パクリタキセルを先に投与すると、骨髄抑制が軽くなります。

シスプラチン(CDDP)は白金製剤に分類される抗悪性腫瘍剤であり、がん細胞のDNAに直接結合して細胞分裂を阻害することで抗腫瘍効果を発揮します。その幅広い適応から「プラチナ製剤の王様」とも称されており、現在でも多くの固形がんの標準治療レジメンにおけるキードラッグとして位置づけられています。
2025年9月24日付で添付文書が改訂され、従来の効能・効果に加えて尿路上皮癌(K法)および子宮頸癌における同時化学放射線療法(J法)が正式に追加されました。これは医療現場において非常に重要な改訂です。
現在の添付文書に記載されている主な適応がん種は以下の通りです。
| がん種 | 標準的投与法 | 投与量の目安 |
|---|---|---|
| 睾丸腫瘍・膀胱癌・前立腺癌 | A法 | 15〜20mg/m² × 5日間 |
| 卵巣癌・食道癌 | B法 | 50〜70mg/m²(3週間毎) |
| 非小細胞肺癌・胃癌・小細胞肺癌 | E法 | 70〜90mg/m²(3週間毎) |
| 骨肉腫 | G法 | 100mg/m²(3週間毎) |
| 胆道癌(ゲムシタビン併用) | I法 | 25mg/m²(週1回×2連続) |
| 子宮頸癌(同時化学放射線療法) | J法 | 40mg/m²(週1回) |
| 尿路上皮癌 | K法 | 70mg/m²(21日以上休薬) |
つまり、がん種によって選択する投与法が明確に異なります。例えば骨肉腫では最大100mg/m²という高用量が設定されている一方で、子宮頸癌の同時化学放射線療法では40mg/m²の週1回投与が基本となっています。投与法の混同は重大な過少投与・過剰投与につながるため、対象疾患ごとの用法を正確に把握することが原則です。
また、M-VAC療法(膀胱がん等)においては、メトトレキサート・ビンブラスチン・ドキソルビシンとの4剤併用が規定されており、各薬剤の投与日(1日目・2日目・15日目・22日目)が添付文書に細かく明記されています。投与スケジュールの確認は必須です。
参考:PMDA添付文書情報検索(シスプラチン)
医薬品医療機器総合機構(PMDA):シスプラチン添付文書一覧
シスプラチンの用量規制毒性(DLT)の一つが腎毒性であり、その管理が治療継続に直結します。腎障害が発生すると以降のクールで投与量を減量せざるを得なくなるため、適切な予防管理が極めて重要です。これは腎機能が重要です。
腎障害のメカニズムとしては、非結合型(遊離型)シスプラチンが糸球体濾過を受けて近位尿細管に移行し、尿細管壊死を引き起こすことが主な原因と考えられています。とくに投与後約6時間以内に遊離型シスプラチンが検出されるため、この時間帯の積極的な水分負荷と尿量確保が腎障害予防のカギとなります。
添付文書の7.1項には、成人に対する標準的なハイドレーション法として以下が規定されています。
合計すると2,500〜5,000mL以上の輸液を10時間以上かけて行う計算になります。これは成人男性の1日の体液量(約40L)の約1〜2割に相当する大量補液であり、必然的に入院加療が必要になります。
ただし、2018年の添付文書改訂以降、「少量かつ短時間の補液法(ショートハイドレーション法)」も明記されるようになりました。これは外来治療を可能にする重要な変更です。「がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン」等を参考にしつつ、適用可能な患者にのみ実施することが条件とされています。
ショートハイドレーション法は全症例に適用できるわけではありません。以下の条件を満たす患者が適応となります。
「手引き 第2版(2024年)」では、合計1,500〜2,500mL・3時間〜4時間30分の補液に加え、経口補液(当日500〜1,000mL程度)とマグネシウム補充(合計8mEq以上)の組み合わせが推奨されています。注意点として、過剰な飲水は低ナトリウム血症のリスクがあるため、水を飲みすぎないよう患者説明も必要です。
また、ショートハイドレーション法を行っても約2割の症例で消化器毒性等による追加補液が必要になるという報告があります。外来で実施する場合、投与後3〜5日間の食欲低下による脱水(腎前性腎障害)にも注意が必要です。ポストハイドレーションは投与後2〜3時間が最も重要な時間帯です。
参考:東和薬品「腎障害に注目した抗がん剤投与のポイント」
東和薬品 抗がん剤ナビ:腎障害に注目した抗がん剤投与のポイント(シスプラチンの腎障害メカニズム解説)
参考:日医工「薬剤師のためのBasic Evidence(シスプラチン:ショートハイドレーション法)」
日医工:ショートハイドレーション法の投与方法・適応患者・注意点を詳細解説
シスプラチンの重大な副作用のなかで、腎障害以外に医療従事者が特に把握すべきものが聴器障害です。添付文書8.5項には「投与量の増加に伴い聴器障害の発現頻度が高くなり、特に1日投与量では80mg/m²以上で、総投与量では300mg/m²を超えるとその傾向は顕著となる」と明記されています。
この300mg/m²という閾値は、どれくらいの治療量に相当するのか考えてみましょう。体表面積1.7m²の成人患者にE法(70〜90mg/m²)を用いる場合、1クール当たり約120〜153mg/m²の投与になります。つまり、わずか3クール目以降から総投与量が300mg/m²を超える計算です。シスプラチンを長期に渡って使用するレジメンでは、聴器障害のリスクが蓄積的に上昇していきます。
特に高音域(4,000Hz以上)の聴力低下や難聴・耳鳴が発現することがあります。そして重要なのは、シスプラチンによる聴覚障害は長期に残存し、不可逆的なことが多いという点です。一度生じると回復が難しい副作用のため、投与前から定期的なオージオメトリー(聴力検査)による継続的なモニタリングが求められます。
頭頸部癌領域では頭蓋内放射線照射との併用が行われることがありますが、添付文書の相互作用項(10.2)に「頭蓋内放射線照射」が記載されており、併用により聴器障害が増強する可能性があります。機序は不明とされていますが、放射線との相乗障害を念頭に置いた管理が必要です。これは慎重に行う必要があります。
小児患者においては特に注意が必要です。小児の胚細胞腫瘍・悪性固形腫瘍に対する投与では、添付文書9.7.1において「外国で聴器障害が高頻度に発現するとの報告がある」と明記されています。また、シスプラチンを総量400mg/m²以上で治療した精巣腫瘍患者では、精子濃度の回復が認められなかったとの報告(添付文書15.1.3)もあり、生殖可能な年齢の患者への投与においては性腺への影響についての説明と同意が不可欠です。
その他に見落としやすい重大な副作用として、以下が添付文書11.1に列挙されています。
特にアナフィラキシーは「複数回投与した後に発現する場合もある」と添付文書8.5項に明記されています。初回投与が問題なかったからといって、2クール目以降の投与時に油断するのは危険です。毎回の投与ごとに十分な観察を継続することが必要です。
参考:J-STAGE「頭頸部癌に対するシスプラチン投与後の聴覚障害の長期観察」
シスプラチンの添付文書10.2(併用注意)には複数の相互作用が記載されていますが、なかでも特に見落とされやすいのがパクリタキセルとの投与順序に関する注意事項です。これを知らないと大きなリスクになります。
添付文書には明確にこう記載されています。「本剤をパクリタキセルの前に投与した場合、逆の順序で投与した場合より骨髄抑制が増強するおそれがある。本剤をパクリタキセルの後に投与すること。」
つまり、シスプラチン→パクリタキセルの順で投与すると、パクリタキセルのクリアランスが低下して血中濃度が上昇し、骨髄抑制が増強します。正しい順序はパクリタキセル→シスプラチンです。日常的に行われている投与順序が逆であれば、それだけで骨髄抑制リスクを高めることになります。これは特に確認が必要な項目です。
その他の主要な相互作用をまとめると、以下の通りです。
| 併用薬 | 起こりうる問題 | 対応の原則 |
|---|---|---|
| パクリタキセル | 骨髄抑制増強・末梢神経障害増強 | パクリタキセルを先に投与 |
| アミノグリコシド系抗生剤(ゲンタマイシン等) | 腎障害・聴器障害の増強 | 可能な限り併用を避ける |
| バンコマイシン・フロセミド | 腎障害増強 | 患者状態を十分観察 |
| アムホテリシンB(注射剤) | 腎障害増強 | 慎重に使用 |
| 頭蓋内放射線照射・ピレタニド | 聴器障害増強 | 十分な聴力モニタリング |
| フェニトイン(抗てんかん薬) | フェニトイン血漿中濃度が低下 | 血中濃度のモニタリング強化 |
フェニトインとの相互作用は意外に見落とされがちです。シスプラチン投与によってフェニトインの血漿中濃度が低下するため、てんかんの合併患者においては抗てんかん薬の効果が減弱する可能性があります。機序は不明ですが、シスプラチン投与期間中はフェニトインの血中濃度を強化してモニタリングする必要があります。
また、フロセミドによる強制利尿は腎障害・聴器障害を増強させる可能性があるという点も重要です。尿量確保の目的でフロセミドを使用する際は、十分な水分補給をセットで行うことが添付文書8.2に明記されています。単にフロセミドで尿を出すだけでは逆効果になりえるということです。
参考:J-STAGE「薬物相互作用(11—抗がん剤の薬物相互作用)」
シスプラチンの添付文書14条(適用上の注意)には、他の薬剤ではあまり目にしない独特の注意事項が記載されています。調製・投与の実務に直結する内容であり、現場で必ず確認が必要です。
最も重要なのがアルミニウムとの反応です。添付文書14.1.2および14.2.3には「本剤は、アルミニウムと反応して沈殿物を形成し、活性が低下するので、使用にあたってアルミニウムを含む医療用器具を用いないこと」と明記されています。具体的には、アルミニウム製の針やコネクター、一部の輸液セットのポートにアルミニウム合金が使用されている場合、シスプラチンの活性が低下して十分な治療効果が得られなくなる可能性があります。これは見落としやすいポイントです。
調製時には必ず使用する輸液セットや混注針にアルミニウムが含まれていないことを確認することが原則です。
次に重要なのが溶媒の選択です。添付文書14.1.1に「クロールイオン濃度が低い輸液を用いる場合には、活性が低下するので必ず生理食塩液と混和すること」と記されています。ブドウ糖液のみや蒸留水での希釈は活性を損なうため、溶解・希釈には生理食塩液(または生理食塩液とブドウ糖食塩液の組み合わせ)を使用する必要があります。
また、光による分解にも注意が必要です。添付文書14.2.1に「溶解後光により分解するので直射日光を避けること」とあり、点滴時間が長時間に及ぶ場合には遮光して投与することが求められます。実際に室温(20℃)での溶解液の安定性については、「20℃で保存した場合、6時間後までは結晶析出を認めなかったが、24時間後に結晶の析出を認めた」というデータも添付文書に記載されています。つまり溶解後はできるだけ速やかに使用することが原則です。
さらに、「本剤は錯化合物であるので、他の抗悪性腫瘍剤とは混注しないこと」とも明記されています(14.1.4)。シスプラチンは単独で調製・投与することが基本です。
冷蔵保存についても注意が必要です。バイアル製品の場合、添付文書に「冷蔵庫保存では結晶が析出することがある」と記されており、室温保存が推奨されています。冷蔵保存によって結晶が析出した場合、その製剤を使用してしまうリスクがあります。必ず貯法を確認してください。
調製・投与時の注意点を整理すると、以下の通りです。
これらの注意事項は一見すると細かなことのように思えますが、どれも薬剤の活性や患者安全に直結する重要事項です。院内プロトコルや調製マニュアルが最新の添付文書と整合しているか、定期的に確認することをお勧めします。
参考:PMDA「シスプラチン注『マルコ』添付文書」
PMDA:シスプラチン注の調製・投与時の注意事項(適用上の注意14条)の全文