あなたが使っている研究試薬の製造元は、実は半導体工場と同じ敷地で材料開発をしています。

メルクの静岡事業所(静岡県掛川市千浜3330)が開設されたのは1984年のことです。1984年といえば、ちょうどロサンゼルスオリンピックが開催され、日本でもファミコンブームが始まった年代です。その頃から同拠点は半導体向けパターニング材料・蒸着材料の研究開発および製造を一貫して手がけてきました。つまり、掛川の地は40年以上にわたって世界の半導体産業を下支えしてきたことになります。
メルクは1668年にドイツ・ダルムシュタットで創業した、世界最古の医薬・化学品企業です。創業家が今でも株式の過半数を保有する、極めて稀有な上場企業でもあります。現在はヘルスケア、ライフサイエンス、エレクトロニクスの3事業部門を持ち、2023年度の売上高はグループ全体で210億ユーロ(約3.3兆円相当)に上ります。
掛川の静岡事業所はエレクトロニクス部門の中核拠点として位置付けられており、日本の顧客ニーズへの対応だけでなく、グローバルな研究開発の「頭脳」としても機能しています。これは重要なポイントです。半導体材料の研究が日本国内から行われているという事実は、国内の製造業・医療機器産業にとっても直結する話です。
メルクの日本法人としての歩みを振り返ると、1968年の設立以降、液晶材料・半導体材料・バイオ研究試薬など多角的に展開してきました。2020年には「メルクエレクトロニクス株式会社」が設立され、掛川事業所はその主要拠点に位置づけられています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 静岡県掛川市千浜3330 |
| 開設年 | 1984年 |
| 主な事業 | 半導体・ディスプレイ向け材料の研究開発・製造 |
| 2021年以降の累計投資 | 1億2,000万ユーロ超(約190億円超) |
| 最新プロジェクト | 先端材料開発センター(AMDC)建設 |
参考リンク(メルクの静岡事業所および半導体材料事業の公式情報)。
メルク グループ ジャパン|デジタル化を支える技術(静岡事業所紹介ページ)
2024年12月、メルクは静岡事業所内に「先端材料開発センター(Advanced Materials Development Center:AMDC)」を建設すると発表しました。投資額は7,000万ユーロ超(約100億円)です。100億円の規模感を数字で考えると、東京オリンピックのメインスタジアムに使われた椅子の製造コストに匹敵するほどの額です。それだけの規模を地方の一都市である掛川に集中投資するのは、異例ともいえます。
2025年3月27日には掛川市千浜の静岡事業所で地鎮祭が執り行われ、2026年9月の完成を正式に目指すことが確認されました。完成後、2027年のフル稼働を予定しています。
AMDCの施設規模は延床面積5,500平方メートル(バスケットボールコートが約12面入る広さ)で、2階建て構造となります。内部には最先端のクリーンルームと高度な研究設備を完備し、将来的な拡張性も考慮した設計になっています。
同センターで注力するのは、EUV(極端紫外線)材料やDSA(誘導自己組織化)といった次世代半導体のコア技術です。
メルクエレクトロニクスの永田勝社長は「日本の半導体を強くし、復活させることにも貢献できれば」と述べており、単なる外資企業の設備投資にとどまらない、国内産業との連携姿勢が明確です。これは意外なポイントです。
参考リンク(AMDCプレスリリースの詳細内容)。
PR TIMES|メルク、静岡事業所に半導体パターニング材料開発の先端材料開発センターを新設(2024年12月20日)
参考リンク(日本経済新聞による報道)。
「メルク」と聞くと、医療従事者の方はまず半導体材料よりも試薬・ライフサイエンス製品を思い浮かべるのではないでしょうか。それも正しい認識です。
メルクグループのビジネスは大きく3つの柱に分かれています。「ヘルスケア」「ライフサイエンス」「エレクトロニクス」の3部門です。掛川の静岡事業所はエレクトロニクス部門を担いますが、日本法人「メルク株式会社」のライフサイエンス部門は、医療機関や研究施設で欠かせない製品を多数提供しています。
医療・研究の現場でメルクが関与している主な製品・サービスには以下のものがあります。
「メルクは半導体会社なのでは?」と思われた方もいるかもしれません。意外ですね。実際には、掛川の半導体材料開発と、医療・研究現場向けライフサイエンス製品は、同一グループが担う両輪の事業なのです。
医療従事者がMilli-Q超純水装置を使って純水を得る場面や、試薬の精製に使う製品の背後には、掛川の静岡事業所で磨かれた材料・化学技術が間接的につながっています。これが基本です。
参考リンク(メルクのライフサイエンス事業の詳細)。
Merck Millipore|ライフサイエンス事業について(日本語)
2021年以降、メルクが掛川の静岡事業所に投じてきた累計投資額は1億2,000万ユーロ超(約190億円超)に達します。この数字をさらに分解すると、2021年の新施設オープン時に約2,000万ユーロ(約29億円)、2022年に1億ユーロ超(約135億円)の追加投資を発表、そして2024年には今回の7,000万ユーロ超(約100億円)のAMDC建設発表があった形です。
なぜここまで大規模な投資が掛川に集中するのでしょうか?
その答えは、グローバルな半導体需要の急拡大にあります。AIや生成モデルの急速な普及、自動車の電動化、医療機器のスマート化などが、半導体チップの需要を急増させています。医療機器分野だけを見ても、MRI・CT・体外診断装置・電子カルテシステムなど、あらゆる機器が高度な半導体を必要としています。つまり、医療の高度化と半導体材料の進化は切っても切れない関係です。
掛川のAMDCが2026〜2027年に稼働することで、次世代半導体に使われる材料が安定供給されることになります。そしてその材料が組み込まれた医療機器が、将来的に医療現場に届く構図です。
採用面でも注目すべき動きがあります。メルクエレクトロニクスは2024年に国内外からの採用人数を前年比40%増加させており、掛川・静岡事業所での研究開発人材の確保を積極的に進めています。また、2022年の発表では2025年までに掛川での採用を30人程度増やす方針も示されていました。製薬・化学・材料科学分野のキャリアを考える医療従事者や研究者にとっても、チェックしておくべき企業といえます。
| 年 | 投資内容 | 規模 |
|---|---|---|
| 2021年 | 新施設(セントラルオフィス)開所 | 約2,000万ユーロ(約29億円) |
| 2022年 | 研究開発・製造能力強化 | 1億ユーロ超(約135億円) |
| 2024年 | AMDC(先端材料開発センター)建設発表 | 7,000万ユーロ超(約100億円) |
| 累計(2021〜) | 掛川拠点への総投資 | 1億2,000万ユーロ超(約190億円超) |
参考リンク(掛川事業所への投資経緯の報道記事)。
メルクの掛川事業所を語るうえで、見落とされがちな重要な側面があります。それが「環境・安全基準への対応」です。これは医療従事者にとって直接的な関心事にもなります。
AMDCの設計において、メルクは「厳しい環境基準を満たす」ことを明示しています。具体的には、PFAS(有機フッ素化合物)フリー化への対応が進行中です。PFASは「永遠の化学物質」とも呼ばれる難分解性の有機化合物群で、フォトレジストをはじめとする半導体製造用化学品に広く使われてきました。近年、欧州や米国での規制強化に伴い、代替材料の開発が急務となっています。これは大きな課題です。
医療現場との接点で考えると、フォトレジストなどの化学品が生産工程で放出された場合、周辺の水環境・土壌に影響を与えるリスクがあります。医療従事者・公衆衛生の専門家にとっては、製造拠点の化学品管理が地域の健康リスクに直結する問題です。メルクがPFASフリー化を宣言していること自体、この問題への先手対応として評価できます。
また、AMDCでは最新クリーンルーム技術が導入されます。クリーンルームは半導体製造だけでなく、医薬品製造においても同等の設備として活用されるケースがあります。メルクのライフサイエンス事業(医薬品製造受託・CDMOなど)と掛川のエレクトロニクス事業が技術的に相互補完している点は、あまり知られていません。意外ですね。
さらに、ISO 14001の全社認証(2001年取得)に見られるように、メルクは環境マネジメントを早期から組織全体に組み込んでいます。医薬品製造の場面でも環境基準・品質保証基準は医療従事者が直接関わる要件であるため、取引先・製品サプライヤーとしてのメルクの方針を把握しておくことは有益です。
医療従事者・研究者が使用する試薬や純水製造装置がメルク製品であるケースは多く、そのサプライヤーが掛川でどのような環境方針を取っているかは、品質管理・リスク管理の観点からも重要な情報です。環境基準への対応が条件です。
参考リンク(掛川のAMDC建設と環境方針に関する詳細)。