空咳が出ても、それが患者を誤嚥性肺炎から守っているケースがあります。

ロンゲス錠10mgは、一般名「リシノプリル水和物」を有効成分とするアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬です。製造販売元は共和薬品工業株式会社で、薬効分類番号は2144(血圧降下薬)および2179に分類されます。薬価は1錠あたり18.6円(2025年9月改訂添付文書時点)であり、5mg錠(14.6円)・20mg錠(19.6円)と合わせて3規格が存在します。
ACE阻害薬の作用機序を整理しておくことが重要です。ACEは、昇圧物質であるアンジオテンシンIをアンジオテンシンIIへ変換する酵素です。ロンゲス錠10mgはこの酵素を阻害することで、アンジオテンシンIIの産生を抑制し、末梢血管抵抗を低下させます。その結果、血圧降下作用と、心臓への前負荷・後負荷軽減による心不全改善作用が得られます。
ACE阻害薬のもう一つの重要な薬理学的特徴として、ブラジキニンの分解抑制があります。通常、ACEはブラジキニンを不活性化しますが、本剤の投与下ではブラジキニンが体内に蓄積します。これが空咳(咳嗽)や血管性浮腫の主因であると同時に、降圧作用の一端も担っています。つまり空咳はACE阻害薬の「作用のあかし」でもあるのです。
後発品(ジェネリック医薬品)としては、リシノプリル錠「トーワ」(東和薬品)などが存在し、薬価は10.4円/錠です。先発品と後発品の切り替えを行う際は、含量が同一であることを確認した上で対応します。
| 販売名 | 有効成分量(無水物換算) | 薬価(円/錠) | 規制区分 |
|---|---|---|---|
| ロンゲス錠5mg | リシノプリル5mg | 14.6 | 処方箋医薬品 |
| ロンゲス錠10mg | リシノプリル10mg | 18.6 | 処方箋医薬品 |
| ロンゲス錠20mg | リシノプリル20mg | 19.6 | 処方箋医薬品 |
参考:ロンゲス錠の添付文書情報(KEGG MEDICUS)はこちら
医療用医薬品:ロンゲス | KEGG MEDICUS(添付文書全文・相互作用情報)
ロンゲス錠10mgが保険適応として認められている効能・効果は、高血圧症と慢性心不全(軽症〜中等症)の2つです。ただし、慢性心不全への使用にあたっては重要な条件が設けられています。
まず高血圧症への投与について説明します。通常の成人では、リシノプリル(無水物)として10〜20mgを1日1回経口投与します。年齢・症状に応じて適宜増減しますが、重症高血圧症または腎障害を伴う高血圧症の患者では、5mgから投与を開始することが望ましいとされています。これは初回投与後に一過性の急激な血圧低下が起こりうるためです。
6歳以上の小児への適応も設定されている点は見落とされやすい特徴です。小児では0.07mg/kgを1日1回経口投与しますが、1日最大用量は20mgを超えてはなりません。なお、6歳未満の幼児・乳児・新生児・低出生体重児を対象とした臨床試験は実施されておらず、使用データが存在しません。
慢性心不全(軽症〜中等症)への投与は単独では使用できません。ジギタリス製剤、利尿剤等の基礎治療剤を投与しても十分な効果が得られない症例に限り、追加投与として使用します。重症慢性心不全に対する有用性は確立されていない点も重要です。慢性心不全への通常用量は5〜10mgを1日1回とし、腎障害を伴う患者では初回2.5mgからの開始が望ましく、高齢者でも同様に2.5mgからの開始が推奨されています。
手術前24時間は投与しないことが望ましい、という記載も重要です。麻酔による交感神経系の抑制に加えてACE阻害薬による降圧作用が重なると、術中・術後に重篤な低血圧が生じるリスクが高まるためです。外科系との連携においては、この術前休薬の確認を怠らないことが原則です。
ロンゲス錠10mgには7項目の禁忌が設定されています。それぞれの理由とともに確認することが適正使用の基本です。
禁忌の中で特に臨床現場での混乱が起こりやすいのが、サクビトリルバルサルタンナトリウム水和物(エンレスト)との関係です。エンレストは心不全治療において近年使用が広がっている薬剤ですが、ロンゲス錠10mgとは「投与中または投与中止から36時間以内」という期間を含めて併用禁忌です。これはエンレストがACEの働きを阻害するネプリライシン阻害薬と、ARB(バルサルタン)の合剤であるため、ACE阻害薬と重複してブラジキニンの分解を抑制し、血管性浮腫リスクが相加的に高まるからです。
つまりロンゲス錠10mgからエンレストに切り替える際は、ロンゲス投与終了後から少なくとも36時間経過してからエンレストを開始する必要があります。逆にエンレストからロンゲスへの切り替えの際も、エンレスト中止後36時間の間隔が必要です。36時間という数値だけ覚えておけばOKです。
血管性浮腫の既往がある患者(アンジオテンシン変換酵素阻害剤等による血管性浮腫、遺伝性血管性浮腫、後天性血管性浮腫など)も禁忌対象です。高度の呼吸困難を伴う血管性浮腫を発現するおそれがあり、見落とすと生命に関わる事態につながります。
アフェレーシス施行中の患者への禁忌も重要です。デキストラン硫酸固定化セルロースを用いたリポソーバー、トリプトファン固定化PVAを用いたイムソーバTR、セルソーバなどとの組み合わせは、ブラジキニン産生の増大を介してショック症状を引き起こすことがあります。また、AN69(アクリロニトリルメタリルスルホン酸ナトリウム膜)を用いた血液透析施行中も同様のメカニズムでアナフィラキシーを起こすことがあるため、禁忌です。
妊婦または妊娠している可能性のある女性への投与も禁忌です。海外のレトロスペクティブな疫学調査では、妊娠初期にACE阻害薬を投与された患者群において、胎児奇形の相対リスクが降圧剤非投与群より高かったと報告されています。妊娠中期・末期においては羊水過少症や胎児死亡の報告もあり、妊娠可能な女性患者には投与前の妊娠確認と定期的な妊娠チェックが必要です。
参考:ACE阻害薬とアフェレーシス・透析との禁忌背景を含む降圧薬の薬物相互作用
ロンゲス錠10mgには9種類の重大な副作用が添付文書に記載されています。いずれも頻度不明とされており、発現を見逃すと患者の生命予後に影響します。
血管性浮腫は最も注意が必要な副作用の一つです。顔面・舌・声門・喉頭の腫脹と呼吸困難を呈し、気道閉塞に至ることがあります。腸管血管性浮腫の場合は腹痛・嘔気・嘔吐・下痢として現れ、消化器症状として見落とされやすいため注意が必要です。異常が認められた場合には直ちに投与を中止し、アドレナリン注射・気道確保などの緊急処置が必要になります。これは最速で対応することが条件です。
急性腎障害については、ACE阻害薬が糸球体出球側細動脈を拡張させることにより糸球体内圧が低下し、腎機能を急速に悪化させるメカニズムが関与しています。特に両側性腎動脈狭窄のある患者では顕著なリスクがあります。尿量減少・BUN・クレアチニンの上昇に注意し、定期的な腎機能モニタリングが必要です。
高カリウム血症は、ACE阻害薬がアルドステロン分泌を抑制することにより腎からのカリウム排泄が減少し発現します。特にカリウム保持性利尿剤(スピロノラクトン・トリアムテレン)やカリウム補給剤との併用、腎機能障害・コントロール不良の糖尿病患者では血清カリウム値が高くなりやすいため、定期検査が不可欠です。手足に力が入らない・唇のしびれ・筋力低下といった症状を見逃さないことが求められます。
SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)の報告は見落とされやすい副作用です。低ナトリウム血症・低浸透圧血症・尿中ナトリウム排泄量増加・高張尿・痙攣・意識障害を伴うことがあり、確認されたら投与を中止し水分摂取制限などの適切な処置が必要になります。
その他の重大な副作用として、膵炎(胃・腹部の激しい痛み・吐き気・背部痛)、TEN・Stevens-Johnson症候群・天疱瘡様症状、溶血性貧血・血小板減少、肝機能障害・黄疸(ごくまれに肝不全に至った例の報告あり)が列挙されています。
| 副作用 | 主な症状・所見 | 対応の基本 |
|---|---|---|
| 血管性浮腫 | 顔・舌・喉の腫脹、呼吸困難 | 即時中止・アドレナリン注射・気道確保 |
| 腸管血管性浮腫 | 腹痛・嘔気・嘔吐・下痢 | 即時中止・精査 |
| 急性腎障害 | 尿量減少・BUN/Cr上昇・浮腫 | 中止・腎機能精査 |
| 高カリウム血症 | 筋力低下・口唇しびれ・心電図変化 | 中止・K値モニタリング |
| 膵炎 | 激しい腹痛・背部痛・嘔気 | 中止・消化器科コンサルト |
| TEN/SJS | 高熱・粘膜病変・広範な皮膚剥脱 | 即時中止・専門科へ |
| 溶血性貧血・血小板減少 | 黄疸・貧血・出血傾向 | 中止・血液検査 |
| 肝機能障害・黄疸 | AST/ALT著明上昇・眼球黄染 | 中止・肝機能精査 |
| SIADH | 低Na血症・意識障害・痙攣 | 中止・水分制限・専門科へ |
ロンゲス錠10mgを含むACE阻害薬を投与された患者から「咳が続く」という訴えは決して珍しくありません。添付文書の「その他の副作用」欄には、呼吸器の項目で咳嗽が「5%以上」と記載されており、ACE阻害薬全般では発現率5〜35%とされています。これは多くの医療従事者にとって既知の情報です。
しかしここが重要な点ですが、この空咳には意外なメリットが報告されています。ACEによって通常は分解されるブラジキニンが蓄積することで咽頭・気道の感覚神経が刺激され、咳反射が亢進します。この亢進した咳反射は、誤嚥物を気道から排除する防御機構として働く可能性があります。実際に、ACE阻害薬が脳卒中後などの嚥下機能が低下した高齢者における誤嚥性肺炎を予防するという報告が国内外で複数なされています。
空咳だから必ずARBへ切り替えるのが原則、というわけではありません。患者が苦痛を強く訴える場合・睡眠障害を来している場合・QOLが著しく低下している場合はもちろん変更を検討しますが、嚥下障害を抱える高齢者では咳反射亢進の恩恵があることも念頭に置く必要があります。患者個別の背景に応じた判断が重要です。
なお空咳の特徴は、痰を伴わない乾性の持続性の咳であり、「喉の狭窄感・違和感」として訴えられることが多く、夜間に多い傾向があります。女性・非喫煙者に出やすいという特性も報告されています。投与中止後、通常1週間以内に消失するため、ARBへ切り替え後も1〜2週間の経過観察が必要です。
参考:ACE阻害薬による空咳とARBへの変更の判断基準(薬剤師向け)
ACE阻害薬の空咳!なぜARBで止まる?薬剤師の対応フロー | m3.com(医師・薬剤師向け)
ロンゲス錠10mgの相互作用において、特に注意が必要な薬剤との関係を整理します。
NSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛剤)との併用は二重のリスクをもたらします。一つ目はロンゲス錠の降圧作用の減弱(プロスタグランジン合成阻害によるもの)、二つ目は腎機能悪化のリスクです。高血圧や心不全患者が整形外科や内科でNSAIDsを処方されているケースは少なくなく、ポリファーマシーの観点からも処方の全体把握が必要です。
カリウム保持性利尿剤(スピロノラクトン・トリアムテレン等)やカリウム補給剤との併用は高カリウム血症のリスクを高めます。スピロノラクトンは心不全治療で使用されることも多く、ロンゲス錠と組み合わせる際は血清カリウム値の定期検査が必須です。これが原則です。
利尿剤(チアジド系など)で治療中の患者にロンゲス錠を初めて追加する場合は、急激な降圧を来すことがあります。少量から開始することが基本です。
リチウム製剤(炭酸リチウム)との併用では、リチウムの近位尿細管再吸収が促進されてリチウム貯留が起こり、リチウム中毒(錯乱・振戦・消化器症状)を来す可能性があります。精神科との連携が必要な症例では血中リチウム濃度のモニタリングが求められます。
カリジノゲナーゼ製剤との併用でも過度の降圧が引き起こされる可能性があり、注意が必要です。またARBとの併用は、腎機能障害・高カリウム血症・低血圧のリスクがあることも押さえておく必要があります。eGFRが60mL/min/1.73m²未満の患者でのアリスキレン(ラジレス)との組み合わせも原則避けるべき併用です。
腎機能障害患者への投与量調整も重要です。クレアチニンクリアランスが30mL/min以下または血清クレアチニンが3mg/dL以上の重篤な腎機能障害患者では、投与量を半量にするか投与間隔を延ばすなど慎重な対応が求められます。腎排泄型の薬剤であるため、腎機能低下時には排泄が遅延し過度の降圧・腎機能悪化につながるリスクがあるからです。
参考:ロンゲス錠を含むACE阻害薬の術前休薬に関する院内指針(愛媛大学医学部附属病院)
手術前の休薬を考慮する降圧薬について(ver2.0)| 愛媛大学医学部附属病院薬剤部