計算式通りのピックフィードを守っても、実際の面粗さが理論値より2〜3倍悪化して手仕上げコストが跳ね上がることがあります。

ボールエンドミルで曲面や平面を加工すると、パスとパスの間に削り残しの「山」が発生します。この山の高さをカスプハイト(スキャロップハイト)といいます。カスプハイトは理論上の表面粗さに相当し、単位はマイクロメートル(μm)です。
カスプハイトの計算に必要な要素は2つだけです。ボールエンドミルの半径(R)と、加工パス間の距離であるピックフィード(P)です。
ピックフィード計算の基本式は以下のとおりです。
カスプハイト(理論面粗さ)の計算式
h = P² ÷ (8 × R)
h:カスプハイト(mm / 理論加工面粗さ)
P:ピックフィード(mm)
R:ボールエンドミルの半径(mm)
これは近似式です。厳密な式は「Rz = R − √(R² − (P/2)²)」ですが、現場での計算には近似式で十分です。
具体的な例で確認しましょう。コーナーR3mmのボールエンドミルを使い、ピックフィードを0.2mmに設定した場合、カスプハイトは次のように計算できます。
h = 0.2² ÷ (8 × 3) = 0.04 ÷ 24 ≒ 0.00167mm = 1.67μm
つまり、理論上の面粗さRzは約1.67μmということになります。
注意点があります。カスプハイトはあくまで「理論値」です。実際の面粗さは工具の振れ・ボール半径の精度・マシニングセンタの移動誤差・切削力による工具のたわみなど、複数の要因で理論値より悪化する傾向があります。計算値に対して1.5〜2倍程度の余裕を見て設定するのが現場の基本です。
理論値だけ信じると痛いですね。余裕は必須です。
なお、カスプハイトという用語はJSMEの機械工学辞典にも収録されており、学術的にも定義された用語です。
現場で多いのは「この面粗さに仕上げたい、ではピックフィードはいくらにすれば良いか?」という問いです。この場合は、カスプハイトの計算式を変形して逆算します。
ピックフィードの逆算式
P = √(8 × R × h)
h:目標カスプハイト(mm)
R:ボールエンドミルの半径(mm)
P:求めるピックフィード(mm)
実際の設計例で考えてみましょう。金型の中仕上げで目標面粗さをRz12.5μm(=0.0125mm)に設定し、使用するボールエンドミルの径が6mm(半径R=3mm)の場合を計算します。
P = √(8 × 3 × 0.0125) = √0.3 ≒ 0.548mm
したがってピックフィードは約0.5mmに設定すればよいことになります。これは100円玉の厚さ(約1.7mm)の約3分の1という、比較的広めのピッチです。逆算式をマスターすれば、CAMの設定値を直感ではなく根拠を持って決められます。これは使えそうです。
仕上げ加工でRz1.6μm(Ra0.4μm相当、精密仕上げレベル)を狙う場合も計算してみましょう。同じR3mmのボールエンドミルを使うと、P = √(8 × 3 × 0.0016) = √0.0384 ≒ 0.196mm、つまりピックフィードは約0.2mm以下に設定する必要があります。
ピックフィードが半分になると、パス本数は2倍になります。仮に粗加工時のパス本数が100本だったとすれば、仕上げ加工では200本以上になり、加工時間も単純計算で2倍以上かかります。面粗さと加工時間はトレードオフの関係です。これが原則です。
| 目標Rz(μm) | R3mm時のピックフィード目安 | 加工用途の目安 |
|---|---|---|
| 12.5 | 約0.55mm | 中粗加工(一般切削面) |
| 6.3 | 約0.39mm | 中仕上げ |
| 3.2 | 約0.28mm | 仕上げ切削面 |
| 1.6 | 約0.20mm | 精密仕上げ |
| 0.8 | 約0.14mm | 超精密仕上げ(研磨前提) |
早見表を活用することで、毎回計算しなくても素早く設定値を決定できます。三菱マテリアルやミスミが公開している選定表も実務上の参考になります。
ミスミ技術情報:ボールエンドミル加工による面粗さから適したピックフィードを設定する方法(早見表付き)
多くの金属加工従事者が見落としやすいポイントがあります。平面と傾斜面ではピックフィードと面粗さの関係が変わるという事実です。
平面を加工している場合、ピックフィード(P)は工具の半径方向切込み量aeと等しくなります。計算式もシンプルに適用できます。一方、傾斜面を加工している場合は、傾斜面に沿った方向の切込み量(ae')がピックフィード(P)と等しくなるため、傾斜角αによって実効的な面粗さが変化するのです。
つまり同じピックフィードを設定しても、傾斜面では平面とは異なる仕上がりになります。傾斜面への注意は必須です。
具体的には、傾斜角が大きい面(急斜面)ほど、工具が面に接する状態が変化し、設計通りのカスプハイトが得られにくくなる傾向があります。国の職業能力開発施設であるポリテクセンターの研究ノートでも、「斜面角によってピックフィード値と面粗さの関係が異なる」という事実が報告されています。
職業能力開発総合大学校(ポリテクセンター):CAD/CAMで設定するピックフィード値と表面粗さに関する考察(研究ノート・PDF)
傾斜面加工での対策として、以下の3点を意識するとよいでしょう。
送り方向の面粗さも考えることが条件です。この視点が抜けると、研磨で余計な時間を取られます。
ボールエンドミルだけでなく、ラジアスエンドミル(コーナアールエンドミル)を使った加工でもピックフィードの計算が必要になります。基本の計算式はボールエンドミルと同じです。ただし、使用する半径の値が異なります。
ボールエンドミルの場合はボール半径(工具直径の1/2)をRに代入します。ラジアスエンドミルの場合はコーナアール半径(コーナR)をRに代入します。ここが原則です。
例えば、直径12mmのラジアスエンドミルでコーナRが2mmの場合、Rには「2」を入れます。工具半径の「6」を入れると誤った計算になるので要注意です。
⚠️ よくあるミス:ラジアスエンドミルのピックフィード計算で工具の外径半径をRに代入してしまうケース。コーナアール半径を使わないと、実際より小さいカスプハイトが計算されてしまい、面粗さを過小評価します。
ラジアスエンドミルには、ボールエンドミルに比べて剛性が高いという特長もあります。不二越の技術情報によれば、「ラジアスエンドミルは剛性が高いため、低切り込みでも大きなピックフィードで加工が可能」とされています。同じ面粗さを狙うとき、工具選択の段階でラジアスエンドミルを選ぶと、ピックフィードを広げられる分だけ加工時間を短縮できる可能性があります。
工具選択もコスト削減につながります。ボールエンドミルとラジアスエンドミルの使い分けを見直すだけで、加工プログラムの実行時間が変わることがあります。
三菱マテリアルはボールエンドミル・ラジアスエンドミル両方のピックフィード選定表をWebで公開しており、エンドミル半径別・カスプハイト別に一覧できます。手計算の確認にも使えます。
三菱マテリアル:ピックフィードのピッチ選定表(ボールエンドミル・ラジアスエンドミル対応)
ここまで計算式の話をしてきましたが、実務での本当の課題は「理論計算を知っているのに、なぜ最適化できないか」という点にあります。
最も多い落とし穴は、中粗加工と仕上げ加工で同じピックフィードを使い続けているケースです。仕上げ加工に必要な0.1〜0.2mmのピックフィードを、中粗加工にまで適用してしまうと、加工時間が2〜5倍に膨らむことがあります。たとえば、ピックフィードを0.5mmから0.2mmに変更した場合、単純計算でパス本数は2.5倍になり、加工時間も同様に増加します。1時間の加工が2時間半に変わるイメージです。
逆に、仕上げ加工で必要以上にピックフィードを大きく設定した場合、面粗さ目標を超えてしまい手仕上げ研磨の工数が増えます。機械加工の時間は短縮できても、研磨の人件費が嵩んでトータルコストが上がることがあります。コスト全体を見ることが大切です。
実務的な最適化の考え方を整理すると次のようになります。
計算を「CAMまかせ」にしていると、CAMの初期設定値がそのまま使われ続けることがあります。設定の意味を理解した上でCAMに入力することが、品質と効率を両立する最短経路です。
また、工具のR精度や振れを測定できる「非接触型のツールプリセッタ」を現場に導入することで、計算値と実測値のズレを事前に把握できるようになります。特に小径ボールエンドミル(φ2mm以下)を使用する際は、工具の振れが理論面粗さに与える影響が大きいため、測定なしで設定するのは注意が必要です。
結論は「計算式を武器にし、現場確認で仕上げる」です。
ピックフィード計算を理解した上で実際の加工に取り組むことで、「なんとなく細かく設定しておけば安心」という感覚頼りの設定から脱却できます。計算式という根拠があれば、上司や顧客への説明も明確になり、プロとしての信頼性も高まります。
三菱マテリアル:エンドミル加工の特徴(ピックフィードとカスプハイトの関係・実務解説)

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