効果の強い抗VEGF薬ほど、眼内炎リスクが2.8%に跳ね上がる薬があります。

VEGF(血管内皮増殖因子)は、本来は創傷治癒や生理的な血管形成に必要な因子です。しかし眼内でVEGFが過剰に産生されると、新生血管が増殖し、血管の透過性が高まり、黄斑浮腫や網膜下への滲出が起こります。これが加齢黄斑変性症(AMD)や糖尿病黄斑浮腫(DME)などの病態の根幹にあるメカニズムです。
抗VEGF薬は、このVEGFの働きを直接ブロックする薬剤です。眼球内(硝子体内)に注射することで、新生血管の増殖・成長を抑制し、黄斑浮腫を改善させます。それが基本原理です。
効果は速い。投与後1週間以内に黄斑浮腫が軽減し、新生血管が消退するケースが多く報告されています。一方で効果持続期間が3〜4ヶ月程度と比較的短く、定期的な反復投与が必要になる点が、臨床上の大きな課題となっています。
眼科領域では現在、加齢黄斑変性症・糖尿病黄斑浮腫・網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫・病的近視による脈絡膜新生血管・未熟児網膜症・血管新生緑内障など、幅広い適応が承認されています。ただし、すべての薬剤がすべての適応を持つわけではないため、疾患に応じた薬剤選択が欠かせません。
日本眼科学会 公式サイト|抗VEGF治療の概要(患者・医療者向け基礎情報)
現在、日本の眼科臨床で使用可能な抗VEGF薬は大きく「第一世代」と「第二世代」に分類されます。第一世代はルセンティス(ラニビズマブ)とアイリーア2mg(アフリベルセプト)、第二世代はベオビュ(ブロルシズマブ)・バビースモ(ファリシマブ)・アイリーア8mg・ラニビズマブBS・アフリベルセプトBSです。
以下に現時点での主要薬剤を一覧としてまとめます。
| 販売名(一般名) | 販売開始 | 規格 | 主な適応 | 作用標的 |
|---|---|---|---|---|
| ルセンティス(ラニビズマブ) | 2009年3月 | 0.5mg/0.05mL | AMD, RVO, 近視性CNV, DME, ROP | VEGF-A |
| アイリーア2mg(アフリベルセプト) | 2012年11月 | 2mg/0.05mL | AMD, RVO, 近視性CNV, DME, NVgla, ROP | VEGF-A, VEGF-B, PLGF |
| ベオビュ(ブロルシズマブ) | 2020年5月 | 6mg/0.05mL | AMD, DME | VEGF-A(力価ルセンティスの25倍) |
| バビースモ(ファリシマブ) | 2022年5月 | 6mg/0.05mL | AMD, DME, RVO, 網膜色素線条 | VEGF-A + Ang-2(バイスペシフィック) |
| アイリーア8mg(アフリベルセプト) | 2024年4月 | 8mg/0.07mL | AMD, DME | VEGF-A, VEGF-B, PLGF |
| ラニビズマブBS「センジュ」 | 2021年12月 | 0.5mg/0.05mL | AMD, RVO, 近視性CNV, DME | VEGF-A |
| アフリベルセプトBS「NIT」 | 2026年1月〜 | 2mg/0.05mL | AMD, RVO, 近視性CNV, DME | VEGF-A, VEGF-B, PLGF |
適応が最も広い薬剤はアイリーア2mgです。血管新生緑内障(NVgla)や未熟児網膜症(ROP)にも対応しており、現在の国内シェアでも最大のポジションを占めています。一方で、バビースモは眼科領域初のバイスペシフィック抗体として、VEGF-AとAng-2の両方を同時に阻害できる点で他剤との差別化が図られています。
効果の強さを比較すると、概ね以下の順序とされています。
つまり効果の強さと適応範囲はトレードオフの関係にある場合があります。
アジサイ眼科|抗VEGF薬一覧(各薬剤の規格・適応・販売開始年を網羅した参考表)
疾患別に、どの薬剤が選択されやすいかを整理します。これは臨床上の一般的な傾向であり、個々の患者状態・施設の在庫状況・保険適用状況によって変わることがあります。
滲出型加齢黄斑変性(nAMD)については、すべての抗VEGF薬が適応を持ちます。第一世代から開始し、効果減弱があれば第二世代へスイッチするアプローチが一般的です。投与間隔の延長を優先したい場合はアイリーア8mg(維持期16週間隔)やバビースモが有力な選択肢になります。
糖尿病黄斑浮腫(DME)では、バビースモが強みを持ちます。Ang-2もDMEの病態形成に関与していることから、VEGF-AとAng-2の両方を阻害できるバビースモが特に効果的とされています。これは見逃せないポイントです。
網膜静脈閉塞症(RVO)に伴う黄斑浮腫は、ルセンティス・アイリーア2mg・バビースモ・ラニビズマブBSが適応を持ちます。ベオビュとアイリーア8mgはRVOに対する適応を持たない点に注意が必要です(なお、アイリーア8mgはRVO-MEへの適応が2026年3月時点で追加承認審議中)。
病的近視(近視性CNV)は、ルセンティス・アイリーア2mg・ラニビズマブBSが対応。近視性CNVは他の適応と比較して注射回数が少なくて済む傾向があり、比較的コントロールしやすい病態です。
未熟児網膜症(ROP)については、ルセンティスとアイリーア2mgのみが適応を持ちます。ROP治療はNICUとの連携が不可欠な領域であり、特殊な管理体制が求められます。これは必須の理解です。
血管新生緑内障(NVgla)はアイリーア2mgのみが適応を持ちます。レーザー治療や手術との組み合わせで対応されることが多く、抗VEGF薬単独での治療完結は難しい疾患です。
眼科便り(久里浜眼科)|第一世代・第二世代の適応・投与間隔の詳細比較(医師向け)
投与スケジュールは薬剤によって大きく異なります。基本は「導入期に毎月1回×3回注射」して病変を抑制し、その後「維持期」に移行するかたちです。
| 薬剤 | 導入期 | 維持期(標準) | 最大延長可能間隔 |
|---|---|---|---|
| ルセンティス / ラニビズマブBS | 4週×3回 | PRN or T&E(4週以上) | 最長12週程度 |
| アイリーア2mg | 4週×3〜5回 | 8週ごと(AMD) | 最長12週 |
| ベオビュ | 4週×3回 | 8〜12週ごと | 最長12週(AMD) |
| バビースモ | 4週×4回 | 8〜16週ごと | 最長16週 |
| アイリーア8mg | 4週×3回 | 16週ごと(AMD) | 最長20週(T&E) |
第二世代の最大の利点は投与間隔の延長です。アイリーア8mgでは、AMD患者の約43%が維持期16週間隔を達成したというデータがあります。患者の通院負担を大幅に減らせる可能性があります。
ただし副作用の話は避けて通れません。とくにベオビュについては、臨床試験データで眼内炎0.5%・眼内炎症(ぶどう膜炎等)2.8%という頻度が報告されており、これは他の抗VEGF薬と比較して明らかに高い水準です。眼内炎は視力喪失につながり得る重篤な合併症であるため、多くの眼科医がベオビュを積極的に使用しない傾向にある現状があります。
他の抗VEGF薬全般に共通する副作用としては、眼圧上昇・結膜下出血・一時的な霧視などがあり、稀ながら感染性眼内炎・網膜剥離・全身性の血栓塞栓症(脳梗塞・心筋梗塞)のリスクも知られています。全身性副作用は特に既往歴のある患者で注意が必要です。
硝子体注射後の患者への指導として、「眼痛・充血・羞明・霧視が現れた場合は直ちに受診するよう伝える」ことが適正使用ガイドでも明記されています。これが原則です。
岐南眼科 院長ブログ|抗VEGF薬の適応・問題点・今後の展望(現場の眼科医による詳細分析)
2021年のラニビズマブBS(ルセンティスのバイオシミラー)を皮切りに、2026年1〜2月にはアフリベルセプトBS(アイリーアのバイオシミラー)が発売されました。抗VEGF薬のバイオシミラー時代が本格到来しています。
薬価を比較すると、その差は歴然としています。
患者の自己負担に換算すると(3割負担の場合)、ラニビズマブBSは約27,000円で受けられる一方、アイリーア8mgは約44,000〜60,000円に達します。複数回・長期にわたって注射を続ける必要がある疾患特性上、この差は積み重なります。年間を通じると数十万円の差になることもあります。
高額療養費制度の活用も重要な情報です。暦月内の医療費が一定の上限額を超えた場合に払い戻しが受けられるため、医療従事者として「高額療養費制度の申請を案内する」という一言が患者の経済的負担を大きく軽減することがあります。
医療機関の視点でも、薬価差益の問題は深刻です。抗VEGF薬は仕入額が高く、薬価差益がほぼ生じない状況が続いており、手術室で眼内炎リスクを負って注射を実施しても経営的なメリットが出にくい構造になっています。バイオシミラーの普及がこの状況を改善するか、今後の薬価改定の動向とあわせて注目する必要があります。
なお、臨床的な観点では「バイオシミラーへの切り替え後の有効性・安全性」について、一部の症例でラニビズマブBSへの切り替え後に滲出性変化が再燃してアフリベルセプトへ再切り替えとなったケースも報告されています。切り替え時はOCT等で経過を注意深くモニタリングすることが推奨されます。
多摩プラーザ眼科 院長ブログ|アフリベルセプトBS導入に関する解説(2026年2月)
あまり語られない重要な問題として、長期治療における「抗VEGF薬疲労(tachyphylaxis)」があります。これは同じ薬剤を繰り返し使用していると、一定の患者で徐々に効果が低下していく現象です。
実際、アイリーア2mgで長期管理していた患者がある時期から反応性が落ちてきた場合、第二世代へのスイッチで再び滲出抑制効果が得られるケースが臨床上よく経験されます。第二世代への切り替えで効果が出るのは、作用機序の違いや分子標的の範囲が変わることで、それまで効きにくかった経路が新たにカバーされるためと考えられています。
つまり「薬剤疲労が疑われたら第二世代へのスイッチを検討する」という視点です。
具体的なスイッチの判断指標として参考になるのは「OCTで滲出所見が前回から増悪しているにもかかわらず、視力は著変なし」という状態が続く場合です。この場合、治療効果が不十分なのか、それとも疾患自体の進行なのかを区別するためにも、薬剤変更を試みる価値があります。
一方、投与間隔の延長戦略(T&E:Treat and Extend)を用いることで注射回数を減らしながら視力を維持する方法も、抗VEGF療法疲れを防ぐための重要なアプローチです。T&E法では、滲出の再燃がなければ2週間ずつ間隔を延長していき、逆に再燃が確認された場合は2週間短縮します。この繰り返しによって、その患者固有の「維持できる最長間隔」を探っていくのです。
バビースモやアイリーア8mgでは、このT&E法を用いることで最長16〜20週まで間隔を延ばせる可能性があります。通院負担と治療効果のバランスを患者個別に最適化できる点は、医療従事者として積極的に活用したい戦略です。
また見落とされがちな点として、「注射回数を減らすこと=眼内炎リスクの総量を減らすこと」でもあるという理解が重要です。1回の注射ごとに感染リスクがゼロではない以上、投与間隔の延長は単なる患者利便性の問題ではなく、安全管理の観点からも意義があります。
眼科便り(久里浜眼科)|T&E法・PRN法など投与戦略の詳細な解説