表面から3mm以内のきずは、どれだけ高性能な探触子を使っても、TOFD法単独では検出できないことがあります。

TOFD法(Time of Flight Diffraction)は、1980年代に英国で開発された超音波探傷の手法で、送信用と受信用の縦波斜角探触子を溶接部を挟んで対向配置し、きずの上端・下端から発生する回折波の伝搬時間差を計測することで、欠陥の位置と高さを精密に求める技術です。従来主流だった横波パルス反射法とは、根本的に異なるアプローチを取ります。
従来の斜角探傷では、きずからの反射エコーの強さでサイジングを行うため、きずの形状・傾きなどの性状が反射強度に大きく影響し、高精度な欠陥高さ測定は容易ではありませんでした。これに対してTOFD法は、超音波の振幅ではなく「伝搬時間」でサイジングします。これが条件変動の影響を受けにくく、安定した高精度測定を可能にする最大の理由です。
TOFD法の探触子配置では、送信側から広い指向角で超音波が入射されると、きずがなければ表面直下を伝わる「ラテラル波」が最初に受信側に届き、次にきず上端の回折波、きず下端の回折波、そして底面反射波の順に到達します。この4種類の波の到達時間の差と、材中音速、探触子間距離の幾何学的関係から、欠陥の深さと高さを計算します。つまり探触子そのものの特性と配置精度が、計測結果の信頼性に直結します。
実務レベルでは、欠陥高さの計測精度として±0.5mmが期待できるとされており(川重サポート技術資料より)、これは横波パルス反射法と比べて格段の精度向上です。圧力容器・LNG船球形タンク・橋梁・発電設備プラントなど、重大な損傷が許されない構造物の保守検査において、TOFD法の探触子技術が果たす役割は非常に大きいといえます。
参考:TOFD法の原理と装置構成(川重サポート)
https://www.khi.co.jp/corp/kks/inspection/03.html
TOFD法用の探触子は、板厚・対象材質・検査目的によって周波数、振動子サイズ、屈折角を適切に組み合わせなければなりません。選定を誤ると、検出感度が大幅に低下したり、サイジング精度がばらついたりします。「周波数は高いほど良い」という思い込みは、TOFD法では通用しません。
周波数の選び方:
板厚と周波数の関係は特に重要です。千葉県産業支援技術研究所と千葉県非破壊検査研究会が実施した集合実験(参加12者、板厚6mm〜100mmの鋼突合せ溶接部を対象)によれば、以下の傾向が確認されています。
| 板厚 | 推奨周波数帯 | 注意点 |
|------|------------|--------|
| 6mm程度 | 10MHz以上(振動子φ3mm以下) | 15MHzはSN比の高い探触子が条件 |
| 12mm | 10MHz以下が適当 | 15MHzはラテラル80%感度+しきい値-12dBが必要 |
| 25mm〜40mm | 5MHz〜10MHz | 深い位置では10MHzで過小評価の傾向あり |
| 60mm以上 | 7.5MHz以下 | 複数の探触子対(交軸点を1/3t・5/6tに設定) |
つまり板厚が厚くなるほど、低周波数の探触子が必要になります。
振動子サイズの考え方:
振動子が小さいほど接近限界距離(デッドゾーン)が短くなり、表面近傍の検出能が向上します。薄板検査(6mm程度)では振動子径φ3mm程度の高ダンピング特性を持つものが推奨されます。一方、厚板(40mm以上)では探触子間距離も長くなるため、振動子サイズが大きめでも伝搬距離に見合った超音波強度が確保できます。
屈折角の選定:
TOFD法では縦波斜角探触子を使用し、屈折角は60°または70°が一般的です。空間的な制約がない場合は70°が推奨されますが、探触子間距離を広く取れない現場状況では60°を選択するケースもあります。探触子間距離(PCS:Probe Centre Separation)の設定は、使用する探触子の屈折角をもとに、超音波ビームの交軸点が板厚の2/3tとなる深さ位置から幾何学的に計算します。この計算を省略すると、欠陥深さの測定誤差が生じる原因になります。
参考:TOFD法用探触子の仕様と設定(溶接・非破壊検査技術センター)
https://japeic.or.jp/files/libs/1339/202401251306152329.pdf
TOFD法最大の弱点は「表面直下の死角」です。これは知っておかないと現場で大きな見落としにつながります。
ラテラル波とは、送信探触子から受信探触子へと表面直下を最短距離で伝搬する超音波です。きずの有無にかかわらず必ず受信され、TOFD画像では時間軸の最上部に現れます。問題は、表面直下数mmの領域に存在する欠陥の回折波が、このラテラル波と時間的に重なってしまい、独立した信号として識別できなくなることです。具体的には、表面から約2〜4mmの範囲(板厚や探触子条件によって変わる)が検出困難なデッドゾーンとなります。
🔺 ラテラル波死角が問題になる典型的な場面:
- 溶接ビード表面直下の融合不良
- 表面近傍の疲労き裂(機械加工部品の応力集中部など)
- 薄板(6mm程度)の全厚探傷
この課題を乗り越えるために、現場ではTOFD法+パルス反射法のマルチチャンネル構成が採用されています。川重サポートの装置では、TOFD法2チャンネルと表面近傍探傷用のパルス反射法2チャンネルを組み合わせ、板厚全域の探傷を実現しています。探傷速度が従来の自動UT(パルス反射のみ)と比べて約2倍(川重サポート比)になるという実績も報告されています。
TOFD法だけで完璧に探傷できると思っている方は多いですが、表面直下については補完が必要です。これが原則です。金属加工現場での検査仕様を策定する際には、TOFD法の適用板厚範囲(通常6mm以上)と死角の存在を必ず考慮し、パルス反射法との組み合わせを検討することが、ISO 10863やJIS規格に沿った確実な検査設計につながります。
また、欠陥密着度もTOFD法の検出性に影響します。過去の研究では、欠陥の開口幅が5μm以上になると画像構成に必要な信号強度が得られるとされています。密着した疲労き裂など、開口幅の極めて小さいきずでは検出性が低下する点も覚えておくべきです。
参考:TOFD法の死角とマルチチャンネル対策(日鉄テクノロジー)
https://www.nstec.nipponsteel.com/technology/measure-inspection/ndi/ndi_05.html
探触子を配置して走査を開始する前の「PCS設定」が、TOFD法のサイジング精度を大きく左右します。PCSとは送信探触子と受信探触子の中心間距離のことで、これが適切でないと、欠陥高さ・深さの測定値に系統的な誤差が生じます。
PCSの基本的な設定手順は次の通りです。使用する斜角探触子の屈折角(例:70°)と材中縦波音速(鋼材では約5900m/s)から、超音波ビームの交軸点が板厚2/3の深さに来るよう幾何学的に計算します。板厚25mmであれば交軸点を深さ約17mm(=25×2/3)に設定し、そこからPCSを逆算します。板厚60mmや100mmの厚板では、1回のスキャンで板厚全体をカバーできないため、交軸点を1/3tと5/6tの2水準に設定して複数回走査することが推奨されています。
厚板ほど複数の探触子対設定が必要ということですね。
現場でよく起きる問題として、「板厚さえ把握していればPCSは概算で大丈夫」と考えてしまうケースがあります。しかしTOFD法では、PCSの誤差が欠陥深さの計算に直接影響します。例えばPCSを実際より5mm小さく設定した状態でスキャンすると、欠陥の計算深さが実際より浅く評価されます。千葉県の研究では、板厚40mmの試験体でラテラル波感度40%ではカバレッジが不足することが明確に示されており、探傷感度設定とPCS設定の両方が正確でなければ、深い位置の欠陥を過小評価するリスクがあります。
🔧 PCS設定に関連する実務チェックポイント:
- 探触子の屈折角(公称値と実測値の差)を確認する
- 走査前に基準試験片(RB試験片)でラテラル波高さを記録する
- 感度設定はラテラル波80%±10%を基本とする(板厚12mm以上では特に重要)
- 板厚が60mmを超える場合は複数PCSによる多段走査を計画に組み込む
これらを事前に確認しておけば、現場での再検査や記録の取り直しを防げます。これは使えそうです。
近年、従来の単振動子縦波斜角探触子に代わり、フェーズドアレイ探触子をTOFD法に応用する手法が注目されています。これは単独のTOFD法では対応が困難だった検査対象にアクセスするための技術革新で、金属加工・重工業分野の現場にとって知っておくと有利な情報です。
通常のTOFD法では、送信・受信の2個の探触子を固定的な角度で対向配置し、溶接線方向に走査します。この構成は平板突合せ溶接のような単純形状には有効ですが、L字継手・T字継手・十字継手など複雑な形状では、探触子の配置自体が制約を受けます。また、回折波の強度がきずへの入射角によって変わるため、適切な入射角設計が難しいという課題があります。
フェーズドアレイ探触子をTOFD法に組み合わせると、各素子への送信タイミングを電子的に制御することで、任意の角度・深さへのビームフォーカスが可能になります。神鋼検査サービスが開発した「片側TOFD法」では、送信・受信探触子を溶接線の同じ側に並列配置し、L字継手・十字溶接継手などの複雑形状の溶込み不良を高精度に測定することに成功しています。設計高さ3mm・5mm・9mmの溶込み不良に対し、計測値がそれぞれ3.0mm・5.4mm・10.2mmと、高い計測精度が確認されています。
TOFD法の適用範囲は、技術の進化とともに広がっているということですね。
さらに、ステンレス鋼のような結晶粒径の大きい材料では、超音波が散乱されやすくSN比が低下しますが、片側TOFD法では溶接部を回避して超音波を送受信することで、応力腐食割れ(SCC)の高さと長さを実際のき裂性状に近い精度で計測できることも実証されています。金属加工現場でステンレス製タンクや配管溶接部の定期検査を担当している方にとっては、今後の検査計画に組み込む価値のある情報といえます。
参考:TOFD法の応用技術と片側TOFD法の適用事例(神戸製鋼技術レビュー)
https://www.kobelco.co.jp/r-d/technology-review/dumm/__icsFiles/afieldfile/2025/03/19/217_038-042.pdf
探触子の選定と配置が正しくできていても、感度設定とサイジング条件を誤ると、欠陥の長さ測定精度が大きくばらつきます。ここは現場で意外と軽視されやすいポイントです。
TOFD法における感度設定の基準は「ラテラル波の振幅を基準高さのある割合に調整する」というものです。実験データによれば、ラテラル波40%とラテラル波80%では板厚12mm以上で明確な差が出ており、厚板(特に40mm以上)ではラテラル波40%の感度では明らかに不足します。板厚40mmの試験体では、ラテラル波80%または底面エコー100%+6dBの感度設定が必要であると千葉県産業支援技術研究所の実験で示されています。
サイジングのしきい値:
欠陥の指示長さを決定するためのしきい値設定も重要です。欠陥信号の最大値から何dB低下した点を欠陥端部とみなすか、という判断基準のことです。実験では次の傾向が確認されています。
| しきい値 | 測定傾向 | 適用が適切な状況 |
|---------|---------|--------------|
| -6dB | ばらつきが少ない | 浅い欠陥・薄板(25mm以下) |
| -12dB | やや長めにサイジングされる傾向 | 深い位置の欠陥・厚板 |
| 各社独自法 | ケース依存 | 実欠陥長さに合うケースあり |
板厚が厚くなるほど深い位置に存在する欠陥が増えるため、欠陥深さに応じてしきい値を使い分けることが推奨されています。浅い欠陥には-6dBが適正で、深い欠陥には-12dBが適切との結果が、板厚60mmの試験体実験で得られています。
厳しいところですね。感度とサイジングの両方を板厚・欠陥深さに合わせて調整するのは、それなりの経験と知識が必要です。日本非破壊検査協会(JSNDI)のUT資格(レベル1〜3)の取得や、実技研修への参加が、現場の測定精度向上に直結します。特に、TOFD法を含む超音波探傷の技術習得を目的とした実技研修を提供している機関として、発電設備技術検査協会(JAPEIC)などが挙げられます。現場で探傷を担当するスタッフが体系的な知識と実技を身につけることが、信頼性の高い検査記録を残すための条件です。
参考:TOFD法の欠陥サイジングと研究結果(千葉県産業支援技術研究所)
https://www.pref.chiba.lg.jp/sanken/kenkyuu/library/h18/documents/citri04-p39-10pp.pdf