「ノルアドレナリンは血圧を上げる薬」と思い込んで投与量を増やし続けると、腸管虚血で患者が多臓器不全に陥るリスクがあります。

ノルアドレナリン(一般名:ノルエピネフリン)は、内因性カテコールアミンの一種であり、交感神経末端から放出されるほか、副腎髄質からも分泌されます。注射液として臨床使用する場合、その薬理作用はα1受容体・α2受容体への強力な刺激と、β1受容体への中程度の刺激によって構成されます。β2受容体への作用はほぼ無視できる程度です。
α1受容体刺激の効果は明確です。全身の動脈・静脈が収縮し、末梢血管抵抗(SVR)が上昇します。これにより収縮期・拡張期ともに血圧が上昇し、MAP(平均動脈圧)が改善されます。敗血症性ショックでは血管拡張による低血圧が主病態であるため、この作用が治療の根幹となります。
β1受容体刺激による効果も見逃せません。心収縮力が増強され、心拍数はわずかに増加するか、むしろ反射性徐脈により低下するケースがあります。これはMAPの上昇に伴い圧受容器反射(baroreceptor reflex)が働くためであり、臨床的に「血圧は上がったのに心拍数が下がった」という状況はノルアドレナリン投与中に比較的よく観察されます。意外ですね。
アドレナリンと比較すると、ノルアドレナリンはβ2作用がほぼないため、気管支拡張や骨格筋血管拡張の効果は期待できません。一方で血管収縮作用はアドレナリンと同等以上であり、純粋な「昇圧」を目的とする場面ではノルアドレナリンの方が適している場合が多いです。これが基本です。
| 受容体 | 作用部位 | 臨床効果 |
|---|---|---|
| α1(強) | 末梢血管 | 血管収縮・MAP上昇 |
| α2(中) | 交感神経末端・血管 | ノルアドレナリン放出抑制・血管収縮補助 |
| β1(中) | 心筋 | 心収縮力増強・心拍数変化は軽微 |
| β2(極弱) | 気管支・末梢血管 | 臨床的に無視できる程度 |
Surviving Sepsis Campaign(SSC)ガイドライン2021年版でも、敗血症性ショックにおける昇圧薬の第一選択はノルアドレナリンであると明記されており、エビデンスレベルは強い推奨(Strong recommendation)です。
参考:Surviving Sepsis Campaign 2021 International Guidelines(日本集中治療医学会・日本救急医学会が共同翻訳した日本語版ガイドライン関連情報)
日本集中治療医学会:敗血症関連ガイドラインに関する情報
臨床現場でのノルアドレナリン調製は、施設ごとにプロトコルが異なりますが、一般的に用いられる濃度は「0.1mg/mL(100μg/mL)」または「0.2mg/mL(200μg/mL)」です。体重換算で投与速度を管理するため、調製ミスが直接的な過量投与・過少投与につながります。
市販されているノルアドレナリン注射液(例:ノルアドリナリン注1mg/mL)は、原液が1mg/mLと高濃度であるため、必ず希釈して使用します。代表的な調製例を示します。
この計算式は確実に押さえてください。希釈に用いる溶液は生理食塩水または5%ブドウ糖液が一般的です。ただし、ノルアドレナリンはアルカリ性溶液で分解しやすいため、重曹(炭酸水素ナトリウム)との同一ラインでの投与は避けることが原則です。
光により分解するという点も重要です。調製後の輸液バッグやシリンジは遮光が必要であり、調製後の安定性は常温で最大24時間程度とされています。施設によっては調製後12時間での交換を規定しているところもあります。遮光が条件です。
投与ルートは中心静脈カテーテル(CVC)が推奨されます。末梢静脈からの投与は血管外漏出時に組織壊死を引き起こすリスクがあり、可能な限り避けるべきです。緊急時など末梢投与が避けられない場合は、前腕の太い静脈を選択し、できる限り短時間に留めてCVCへの切り替えを急ぐことが現場での鉄則です。
投与開始後のモニタリングが、ノルアドレナリンの効果を正しく評価する鍵です。開始用量の目安は0.01〜0.05μg/kg/minとされており、目標MAPが65mmHgに達するまで5〜15分ごとに段階的に増量します。これが原則です。
モニタリングすべき項目を以下に示します。
高用量域(0.25μg/kg/min 以上)になると、臓器虚血のリスクが急増します。腸管血流の低下による腸管虚血・壊死、四肢末梢の血流途絶(指趾壊疽)、腎機能悪化がその代表です。「血圧が上がっているから大丈夫」という判断は危険です。血圧だけで評価してはいけないということですね。
高用量でも目標MAPが達成できない場合は、バソプレシン(0.03〜0.04単位/min)の併用が推奨されます。これはSSCガイドラインでも示されており、ノルアドレナリン単剤での増量よりもバソプレシン追加の方が臓器保護の観点で有利とされています。これは使えそうです。
参考:日本集中治療医学会 敗血症診療ガイドライン関連資料
日本集中治療医学会:ガイドライン・指針一覧
ノルアドレナリンの副作用は、その薬理作用の延長線上にあります。主なものとして、高血圧(過量投与)、反射性徐脈、不整脈(心室頻拍・心室細動)、腸管虚血、腎機能障害、末梢虚血(指趾壊疽)が挙げられます。
なかでも臨床現場で緊急対応を要するのが、血管外漏出による組織壊死です。ノルアドレナリンは強力な血管収縮作用により、漏出部位の組織が急速に虚血・壊死に至ります。皮膚が白〜青紫色に変色し、漏出後数時間で壊死に進展することがあります。
血管外漏出を発見した際の対処手順は以下のとおりです。
フェントラミンによる拮抗処置は速やかに行うことが条件です。処置が遅れるほど壊死範囲が拡大し、植皮や切断術が必要になるケースもあります。施設内に拮抗薬のストックと使用手順が整備されているか、定期的に確認しておくことが望ましいです。
副作用のなかで見落とされがちなのが、長期高用量投与による腸管虚血です。腹痛・腸蠕動低下・便血などの所見は鎮静中の患者では訴えが得られにくいため、腹部の視触診と腸音聴診、消化管出血の有無を定期的に確認する習慣が重要です。乳酸値の持続高値も腸管虚血の間接指標になります。
参考:医薬品医療機器総合機構(PMDA):ノルアドリナリン注 添付文書情報
PMDA 医療用医薬品:ノルアドリナリン注(添付文書・審査情報)
ノルアドレナリンの離脱は、急な中止ではなくウィーニング(漸減)が原則です。急速な中止は反跳性低血圧を引き起こし、循環の再破綻につながります。一般的には0.01〜0.02μg/kg/min ずつ段階的に減量し、各ステップで15〜30分観察してMAPの安定を確認してから次のステップへ進みます。
離脱の開始目安は以下のとおりです。
ここで医療従事者が見落としがちな視点として、「昇圧薬疲弊(vasopressor fatigue)」という概念があります。これは敗血症の長期管理において、α受容体のダウンレギュレーション(脱感作)や血管平滑筋の応答低下により、同一用量のノルアドレナリンに対する昇圧効果が経時的に減弱する現象です。
臨床的には、「投与量を変えていないのに血圧が下がってきた」という状況がこれに相当します。この場合、単純にノルアドレナリンを増量するだけでは対応しきれないことがあります。そこで重要になるのが、ヒドロコルチゾン(200mg/日持続投与)の追加です。ステロイドはカテコールアミン感受性を改善する作用があり、SSCガイドラインでも難治性敗血症性ショック(ノルアドレナリン0.25μg/kg/min 以上が必要な場合)に対してヒドロコルチゾン投与を考慮することが推奨されています。
つまり、ノルアドレナリンの増量に行き詰まったときには「受容体の感受性そのものを改善する補助療法」に目を向けることが次の一手です。この視点は、血圧数値だけを追いかける管理から脱却するための重要なポイントです。
また、離脱困難なケースでは、フルドロコルチゾン(経口0.05mg/日)の追加が腎尿細管でのナトリウム保持を強化し、循環血液量の安定に寄与するという報告もあります(APROCCHSS試験)。多角的なアプローチが条件です。
ノルアドレナリンの投与管理は、投与開始から離脱完了まで一貫したプロトコルと定期的な再評価が求められます。「今の投与量が本当に必要か」を毎日問い直す姿勢が、患者の転帰改善につながります。
参考:APROCCHSS試験に関する解説(日本集中治療医学会誌・関連学術情報)
日本集中治療医学会誌(Journal of Japanese Society of Intensive Care Medicine)