mEq換算でアスパラカリウムに切り替えると、添付文書上限の約2倍量を提案してしまう事故が実際に起きています。

スローケー錠600mgは、ノバルティスファーマが長年にわたって販売してきた塩化カリウムの徐放性錠剤です。1976年2月に販売開始という、実に40年以上の歴史を持つ薬剤でした。徐放性の仕組みにより塩化カリウムが胃腸粘膜を刺激しにくく、吸収効率も良好である点が多くの医師・薬剤師に支持されていた理由のひとつです。
2018年10月、ノバルティスファーマは突然の販売中止を発表しました。出荷終了の時期は2019年1月末以降・在庫がなくなり次第、そして経過措置期間の満了は2020年3月末日と通知されています。製造中止の公式な理由は明示されていませんが、グローバルな製品ポートフォリオの整理が背景とみられています。
当時のNDBデータ(厚生労働省)によれば、スローケー錠の年間使用量は約2,800万錠でした。カリウム製剤全体での使用量は第2位に相当する規模であり、その突然の販売中止は医療現場に大きな影響を与えました。
スローケー錠が消えた後の代替先として最初に浮上したのは、唯一の後発品である「ケーサプライ錠600mg」(アルフレッサファーマ製造)です。しかし、スローケー廃止の余波で注文が殺到し、ケーサプライ錠も即座に出荷調整・入手困難に陥りました。当時の年間使用量はケーサプライが約800万錠であり、スローケーの需要を合計すると年間3,600万錠規模の需要が一製品に集中したことになります。これは単純計算で従来の4.5倍以上の供給増が必要な状況です。
結果として、多くの施設では塩化カリウム以外のカリウム製剤——アスパラカリウム(L-アスパラギン酸カリウム)やグルコンサンK(グルコン酸カリウム)——への移行を余儀なくされました。成分が異なる製剤への切り替えには、換算の複雑さという新たな課題が生じます。切り替えは単純ではありません。
スローケー錠600mg 販売中止に関するノバルティスファーマの公式案内(当時PDF)を参照している医療機関・薬局向け資料として、以下のページが参考になります。
スローケーの製造中止〜カリウム製剤の切り替えについて考える(薬剤師.love)
スローケー錠の販売中止を受け、現在使用可能なカリウム製剤は大きく3系統に分類されます。それぞれの含有量・用法・特徴を把握しておくことが、安全な代替につながります。
まず、同じ塩化カリウム系で最も直接的な代替となるのが「塩化カリウム徐放錠600mg『St』(旧ケーサプライ錠600mg)」です。1錠中にカリウム8mEqを含み、スローケーと成分・剤型ともに同一です。1日2回・食後に1回2錠(1,200mg)の用法も共通しており、処方変更に伴う患者への説明コストを最小化できます。ただし、出荷調整期間中は入手が困難な局面もあり、供給状況を常に確認する必要があります。
散剤の塩化カリウム製剤(「フソー」「ヤマゼン」「日医工」各社)も同じ無機カリウム系です。1g中に約13.4mEqと含有量は高いですが、徐放性がなくなる点に注意が必要です。徐放性がない分、消化管粘膜への刺激が高まるため、1日量を数回に分けて服用する必要があります。服薬回数が増えるため、患者のアドヒアランスへの影響を考慮しなければなりません。
有機カリウム製剤として代表的なのが「アスパラカリウム錠300mg・散50%(L-アスパラギン酸カリウム)」と「グルコンサンK錠・細粒(グルコン酸カリウム)」の2種類です。これらは塩化カリウムとは塩基部分が異なり、体内でHCO₃⁻(重炭酸イオン)に変換されるという特性があります。この性質から、酸塩基障害のある患者への使い分けに影響します。
各製剤の含有量と1日用量を整理すると以下のとおりです。
| 製品名 | 有効成分 | 1錠/1gあたりmEq | 1日常用量(K+) |
|---|---|---|---|
| 塩化カリウム徐放錠600mg「St」(旧ケーサプライ) | 塩化カリウム(徐放) | 8mEq/錠 | 32mEq |
| 塩化カリウム散(各社) | 塩化カリウム(粉末) | 13.4mEq/g | 26.8〜134mEq |
| アスパラカリウム錠300mg | L-アスパラギン酸カリウム | 1.8mEq/錠 | 5.4〜16.2mEq |
| アスパラカリウム散50% | L-アスパラギン酸カリウム | 2.9mEq/g | 5.4〜16.2mEq |
| グルコンサンK錠5mEq | グルコン酸カリウム | 5mEq/錠 | 30〜40mEq |
| グルコンサンK細粒4mEq/g | グルコン酸カリウム | 4mEq/g | 30〜40mEq |
スローケーから直接的に切り替えるなら塩化カリウム徐放錠が原則です。ただし入手状況により異なります。各製剤には適応症の違いもあり、たとえばグルコンサンKは「低K状態時のK補給」、アスパラカリウムは「心疾患時の低カリウム状態」が含まれる一方、ケーサプライ錠は「低カリウム血症の改善」に特化しています。適応の確認も忘れずに行ってください。
経口カリウム製剤・使い分け・比較(ファーマシスタ)——mEq・常用量・効能効果の一覧表が参考になります。
これが最も重要な注意点です。実際にヒヤリハット事例として報告されているリスクがここにあります。
スローケー錠600mgを4錠(32mEq)からアスパラカリウム散50%へ変更する際、mEqをそのまま合わせようとすると「32mEq÷2.9mEq/g≒11g/日」という計算になります。この数字を疑義照会で処方医に提案した結果、了承されて実際に調剤されたというヒヤリハット事例が青山区薬剤師会の報告書(2019年7月)に記録されています。
しかし後から確認すると、アスパラカリウム散50%の添付文書上の通常用量は1日1.8〜5.4g(最大6g)であり、11gはこれを大きく超える用量でした。幸い患者が未服用であったため実害には至りませんでしたが、服用後に発覚していたら高カリウム血症を起こしていた可能性があります。
なぜこのようなことが起きるのでしょうか?その理由はL-アスパラギン酸カリウムの「組織移行性の高さ」にあります。アスパラギン酸カリウムは塩化カリウムと比較して、カリウムの細胞内への移行が格段に良好であることがウサギ・ヒトの赤血球を用いた実験で確認されています。イヌを用いた実験では、アスパラギン酸カリウムの3時間後の体内保有率が約70%であるのに対し、塩化カリウムは約30%という差がありました。
つまり、同じmEq量でも体内への実際のカリウム移行量はアスパラカリウムの方がはるかに多い、ということです。そのため、添付文書の用量自体がスローケーよりも少なく設定されています。
正しい換算の考え方は「常用量対比」です。これは、各製剤の1日上限用量どうしを「治療学的に等量」とみなし、そこから比例計算するという方法です。
すなわち、スローケー錠4錠からアスパラカリウム散50%に切り替える場合、まずは「スローケーのmEq×0.5」を目安にします。32mEq×0.5=16mEqに近い量、つまりアスパラカリウム散50%で約5.5gが初回の目安となります。これが原則です。
ただしこれも「あくまで目安」であることを忘れてはなりません。常用量対比はスタート量の参考にすぎず、切り替え後は必ず1〜2週間以内に血清カリウム値を測定し、処方医が投与量を調整していく必要があります。
青山区薬剤師会ヒヤリハット事例報告(2019年7月)——スローケー→アスパラカリウム散への換算ミス事例と解説が詳細に記載されています。
スローケー錠600mgの販売中止後、多くの施設では「何でも代替できる薬剤」として有機カリウム製剤が選ばれる場面がありました。しかし実際には、患者の病態によって最適な製剤が異なります。
スローケーの有効成分である塩化カリウムは「無機カリウム製剤」に分類されます。体内で解離するとカリウムイオン(K⁺)と塩化物イオン(Cl⁻)になるのみで、重炭酸イオン(HCO₃⁻)に変換されることはありません。
一方、アスパラカリウムやグルコンサンKの有機酸成分(アスパラギン酸・グルコン酸)は体内で代謝され、最終的にHCO₃⁻に変換されます。つまり体内をアルカリ性に傾ける方向に作用します。
この違いが臨床的に重要です。
スローケーの添付文書「その他の注意」欄にも「代謝性アシドーシスの場合、低カリウム血症の治療は塩基性塩によって行われることが望ましい」と明記されており、スローケー自体がアシドーシス患者には不向きであることが示されていました。
アルカローシスを伴う代表的な原因は、重症嘔吐・ステロイド投与・サイアザイド系利尿剤の長期使用・ペニシリン系抗菌薬投与時などです。アシドーシスを伴う原因としては、尿細管性アシドーシスやアミノグリコシド系抗菌薬投与時などがあります。
スローケー販売中止後に代替薬へ切り替える際、mEq換算の問題だけでなくこの酸塩基障害の観点を加えてはじめて適切な選択ができると考えてください。特にアルカローシス患者では、安易にアスパラカリウムへ切り替えると治療効果が不十分になるだけでなく、病態を悪化させる懸念もあります。
経口カリウム製剤の使い分け(ファーマシスタ)——アルカローシス・アシドーシス別の使い分け根拠が解説されています。
スローケー錠600mgが廃止されて代替薬に移行する際、もうひとつ見落とされがちな問題が「一包化と保管」です。
スローケー錠は添付文書上「吸湿性が極めて高いため、PTPシートから取り出して調剤しない」「粉砕しない」「一包化は不可」と明記されていました。服薬管理上の問題から一包化を必要とする高齢患者が多い中、これが実臨床での課題のひとつでした。
代替品のケーサプライ錠600mg(現:塩化カリウム徐放錠「St」)はどうでしょうか。日経メディカル(2025年3月)の記事によると、インタビューフォームの安定性データでは無包装・室温・なりゆきで6ヶ月安定との記載があります。つまり一包化は実質的に可能とみなせますが、アルフレッサファーマへの確認を経た上での対応が望ましいとされています。
アスパラカリウム錠300mgは、ニプロが「一包化には適さない薬剤」と明示しています。温度・湿度を管理しない環境下では、分包品であっても吸湿して錠剤としての形態が保てなくなるリスクがあります。一方でインタビューフォームには「相対湿度42%以下であれば30日間は外観変化なし」とのデータも示されており、気密性の高い容器に乾燥剤を入れた上で一包化対応する施設もあります。これは厳しいところですね。
グルコンサンK錠については、スローケー販売中止に伴いグルコンサンKにも出荷調整が入った時期がありました。現在は比較的入手しやすい状況ですが、供給状況の確認を定期的に行うことが実務上のリスク管理として重要です。
患者への説明も欠かせません。スローケーから錠剤以外の製剤(散剤・細粒)へ変更になる場合、服薬回数が1日2回から3〜4回へと増えることがあります。飲み忘れによる低カリウム血症のリスクを防ぐため、服薬指導の内容を変更後に改めて丁寧に行うことが重要です。飲み方の変化に気づかない患者が一定数いることを念頭に置いてください。
塩化カリウム徐放錠は一包化可か?(日経メディカル・2025年3月)——ケーサプライ後継品の一包化可否について詳しく解説されています。
代替薬への切り替えを安全に行うためには、施設内での標準化されたフローが重要です。これはひとつの現場対応の指針として参考にしてください。
まず確認すべきなのは、患者にスローケー(または旧ケーサプライ)が処方されていた理由です。アルカローシスに伴う低カリウム血症か、アシドーシス性か、あるいは利尿剤使用・ステロイド使用に伴う予防的補給かによって、最適な代替薬が変わります。
次のステップが製剤選択です。病態的に塩化カリウムが適切な場合は塩化カリウム徐放錠「St」(旧ケーサプライ)への切り替えが優先されます。入手困難な場合に限り、他剤へ切り替える判断となります。有機カリウム製剤に切り替える場合は、換算方法の確認と処方医への情報提供が必要です。
用量設定の場面では、常用量対比による初回用量の算出が基本となります。アスパラカリウムへの切り替えであれば「スローケーのmEq量の半量(×0.5)を目安にアスパラカリウムの用量を設定する」という原則を守ります。これだけ覚えておけばOKです。
切り替え後のモニタリングは不可欠です。処方医と連携し、切り替えから1〜2週間以内に血清カリウム値を測定する計画を立ててください。特にアスパラカリウムへの切り替えでは、初期用量が少なすぎた場合は低カリウム血症の遷延、多すぎた場合は高カリウム血症のリスクがあります。いずれも心電図変化や筋力低下・不整脈などの症状として現れる可能性があるため、患者への観察指示も忘れずに行ってください。
薬剤師の役割として、処方監査での用量チェックも重要です。スローケーからアスパラカリウムへの変更後処方においてmEq数がそのまま換算されていないかを確認することが、ヒヤリハット事例の再発を防ぎます。施設内でこのような換算の注意点を共有したチェックリストを用意しておくと実用的です。これは使えそうです。
スローケー錠600mgが市場から姿を消して数年が経ちますが、処方変更後に問題が生じるケースは今もゼロではありません。2023年にも日本医療機能評価機構の「共有すべき事例」にカリウム製剤切り替えに関するヒヤリハットが掲載されています。適切な情報を施設内で継続的に共有し続けることが、患者安全への最善の対応です。
薬局ヒヤリハット事例収集・分析事業 共有すべき事例(2023年7月・日本医療機能評価機構)——カリウム製剤切り替え時の換算ミス事例が記載されています。