パクリタキセルより先にシスプラチンを投与すると、骨髄抑制が著しく増強します。

シスプラチン(Cisplatin、略称:CDDP)は、白金原子を含む「白金製剤」に分類される抗悪性腫瘍剤です。化学名はシス-ジアンミンジクロロ白金で、DNAの鎖内および鎖間に架橋を形成することでがん細胞の複製を阻害し、細胞死を誘導します。1970年代に開発されて以来、現在も多くのがん種で中心的な役割を果たすキードラッグです。
添付文書の冒頭に記載されている「警告」は、最も重みのある注意事項です。現行の添付文書(2025年9月改訂・第2版)では以下の2点が明記されています。
- 警告1.1:本剤を含むがん化学療法は、緊急時に十分対応できる医療施設において、がん化学療法に十分な知識・経験を持つ医師のもとで、適切と判断される症例についてのみ実施すること。治療開始前に患者またはその家族に有効性と危険性を説明し、同意を得ること。
- 警告1.2:小児悪性固形腫瘍に対するがん化学療法は、小児のがん化学療法に十分な知識・経験を持つ医師のもとで実施すること。
これらの警告は単なる「お作法」ではありません。シスプラチンは腎障害、骨髄抑制、聴器障害など複数の重篤副作用を併せ持つ薬剤であり、急変時に対応できる施設・体制が整っていない環境での使用は許容されないことを意味します。これが原則です。
また、規制区分は「毒薬」かつ「処方箋医薬品」であり、取り扱いには法的な厳格さも求められます。代表的な製剤としては、シスプラチン点滴静注10mg・25mg・50mg「マルコ」(日医工ファーマ)などがあり、薬価はそれぞれ983円、2,167円、3,363円(2025年9月時点)です。
シスプラチン添付文書全文(KEGG医薬品情報)|警告・禁忌から副作用頻度まで網羅されており、最新の添付文書情報を参照する際に有用です。
添付文書の「禁忌」は投与してはならない絶対的な制限事項です。シスプラチンには現在3つの禁忌が設定されています。
| 禁忌 | 内容 | 理由 |
|------|------|------|
| 2.1 | 重篤な腎障害のある患者 | 腎障害を増悪させ、腎からの排泄が遅れ重篤な副作用が発現する |
| 2.2 | 本剤または他の白金含有薬剤に過敏症の既往歴のある患者 | アナフィラキシーのリスク |
| 2.3 | 妊婦または妊娠している可能性のある女性 | 催奇形性・胎児毒性の報告あり |
「重篤な腎障害」の基準は添付文書上に数値が明記されていませんが、臨床的にはクレアチニンクリアランス(CCr)60mL/min未満が一つの目安として用いられることが多いです。ただし、筋肉量が少ない高齢者や女性では血清クレアチニン値が低くても実際の腎機能が低下していることがあるため、蓄尿法でのCCr測定を考慮する必要があります。判断が難しいところですね。
一方、禁忌ではないものの「慎重投与」相当として添付文書の「9.特定の背景を有する患者に関する注意」に記載されているのが以下の患者群です。
- 骨髄抑制のある患者(骨髄抑制を増悪させることがある)
- 聴器障害のある患者(聴器障害を増悪させることがある)
- 感染症を合併している患者(骨髄抑制により感染症を増悪させることがある)
- 水痘患者(致命的全身症状があらわれるおそれがある)
- 高齢者(生理機能の低下に留意し、慎重に投与すること)
- 授乳婦(授乳しないことが望ましい。ヒト母乳中への移行が報告されている)
高齢者の場合は腎機能・肝機能・骨髄機能がいずれも低下していることが多く、副作用が増強しやすい状況です。用量と投与間隔に十分な注意が必要です。
生殖に関わる注意事項も重要です。妊娠する可能性のある女性、またはパートナーが妊娠する可能性のある男性に対して、投与中および投与終了後一定期間は適切な避妊を指導するよう明記されています。性腺への影響についての考慮も含め、若年・生殖年齢の患者への説明は特に丁寧に行うことが求められます。
シスプラチンは非常に幅広いがん種に対して適応を持っています。これが基本です。現行の添付文書(2025年9月改訂)では、以下の区分で効能・効果が整理されています。
◆ シスプラチン通常療法(単剤または他の抗悪性腫瘍剤との併用)
睾丸腫瘍、膀胱癌、腎盂・尿管腫瘍、前立腺癌、卵巣癌、頭頸部癌、非小細胞肺癌、食道癌、子宮頸癌、神経芽細胞腫、胃癌、小細胞肺癌、骨肉腫、胚細胞腫瘍(精巣腫瘍・卵巣腫瘍・性腺外腫瘍)、悪性胸膜中皮腫、胆道癌。さらに2025年9月24日付で尿路上皮癌が新たに追加されました。
以下の悪性腫瘍に対する他の抗悪性腫瘍剤との併用療法として:悪性骨腫瘍、子宮体癌(術後化学療法・転移再発時化学療法)、再発・難治性悪性リンパ腫、小児悪性固形腫瘍(横紋筋肉腫、神経芽腫、肝芽腫その他肝原発悪性腫瘍、髄芽腫等)。
◆ M-VAC療法
尿路上皮癌に対して、メトトレキサート・ビンブラスチン硫酸塩・ドキソルビシン塩酸塩との4剤併用療法として使用されます。
2025年9月の改訂では「尿路上皮癌」「子宮頸癌における同時化学放射線療法(J法)」に係る追加承認が行われており、特に子宮頸癌へのJ法(シスプラチンとして40mg/m²を1日1回投与し、6日間休薬を1クールとする)は同時化学放射線療法として新たに明記されたものです。これは使えそうです。
注意点として、胆道癌での術後補助療法における有効性・安全性は確立していないことが「効能または効果に関連する注意」として明記されています。胆道癌での術後補助に本剤を使う場合は、関連文献を熟読した上で判断する必要があります。
2025年9月改訂の添付文書改訂のお知らせ(DSUシステム)|尿路上皮癌・子宮頸癌への新適応に係る用法・用量変更の詳細が確認できます。
シスプラチンの用量は「mg/m²(体表面積)」で設定されており、がん種や症状によってA法〜K法の投与方法が定められています。以下の表に代表的な投与法をまとめます。
| 方法 | 投与量(mg/m²) | スケジュール | 主な対象疾患 |
|------|--------------|------------|------------|
| A法 | 15〜20 | 1日1回×5日連続、2週休薬 | 睾丸腫瘍・膀胱癌・腎盂尿管腫瘍・前立腺癌 |
| B法 | 50〜70 | 1日1回、3週休薬 | 卵巣癌・食道癌 |
| E法 | 70〜90 | 1日1回、3週休薬 | 非小細胞肺癌・神経芽細胞腫・胃癌・小細胞肺癌 |
| G法 | 100 | 1日1回、3週休薬 | 骨肉腫 |
| I法 | 25 | 60分で点滴、週1回×2週連続→1週休薬 | 胆道癌 |
| J法 | 40 | 1日1回、6日休薬 | 子宮頸癌(同時化学放射線療法) |
| K法 | 70 | 1日1回、20日以上休薬 | 尿路上皮癌 |
ハイドレーション管理は添付文書記載の必須要件です。
添付文書の「7.用法及び用量に関連する注意」では、成人への投与時に腎毒性を軽減するための補液として次の手順が定められています。
1. 本剤投与前:1,000〜2,000mLの輸液を4時間以上かけて投与
2. 本剤投与時:500〜1,000mLの生理食塩液またはブドウ糖-食塩液に混和し、2時間以上かけて点滴静注(長時間になる場合は遮光して投与)
3. 本剤投与終了後:1,000〜2,000mLの輸液を4時間以上かけて投与
4. 投与中:尿量確保に注意し、必要に応じてマンニトール・フロセミドなどの利尿剤を投与
この標準的な大量補液法では合計2,500〜5,000mLを10時間以上かけて投与するため、従来は入院が前提でした。
ただし、2018年の添付文書改訂から「ショートハイドレーション法」が条件付きで認められました。「がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン」を参考にし、適用可能と判断される患者にのみ実施することが条件であり、全患者に一律適用できるものではありません。具体的には、CCr≥60mL/min、心機能良好(EF60%以上相当)、PS 0〜1といった選定基準を満たした患者に限られます。約2割の症例で消化器毒性などによる追加補液が必要となることも報告されており、安易な適用は禁物です。
薬剤師のためのBasic Evidence:シスプラチン・ショートハイドレーション法(日医工)|ショートハイドレーション法の具体的な投与例・適応患者の選定基準・観察すべき項目が詳述されています。
シスプラチンの添付文書に記載されている重大な副作用は多岐にわたります。腎障害ばかりが注目されがちですが、他にも見落とせない重篤副作用が存在します。
🔴 急性腎障害(頻度不明)
シスプラチン最大の問題点です。遊離型シスプラチンが尿細管細胞内に蓄積することで腎障害が起こります。BUN・血清クレアチニン・CCr値に異常が認められた場合は投与を中止し、速やかに対処することが求められます。また、臨床検査値の異常としてCCr値低下が40.4%(135/334例)に認められており、腎機能への影響は数値としても非常に高い頻度で現れます。
🔴 骨髄抑制
- 貧血:30.8%
- 白血球減少:40.0%
- 血小板減少:19.5%
- 汎血球減少・好中球減少:頻度不明
貧血・白血球減少はともに3割前後の高頻度です。骨髄抑制は感染リスクと出血リスクの増大に直結するため、頻回な血液検査による定期モニタリングが不可欠です。
🔴 聴力低下・難聴(2.8%)・耳鳴(3.3%)
ここが多くの現場で見落とされやすいポイントです。添付文書8.5項には「投与量の増加に伴い聴器障害の発現頻度が高くなり、特に1日投与量では80mg/m²以上で、総投与量では300mg/m²を超えるとその傾向は顕著となる」と明記されています。300mg/m²という数字は、例えばE法(70〜90mg/m²×1回、3週おき)を4〜5クール繰り返すと達しうる投与量です。高音域から聴力が低下し始め、不可逆的な場合もあることから、累積投与量を把握し、聴力検査のモニタリングを計画的に行うことが重要です。厳しいところですね。
🔴 ショック・アナフィラキシー(頻度不明〜0.1%未満)
白金製剤に対する過敏症の既往歴がある患者は禁忌であり、初回投与であっても過敏症反応が起こりうります。チアノーゼ・呼吸困難・血圧低下などが現れた場合は直ちに投与を中止し、適切な処置を行う必要があります。
🔴 その他の重大な副作用(頻度不明または低頻度)
うっ血乳頭・球後視神経炎・皮質盲などの視覚障害、脳梗塞・一過性脳虚血発作、溶血性尿毒症症候群(HUS)、心筋梗塞・狭心症・うっ血性心不全・不整脈、溶血性貧血、間質性肺炎、抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)、高血糖・糖尿病の悪化なども添付文書に記載されています。
副作用の種類が多いため、それぞれの発現タイミングを整理した上で観察計画を立てることが重要です。
厚生労働省:重篤副作用疾患別対応マニュアル(シスプラチン関連)|難聴をはじめとする聴器障害の発現機序・管理方法が詳述されており、臨床での副作用対応に役立ちます。
相互作用は添付文書の「10.相互作用」に記載されており、シスプラチンの場合は特に注意を要する組み合わせが複数存在します。
⚡ パクリタキセル(投与順序が重要)
シスプラチンとパクリタキセルを同日に投与する際は、必ずパクリタキセルを先に投与し、シスプラチンを後から投与しなければなりません。逆の順序(シスプラチン→パクリタキセル)で投与すると、パクリタキセルのクリアランスが低下し血中濃度が上昇するため、骨髄抑制が著しく増強するとされています。添付文書に「本剤をパクリタキセルの後に投与すること」と明確に記載されており、これは絶対に守るべき投与ルールです。また、両剤の併用は末梢神経障害も相互に増強するため、神経症状のモニタリングも必要です。
💊 アミノグリコシド系抗生物質・バンコマイシン・フロセミド
これらの薬剤はいずれも腎毒性および聴毒性を持つため、シスプラチンと組み合わせると腎障害・聴器障害が増強する危険があります。特に感染症を合併した患者でシスプラチンを使用する際、同時期にアミノグリコシド系やバンコマイシンを使っていないか確認することが必要です。
💊 フロセミド(利尿目的での使用時)
ハイドレーション時に強制利尿としてフロセミドが使われることがありますが、フロセミド自体が腎障害と聴器障害を増強する可能性を持っています。添付文書8.2項では「フロセミドによる強制利尿を行う場合は腎障害・聴器障害が増強されることがあるので、輸液等による水分補給を十分行うこと」と注意が加えられています。
💊 放射線照射
胸部への放射線照射との併用で、重篤な皮膚炎・食道炎・嚥下障害・肺臓炎が発現した報告があります。マウスの動物実験では放射線感受性増加が確認されています。肺陰影等が出現した場合には、本剤の投与および放射線照射を直ちに中止することが必要です。
💊 フェニトイン
シスプラチンとの併用でフェニトインの血漿中濃度が低下する報告があります。てんかんを合併している患者でフェニトインを使用中の場合は、抗てんかん薬の効果減弱に注意が必要です。
これが条件です:相互作用の確認は薬剤師・医師・看護師が連携して行うことが前提であり、チームでのレジメン確認が安全管理の基盤となります。
添付文書の「20.取扱い上の注意」には、医療現場での日常業務に直結する重要な注意事項が記載されています。臨床の現場でも意外に見落とされることがある内容が含まれています。
❄️ 保存条件:「室温保存・遮光保存」(冷蔵庫は禁止)
シスプラチン製剤は「室温保存」が原則であり、冷蔵庫で保管すると結晶が析出することがあると添付文書に明記されています(取扱い上の注意20.2)。冷蔵すれば長持ちするという発想は誤りです。包装を開封した後もバイアルを箱に入れて保存すること(20.1)が求められており、開封後も遮光を維持する必要があります。
🔦 遮光投与:「長時間投与時のみ」が原則
シスプラチンは光によって分解することが知られています。ただし、添付文書の記載では「点滴時間が長時間に及ぶ場合には遮光して投与すること」とされており、すべての投与で遮光袋が必要なわけではありません。標準的な2時間程度の点滴静注であれば、直射日光を避けることが基本ですが、調製から投与終了まで24時間を超える場合に遮光袋を使用するのが目安とされています。一律に遮光袋を使うのが「正しい」と思い込んでいる現場もありますが、長時間投与時のみが基本です。
🧪 調製後の使用タイミング
「本剤は輸液と混和した後、できるだけ速やかに使用すること」と添付文書に記載されています。調製後の保存には明確な時間制限があることを念頭において、調製から投与開始までの時間管理を行う必要があります。
⚗️ 薬液の皮膚・粘膜への付着
皮膚または粘膜にシスプラチン薬液が付着した場合は、速やかに洗い流すことが求められています。調製時は適切な防護具(手袋・マスク・ガウン等)を着用したうえで、安全キャビネット内で取り扱うことが推奨されます。これは必須です。
また、インタビューフォームにも記載があるとおり、シスプラチンはアルミニウムと反応して黒色沈殿を形成します。アルミ製の針を使用しないこと、投与ラインの選択にも注意が必要です。
シスプラチン点滴静注「マルコ」電子添付文書PDF(日医工ファーマ)|取り扱い上の注意・保存条件・調製方法が原文で確認できます。