据え込み比が2.3を超えたまま1工程で押し切ると、金型交換サイクルが激増して年間コストが跳ね上がります。

据え込み比(upsetting ratio)とは、据え込みを行う材料部分の「座屈しやすさ」を数値化した指標です。JIS B 0112(鍛造加工用語)では、加工前の高さをH₀、直径をD₀としたとき、据え込み比 = H₀ ÷ D₀ で表すと規定されています。
式で書くとシンプルです。
$$\text{据え込み比} = \frac{H_0}{D_0}$$
ここでH₀は素材(ビレット・スラグ)の加工前の高さ、D₀は同じく加工前の直径を指します。たとえばH₀ = 30 mm、D₀ = 15 mm の丸棒スラグであれば、据え込み比 = 30 ÷ 15 = 2.0 となります。30 mm という長さは、ちょうど一般的なM6ボルトの頭部を作る前の素材長さに相当する目安です。
この比が大きいほど、「細くて長い棒を縦に押しつぶす」状態に近づくことを意味します。細長いほど横に倒れやすい(座屈しやすい)ことはイメージしやすいでしょう。
据え込み比は「どのくらい激しく潰すか」を示す据え込み率(reduction in height)とは別概念です。据え込み率は(H₀−H)/H₀×100(%)で算出される加工度の指標で、85%以下が目安とされています。両者を混同しないことが重要です。つまり据え込み比は「座屈のしやすさ」、据え込み率は「変形の大きさ」です。
なお、同じ体積を作るには材料径が異なれば据え込み長さも変わります。アプセット鍛造では目的形状の体積から逆算して必要据え込み長さℓを求め、それを材料径dで割った「据え込み倍率(ℓ/d)」として整理するケースも多いです。この据え込み倍率はJISの据え込み比と同義であり、現場によって呼称が異なることがありますが、計算の本質は同じです。
鍛造加工用語の公式JIS規格については以下が参考になります。
据え込み比・据え込み率・鍛錬成形比など鍛造加工用語のJIS定義が一覧で確認できます。
JIS B 0112:1994 鍛造加工用語 — 喜玖機械設計事務所
現場で最も重要な数字は「2.3」と「3.0」の2つです。
一般的な冷間圧造・アプセット鍛造では、1回の工程における据え込み倍率(H₀/D₀)は3を超えてはならないというのが基本法則として知られています(アプセット鍛造の第一法則)。さらに実際の現場では材料切断面の傾き、金型のガタ、加熱ムラなどを考慮して、2.7以下に抑えるのが無難とされており、工程設計の基準として2.3〜2.7が現実的な運用限界です。
座屈が起きる理由を整理しましょう。据え込み比が大きい(細長い)状態でパンチが押し込まれると、材料には軸方向の圧縮荷重が加わります。しかし荷重が一定値を超えると、材料は縦に縮む代わりに横へ倒れてしまいます。これが座屈です。
座屈が生じると次の3つの問題が発生します。
- 成形後の製品にシワキズ(折れ込みキズ)が発生し、外観不良となる
- メタルフローが偏心してバリが偏り、製品の機械的強度が低下する
- 金型への偏荷重が増大し、型割れ・早期摩耗を招いて型寿命が短くなる
据え込み比が4.5を超えると明確に座屈が発生することが知られており(業界資料より)、2.3〜3.0 のゾーンはグレーゾーンとして管理が必要です。これは現場では「勘でなんとかなる範囲」として流してしまうケースがありますが、実は最も危険な領域です。このゾーンが要注意です。
また、据え込み比が3を超える場合でも「D/d ≦ 1.5(フランジ径が材料径の1.5倍以下)」という条件を満たせば加工できる場合があります(アプセット鍛造の第二法則)。さらにそれを超える場合は金型から突き出る材料の長さfを材料径d以下にする必要があります(第三法則)。これらは工程設計の際に一緒に確認しておくべきセットの知識です。
実際の工程設計では、据え込み比を計算したあと、それを限界値以内に収めるための多段工程設計を行います。手順は以下の流れです。
Step 1:目的形状の体積から必要据え込み長さℓを計算する
体積一定の原理(塑性加工では加工前後の体積は不変)を使います。目的とするフランジ部分の直径をD、厚みをLとし、素材の丸棒径をdとすると。
$$\ell = \frac{D \times D \times L}{d \times d}$$
この式はπ/4がキャンセルされるためこの形になります。たとえばφ80×厚さ38のフランジをφ30の棒から作る場合は、ℓ = 80×80×38÷30÷30 = 270 mm となります。これが必要据え込み長さです。
Step 2:据え込み比(倍率)を計算する
$$C = \frac{\ell}{d}$$
上記の例では C = 270 ÷ 30 = 9 となり、当然1工程では不可能な値です。
Step 3:工程数を決定して各工程の据え込み比を2.3以下に抑える
C = 9 の場合、工程線図(各メーカー・文献が提供)を参照すると3工程以上の荒地成形が必要と判断できます。各工程の目標径を算出し、円錐台状の荒地を段階的に成形していきます。各段階でのD₁/d、D₂/D₁、D₃/D₂がいずれも1.5倍以下になるよう調整するのが実務のポイントです。
体積一定の原理と各工程計算については以下が詳しく解説しています。
体積一定の原理・変形抵抗・加工硬化モデル式など鍛造力学の基礎が体系的にまとめられています。
鍛造に関する力学|鍛造加工の基礎知識5 — 株式会社イプロス
工程設計は「計算だけで完結する」と思われがちですが、素材の径公差も非常に重要な要素です。アプセット鍛造では材料径がばらつくと据え込み長さを一定にした場合にフランジ厚みがばらついてしまいます。材料径の公差を通常の1/3程度に絞ること、または材料径を実測して切断長さを補正する「材料径補正」が精度確保のカギです。この点が意外と見落とされがちな落とし穴です。
据え込み比を決めたあとは、プレス機やアプセッタの設備能力と照合するために加工荷重を計算する必要があります。必要成形荷重Pは次の式で概算できます。
$$P = K \cdot \sigma \cdot A$$
ここで、Kは変形抵抗係数(一般的に1.5〜2.0)、σは材料の抗張力(kg/mm²)、Aは最大断面積(cm²)です。一般的な熱間鍛造では加熱によって材料が常温の約1/10まで軟化し、炭素鋼の場合1,100〜1,200℃でσ ≒ 4〜5 kg/mm²程度になります。
フランジ径φ100 mm の場合を計算してみましょう。
$$A = \frac{\pi \times 100^2}{4 \times 100} \approx 78.5 \text{ cm}^2$$
$$P = 1.5 \sim 2.0 \times 4 \times 78.5 = 471 \sim 628 \text{ t}$$
つまりφ100のフランジ1つを熱間鍛造するのに約500 t 前後のプレス能力が必要です。この規模は4tトラックを125台積み重ねた重さに相当します。設備選定の根拠として必ず事前に計算しておくことが必要です。
ここで重要なのは、摩擦の影響です。型と素材との間に摩擦が作用する場合の据え込み圧力は次のように修正されます。
$$P = Y \cdot \left(1 + \frac{\mu \cdot d}{3h}\right)$$
ここでYは変形抵抗、μは摩擦係数、dは直径、hは高さです。d/hが小さい(細長い)うちは摩擦の影響が小さいですが、高さhが減少してd/h比が大きくなるにつれて摩擦の影響が急増します。これが「圧縮が進むほど荷重が急激に増加する」理由です。冷間鍛造では焼付き防止のためのボンデ処理(リン酸塩被膜処理)や、二硫化モリブデン系潤滑剤の使用が加工荷重の抑制と工具寿命の延長に直結します。潤滑が不十分だと据え込み比の制限値がさらに厳しくなる点も押さえておきましょう。
ここまでの内容を整理すると、据え込み比の計算式そのものはH₀/D₀という非常にシンプルな式です。しかし実際の現場では、この数値を正しく運用するうえで見落とされやすいポイントがいくつか存在します。独自の視点で整理します。
①「素材切断長さ」が起点であることを常に意識する
据え込み比の計算はH₀(スラグの高さ)から始まります。つまり切断精度が計算値とずれていると、据え込み比も計算通りにならないということです。切断面の傾きが数度あるだけで、実質的なH₀は設計値より長くなります。実測で据え込み比が0.2程度ずれることはよくあり、これが限界値ギリギリの工程では座屈の直接原因になります。測定のひと手間が重要です。
②据え込み比は「材料全体」ではなく「据え込む部分」の寸法で計算する
アプセット鍛造では棒材の一部だけを据え込む部分据え込みが多いです。この場合、H₀は材料全体の高さではなく、「ダイ(金型)から突き出ている据え込む部分の長さ」で計算します。全体の長さで計算してしまうと据え込み比を大幅に過大評価します。
③据え込み率(85%以下)と据え込み比(3以下)は両方を同時に確認する
工程設計では据え込み比だけを見て満足してしまいがちですが、据え込み率(高さ減少率)も同時に確認が必要です。据え込み比が2以下でも据え込み率が85%を超えると「加工部が飛ぶ」「ヒビが入る」等の不良が発生します。特に冷間加工で高炭素鋼や高硬度材を扱う場合は加工硬化が激しく、85%未満でも割れが生じることがあります。両方の基準を同時に確認するのが原則です。
④据え込み比が適切でも「工程とびによる硬化」が問題になる
多工程で据え込みを分割した場合、前工程で加工硬化した材料をそのまま次工程で加工すると変形抵抗が著しく上昇します。これが中間焼なまし(球状化焼なまし)の目的です。据え込み比の計算は「材料初期状態」を基準にしていますが、多段加工後の材料はすでに硬化しています。工程設計書上の据え込み比が適切でも、実際には荷重が計算値の2〜3倍に達するケースがあります。この点は計算式だけでは見えてこない経験知です。
アプセット鍛造の工程設計・法則・欠陥対策については以下が現場目線でまとめられています。
アプセット鍛造の第一〜第三法則・必要荷重計算式・工程数の求め方・鍛造三悪まで体系的に解説しています。
アプセット鍛造の基礎知識 — upset-tanzo.com