原末に切り替えるだけで患者の服薬アドヒアランスが激減するケースがあります。

炭酸水素ナトリウム錠500mg「VTRS」は、ヴィアトリス・ヘルスケア合同会社が製造販売する後発品(ジェネリック)の制酸剤・尿アルカリ化薬です。元々は「重曹錠500mg『マイラン』」として2004年に承認され、2022年4月に製造販売移管に伴い現在の販売名に変更されたという歴史的な経緯があります。
2025年6月、製造委託先工場における製造上の事象が原因で、同製品は限定出荷に移行しました。その後、在庫状況と今後の製造見通しを踏まえ、現有在庫の消尽後は「出荷停止(C:市場に出荷していない状態)」となることが、同年7月付けの正式文書で発表されています。2026年3月時点では、PTP120錠(12錠×10シート)の規格が限定出荷の状態です。
なお、同メーカーの「炭酸水素ナトリウム『VTRS』原末」については通常出荷が継続されている点は、代替検討の出発点として重要です。PTP1200錠および500錠バラ包装はすでに販売終了・在庫消尽済みであり、現行の入手可能な包装は120錠PTPのみとなっています。
供給情報は随時更新されます。最新状況は以下のDSJP(医療用医薬品供給状況データベース)でリアルタイムに確認できます。
DSJPに収載された炭酸水素ナトリウム錠500mg「VTRS」の最新供給ステータス。
DSJP|炭酸水素ナトリウム錠500mg「VTRS」の供給情報一覧
供給停止が長引いている背景には、原材料調達の構造的な問題があると報告されており、現時点で出荷再開のめどは立っていません。つまり「しばらく待てば戻る」と考えるのは危険です。早期に代替品対応を固めることが現場の求める対応です。
代替の第一選択は、同成分(炭酸水素ナトリウム)を含む別製剤です。現在市場で流通している主な同成分製剤を確認しておきましょう。
錠剤形式では、炭酸水素ナトリウム錠500mg「VTRS」以外に現在保険収載されている炭酸水素ナトリウム500mg錠は存在しません。これが代替を難しくしているポイントの一つです。
原末製剤については、以下の複数メーカーから供給されています。
| 製品名 | 販売元 | 規格 | 薬価(円/g) |
|---|---|---|---|
| 炭酸水素ナトリウム「ケンエー」 | 健栄製薬 | 10g | 7.70 |
| 炭酸水素ナトリウム「ニッコー」 | 日興製薬 | 10g | 7.70 |
| 炭酸水素ナトリウム「フソー」 | 扶桑薬品 | 10g | 7.70 |
| 炭酸水素ナトリウム「三恵」 | 三恵薬品 | 10g | 7.70 |
| 炭酸水素ナトリウム シオエ | シオエ製薬 | 10g | 9.20 |
| 炭酸水素ナトリウム「VTRS」原末 | ヴィアトリスHC | 10g | 7.70 |
錠剤2錠(1,000mg)=原末1gです。これは単純です。
例えば「1日3g 分3」(1回2錠×3回)の処方を原末に切り替えるなら、「1日3g 分3」と処方量は変わりません。成分量が同じであるため、理論上は用量換算の計算ミスは起きにくい点は安心材料と言えます。
ただし、現実には注意すべき点があります。原末は白色の結晶性粉末で、特異な塩辛い味があります。錠剤に比べて服用感が大きく異なり、「飲みにくい」「味が気になる」という声が患者から出やすい剤形です。代替に際しては服薬指導を必ず見直す必要があります。
各社原末の供給状況については、医薬品卸の担当者や各メーカーのコールセンターに問い合わせて在庫状況を事前に確認してから採用変更を進める手順が推奨されます。
代替として炭酸水素ナトリウムと成分の異なる「ウラリット配合錠(クエン酸カリウム+クエン酸ナトリウム)」や「ウラリット-U配合散」が候補になる場合があります。ただし、これは適応によって大きく変わります。
ウラリットが代替になりえるのは、「尿酸排泄の促進・尿アルカリ化(痛風発作の予防・尿路結石予防)」を目的とした処方に限られます。制酸目的(胃炎・胃潰瘍などに対する胃酸中和)やアシドーシス改善が目的の場合、ウラリットは代替になりません。
尿アルカリ化の効果を比較した臨床データでは、ウラリット-U配合散 1日3gの尿アルカリ化効果は、炭酸水素ナトリウム(重曹)1日6gにほぼ匹敵するとのデータがあります。意外ですね。炭酸水素ナトリウムが多めに処方されていた患者に対し、錠数・服用量が多いことで服薬負担が生じている場合、ウラリットへの変更で錠数を半量以下に減らしながら同等の尿アルカリ化効果を維持できる可能性があります。
ウラリット-Uの臨床データは以下の資料に収載されています(日本ケミファ提供のインタビューフォーム)。
ウラリット-U配合散 インタビューフォーム(日本ケミファ)
ただし、ウラリットは重曹と比べてカリウム(K)を含んでいることが重要な差異です。CKD患者など高カリウム血症のリスクがある患者では、ウラリットへの変更前に血清カリウム値と腎機能を必ず確認する必要があります。「錠剤が調達できないから」という理由だけでウラリットに変更すると、電解質異常を招くリスクがある点を見落とさないようにしてください。逆に、低カリウム血症を示しやすい遠位尿細管性アシドーシス(RTA)などでは積極的な選択肢になり得ます。これは個別判断が条件です。
炭酸水素ナトリウムの代替品を検討する際、医療従事者がしばしば見落とすのが「ナトリウム負荷量」の問題です。重曹(炭酸水素ナトリウム)は、その名の通りナトリウムを含む化合物です。
食塩換算の計算式は次の通りです。
$$\text{食塩相当量(g)} = \text{炭酸水素ナトリウム量(g)} \times 0.7$$
これはNaClの分子量(58.5)とNaHCO₃の分子量(84.0)の比率から導かれます。例えば、1日3g服用している患者では食塩換算で約2.1gに相当するナトリウムを毎日薬から摂取していることになります。これは決して無視できない量です。食パン1枚(約1.4g)と比べても、その多さが実感できます。
心不全患者や重度の腎不全患者では、日々の食事制限に加えてこの薬剤由来のナトリウム負荷が加わることで、浮腫の悪化・血圧上昇・心負荷増大につながるリスクがあります。ナトリウム負荷に注意すれば大丈夫です。とはいえ、その管理は継続的なモニタリングが必要です。
また、過剰投与によってアルカローシスを引き起こす危険もあります。錠剤から原末への切り替え時に、処方量の記載を誤ると過剰投与になるリスクが高まります。「1日6錠(3g)」を「原末6g」と誤って処方するミスは、実際の医療現場でも起こりうるケアレスエラーです。
代替時のナトリウム負荷に関する詳細な解説は、以下の参考資料が役立ちます。
特に、外来で炭酸水素ナトリウムを長期的に服用中の患者が、院内の採用薬変更によって自動的に原末製剤に切り替わる場合は要注意です。患者への服薬説明と合わせて、ナトリウム量が変わらないことの確認、そして心機能・腎機能の状況に応じた継続的なモニタリングが求められます。
代替品の採用を決定したあと、実際に現場で混乱を防ぐための実務的なステップを整理します。
① 供給情報の定期的な確認と院内の早期共有
DSJPやヴィアトリスの供給関連コールセンター(フリーダイヤル:0120-170-523)を定期的に確認し、最新情報を院内の薬剤部・DI担当者がまず把握します。他科への情報共有は"決まってから"ではなく"動きがあった時点"で行う体制を作ることが現場のリスク低減になります。
② 処方箋・電子カルテでの用量記載の標準化
錠剤から原末に変更する際、処方箋に「炭酸水素ナトリウム原末○g」と成分量(g)で記載するよう標準化することで、換算ミスを防ぎます。「錠数(T)」の記載が残ったままでは、後から別の担当者が確認した際に誤解を招くリスクがあります。
③ 患者への服薬指導の重点更新
原末製剤への切り替えでは、飲み方が変わります。粉末を一包ずつ水に溶かして飲む、あるいはそのまま水で流し込む方法などを具体的に説明する必要があります。「塩辛い味がするけれど、成分は同じなので心配いりません」という一言で患者の不安を大幅に軽減できます。服薬説明は必須です。
④ 嚥下機能の低下した患者への対応
高齢者など嚥下機能に問題がある患者の場合、錠剤から原末への変更は反対に困難になるケースもあります。炭酸水素ナトリウム原末は粉末状であり、誤嚥リスクが高い患者には慎重な対応が必要です。こうした患者背景を見極めた上で、主治医・看護師とも連携して最適な対応策を検討することが、薬剤師としての役割になります。
⑤ 代替が困難な場合の医師への情報提供
「同成分の代替も確保困難、ウラリットへの変更も患者背景上リスクがある」という複合的な状況では、処方医に対して状況を整理した情報提供を行い、治療目的の再評価を促すことが求められます。例えば、制酸目的であれば別の制酸薬(酸化マグネシウムなど)への変更、痛風・高尿酸血症に関連する尿アルカリ化目的であれば専門科へのコンサルテーションも選択肢に入ります。
炭酸水素ナトリウム「VTRS」の公式製品情報・インタビューフォームは以下で確認できます(最新版は2025年4月改訂第3版)。
PMDA|炭酸水素ナトリウム「VTRS」原末・錠500mg 医療関係者向け情報
炭酸水素ナトリウム錠500mg「VTRS」の供給停止は、単なる後発品一品目の問題ではなく、複数の患者層(慢性腎疾患・痛風・高尿酸血症・胃疾患)にわたる幅広い影響をもたらします。代替品の選択は「同成分か否か」「用途(制酸・尿アルカリ化・アシドーシス改善)が一致しているか」「患者背景(腎機能・心機能・電解質バランス・嚥下機能)」の3軸を整理した上で判断することが基本です。