添付文書に「有益性投与」と書いてあっても、917例の疫学データで先天奇形の増加は確認されていません。
セチリジン塩酸塩錠10mgは、第2世代の抗ヒスタミン薬(H₁受容体拮抗薬)に分類される薬剤であり、先発品の商品名はジルテック®です。通常、成人には1回10mgを1日1回就寝前に経口投与し、最高投与量は1日20mgとなっています。花粉症・アレルギー性鼻炎・蕁麻疹・アトピー性皮膚炎など多くのアレルギー疾患に広く処方される薬です。
第1世代の抗ヒスタミン薬と比べて中枢移行性が低く、眠気が比較的少ないという特徴があります。ただし、完全に眠気がないわけではないため、自動車運転時には注意を要します。これは基本です。
妊娠中に抗ヒスタミン薬が必要となる場面は決して少なくありません。花粉症やアレルギー性鼻炎を持つ妊婦は、妊娠中もアレルギー症状を来す可能性があります。日本では花粉症の有病率が約4割とも言われており、妊娠適齢期の女性も多数がアレルギー疾患を持っています。症状が強い場合、鼻閉や鼻汁・くしゃみにより睡眠障害が生じ、母体の健康状態に影響を与えます。アレルギー症状を放置するリスクもまた無視できません。
セチリジンは第2世代抗ヒスタミン薬の中でも、妊娠中の使用経験の蓄積とエビデンスが比較的ある薬剤として、日本産婦人科医会(JAOG)のガイドラインでもロラタジンと並んで「妊婦への一選択薬」と位置付けられています。現場で迷った際に参照できる情報です。
日本産婦人科医会|蕁麻疹などアレルギー症状を有する妊婦・授乳婦に対する薬物治療|妊婦への抗ヒスタミン薬の選択についてのガイドライン記載あり
医療従事者が患者指導の際に「セチリジンは妊娠中に禁止」と強調しすぎているケースがあります。しかしそれは正確ではありません。
添付文書では「妊婦又は妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」という、いわゆる「有益性投与」の記載があります。ただし、この記載は「禁忌」と同義ではない点をしっかり整理しておく必要があります。「有益性投与」は、安全性の確立が完了していないことを示す表現であり、現時点では催奇形性が証明されていないという意味が含まれます。
実際の疫学データを見ると、妊娠初期にセチリジンへ曝露された917例の前向き研究において、出生児における先天奇形発生率の増加は認められていません(OTC医薬品適正使用推進事業研究班の報告等に引用)。さらに、m3薬剤師コラム(2025年)では「妊娠初期に抗ヒスタミン薬を使用した妊婦20万例以上のメタアナリシスでは、主要な先天異常の有意な増加は示されていない」と記されています。つまり安全性のエビデンスは存在するということです。
なお、先天異常の発生率はもともと全分娩の約3%前後と言われており、そのほとんどは薬剤とは無関係に発生します。薬剤の催奇形性があったとしても、奇形発生率が約3%から5〜6%へ上昇する程度とされており、過度な恐怖心を患者に植え付けることは却って問題になり得ます。これは覚えておきたいポイントです。
また、現在わが国で承認されているすべての抗ヒスタミン薬において、催奇形性の報告はないとされています(日本産婦人科医会)。セチリジンも例外ではありません。
OTC医薬品適正使用推進事業研究班|妊娠可能年齢女性における抗ヒスタミン薬使用の実態と妊娠中の安全性評価|セチリジン917例の前向き研究データを含む詳細な文献
妊娠中の薬物投与において最も重要なのは「いつ使うか」です。妊娠時期によってリスクと対応方針が大きく変わります。
まず妊娠4週〜10週(一般に「絶対過敏期」)は、胎児の中枢神経・心臓・四肢など重要臓器の器官形成が盛んな時期であり、催奇形性の感受性が最も高い時期です。この時期は点鼻薬・点眼薬など局所投与を優先し、内服薬は原則として控えることが基本とされています。妊娠5カ月(約15週)以降であれば、医師の判断のもとで比較的安全な内服薬の使用が可能とされています。
| 妊娠時期 | 催奇形性リスク | 対応の目安 |
|---|---|---|
| 妊娠4〜10週(絶対過敏期) | 最も高い | 内服薬は原則回避、点鼻・点眼を優先 |
| 妊娠11〜14週 | 比較的低下 | 個別リスク・ベネフィット判断 |
| 妊娠15週以降 | さらに低下 | 有益性が高ければセチリジン使用可 |
| 妊娠後期(妊娠28週〜) | 抗ヒスタミン薬の蓄積に注意 | 必要最小限の使用 |
点鼻薬や点眼薬は局所吸収性が低く、全身への薬物移行量はごくわずかです。「インタール®(クロモグリク酸)点鼻薬・点眼薬」は胎児毒性の報告がなく、妊娠初期の第一選択として使いやすい薬剤です。まずこちらを検討するのが原則です。
また、妊娠初期に気づかずにセチリジンを服用してしまった場合も少なくありません。疫学データ上、器官形成期(4〜10週)に服用した71例中69例が正常児を出産したという報告があります。患者に不必要に不安を与えないよう、エビデンスに基づいた説明が医療従事者には求められます。慌てず個別に状況を確認する姿勢が条件です。
花粉症の妊婦への薬物療法について(Torch Clinic)|妊娠時期別の薬の選び方と安全性比較が詳しく解説されている
授乳中のセチリジン使用については、添付文書上は「授乳を避けること」と記載されています。しかしこの記載が、患者や医療従事者に必要以上の混乱を生んでいます。意外ですね。
日本の添付文書は、乳汁中に薬剤が移行するという事実のみをもって「授乳禁止」と記載するケースが非常に多く、海外の評価基準と大きな乖離があります。一方、国立成育医療研究センター(妊娠と薬情報センター)は「授乳中に安全に使用できると考えられる薬」のリストにセチリジン(ジルテック)を掲載しており、臨床現場では添付文書の文言をそのまま患者に伝えることが必ずしも正確ではありません。
授乳中の薬剤評価に使用される国際的な指標として「相対的乳児投与量(RID: Relative Infant Dose)」があります。RIDとは、母親が服用した薬剤のうち母乳を介して乳児が1日に摂取する量を、母親の体重換算用量に対して比率で示したものです。RIDが10%以下であれば授乳継続が可能と判断されることが国際的なコンセンサスです。セチリジンのRIDはおおむね低く、この基準を十分に下回るとされています。
国際的なガイドライン(Lactmed等)においても、授乳中に抗ヒスタミン薬が必要な場合の許容される選択肢としてセチリジンが推奨されています。ただし、授乳中の乳児に眠気が出る可能性はあるため、乳児の状態観察は必要です。乳児の状態確認が条件です。
| 評価機関・基準 | セチリジンの授乳中評価 |
|---|---|
| 日本の添付文書 | 授乳を避けること(旧記載) ※最新版は「有益性を考慮し継続または中止を検討」 |
| 国立成育医療研究センター(妊娠と薬情報センター) | 授乳中に安全に使用できると考えられる薬に掲載 |
| Lactmed(米国) | 授乳中の使用許容(低RID) |
| 日本産婦人科医会 | 授乳婦にも妊婦と同様の薬剤(セチリジン等)を推奨 |
医療従事者が添付文書の記載を機械的に患者へ伝えることで、授乳を不必要に中止させるケースが生じることがあります。患者にとっては授乳中断という大きな負担につながるため、国内外の最新情報を踏まえた指導が現場では重要になります。
国立成育医療研究センター|授乳中に安全に使用できると考えられる薬(薬効順リスト)|セチリジンの掲載が確認できる信頼性の高い一次情報
ここでは、検索上位には出てこないが現場で実際に問題になりやすい視点を整理します。
「有益性投与≠禁忌」を患者と医師双方に正しく伝える責任
添付文書に「有益性投与」と書かれていることで、患者自身が「医師に処方された薬なのに大丈夫なの?」と不安になるケースがあります。かかりつけ薬局や病棟薬剤師が服薬指導を行う際に、「有益性投与とは催奇形性が証明されていない薬剤に使われる表現であり、禁忌とは異なる」ことを丁寧に伝えることが、患者の自己判断での服薬中断を防ぐ上で重要です。自己中断がリスクになります。
特に花粉症が重症の妊婦において、薬を飲まずに症状を我慢することで睡眠が著しく障害される場合があります。睡眠不足は母体ストレスを高め、精神的健康にも影響します。症状の放置リスクと投薬リスクを天秤にかける視点が、妊娠中の薬物療法では常に必要です。
「妊娠中に気づかず服用してしまった」への対応
添付文書上の記載を見て、妊娠に気づかずにセチリジンを服用した患者が強いパニックに陥るケースが少なくありません。実際、催奇形性リスクが高い「絶対過敏期(妊娠4〜10週)」に服用した場合でも、セチリジンにおいては917例の前向き研究で先天奇形の増加は確認されていません。
また、「all or none期」(受精後〜妊娠3週末頃)に薬を服用した場合、奇形が生じるよりも流産が起きる可能性の方が高く、生まれた児には影響が出にくいとも言われています。これは知っておきたい情報です。
患者への説明のポイントをまとめると以下の通りです。
国立成育医療研究センター「妊娠と薬情報センター」では、妊娠中の服薬に関する相談電話を設けており、専門の医師・薬剤師が個別に対応しています。患者が「自分だけで判断せず専門家に聞く」という行動につなげるための情報提供が現場では大切です。
第2世代抗ヒスタミン薬の中でのセチリジンの位置付け
妊娠中に使用を検討できる第2世代抗ヒスタミン薬として、セチリジンの他にロラタジン(クラリチン®)、フェキソフェナジン(アレグラ®)なども候補に挙がります。それぞれの特徴は以下の通りです。
エビデンスの量という観点では、ロラタジン>セチリジン>その他、という序列が現状です。ただしセチリジンで症状コントロールが良好であれば、必ずしもロラタジンへ変更する必要はありません。「効いている薬はむやみに変えない」という判断も臨床では大切です。
国立成育医療研究センター|授乳中の薬の使用について(妊娠と薬情報センター)|最新の授乳中安全薬リストと相談窓口の情報あり
妊娠中のセチリジン塩酸塩錠10mgの投与判断において大切なのは、「有益性投与=危険」という誤った認識を医療従事者が持たないことです。917例というある程度の規模の疫学データで先天奇形の増加が示されていないこと、日本産婦人科医会が妊婦への一選択薬として位置付けていることは、患者指導の際にも有益な情報として活用できます。一方で、妊娠初期(特に絶対過敏期)には局所薬を優先し、全身投与はできる限り中期以降の医師判断のもとで行うという原則は変わりません。また、授乳中の扱いは妊娠中とは異なり、添付文書の記載と国際的評価の乖離を理解した上で、個別の患者に適切な情報提供を行うことが求められます。
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