血糖値が正常でも、ケトアシドーシスで患者が救急搬送されることがあります。

ジャディアンス錠25mg(有効成分:エンパグリフロジン)は、腎臓近位尿細管に存在するSGLT2(ナトリウム・グルコース共輸送体2)を選択的に阻害することで、血液中のグルコースが再吸収されるのをブロックし、余分な糖を尿中へ排泄させます。このユニークな作用機序によって、インスリン分泌に依存しない血糖降下が実現できる一方、尿中に糖が大量に排泄されるという特性が、副作用の多くを生み出す根本的な原因となっています。
添付文書(国内臨床試験データ)によれば、単独療法での副作用発現率は15.4%、併用療法では15.5%です。頻度として多いのは尿路感染・性器感染・頻尿・口渇ですが、重大な副作用として正常血糖ケトアシドーシス・腎盂腎炎・フルニエ壊疽・急性腎障害が挙げられており、発現頻度は低いものの見落とした場合の転帰が深刻です。
尿中のグルコース濃度が高くなると浸透圧利尿が起こり、1日あたり400〜500mLの尿量増加が生じます。これがそのまま頻尿・多尿・脱水という副作用として現れてきます。また、尿糖の増加によって尿路や外陰部は細菌・真菌が繁殖しやすい環境になります。脱水が進めば腎機能への負担も増し、さらにケトアシドーシスへのリスクも高まります。つまり副作用同士は連鎖的に関連しているということですね。
医療従事者として作用機序と副作用の連関を体系的に理解しておくことは、患者指導の精度を高める上で欠かせません。
参考:日本糖尿病学会「SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation」
https://www.nittokyo.or.jp/modules/information/index.php?content_id=22
副作用を頻度別に整理して把握しておくことは、患者モニタリングの優先度づけに役立ちます。以下に、ジャディアンス錠25mgの主な副作用を発現率とともに整理します。
| 副作用 | 発現率(目安) | 備考 |
|---|---|---|
| 頻尿・多尿 | 約3.9% | 服用開始初期に多い。飲水増加が頻尿を助長する場合あり |
| 尿路感染症 | 約4.8〜6.3% | 女性に多い傾向。重症化すると腎盂腎炎へ移行 |
| 性器感染症(カンジダなど) | 約2.4〜3.8% | 男性では亀頭炎も報告あり |
| 脱水 | 約0.3% | 高齢者・利尿薬併用者でリスク上昇 |
| 低血糖(SU薬・インスリン併用時) | 単独では0.5%以下 | インスリンとの併用で数〜十数%に上昇 |
| 体重減少 | 約0.7%(副作用として) | 尿糖排泄により1日200〜300kcal消費減少 |
| ケトアシドーシス | 0.1%未満 | 正常血糖での発症に注意(euglycemic DKA) |
| 腎盂腎炎・敗血症 | 0.1%未満 | 尿路感染の重症化。高熱・腰背部痛に注意 |
| フルニエ壊疽 | 頻度不明(国内1例報告) | 会陰部・外陰部の壊死性筋膜炎。致命的になりうる |
| 急性腎障害 | 0.5%以下 | 脱水との関連が高い。eGFR定期モニタリング推奨 |
SGLT2阻害薬の中止理由として最も多いのが「頻尿」(19.6%)であり、次いで「性器感染症」(11.3%)、「腎機能障害」(8.2%)と続きます(Medical Tribune, 2023)。頻尿は患者のQOLを大きく損なうため、投与継続のモチベーション維持の観点からも事前の丁寧な説明が大切です。
参考:ジャディアンス錠25mg添付文書(ベーリンガーインゲルハイム)の副作用記載に関する情報はPMDA収載のインタビューフォームで確認できます。
https://www.bij-kusuri.jp/products/files/jad_t10_pi.pdf
医療従事者が最も注意すべき副作用の一つが、「正常血糖ケトアシドーシス(euglycemic DKA、以下euDKA)」です。通常のDKAは血糖値250mg/dL以上で発症しますが、SGLT2阻害薬投与中はSGLT2の作用で血糖が尿中に排泄されるため、血糖値が正常範囲内(≒100〜140mg/dL前後)であってもケトアシドーシスが進行することがあります。
これが臨床上の大きな落とし穴です。
「血糖値が正常だからDKAではない」と判断してしまうと、重症化するまで見落とすリスクがあります。日本糖尿病学会のRecommendationでは、「全身倦怠感・悪心嘔吐・腹痛などを伴う場合には、血糖値が正常に近くてもケトアシドーシスの可能性があるため、血中ケトン体を確認するとともに専門医へコンサルテーションすること」と明記されています。
euDKAが起こりやすい状況として以下が挙げられます。
euDKAを疑う症状として、悪心・嘔吐・腹痛・全身倦怠感・口渇・体重減少・深大な呼吸(クスマウル呼吸)などが挙げられます。これらが揃った場合、血中ケトン体(β-ヒドロキシ酪酸)を速やかに確認し、HCO₃⁻≦18mEq/L・pH≦7.3を確認すれば診断が可能です。血糖が低めでも油断は禁物です。
また、SGLT2阻害薬の薬効は投与中止後も血漿中半減期から予想されるより長く持続することがある(ジャディアンス添付文書)という点も覚えておく価値があります。
参考:SGLT2阻害薬によるケトアシドーシスに関するアステラス製薬の医療従事者向け情報ページ
https://amn.astellas.jp/specialty/diabetes/sgl/suglat_proper/ketoacidosis
尿中グルコース排泄に伴い、外陰部・会陰部・肛門周囲は細菌や真菌にとって非常に繁殖しやすい環境になります。多くの場合は膀胱炎・カンジダ症などで収まりますが、一部のケースで感染が会陰部軟部組織まで波及し、壊死性筋膜炎(フルニエ壊疽)に進行することがあります。
フルニエ壊疽は稀ですが、致命的です。
2018年にFDA(米国食品医薬品局)がSGLT2阻害薬全般に対して警告を発し、日本でも2019年にジャディアンスを含む全SGLT2阻害薬の添付文書が改訂されました。国内では、エンパグリフロジン(ジャディアンス)に関連した国内副作用報告として因果関係が否定できない例が1件報告されています(大阪大学医学部附属病院糖尿病センター情報, 2019)。
症状の早期察知が予後を決定的に左右します。以下の症状が出現した場合は、ジャディアンスを直ちに中止し、皮膚科・外科等へ緊急コンサルテーションが必要です。
フルニエ壊疽は急速に進行します。診断の遅れは壊死範囲の拡大・敗血症・多臓器不全につながり、死亡率が10〜40%に達するとも言われます。「たかが陰部のかゆみ」と軽視してはいけません。
一方、より頻度の高い性器感染症(外陰部膣カンジダ症・亀頭炎)についても、投与開始後2週間以内に発症することが多いため、投与開始後の問診で陰部の違和感・かゆみを積極的に確認する習慣が求められます。抗真菌薬の早期介入により、多くは速やかに改善できます。
参考:SGLT2阻害薬のフルニエ壊疽に関する添付文書改訂の詳細(岐阜大学病院薬剤部DI NEWS)
https://www.gifu-upharm.jp/di/dinews/dinews2019_11.pdf
ジャディアンス錠25mgの安全な運用にあたり、通常の服薬管理に加えて「特定のタイミングでの休薬」が極めて重要になります。これが知られていないと、周術期DKAや重症化を招くリスクがあります。
シックデイ対応について、日本糖尿病学会Recommendationでは「発熱・下痢・嘔吐があるとき、または食事が十分摂れない状態(シックデイ)には必ず休薬すること」が明記されています。患者自身がシックデイとは何か、その際に何をすべきかを事前に理解していないと、服薬が継続されてしまいます。服薬を続けることが命取りになることもあります。患者への事前教育として「発熱や下痢の際は薬をやめて医師へ連絡する」というシンプルなルールを繰り返し伝えておくことが重要です。
術前休薬については、日本糖尿病学会では「手術前3日前から休薬」が推奨基準とされています。食事摂取を伴わない全身麻酔下手術においては、絶食・外科的ストレスによりケトアシドーシスが誘発されるリスクが高まるためです。なお、2025年には「術前3日が必ずしも必要か」という議論もFDA・JAMAレベルで起きており(日経メディカル, 2025年3月)、施設によって2日前に統一しているケースもありますが、原則3日前からの休薬が安全マージンとして推奨されている現状です。
術後の再開は、「食事が十分摂れるようになってから」が原則です。ここが重要な条件です。再開直後は正常血糖DKAのリスクがあるため、倦怠感・腹痛・嘔吐などの症状に注意する必要があります。
また、医療安全の観点からも注意が必要な事例が報告されています。手術予定患者に対して外来担当医がジャディアンス錠の術前休薬が必要であることを認識しておらず「休薬不要」と指示してしまったヒヤリハット事例が公表されています(日本医療機能評価機構, 医療安全情報)。診療科を超えた情報共有、薬剤師による持参薬確認の徹底が重要です。
参考:手術前後に注意が必要なSGLT2阻害薬一覧(相模原病院)
https://sagamihara.hosp.go.jp/sinryouka/pdf/kyuuyaku_sglt2.pdf
参考:日本医療機能評価機構の医療安全情報(腎機能低下時のジャディアンス継続ヒヤリハット事例)
https://rikunabi-yakuzaishi.jp/contents/hiyari/205/
ジャディアンスは2021年に慢性心不全(HFrEF/HFpEF)、2024年には慢性腎臓病(CKD)への適応が追加されました。これにより、糖尿病を合併しない患者にも処方される機会が急増しています。この適応拡大は副作用モニタリングの文脈も変えています。
糖尿病合併のないCKD・心不全患者では、血糖に関連したケトアシドーシスのリスクは相対的に低下しますが、脱水・腎機能変動・感染症リスクは依然として存在します。
特にCKD患者への投与では、以下の点に注意が必要です。
慢性心不全患者では体液量のコントロールが治療の核となりますが、ジャディアンスの利尿効果が加わることで過度な体液減少(hypovolemia)が生じるリスクもあります。特に利尿薬を既に使用している患者では、浮腫の改善に合わせた利尿薬の漸減調整が必要になるケースもあります。
また、血糖非依存性のケトアシドーシス発症リスクは、CKD・心不全患者においても手術・シックデイ時には存在します。適応拡大後は糖尿病専門医以外の医師が処方するケースも増えており、周術期の休薬管理を担う薬剤師や看護師の役割がより重要になっています。
参考:ジャディアンスの3つの適応症(2型糖尿病・慢性心不全・慢性腎臓病)の適正使用のお願い(ベーリンガーインゲルハイム)
https://bij-kusuri.jp/products/files/jad_t_guide_ckd.pdf