「添付文書通りに処方すれば適正使用だ」と思っていると、実は薬事法上の違反リスクを見落としている可能性があります。
医薬品適正使用の定義を語るとき、まず参照すべきなのはWHO(世界保健機関)が1985年にナイロビ会議で示した国際基準です。WHOはこの会議において、適正使用を「患者が臨床上必要とする薬剤を、個々の患者が必要とする用量で、十分な期間、最低限のコストで受け取れること」と定義しました。この定義は今も国際的な共通認識として機能しています。
つまり「適正使用」には4つの要素が含まれます。
| 要素 | 内容 | 見落としやすいポイント |
|---|---|---|
| 必要性 | 臨床的に必要な薬剤であること | 患者要望だけで処方すると逸脱 |
| 適切な用量・期間 | 添付文書または科学的根拠に基づく | 漫然投与が「不適正」に該当 |
| 最低限のコスト | 後発品・代替薬の考慮も含む | 国内での意識が低い要素 |
| 患者が受け取れること | アクセスと服薬コンプライアンス | 処方で終わりではない |
一方、日本では薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)および各医療機関の指針の中で、適正使用は「承認された効能・効果の範囲内での適切な処方・調剤・投与・服薬指導」と実務的に解釈されることが多いです。これは原則です。
ただし日本の解釈がWHOの定義より狭い点は注意が必要です。コスト効率や患者アクセスの側面が国内の実務基準では明示されにくい傾向があります。国際学会発表や論文作成をする医療従事者は、WHO定義を正確に把握しておくことで議論がスムーズになります。
「オフラベル=不適正使用」と思い込んでいる医療従事者は少なくありません。意外ですね。しかし適応外使用は、一定の条件を満たせばWHO定義の枠内で「適正使用」に該当します。
この「一定の条件」とは主に次の3点です。
国内では2012年の薬事法改正以降、保険適用外であっても施設倫理委員会の承認と患者同意を経たオフラベル使用は、医師の裁量権の範囲として認められる方向性が明確になりました。これは使えそうです。
一方で、根拠のないオフラベル使用や患者への説明が不十分なケースは、民事訴訟リスクに直結します。日本医師会の報告では、医療訴訟の中で「適応外使用に関する説明不足」を一因とするケースが2010年代以降に増加しており、特に抗がん剤・向精神薬・生物学的製剤での問題が目立ちます。
オフラベルが問題かどうかは「根拠と同意の有無」で決まります。
施設内にオフラベル処方の審査フローがない場合は、日本病院薬剤師会が公表している「院内審査委員会設置のガイドライン」を参照し、手順の整備を検討することが実務上のリスク軽減につながります。
日本病院薬剤師会:薬剤師の役割と適正使用推進に関する各種ガイドライン
添付文書の改訂は、適正使用の定義上「新しい標準」の更新を意味します。これが重要な点です。旧バージョンの添付文書に基づいた処方を継続することは、たとえ今まで問題がなかったとしても、改訂後は「適正使用の定義を逸脱するリスク」が生まれます。
2021年8月から医薬品添付文書は電子化(電子化添付文書)が義務づけられ、PMDAのウェブサイトで常に最新版が参照できます。改訂が行われた場合には「改訂のお知らせ」が医療機関へ届きますが、現場の忙しさからこれを見落とすケースが後を絶ちません。
厚生労働省のデータによると、2022年度に改訂された添付文書のうち「安全性の重要な変更」(黒枠警告・禁忌など)を含むものは約180品目にのぼりました。月に換算すると15品目程度の重要改訂が発生している計算です。東京ドーム5個分の広さを毎月塗り替えるような情報量に相当するとも言えます。
改訂情報の見落とし対策として、PMDAのメール配信サービス「医薬品安全性情報」の登録が有効です。対象製品を絞り込んで登録できるため、自科で使用頻度の高い薬剤だけを監視する運用が現実的です。確認する、この1アクションで見落としリスクが大幅に減ります。
PMDA(医薬品医療機器総合機構):医薬品安全性情報・添付文書改訂情報
適正使用の定義で「患者が受け取れること」という要素がある以上、処方・調剤だけで完結するという考え方は成立しません。服薬指導と患者教育は定義の構成要素です。
これは単に「丁寧に説明する」という倫理的要請にとどまらず、法的根拠も持ちます。薬機法第1条の5には「医薬品等の使用に当たっての必要な情報の提供」が義務として明記されており、同法第9条の3では薬剤師による情報提供・指導義務が規定されています。
現場で問題になりやすいのは、以下のようなケースです。
| 場面 | 不十分な対応例 | 適正使用上のリスク |
|---|---|---|
| 多剤処方 | 薬の数だけ説明して相互作用に言及しない | 患者の自己中断・過剰服用の誘発 |
| 長期処方 | 初回説明のみで継続時の再説明なし | 服薬アドヒアランス低下 |
| 高齢者・認知症患者 | 本人のみへの説明で家族への情報共有なし | 誤薬・過剰投与のリスク上昇 |
服薬アドヒアランスが低いと治療効果が落ちます。日本薬剤師会の調査では、慢性疾患患者の約40%が「指示通りに薬を飲めていない」と回答しています。適切な服薬指導によってアドヒアランスが改善すると、例えば高血圧患者では脳卒中リスクが最大28%低下するというエビデンスもあります。
患者の背景(識字率・認知機能・経済状況・生活習慣)を踏まえた個別対応が、適正使用の定義を真に実践するための条件です。
ここは検索上位の記事ではあまり掘り下げられていない、現場目線の独自視点です。適正使用の定義を文字通り実践しようとしたとき、最大の障壁になるのは「職種間の情報非対称性」です。
医師は処方時に患者の全体像を把握しているようで、実際には院外処方後の服用状況・副作用発現・他院からの処方との重複を知らないケースが多くあります。一方、薬剤師は調剤時に重要な情報を持っていても、それが処方医にフィードバックされないまま終わることが少なくありません。これが連携の現実です。
2022年に施行された「薬局・薬剤師の機能強化に関する法改正」では、薬剤師が患者の薬剤使用状況を医師へ文書またはトレーシングレポートで報告することを推進する方針が強化されました。しかし実際に電子版トレーシングレポートを活用している病院・薬局間連携は、2024年時点でも全国的には普及率が50%を下回ると推計されています。厳しいところですね。
適正使用の定義を「チームとして達成する」という意識に変えることが、現場改革の起点になります。具体的な連携改善のステップとしては、まず「重篤な副作用疑いの報告フロー」だけを施設内で標準化するところから始めるのが現実的です。全件報告を求めると負担が大きくなりすぎるため、絞り込みが大切です。
施設内でのフロー整備には、日本医療機能評価機構(JCQHC)が公表している「薬剤関連有害事象防止のための多職種連携モデル」が参考になります。
日本医療機能評価機構(JCQHC):医療安全・薬剤関連事象の防止に関する資料
医薬品適正使用の定義は、「添付文書を守る」という一点に収束するものではありません。WHO基準から日本の薬機法、オフラベルの扱い、服薬指導の義務、職種間連携まで、定義の射程は医療現場の広い範囲に及びます。個々の業務を「適正使用の定義に照らして見直す」習慣を持つことが、医療の質向上とリスク回避の両方に直結します。
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