ステロイド口腔用軟膏を「とりあえずケナログと同じ成分だからどれでも同じ」と思って代替薬を選ぶと、患者さんの症状が悪化するケースが実際に報告されています。
ケナログ口腔用軟膏(トリアムシノロンアセトニド0.1%配合)は、1965年に輸入承認を取得し、翌1966年から日本国内で販売が始まった口内炎・舌炎・慢性剥離性歯肉炎向けのステロイド外用薬です。50年以上にわたって医療現場で使われてきた歴史ある製剤ですが、2017年10月に製造販売元のブリストル・マイヤーズ スクイブ株式会社が販売中止を発表しました。
販売中止の理由は、薬の安全性や有効性に関する問題ではありません。ブリストル・マイヤーズ スクイブが自社製品のラインナップを見直す中で、ケナログは「不採算品」として整理の対象となりました。そもそもケナログ口腔用軟膏を医療用として販売していたのは日本だけであり、グローバルな収益性の観点から継続困難と判断されたと考えられています。医薬品の撤退理由が「薬の欠陥」ではなく「製薬企業の経営判断」であるという点は、現場の医療従事者にとって意外に感じる方も多いはずです。
販売中止のスケジュールは段階的でした。医療用のケナログ口腔用軟膏0.1%と市販薬のケナログA口腔用軟膏は2018年6月を目処に販売が終了し、その後は経過措置期間として在庫品の使用が認められていました。この経過措置期間が2019年3月31日をもって満了し、保険請求も完全に不可となりました。経過措置期間の終了を見落とした施設では、在庫を超えた処方が保険請求できなくなるという実務上のリスクも存在しました。
2009年にはスイッチOTC(処方薬から一般用医薬品への転換)として「ケナログA口腔用軟膏」が新発売され、一般消費者にも広く認知されていましたが、こちらも同時に販売中止となっています。市販薬側での認知度の高さが、「ケナログが欲しい」という患者からの問い合わせが今でも薬局や医療機関に寄せられる要因になっています。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1965年 | 輸入承認取得(翌年発売開始) |
| 2009年7月 | ケナログA口腔用軟膏をスイッチOTCとして発売 |
| 2017年10月 | ブリストル・マイヤーズ スクイブが販売中止発表 |
| 2018年6月 | 医療用・市販用ともに販売終了 |
| 2019年3月31日 | 経過措置期間満了・保険請求完全不可 |
経過措置の期限が原則です。これを知らないまま在庫を使い続けると、保険請求が認められないリスクがあります。
参考:ブリストル・マイヤーズ スクイブによる公式案内(第1類医薬品 ケナログ口腔用軟膏 0.1%使用中のお客様へ)
BMS公式:ケナログ口腔用軟膏に関する案内(PDF)
ケナログ口腔用軟膏の有効成分はトリアムシノロンアセトニド(Triamcinolone Acetonide)で、1g中に1.0mgが含まれています。プレドニゾロンの誘導体であり、9α位にフッ素、16α位に水酸基が置換された合成副腎皮質ホルモンです。効能・効果は「慢性剥離性歯肉炎、びらんまたは潰瘍を伴う難治性口内炎および舌炎」とされており、アフタ性口内炎のほか比較的難治性の病変にも処方されてきました。
ステロイドの強さで言えばトリアムシノロンアセトニドは「中程度(medium)」に分類されます。口腔粘膜は皮膚よりも薬物吸収性が高いため、全身投与ほどではないにせよ、長期連用時の全身性副作用には注意が必要です。ただし適切な量・期間での局所塗布であれば血糖値への影響はほとんど認められないとする研究結果もあります。
ケナログ最大の特徴は「軟膏基剤」にあります。ゼラチン・プルラン・カルメロースナトリウム・ゲル化炭化水素(ポリエチレン、流動パラフィン)を混合した基剤により、口腔粘膜の湿潤面に対して非常に優れた付着性を発揮しました。現場では「ねっとり系」と表現されることも多く、患部に塊としてへばりつき、唾液や飲食物によっても流れにくい点が臨床上の大きなメリットでした。用法は「適量を1日1〜数回患部に塗布する」とされており、就寝前の塗布が効果的とされていました。
この「患部への密着持続時間」は治療効果に直結します。2021年に九州歯科大学から発表されたラット研究では、トリアムシノロンアセトニド含有軟膏が口腔粘膜炎の炎症性疼痛の原因物質であるプロスタグランジンE2(PGE2)の産生を抑制し、COX-2およびTNF-αの遺伝子発現を低下させることが示されています。つまり、ステロイド口腔用軟膏の効果は「炎症のスイッチをオフにする」ことにあり、そのためには患部への十分な接触時間が不可欠です。
参考:ケナログ口腔用軟膏 添付文書全文(日経メディカル)
ケナログ口腔用軟膏0.1%の基本情報・添付文書(日経メディカル)
ケナログ販売中止後、代替薬は大きく「同成分系」と「別ステロイド系」の2グループに分かれます。それぞれの特徴を理解した上で処方・推奨することが、適切な薬物療法につながります。
【同成分系:トリアムシノロンアセトニド製剤】
ケナログの直接の後継薬として位置づけられるのが「オルテクサー口腔用軟膏0.1%」です。製造販売元は日本ジェネリック株式会社(現・日本GE)で、成分・規格はケナログと同一です。医療用医薬品として保険適用があり、一般用医薬品としても福地製薬から販売されています。基剤の処方はケナログと若干異なりますが、口腔粘膜への付着性は確保されており、淡いレモンの香りが添加されているのが特徴です。
ただし2023年1月に、オルテクサー口腔用軟膏0.1%の一部ロットで白色の凝集物発生が確認され、クラスIIの自主回収が実施されました(日本ジェネリック発表)。凝集物はトリアムシノロンアセトニドを主成分とする製剤原料由来のもので、有効性・安全性への影響は低いとされましたが、この事案は医療機関への情報共有が必要な案件でした。代替薬にもこうしたリスクがあり得るという認識は持っておく必要があります。
【別ステロイド系:デキサメタゾン製剤】
デキサメタゾンを主成分とする口腔用軟膏には、アフタゾロン口腔用軟膏0.1%(第一三共)、デキサルチン口腔用軟膏1mg/g(日医工)、デルゾン口腔用軟膏0.1%などがあります。アフタゾロンはデキサルチンの先発品にあたり、成分・効果は同等です。
デキサメタゾン製剤は「さらさら系」と表現されることが多く、ケナログのような粘着性はありません。流動性があるため重力の影響を受けやすく、塗布部位によっては患部から流れ落ちやすい点は注意が必要です。舌の下面や下顎歯肉など「液体が溜まりやすい場所」では効果的ですが、上顎・上唇裏側などでは保持力で劣る場合があります。
| 製品名 | 有効成分 | 種別 | 質感 |
|---|---|---|---|
| オルテクサー口腔用軟膏0.1% | トリアムシノロンアセトニド | 医療用・OTC | ねっとり系 |
| アフタゾロン口腔用軟膏0.1% | デキサメタゾン | 医療用 | さらさら系 |
| デキサルチン口腔用軟膏1mg/g | デキサメタゾン(ジェネリック) | 医療用 | さらさら系 |
| デルゾン口腔用軟膏0.1% | デキサメタゾン | 医療用 | さらさら系 |
薬の質感が使用感と治療継続性に影響します。患者の塗布部位や好みを考慮した選択が基本です。
参考:ケナログ販売中止後の代替薬解説(緩和ケア医による詳細比較)
緩和ケア医が解説:ケナログ販売中止後のデキサルチン・アフタゾロンとの違い
ここが、医療従事者として最も押さえておくべきポイントです。「口内炎=ステロイド口腔用軟膏」という思考パターンが定着すると、本来ステロイドを塗ってはいけない病変に塗布してしまうリスクがあります。ステロイドが禁忌となる口腔疾患は確実に存在します。
最も重要なのが「ウイルス性口内炎」と「真菌性(カンジダ)性口内炎」の2つです。これらにステロイド口腔用軟膏を使用すると、局所の免疫抑制により病原体が増殖しやすくなり、症状が悪化することが知られています。
ウイルス性口内炎(単純ヘルペスウイルス性口内炎など)の特徴は、発熱・倦怠感・リンパ節腫脹を伴うことが多く、小水疱が集簇して破れた後に潰瘍を形成します。アフタ性口内炎と見た目が紛らわしい場合がありますが、複数個が密集して出現する点、発熱を伴う点などで鑑別が可能です。治療には抗ウイルス薬(アシクロビルなど)を用い、ステロイドは禁忌です。
口腔カンジダ症は、抗菌薬の長期使用、免疫抑制剤使用中の患者、がん治療中の患者、高齢者・乳幼児などハイリスクの状況で発症しやすい日和見感染症です。白いコケ状の偽膜や発赤が特徴ですが、義歯性口内炎と混同されることもあります。治療には抗真菌薬(ミコナゾールゲルなど)が第一選択であり、ステロイドを塗布すると症状が著明に悪化します。ステロイドを長期使用していた患者でカンジダを続発させたケースも報告されています。
また、「長引く口内炎=良性の口内炎」という判断は危険です。2週間以上経過しても改善しない口腔病変には、口腔がん(扁平上皮癌)・白板症・紅板症・扁平苔癬などの可能性があり、専門機関への紹介が必要です。ステロイド軟膏で症状を一時的に抑えることで、悪性疾患の発見が遅れる可能性があります。
「口内炎にはとりあえずステロイド」はダメです。鑑別なしの処方は患者に実害を及ぼします。
参考:口腔内ステロイド軟膏の適応・禁忌に関する詳細解説
口腔内ステロイド軟膏の副作用・禁忌・使用上の注意(歯科医院コラム)
参考:口腔カンジダ症へのステロイドの禁忌に関するまとめ(OralStudio)
ケナログが販売中止になった後、実際の臨床現場で「ケナログを処方されていた患者が来院・来局したとき」にどう対応するかは、医師・歯科医師・薬剤師にとって共通の実務課題です。以下に判断フローを整理します。
ステップ1:処方内容の確認
まず「ケナログ口腔用軟膏」と記載された処方箋が来た場合、これは現在使用不可の薬品名です。保険請求不可のため、そのままでは調剤できません。処方した医師・歯科医師への疑義照会が必要です。電子カルテや院内採用薬リストがケナログのままになっている施設では、今なお誤処方のリスクがあります。この点は薬剤師側からのフォローが重要です。
ステップ2:疾患・用途を確認してから代替薬を選択
疑義照会の上で代替薬を決定する場合、以下の視点で選択します。
- 同成分を希望する場合 → オルテクサー口腔用軟膏0.1%(トリアムシノロンアセトニド)
- 難治性の口内炎・多発病変 → オルテクサーを第一選択
- ベタつきが気になる患者 → アフタゾロンまたはデキサルチン(デキサメタゾン)
- 下顎・舌下など流れやすい部位 → オルテクサーのほうが粘着力で優れる
- 上顎・口蓋など重力で流れにくい部位 → どちらも対応可
ステップ3:患者への説明と用法指導
患者への説明では「ケナログと同じ成分の薬に切り替わりました」というシンプルな言葉が有効です。「成分が同一」「効果は変わらない」という2点を伝えることで、不安や疑問を解消できます。用法は1日1〜数回、患部に米粒大(約0.5g程度)を薄く塗布し、塗布後30分程度は飲食を控えるよう指導します。患部を事前に乾燥させた上で塗ると付着性が高まり、治療効果が高まります。
また、「症状が1週間程度で改善しない場合は再診」という目安を必ず伝えることが重要です。前述のとおり、2週間以上改善しない口腔病変は悪性疾患の除外が必要になるため、「なんとなく塗り続ける」状態を防がなければなりません。
OTC(市販薬)としてのトリアムシノロン製剤
医療機関を受診できない状況の患者に向けては、薬局で購入できる市販の同成分製品の案内も実務上重要です。市販品としてはアフタガード(佐藤製薬)、オルテクサー口腔用軟膏(福地製薬)、口内炎軟膏大正クイックケア(大正製薬)、トラフル軟膏PROクイック(第一三共ヘルスケア)などがあり、いずれも指定第2類医薬品として購入可能です。
なお、薬局・ドラッグストアでオルテクサーが見当たらない場合でも、マツモトキヨシなどドラッグストアのプライベートブランドとして同成分・同製造元の製品が流通していることがあるため、成分表示の確認を患者に案内すると親切です。
これが代替薬選択の基本です。疾患の性質と部位、患者の好みの3点で判断すれば問題ありません。
参考:薬局での代替薬対応の詳細解説
薬剤師が解説:ケナログ口腔用軟膏の販売中止と代替薬の選び方
参考:オルテクサー口腔用軟膏2023年自主回収の公式案内(厚生労働省)
厚生労働省:オルテクサー口腔用軟膏0.1%の自主回収(クラスII)概要