再発がなくても、無治療のMSは10年で約50%がSPMSへ移行します。

2021年以降、日本で使用可能な疾患修飾薬(DMD)は8剤となり、それぞれ作用機序・投与経路・有効性レベルが大きく異なります。これが使い分けの基本です。
有効性の観点から大まかに分類すると、以下の3つのグループに整理できます。
| 有効性レベル | 薬剤名(商品名) | 投与経路・頻度 |
|---|---|---|
| 🔴 高い(high efficacy) | オファツムマブ(ケシンプタ®)、ナタリズマブ(タイサブリ®) | 皮下注射・4週1回 / 点滴・4週1回 |
| 🟡 中程度(moderate efficacy) | フィンゴリモド(イムセラ®/ジレニア®)、フマル酸ジメチル(テクフィデラ®) | 経口薬・1日1回 / 1日2回 |
| 🟢 低い(low~moderate) | IFNβ1b(ベタフェロン®)、IFNβ1a(アボネックス®)、グラチラマー酢酸塩(コパキソン®)、シポニモド(メーゼント®) | 注射薬・皮下または筋注 / 経口・1日1回 |
再発年率(ARR)の低下率で見ると、high efficacy群はARRを約50%以上低下させるとされ、moderate群は30〜50%程度の低下にとどまります。つまり有効性には明確な段階差があります。
シポニモド(メーゼント®)は、二次性進行型MS(SPMS)への適応を持つ数少ない薬剤の一つです。2020年に承認されたこの薬は、S1P1/S1P5受容体の選択的調節薬であり、主にSPMSに活動性を認める場合の選択肢として位置づけられます。これは使えます。
なお、DMD同士の併用は基本的に認められていません。開始・切り替えのタイミングと薬剤選択が、治療成績を決定づける実質的な分岐点になります。
参考:MSキャビン「多発性硬化症(MS)の治療薬」(日本で承認されている8種類のDMDを一覧で解説)
https://www.mscabin.org/ms_cate/medicine_ms/
「どのDMDから始めるか」を決めるうえで最も重要な判断材料が、MSの予後不良因子の有無です。2023年ガイドラインでは、予後不良と考えられる患者にはより有効性の高いDMDから開始することが望ましいと明確に述べられています。
予後不良因子は多岐にわたり、以下のカテゴリーに整理されます。
これらを総合的に評価した上で、「予後良好」とみなせる場合は安全性の高い薬剤(IFNβ、グラチラマー酢酸塩、フマル酸ジメチルなど)から開始することも選択肢に入ります。予後良好なら問題ありません。一方で予後不良因子が複数ある場合は、early high efficacy therapy(eHET)が望ましいというのが現代の主流です。
重要な臨床研究のデータを補足します。JAMA 2019;321:175のスウェーデン対デンマークの比較研究では、high efficacy therapyを早期から導入した群がescalation strategy群に比べてSPMS移行を有意に抑制したことが示されています。また、Neurology 2023;101:e1280では、初発症状からDMD導入までが6か月以内の患者は16.1か月以上の群と比べてEDSS3.0到達リスクがHR 0.55、SPMS移行リスクがHR 0.40と大幅に低下することが報告されています。
つまり「まずは副作用が少ないABC療法で様子を見る」という旧来のステップアップ戦略は、近年の知見では必ずしも最善ではないということです。これは意外ですね。
参考:医學事始「多発性硬化症 治療」(ガイドライン2023・eHET・予後不良因子について詳説)
http://igakukotohajime.com/2024/08/05/多発性硬化症治療/
現在、再発寛解型MS(RRMS)においてhigh efficacy DMDとして主に選択されるのがナタリズマブ(タイサブリ®)とオファツムマブ(ケシンプタ®)の2剤です。ともにhigh efficacy(高効果)に分類されていますが、作用機序・安全プロファイル・患者背景によって使い分けが求められます。
| 比較項目 | ナタリズマブ(タイサブリ®) | オファツムマブ(ケシンプタ®) |
|---|---|---|
| 作用機序 | α4インテグリン阻害(T細胞のCNS移行を阻止) | 抗CD20抗体(B細胞を除去) |
| 投与方法 | 点滴・4週間隔(EIDなら6週間隔も可) | 皮下注射・4週間隔(自己注射可) |
| PMLリスク | あり(JCV抗体陽性・長期使用で1/100〜1/1000例) | 国内報告なし(ゼロではない) |
| 妊娠中の使用 | 30〜34週まで継続、出産後早期再開が推奨 | 最終投与後6か月間は避妊が必要 |
| SPMS適応 | なし(RRMS・活動性SPMSのみ) | あり(疾患活動性を有するSPMSも対象) |
ナタリズマブにおいて最も注意すべきは進行性多巣性白質脳症(PML)のリスクです。PMLはJCウイルスが再活性化することで脳内に多発性脱髄病変をきたし、有効な治療法がなく死亡例も報告される重篤な合併症です。日本人の約7割がJCVキャリアとされており、これは見逃せない事実です。
リスクが高い患者の条件は「抗JCV抗体陽性かつ抗体インデックス高値」「ナタリズマブ使用期間が2年以上」「免疫抑制薬の使用歴あり」の3点です。抗JCV抗体陰性であれば投与中に最低でも半年に1回の測定を行い、陽性の場合はMRI撮像頻度を3〜4か月ごとに増やしてPML病変の早期発見に努めることが推奨されています。
一方、PMLリスク軽減のための延長投与間隔(EID:6週間隔への延長)は、標準的な4週間隔と比較して臨床効果を維持しつつリスクを低減できることが報告されており(Neurology 2019;93:e1452-1462)、PMLリスクが懸念される場合に有力な選択肢です。
オファツムマブはB細胞除去薬のため、B型肝炎ウイルス(HBV)の再活性化リスクにも注意が必要です。投与前のHBVスクリーニングとキャリアへの核酸アナログ投与は必須の対応となります。
参考:ケアネット「十人十色の症状・経過を示す多発性硬化症、改訂GLで疾患修飾薬のアルゴリズムが明示」
https://www.carenet.com/news/general/carenet/57496
再発寛解型MSの患者の約半数が、発症後15〜20年でSPMSへ移行するとされています。SPMSへの移行平均年齢は38歳であり、就労・育児の世代に大きな打撃を与えます。
SPMSに対してDMDが有効なのは、「再発や画像上で活動性を認める場合」に限られます。活動性が消失した段階、つまり純粋な神経細胞の変性過程に入ってしまうと、現在の免疫調整系DMDではほとんど効果が期待できません。これが条件です。
活動性を有するSPMSへの適応を持つDMDとして、日本ではオファツムマブ(ケシンプタ®)とシポニモド(メーゼント®)が承認されています。両者の位置づけをガイドライン2023は次のように述べています。エビデンスの確実性としてはシポニモドが強い一方で、再発やMRIでの活動性を認める症例にはオファツムマブがより期待できると推測されています。
シポニモドはS1P1/S1P5受容体選択的なS1P調節薬であり、フィンゴリモドとは受容体特異性が異なります。フィンゴリモドはS1P1、3、4、5すべてに作用するため心拍数低下(徐脈)のリスクが高く、初回投与時の心電図モニタリングが必須です。一方シポニモドはS1P3への作用を回避しているため、徐脈リスクがフィンゴリモドよりも理論上は低いとされていますが、それでも投与開始時の心拍数モニタリングは求められます。
また、シポニモドはCYP2C9の遺伝子型(*3/*3ホモ接合体)を持つ患者には禁忌であり、投与前の遺伝子多型検査が必要です。これは必須です。この点は臨床現場での確認漏れが起こりやすいポイントであるため、特に注意が求められます。
フィンゴリモド使用中に挙児希望が生じた場合は、フィンゴリモドからナタリズマブへの切り替えが勧められています。フィンゴリモドは催奇形性の懸念があり、投与終了後2か月間は避妊が必要とされているためです。
参考:日経メディカル「多発性硬化症」(ガイドラインに基づく急性期・慢性期の治療薬選択の解説)
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/series/guideline/202205/574908.html
MSは20〜30代の女性に多く発症するため、妊娠・出産・授乳といったライフイベントとの整合性は治療選択における非常に重要な視点です。この視点は日常臨床で後回しにされやすい部分でもあります。
各DMDの妊娠への対応を整理すると以下のようになります。
産後は特にMSが再発しやすいことが知られており、なるべく早期にDMDを再開することが2023年ガイドラインでも推奨されています。産後の再発リスク上昇は現実的な問題です。
注目すべき点として、ナタリズマブ使用中に挙児希望が生じた際、「治療効果が高いため急に中止できない」とためらうケースが散見されます。しかし妊娠第3三半期までの継続が容認されているというエビデンスがある以上、過度な中止判断はむしろ産後再発リスクを高める可能性があります。この状況での継続可能性を患者と丁寧に共有することが、長期予後と妊娠の両立を支える鍵です。
治療薬ごとの妊娠・授乳時の対応が細かく整理されたリソースとして、2023年ガイドラインのQ2-2-2も参照することを勧めます。
参考:日本神経学会監修「多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023」(MSの治療戦略・妊娠対応・CQに関する最新エビデンスをまとめた権威ある指針)
https://www.neurology-jp.org/files/images/20230317_01_01.pdf
DMDを選択し投与を開始した後、どのように治療効果を評価し、いつ切り替えるかという判断は、薬剤選択と同等以上に重要です。この点は教科書的な解説では軽視されがちですが、実臨床での腕の見せどころになります。
現在のMS治療における評価指標として広く用いられているのが「NEDA(No Evidence of Disease Activity)」の概念です。NEDA-3では①臨床的な再発なし、②障害進行(EDSS悪化)なし、③MRI活動性(新規T2病変・Gd造影病変)なしの3つをすべて満たすことを目標とし、NEDA-4ではそこに④脳萎縮の進行なし(年間0.4%以内)が加わります。
NEDA-3が達成されているかどうか、定期的に評価することが基本です。高効果薬の普及によりNEDA達成率は以前より向上しつつありますが、依然としてすべての患者で達成できるわけではありません。
治療効果不十分の判断基準として、2023年ガイドラインは「DMD開始後も再発や障害度の進行が認められる場合」「MRIで新規病変や拡大病変が認められる場合」を明示しています。この場合には速やかな切り替えを検討することが推奨されており、ためらわないことも大切です。
評価頻度の目安は以下の通りです。
また、切り替えを判断する際には「どの薬剤に切り替えるか」とともに「いつ切り替えるか」「ウォッシュアウト期間をどう設けるか」も重要です。たとえばフィンゴリモドからナタリズマブへ切り替える際には、フィンゴリモド中止後に疾患活動性が急激にリバウンドするリバウンド現象(IRIS様の病勢悪化)が報告されており、切り替え間隔の設定に注意が必要です。
治療評価に使えるもう一つの指標として「Rio score」があります。これはMRI活動性・再発・EDSS悪化の3項目をそれぞれ0または1点でスコアリングし、合計1点以下であれば予後良好と判定するシンプルな評価ツールです。外来でのルーティン評価に活用できます。
患者中心の医療として、EDSSや再発回数などの数値的指標だけでなく、患者が仕事や育児・日常生活においてどのような困りごとを抱えているかをヒアリングし、治療目標を患者とともに設定するShared Decision Making(SDM)の姿勢が、ガイドライン2023でも強調されています。「医師側の判断を一方的に押し付けない」という点は、長期にわたる治療継続のアドヒアランス向上にも直結します。これが原則です。
参考:神経治療学会「多発性硬化症の疾患修飾薬:どの薬剤を、いつ、どのような症例に使うのか」(清水優子先生による2021年シンポジウム抄録・DMD選択のガイドライン要約)