「肉芽が出てきたからアズレン軟膏を塗り続けたら、逆に治癒が3週間以上遅延したケースが報告されています。」

ジメチルイソプロピルアズレン(以下、アズレン)は、カモミールなどに含まれるアズレン骨格を持つ化合物で、抗炎症・組織修復促進・抗菌補助という3つの薬理作用を持ちます。市販品では「アズノール軟膏0.033%」が代表的で、薬価は1gあたり約6〜7円程度と低コストです。
この薬剤の最大の特徴は、プロスタグランジン合成を抑制することで炎症を鎮める一方、線維芽細胞の増殖を促進し、肉芽形成をサポートする点にあります。つまり「炎症を抑えながら組織を作る」という二面性が、慢性創傷である褥瘡治療において重要な意味を持ちます。
油脂性基剤(白色ワセリン)をベースとしているため、創面に密着して乾燥を防ぎ、湿潤環境を維持する効果があります。湿潤環境は創傷治癒の基本です。ただし、この油脂性基剤という性質は「滲出液が多い創」では逆に浸軟(皮膚がふやけて脆弱化する状態)を引き起こすリスクがある点を忘れてはなりません。
アズノール軟膏0.033%の添付文書を確認すると、適応として「熱傷、湿疹・皮膚炎、皮膚潰瘍」が挙げられており、褥瘡(pressure injury)は皮膚潰瘍の範疇に含まれます。ただし、すべての褥瘡に適応があるわけではありません。これが原則です。
褥瘡の病態を正確に把握したうえで薬剤を選択するためには、日本褥瘡学会が発行する「褥瘡予防・管理ガイドライン(第5版)」の参照が不可欠です。同ガイドラインでは外用薬の選択について根拠レベルとともに推奨度が示されており、現場での判断根拠として活用できます。
日本褥瘡学会 褥瘡予防・管理ガイドライン(外用薬の選択基準に関する推奨度一覧あり)
褥瘡の治療は、DESIGN-Rによる重症度評価と創傷の「TIME」コンセプト(組織・感染・湿潤・創縁)に基づいて、使用する薬剤を段階的に変えていくのが現代の標準的なアプローチです。アズレン軟膏はすべてのステージで使えるわけではありません。
まず、急性期の深部組織損傷(DTI:Deep Tissue Injury)や壊死・黒色壊死組織が覆われているステージⅢ以上の創傷では、アズレン軟膏の使用は推奨されません。この時期に必要なのは壊死組織の除去(デブリードマン)と滲出液の管理であり、油脂性基剤の薬剤は不向きです。厳しいところですね。
アズレン軟膏が最も力を発揮するのは、壊死組織が除去され、赤い肉芽が形成され始める「肉芽形成期」から「上皮化期」にかけてです。この段階では滲出液の量が減少し、創が縮小に向かうフェーズに入ります。具体的には、DESIGN-RのExudate(滲出液)スコアが「1(少量)」に低下した時点が、アズレン軟膏への切り替えの目安となります。
日本褥瘡学会の外用薬選択アルゴリズムでは、滲出液少量かつ感染なしの創に対し、アズレン軟膏(アズノール軟膏)がカテゴリーBの推奨として示されています。これは使えそうです。一方、滲出液が中等量以上ある場合は、カデキソマーヨウ素(イソジンゲル)やポビドンヨードシュガー(ユーパスタ)など、吸水性の高い薬剤が推奨されます。
ステージ別の使用可否を整理すると以下のようになります。
| 褥瘡ステージ・状態 | アズレン軟膏の適否 | 代替薬の例 |
|---|---|---|
| DTI・壊死期(黒色壊死) | ❌ 不適 | カデキソマーヨウ素、デクスパンテノール |
| 感染・炎症期(滲出液多) | ❌ 不適 | ポビドンヨードシュガー、スルファジアジン銀 |
| 肉芽形成期(滲出液少〜中) | ✅ 適(少量時) | トレチノイントコフェリル(ビタミンA誘導体) |
| 上皮化期・閉鎖前期 | ✅ 最も適 | 白色ワセリン単独も可 |
正しい塗布方法を知らずに使うと、折角の薬効が半減します。アズレン軟膏の使用手順は、創面の洗浄→乾燥(湿潤を残す程度)→塗布→被覆材の固定という4ステップが基本です。
洗浄には生理食塩水または水道水(37℃前後)を用い、創面に直接かけ流す「irrigation(イリゲーション)」法が推奨されます。消毒薬(ポビドンヨード原液など)を創面に直接使用すると、線維芽細胞にダメージを与え、肉芽形成を妨げることがわかっています。消毒は必須ではありません。
塗布量の目安は「FTU(Finger Tip Unit)」を参考にすると統一しやすくなります。1FTU(人差し指の先端から第一関節まで絞り出した量、約0.5g)で、手のひら約2枚分(成人の場合)の面積をカバーします。褥瘡の創面サイズに対して薄すぎず厚すぎず、1〜2mmの均一な厚さで塗布することが目安です。
被覆材の選択もアズレン軟膏の効果に影響します。
ドレッシング交換の頻度は、創の状態と滲出液量によって1日1〜2回が標準ですが、汚染がなければ24〜48時間ごとでも可です。頻繁な交換は患者の苦痛を増やし、新生上皮を傷つけるリスクがある点も覚えておきましょう。交換頻度の判断基準は創の状態が条件です。
厚生労働省:褥瘡対策に関する診療計画書・評価基準(DESIGN-R解説含む)
現場で最も迷うのが「いつアズレン軟膏に切り替えるか」という判断です。切り替えのタイミングを誤ると、治癒が遅延するだけでなく、感染の見落としにもつながります。
実際の切り替えの目安として「滲出液スコアが3→1に低下し、創面積が初診時比で50%以下に縮小した時点」を基準にしている施設が増えています。数値で判断することが重要です。DESIGN-Rの各スコアを週単位で記録しておくことで、この判断が客観的になり、多職種間での認識もそろいます。
アズレン軟膏とよく比較される褥瘡外用薬として、以下が挙げられます。
薬剤を切り替える際には、切り替え前後で創の写真記録(可能であれば定規を当てたサイズ記録)を残すことが、トラブル発生時の根拠となります。これが条件です。特に在宅・老健・特養など、医師の介入頻度が低い施設では看護師・訪問看護師がこの判断を担うことが多いため、施設内プロトコルとして文書化しておくことが強く推奨されます。
ここで取り上げたいのは、教科書にはほとんど記載されていない「アズレン軟膏の過信リスク」です。臨床現場では「とりあえずアズノール」という処方慣行が根強く残っており、これが治癒遅延のサイレントな原因になっているケースがあります。
ある介護老人保健施設での事例では、仙骨部NPUAP分類ステージⅡの褥瘡に対しアズレン軟膏を4週間継続したにもかかわらず、創面積が縮小しなかった症例が複数あったと報告されています。原因を分析すると、創周囲の浸軟(皮膚のふやけ)が軟膏の閉塞性基剤によって引き起こされており、正常組織への広がりを助長していたことが判明しました。
浸軟を防ぐための実践的な対策として、以下の3点が有効です。
また、アズレン軟膏はニキビやアトピーにも使われる「穏やかな薬」というイメージから、アレルギーリスクが軽視されがちです。意外ですね。しかし、アズレン誘導体への接触性皮膚炎の報告は国内でも複数あり、使用開始後1〜2週間は創周囲の発赤・浮腫・瘙痒の有無を注意深く観察する必要があります。
もう一つ知られていないのが「光安定性」の問題です。アズレン(アズレノール)は光によって酸化分解が起きやすく、直射日光下での保管や、ライトを当てながらの長時間の処置中に軟膏の効力が低下するリスクがあります。処置室のライト直下に軟膏を長時間置かないという、シンプルだが見落とされがちな注意点も現場で共有する価値があります。
褥瘡ケアのチーム医療化が進む現代では、WOC(Wound, Ostomy, Continence)認定看護師や皮膚・排泄ケア認定看護師が薬剤選択に深く関与するケースが増えています。アズレン軟膏の適正使用についても、これらの専門職による定期的な創傷評価カンファレンスの中で見直す機会を設けることが、施設全体の褥瘡治癒率向上に直結します。
日本褥瘡学会が提供する「DESIGN-R®2020」の改定版では、従来のDESIGN-Rに「DTI(深部組織損傷)」と「ポケット」のスコアリングが強化されており、外用薬の適正使用判断にも対応しています。スコアの変化と薬剤選択の整合性をカルテに記録することは、質の高いケアの証明になるとともに、医療安全上の記録としても機能します。記録は必須です。
日本褥瘡学会 褥瘡予防・管理ガイドライン第5版PDF(外用薬推奨アルゴリズム掲載)