなるため、就寝前の空腹時に近い状態での服用が効果を引き出しやすい場合があります。
適量の見つけ方(滴定の考え方)
25mgから開始し、眠れない場合は就寝後2時間以上あけて1錠追加する「屯用的な漸増」が実際の現場で行われています。翌朝の眠気が強ければ0.5〜1錠減量する調整を繰り返し、個々の患者に合った用量を見つけます。必要量には個人差が大きく、25mgで十分な患者もいれば、200mgまで必要な患者もいます。
| 目的 | 開始用量 | 目標用量 | 服用タイミング |
|---|---|---|---|
| うつ病・うつ状態 | 75〜100mg/日(分割) | 最大200mg/日 | 1日1〜数回分割 |
| 睡眠改善(適応外) | 25mg/日 | 25〜100mg/日 | 就寝1〜2時間前 |
| 認知症不眠(適応外) | 25mg/日(就寝前) | 50〜75mg/日まで | 就寝前 |
| せん妄予防(適応外) | 25mg以下 | 25mg程度まで | 就寝前 |
「眠れない患者には25mgから始める」が原則です。
臨床現場でよくある失敗は、「25mgを試したが効かなかった」といって数日でやめてしまうケースです。個人差が大きい薬なので、効果の判定には2〜4週間程度の観察期間を設けるのが適切です。一方で、明らかに副作用が出ている場合は速やかに中止・減量の判断が求められます。効果なければ4週間以内に見切る姿勢も、過剰投与を防ぐ観点から重要です。
Q. トラゾドンはSSRIとどう違うのか?
SSRIはセロトニン再取り込み阻害を主な作用機序とし、5-HT2受容体への親和性は限定的です。対してトラゾドンは5-HT2受容体遮断を強く持つため、徐波睡眠を増やす効果があります。抗コリン作用はほぼなく、前立腺肥大や便秘を合併している患者にも使用しやすい特性があります。ただし、制止症状(意欲低下・行動緩慢)が強いうつ状態には効果が乏しいとされており、選択のポイントとなります。
Q. 抗うつ効果が出るまでどのくらいかかるか?
抗うつ薬としての本格的な効果発現には2〜4週間程度の時間が必要です。一般的な抗うつ薬と同様のタイムラインです。一方、睡眠改善効果は比較的早く(初回投与から数日以内に)自覚されることが多く、これが患者の継続服用を助ける要因にもなっています。
Q. ベンゾジアゼピン系睡眠薬からの切り替えは可能か?
依存性がなく離脱症状も出にくいため、ベンゾジアゼピン系からの離脱時に補助薬として使われるケースがあります。ただし、ベンゾジアゼピン系の急激な中断は離脱症状を引き起こすリスクがあります。置き換えは段階的に行い、患者の状態を観察しながら進めることが原則です。
Q. 妊婦・授乳婦への投与は?
添付文書では「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」とされており、授乳中は「授乳を避けること」が推奨されています。妊娠の可能性がある患者への処方時は十分なリスク・ベネフィットの説明が必要です。
Q. GAD(全般性不安障害)への効果はあるか?
抗不安薬であるジアゼパムと同等の症状軽減効果を示したとする報告があります。しかし、これも保険適応外の使用になるため、選択する場合は患者への丁寧な説明と同意が前提となります。依存性がない点はベンゾジアゼピン系に対する優位性となりますが、抗うつ効果の発現に時間がかかる点は短所です。
日本老年医学会の高齢者の安全な薬物療法ガイドライン(2015年版)において、三環系抗うつ薬・SSRI・スルピリド・睡眠薬・抗不安薬が「特に慎重な投与を要する薬物リスト」に含まれている一方、トラゾドンはそのリストに含まれていないことも重要な情報です。高齢者に対して比較的使いやすい抗うつ薬と位置づけられるゆえんです。
ただし、SSRIや他の抗うつ薬を処方された高齢者と比較して、トラゾドン処方高齢者において死亡・脳卒中・転倒骨折リスクが高かったとする海外報告もあり、過信は禁物です。脳卒中リスクや骨粗鬆症がある高齢者には、少量にとどめて副作用を丁寧に観察する姿勢が求められます。
トラゾドンの薬理・エビデンス・副作用を包括的に解説(綱島こころクリニック):処方時の参考情報として