サボリチニブは「アストラゼネカ単独の薬」だと思っていませんか?実は開発主体の約半分は中国企業であり、中国以外での承認はまだありません。

サボリチニブ(savolitinib)は、一般的にアストラゼネカの薬として認識されることが多いですが、その開発の背景には2社にわたる共同体制があります。開発に携わっているのは、英国ケンブリッジを本拠とするグローバル製薬企業アストラゼネカと、香港に本社を置く中国系バイオ医薬品企業HUTCHMED(ハッチメッド、旧名:Chi-Med)の2社です。
HUTCHMEDは、香港の大財閥である長江和記実業(Hutchison Whampoa)の系列企業として設立され、腫瘍・免疫疾患に特化した分子標的薬の研究開発と商業化を中核事業としています。日本国内ではなじみが薄い企業ですが、上海の研究施設を中心として複数のファーストインクラス候補化合物を有しており、サボリチニブはその主要パイプラインの一つです。
2社の協力関係が正式に始まったのは2011年です。この年、アストラゼネカとHUTCHMEDはサボリチニブの共同開発・商業化を目的としたグローバルライセンスおよび提携契約を締結しました。
役割分担は地域によって明確に分けられています。
- 中国国内での開発・製造・供給:HUTCHMEDが主導
- 中国以外の地域(欧米・日本など)での開発:アストラゼネカが主導
- 全世界での商業化・販売:アストラゼネカが担当
この体制は、中国系バイオベンチャーが開発した化合物をグローバル製薬企業がライセンスアウトして共に育てる典型的なモデルであり、近年の中国発医薬品のライセンスアウト活発化を象徴する事例でもあります。つまり、サボリチニブは「アストラゼネカ製」ではなく「HUTCHMEDとアストラゼネカの共作」と理解するのが正確です。
中国ではすでに「Orpathys(オルパシス)」というブランド名で販売されています。2021年6月にMETエクソン14スキッピング変異を有するNSCLC患者への条件付き承認を取得し、2025年1月には中国NMPAより正式承認(Full Approval)へと格上げされました。さらに2025年6月には、1次治療のEGFR阻害薬投与後に増悪したMET増幅NSCLCへの適応でのオシメルチニブとの併用も中国で承認されています。一方、日本・欧米では現時点で未承認薬であり、臨床試験という形で研究・評価が続けられている段階です。
アストラゼネカ公式プレスリリース:SAVANNAH試験の暫定結果とサボリチニブ・アストラゼネカ/HUTCHMED共同開発の背景について
サボリチニブがなぜ注目されるのかを理解するには、その標的であるMET(c-MET)の生物学的役割を把握することが不可欠です。MET(別名:肝細胞増殖因子受容体)はチロシンキナーゼ受容体の一種で、正常な細胞の増殖・生存・遊走において重要な役割を担います。しかし、がん細胞においてMETが過剰発現または遺伝子増幅を起こすと、腫瘍の増殖および転移促進につながることが知られています。
特にEGFR遺伝子変異陽性NSCLCの臨床現場で問題となるのが、EGFR-TKI治療中に生じるMET経路を介した二次耐性です。EGFR変異陽性NSCLCの患者さんは、ゲフィチニブやオシメルチニブのような分子標的薬で良好な初期奏効を示しますが、最終的にはほぼ全員が耐性を獲得します。その耐性機序の中でもMET増幅は最も頻度が高く、EGFR-TKI投与後の耐性患者の5〜15%で確認されるとされています。
サボリチニブはこのMETを標的とする、経口投与可能な強力かつ高選択性のMET受容体チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)です。METの異常な活性化を遮断することで、腫瘍の増殖シグナルを断ち切ります。その作用は主に以下の3つのMET異常パターンに対して効果を発揮します。
- METエクソン14スキッピング変異(原発ドライバー変異として)
- MET遺伝子増幅(EGFR-TKI耐性機序として)
- METタンパク質の過剰発現
選択性の高さが特徴であり、オフターゲット毒性を最小化しながら治療効果を発揮することが期待されています。これが臨床試験での良好な忍容性につながっています。経口薬である点もポイントです。化学療法に比べて外来治療が容易であり、患者さんのQOL維持に資する可能性があります。
日本肺癌学会:MET遺伝子の基礎・臨床的意義についての詳細解説(PDF)
サボリチニブに関する主要な臨床試験は、SAVANNAH試験・SACHI試験・SAFFRON試験の3つを中心に理解しておく必要があります。それぞれ役割が異なり、一連の開発ストーリーを構成しています。
SAVANNAH試験(第II相)は、タグリッソ(オシメルチニブ)による治療後に増悪し、MET過剰発現および/またはMET増幅が認められたEGFR変異陽性NSCLC患者を対象としたものです。オシメルチニブにサボリチニブ(300mg 1日1回)を追加投与する単アームの試験で、世界80ヶ所以上の施設で実施されました。2022年の世界肺癌学会(IASLC)で報告された暫定解析では、IHC90+および/またはFISH10+と定義されたMET高値群においてORR 49%(95%CI:39〜59%)という結果が得られました。さらに2025年3月の欧州肺がん会議(ELCC 2025)で公表された最新解析(N=80名)では、ORR 56%(95%CI:45〜67%)、DOR中央値 7.1ヶ月という数字が示され、良好な抗腫瘍効果が確認されています。
SACHI試験(第III相)は、中国68病院で実施された多施設共同非盲検ランダム化比較試験です。EGFR-TKI治療後に増悪し、MET増幅が確認されたEGFR変異陽性進行NSCLCの211例(全員アジア人)を、サボリチニブ+オシメルチニブ群と白金製剤ベース化学療法群に1:1で無作為化しました。2024年8月30日のデータカットオフ時点での中間解析結果が、2026年1月のLancet誌に掲載されています。
| 評価対象集団 | サボリチニブ+OSI群 PFS中央値 | 化学療法群 PFS中央値 | ハザード比 | p値 |
|---|---|---|---|---|
| 第3世代EGFR-TKI未治療集団 | 9.8ヶ月 | 5.4ヶ月 | 0.34 | <0.0001 |
| ITT集団 | 8.2ヶ月 | 4.5ヶ月 | 0.34 | <0.0001 |
ハザード比0.34という数値は非常にインパクトが大きいです。これは病勢増悪・死亡リスクを約66%低減することを意味します。グレード3以上の有害事象の発現割合は両群とも57%と同程度であり、忍容性の面でもサボリチニブ+オシメルチニブ群は化学療法に劣らないことが示されました。経口のみで治療が完結するオールオーラルレジメンである点も、実臨床での適用しやすさに直結します。
SAFFRON試験(第III相)は国際共同試験として進行中であり、SAVANNAH試験で確立されたMET高値のカットオフを用いて患者を前向きに選択し、オシメルチニブ+サボリチニブと白金製剤ベース化学療法を比較するデザインです。試験終了予定日は2026年12月31日とされており、SACHI試験と並ぶ重要なエビデンスとして期待されています。
結論はこのようにまとめられます。SACHI試験によって、MET増幅という耐性機序を持つEGFR変異陽性NSCLC患者の治療において、サボリチニブ+オシメルチニブは化学療法を大きく上回ることが示されました。
ケアネット:SACHI試験の詳細レポート(Lancet誌掲載の第III相中間解析結果)
サボリチニブの有効性がバイオマーカー選択に深く依存している以上、どのように患者を選択するかは臨床的に極めて重要です。検査を正しく理解し、適切なタイミングで実施することが治療成果に直結します。
SAVANNAH試験では、METの発現・増幅を評価するために2つの手法が用いられました。一つは免疫組織化学(IHC)であり、がん細胞表面上のMETタンパク質の発現を検出します。もう一つは蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)であり、がん細胞のDNA中から特異的なMET遺伝子配列の増幅を検出します。SAVANNAH試験でのMET高値の定義は「IHC90+ および/または FISH10+」とされており、このカットオフを満たした患者群でより高いORRが得られました。
これが原則です。MET高値基準を満たした患者群のORRは49〜56%に達した一方、MET高値を示さなかった患者群のORRは9%(95%CI:4〜18%)にとどまりました。つまり、バイオマーカーによる事前選択なしにサボリチニブを投与しても、大多数の患者では治療効果が期待できません。
SACHI試験では、MET増幅の検出にFISHを用いており、次世代シーケンシング(NGS)も認められています。EGFR-TKI耐性後の患者における分子検査について、腫瘍組織生検(組織FISH)だけでなく、血漿循環腫瘍DNA(ctDNA)を用いるリキッドバイオプシーによる検出も検討されています。組織が採取困難なケースでも液性検体を活用できる可能性があり、これは実臨床での検査機会を広げる点で意義があります。
また、検査のタイミングも見落とせないポイントです。EGFR-TKI耐性が疑われた段階、すなわち病勢進行を確認した時点での再生検・液性検体検査は、耐性機序の解明と次の治療方針決定において非常に重要です。SAVANNAH試験の結果は、タグリッソ単剤で増悪した段階でMET検査を積極的に行うことへの強い動機づけとなっています。耐性後にMET増幅を確認できれば、化学療法ではなくサボリチニブとの併用という治療オプションが視野に入ってきます。
SACHI試験でも強調されているように、この検査戦略はアジア人患者への適用可能性も高く、日本の実臨床においても今後の標準的なプロセスになりうると考えられます。
オンコロ:ELCC2025でのSAVANNAH試験最新データ報告(MET検査カットオフと有効性の関係)
医療従事者の多くは、サボリチニブ=肺がん(NSCLC)の薬というイメージを持っているかもしれません。しかし実際には、サボリチニブの開発はNSCLCに限らず、胃がんや腎がんへの適応拡大という多方面展開が着実に進んでいます。
まず胃がんについてです。HUTCHMEDは2025年12月、MET過剰発現胃がん患者を対象としたサボリチニブの新薬承認申請(NDA)が、中国NMPA(国家薬品監督管理局)に受理され、さらに優先審査の資格を得たことを発表しました。この申請は、中国国内で実施された第II相登録試験において、主要評価項目である客観的奏効率(ORR)を達成した結果に基づいています。MET過剰発現は胃がんでも耐性や予後不良に関連する重要なバイオマーカーであり、サボリチニブの適用が承認されれば、胃がん治療における新たな分子標的オプションとなります。
腎がんについては、サボリチニブは透明細胞腎細胞がんをはじめとした腎がん患者を対象とした臨床試験が進行中です。METシグナルは腎がん細胞の増殖や転移においても関与が知られており、分子標的薬としての可能性が模索されています。
このような多がん種への展開は、HUTCHMEDのパイプライン戦略を反映したものでもあります。同社は2025年発表の年次報告において、サボリチニブを含む主要パイプラインについて複数の規制当局提出・承認取得・試験開始を予定していることを明らかにしています。これは使えそうな視点です。肺がん以外の専門科に携わる医師も、今後サボリチニブの情報に触れる機会が増える可能性があります。
さらに見落とせないのが、HUTCHMED単独でのサボリチニブ開発の動きです。共同開発パートナーであるアストラゼネカが中国以外の商業化を担当しているのに対し、HUTCHMEDは中国国内での独自判断により胃がんへのNDA提出など積極的な動きを見せています。これは、一社ライセンス依存モデルから自社商業化能力を持つバイオ企業へとHUTCHMEDが進化していることを示す一例でもあります。
現時点では、いずれの新規適応も日本国内での承認には至っていません。しかし、SACHI試験の結果や中国での胃がん優先審査など、グローバルの動向は今後の日本における薬事戦略にも影響を与えうるものであり、継続的なウォッチが必要です。
サボリチニブを含む治療レジメンを実際の臨床に応用するにあたっては、有効性と同時に安全性プロファイルの把握が不可欠です。SAVANNAH試験・SACHI試験の両試験から得られた安全性データを整理しておきましょう。
SAVANNAH試験(2025年ELCC最新報告)では、グレード3以上の有害事象の発現率は57%でした。最も多く確認された有害事象は末梢浮腫(11%)、ALT上昇(6%)、肺炎(5%)であり、サボリチニブの既知の安全性プロファイルと概ね一致しています。サボリチニブが原因で治療を中止した患者は16%、オシメルチニブの中止は12%でした。
SACHI試験では、グレード3以上の有害事象発現率がサボリチニブ+オシメルチニブ群57%、化学療法群57%と両群で同等でした。これは重要なポイントです。白金製剤ベースの化学療法と比較して、骨髄抑制・悪心嘔吐などの化学療法特有の毒性を回避しながらも、全体的な毒性頻度としては同程度の管理が必要であることを示しています。
サボリチニブ特有の有害事象として特に注意すべきなのが以下の点です。
- 末梢浮腫・下肢浮腫:MET阻害による体液貯留が原因と考えられ、患者への事前説明が重要
- 肝機能障害(ALT/AST上昇):定期的な肝機能モニタリングが必要
- 肺毒性(間質性肺疾患・肺炎):オシメルチニブとの併用では特に注意が必要であり、早期に呼吸器症状を把握できる体制を整える
また、サボリチニブとオシメルチニブの両方を投与する場合、それぞれの既知の毒性が重複するリスクがあります。両薬剤の安全性プロファイルに精通した上で、有害事象が生じた際にどちらに起因するかを慎重に判断することが求められます。
日本国内での実臨床への直接適用はまだ先の話ですが、SACHI試験の対象はアジア人患者のみであり、日本人患者への外挿可能性は他の国際多施設試験と比較して相対的に高いと考えられています。現在進行中のSAFFRON試験(国際第III相)には日本施設も参加しており(jRCT番号:jRCT2031220420)、日本人データの集積が進んでいます。耐性後の治療機会が限られているEGFR変異陽性NSCLC患者にとって、サボリチニブは将来的な治療選択肢として現実味を帯びてきています。今後の規制動向や試験結果のウォッチが重要です。
jRCT(厚生労働省 臨床研究等提出・公開システム):SAFFRON試験の日本における登録・進捗状況

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