FLC曲線の「安全側」にプロットされていても、実際には割れが発生しているケースが現場では珍しくありません。

成形限界線図(FLD:Forming Limit Diagram)は、プレス成形品の各部位に生じる「最大主ひずみ(ε₁)」と「最小主ひずみ(ε₂)」の組み合わせを座標上にプロットした図です。縦軸に最大主ひずみ(ε₁)、横軸に最小主ひずみ(ε₂)を取るのが国際的な標準です。ただし注意が必要で、日本国内では縦軸と横軸が逆になっている資料も多く存在します。そのため手元の図を見る際には、まず軸の定義を確認することが原則です。
「最大主ひずみ」とは、板面内で最も大きく伸びた方向のひずみであり、「最小主ひずみ」はそれと直交する方向のひずみです。横軸(ε₂)がプラスなら板が両方向に引き伸ばされた「等二軸引張」の状態、マイナスなら一方向に縮んでいる「深絞り」に近い変形状態を示します。横軸ゼロの縦線上は「平面ひずみ」状態で、この付近が最も割れやすいことはFLDを語る上で外せないポイントです。
FLD全体は、実際のプレス成形品の各部位のひずみ状態を「点」として表した散布図とも言えます。一つの点が一つの計測箇所を意味しており、それらの点がFLC(成形限界曲線)に対してどの位置にあるかで、その箇所が安全かどうかを判断します。つまりFLDとは「実際の変形状態の地図」であり、FLCは「越えてはならない限界ライン」という関係です。
ひずみの測定には「スクライブドサークル試験」がよく用いられます。これは成形前の素板に直径5〜20mm程度の円形パターンをあらかじめ刻み、成形後に楕円状に変形した形状を測定することで、主ひずみの大きさと方向を求める手法です。円径が大きすぎると破断部近辺のひずみ急変を見落とすことになるため、計測精度の面では小さめの円を使うことが推奨されています。基本構造の理解が肝心です。
プレス成形における変形状態は、大きく「深絞り」「張出し」「伸びフランジ」「曲げ」の4種類に分類されます。それぞれの変形が、FLD上のどの領域に対応するかを把握しておくと、成形トラブルの原因特定が格段にスムーズになります。
参考:プレス成形の基礎からFLDの成り立ちを解説している、ものづくり.orgのプレス概論ページです。縦軸・横軸の定義や成形限界線の模式図が確認できます。
第6章 FLD - ものづくり金属プレスデータベース(ものづくり.org)
FLD上の点が「どの領域に落ちるか」を正しく読み取ることが、成形限界線図の見方の核心です。まず最も重要なのがFLC(成形限界曲線)の上側に落ちる「割れ(ワレ)判定域」です。シミュレーションツールでは通常赤色で表示され、FLCを超えるひずみ状態にある部位は破断リスクが高いと判定されます。
FLCのすぐ下には「割れの危険性(グレーゾーン)」が設けられています。これはFLC自体が持つ測定誤差やバラツキを補完するためのバッファ領域です。一般的に安全率として25%の余裕を見た「安全線」が引かれており、FLCと安全線の間の点は「要注意」として扱われます。安全線の内側に収まっている点は安全と判定されます。
| FLD上の領域 | 色(例) | 変形状態 | 判断 |
|---|---|---|---|
| FLC超え | 🔴 赤 | 過大ひずみ | 割れ発生 |
| FLCと安全線の間 | 🟡 黄 | 限界付近 | 要注意 |
| 安全域 | 🟢 緑 | 許容範囲内 | 合格 |
| 圧縮域 | 🔵 青 | 縮み変形 | しわリスクあり |
| 板増域 | 🟣 紫 | 強い縮み変形 | しわリスク高 |
| 板厚超過 | 🟠 橙 | 板厚減少過多 | 強度不足リスク |
| 張り不足 | ⬜ 灰 | 塑性変形不足 | 剛性不足リスク |
FLD左側の「圧縮」・「板増」領域には注意が必要です。これらの領域は、最小主ひずみが負(横軸がマイナス側)に位置しており、板が幅方向に縮んでいる状態を示します。一般的にしわ発生と結びつけて考えやすいですが、ブランクホルダ力で十分に押さえられている場合は、板厚が増加していてもしわには至らないことがあります。つまり「圧縮域=しわ確定」ではありません。
FLD右側の「板厚超過」(橙色)は、FLCは下回っているにもかかわらず板厚の減少が規定値を超えた状態です。割れには至っていなくても、製品として要求される板厚を維持できないため、強度不足や製品不合格の原因になります。FLCを見るだけでは見落とされやすい領域なので注意が必要です。
「張り不足」(灰色)は、主に大型で比較的平坦なパネル部品(フードアウタ、ドアアウタなど)で問題になります。材料が十分に引き伸ばされず、板厚が規定量まで減少していない状態で、これは製品の張り剛性不足につながります。割れとは正反対の現象ですが、製品品質に直結する見落としやすいポイントです。
参考:FLD上の各判定領域の定義と判断基準を詳しく解説しているAutoFormニュースレターの記事です。FLCと「割れの危険性」グレーゾーンの関係、板増・圧縮領域の境界式なども紹介されています。
結果変数「成形性」を使ったワレ・シワ評価 - AutoForm Newsletter
成形限界線図の見方を正しく理解するうえで、最も重要であり最も見落とされやすいのが「平面ひずみ点」です。この点は横軸(ε₂)がゼロ、すなわち最小主ひずみがゼロになる箇所で、FLC曲線全体の中で縦軸(ε₁)の値が最小となる「くびれ」に相当します。これが何を意味するかというと、平面ひずみ状態が最も少ないひずみ量で割れに至る、つまり最も危険な変形状態であるということです。
直感的には「ひずみが小さければ安全なはず」と考えがちです。しかし実際には逆で、等二軸引張(横軸プラス側)のほうがFLCの値は高く、より大きなひずみまで耐えられます。平面ひずみ状態では、板が一方向にのみ引き伸ばされるため、板厚は成形による伸びと同じ分だけ均等に減少し、塑性不安定性が最も早く発生することが塑性力学的に証明されています。意外ですね。
実際のプレス成形品では、コーナー部・段差部・フランジ端末付近など、材料の流れが拘束される箇所でこの平面ひずみ状態が発生しやすくなります。これらの箇所は、ほかの部位よりもFLCが低い位置にあるという事実を頭に入れて図を読む必要があります。FLCの最低点付近に成形品のひずみプロットが集中していないか、必ず確認してください。
これは品質管理上でも重大なリスクになります。たとえばシミュレーション上で「全プロットがFLC以下」と判定されていても、平面ひずみ点付近に点が密集している場合は、材料ロット間のバラツキや金型の経時変化によって想定外のタイミングで割れが発生することがあります。FLCの最低点に注意すれば大丈夫です。
参考:平面ひずみ状態(ε₂=0)付近でFLCが最低となる理由と、それが現場での割れ予測に与える影響を解説しているページです。スクライブドサークルとFLDの関係も詳しく述べられています。
現場で成形限界線図を活用する際には「安全率」の概念が必要不可欠です。一般的にFLD評価では、FLC(成形限界曲線)そのものではなく、そこから25%程度の余裕を持たせた「安全線」を基準に判定します。この25%という数字は、材料試験自体に存在するバラツキや、量産鋼板のロット間の特性差を考慮したものです。
なぜFLCには固定の線を引けないのかというと、破断限界ひずみの測定には「どの時点をネッキング開始と判定するか」「どの場所のひずみを計測するか」といった不確定要素が多く、同じ材料・同じ試験でも測定ごとにバラツキが生じるからです。たとえば、球頭パンチを用いた中島試験によってFLCを作成した場合、試験片の精密な作成やパンチへの均一な当たりを確保したとしても、バラツキを完全にゼロにすることはできません。
FLC単独の評価では「安全」と判断された箇所で実際に割れが生じた、という事例が現場では多く報告されています。そのため実務上は、FLCと安全線(FLCを25%程度下方にオフセットした線)の間に挟まれた「グレーゾーン」に入るプロットが存在する場合は、たとえFLC以下であっても改善検討の対象として扱うことが重要です。このグレーゾーンで管理するのが原則です。
また板厚減少率との組み合わせ評価も重要です。ひずみ評価(FLD)だけで「-19%、-27%の板厚ひずみは許容伸び率以下だから安全」と判断した場合でも、二軸引張・圧縮が複合する多方向変形を受けたプレス部品では、板厚ひずみ単独の評価では割れ発生の危険を見落とす可能性があります。これは一軸引張を前提とした伸び率と、実際の多軸変形ではメカニズムが異なるためです。FLD評価は板厚減少率評価と必ず組み合わせて実施する必要があります。
参考:シミュレーションによるひずみ評価だけでは割れリスクを見落とす実例と、FLDを用いた適切な評価の重要性を解説しているプレス成形シミュレーション事例です。
成形ワレは怖くないシミュレーションが実現した「試作レス」- ASTOM株式会社
近年のプレス加工現場で最も重要なテーマのひとつが、高強度鋼板(ハイテン材、AHSS)への成形限界線図の適用です。従来の軟鋼を前提に作られたFLD評価では対応できないケースが増えており、これを知らずに設計・金型製作を進めると、試作段階で予期せぬ割れが発生し、金型修正コストと納期の双方に大きなダメージを与えることになります。
特に980MPa級以上のデュアルフェーズ鋼(DP鋼)や先進高強度鋼(AHSS)では、以下のような割れが発生することが知られています。
これらは従来の二次元FLDでは予測できない割れ形態であり、JFEスチールが開発した「3D-FLD」のような三次元化した評価手法や、AutoFormのアドバンスト成形性解析(AFA)のような新世代ツールが対応しています。従来FLDを使い続けることで「割れないと判定されたのに割れた」という事態が起きうるということです。これは時間もコストも無駄にします。
また、1970年代に開発された「Keeler FLC計算式」を現代のハイテン材にそのまま適用している現場も散見されます。しかしKeeler式はもともと軟鋼材向けに設計されており、デュアルフェーズ鋼などのAHSSに適用するとFLCが実際より過大になる(つまり安全余裕が不足する)ことが研究で明らかになっています。KeelerモデルのFLCだけに頼ることは危険です。
参考:ハイテン材適用拡大に伴うFLD評価の限界と3D-FLDによる割れ予測精度向上について解説しているJFEスチールの技術資料です。
参考:ISO規格(ISO 12004-2)に基づいた高精度のFLD取得試験手法と、中島法・マルシニアック法の比較について詳述しているJFEテクノリサーチの技術紹介記事です。
【最新技術紹介】ISO規格による成形限界線図(FLD)取得試験 - JFEテクノリサーチ
成形限界線図は一度作ればそれで終わり、という使い方ではその真の価値を活かしきれていません。現場での本当の強みは、複数のトライアウト結果のFLDデータを蓄積・比較することで見えてくる「工程の安定性と材料傾向の変化」にあります。これはデータベース活用という視点です。
たとえば同一金型・同一材料グレードでも、ロットが変わるたびに各部位のひずみ分布がわずかに動きます。初回トライアウトのFLDと5回目のFLDを重ねて表示することで、「コーナー部のひずみがFLCに近づいている」という傾向が可視化でき、金型摩耗や潤滑剤の劣化を早期に検知できます。これは使えそうです。
また、材料サプライヤー変更や板厚変更を検討する際にも、過去のFLDデータが判断基準になります。現行材料のFLDと新材料のFLC特性を重ねることで、「安全余裕がどれだけ変化するか」を定量的に評価できます。経験と勘だけで「たぶん大丈夫」と判断するよりも、データとして比較できることで意思決定の根拠が明確になります。
デジタル活用という点では、DIC(Digital Image Correlation:画像相関法)を組み合わせることで、スクライブドサークルでは難しかった面全体のひずみ分布を連続的に取得できるようになっています。ランダムパターンを試験片に付与してビデオ撮影し、パターンの変化を追跡することで、破断直前のひずみ状態をリアルタイムで計測できます。このDIC+FLDのアプローチは、特に自動車メーカーのTier1企業を中心に採用が広がっています。
FLDはデータとして「貯める・比べる・活かす」ことで、不良コストの削減と試作レスの実現に直結します。日鉄テクノロジー(日本製鉄グループ)などの公的試験機関では、FLD取得試験の受託も行っており、自社で試験環境がない場合でも専門機関を活用することで高精度のデータを得ることが可能です。
参考:スクライブドサークル試験とDIC(画像相関法)を組み合わせたFLD取得手法、成形性評価試験の詳細を解説している日鉄テクノロジーの技術紹介ページです。
成形性評価試験(スクライブドサークル・FLD) - 日鉄テクノロジー(日本製鉄グループ)