血糖値が「50 mg/dL 以下」に落ちても、それだけでは試験成立とみなせない場合があります。

インスリン低血糖試験(Insulin Tolerance Test:ITT)は、速効性インスリンを静脈内投与して意図的に低血糖状態を作り出し、その生理的ストレスに対する視床下部−下垂体−副腎系の反応を一度に評価できる検査です。低血糖というストレス刺激が視床下部からのCRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)とバソプレシン(VP)の分泌を促し、下垂体前葉からのACTH放出、そして副腎からのコルチゾール分泌へと連鎖するため、このHPA軸全体をワンステップで評価できる点が最大の強みです。
他の多くの負荷試験は特定のホルモン軸しか評価できません。これが最大の違いです。
同時に、GH(成長ホルモン)分泌能も評価できるため、下垂体機能低下症が疑われるケースでは特に有用性が高く評価されています。日本内分泌学会の診断基準(成人成長ホルモン分泌不全症の診断の手引き)においても、ITTによるGH頂値1.8 ng/mL以下が重症GH分泌不全症の判定基準として明示されており、臨床的な権威を持つ検査です。
一方で、CRH負荷試験単独では視床下部性か下垂体性かの病変局在を鑑別しにくいケースがあり、ITTはその弱点を補える数少ない試験として今日も使用され続けています。つまりITTが基準になります。
参考:成人成長ホルモン分泌不全症の診断の手引き(日本下垂体研究会)
https://square.umin.ac.jp/kasuitai/guidance/GH-hormone.pdf
ITTは原則として早朝空腹時・入院環境下で実施します。外来での実施は原則行いません。前日夕食以降は絶食(水・お茶は可)とし、当日朝に留置針を確保、ヘパリン加生食を接続して血管ラインを確保してから、最低30分以上の安静臥位を保ちます。この安静時間を守らないと、ストレスによるACTHやコルチゾールの前値上昇が起こり、検査の判定精度が著しく低下します。安静は必須です。
インスリンは速効性静注用を使用し、体重あたり0.1単位を2 mLの生食で希釈後、急速静注します。なお、GH分泌不全や副腎皮質機能低下が疑われる症例では、低血糖の遷延リスクを考慮して体重あたり0.05単位に減量するのが一般的です。この減量基準を知らずに0.1単位を投与してしまうと、過度の低血糖遷延が起こり患者安全を損なう危険があります。
採血のタイミングは試験開始前(0分)・15分・30分・60分・90分が標準です。各時点で血糖・ACTH・コルチゾールを測定します。簡易血糖測定器(ベッドサイドのポケットグルコメーター等)をあらかじめ準備し、低血糖症状の出現とともにリアルタイムで血糖を確認することが重要です。同時に、20%ブドウ糖20 mLをすぐに使える状態で用意しておきます。
| 採血時間(分) | 測定項目 |
|---|---|
| 0(前値) | 血糖・ACTH・コルチゾール |
| 15 | 血糖(必要に応じACTH) |
| 30 | 血糖・ACTH・コルチゾール |
| 60 | 血糖・ACTH・コルチゾール |
| 90 | 血糖・ACTH・コルチゾール |
試験中は発汗、動悸、体熱感、眠気などの低血糖症状が現れます。傾眠となることがありますが、眠らせないよう声かけを続けることが重要です。意識障害の傾向が出現した場合や重篤な低血糖症状が見られた時点で、直ちに50%ブドウ糖を静脈内投与して試験を中断します。これが原則です。
参考:副腎不全の診断と治療(日本内科学会雑誌)
ITTで最も見落とされやすいのが「有効刺激の確認」です。いくらコルチゾールやACTHの値が低くても、そもそも有効な低血糖刺激が得られていなければ、その結果で機能低下を診断することはできません。有効刺激とみなされる条件は「血糖値が前値の1/2以下、または絶対値50 mg/dL以下への低下」です。
施設によっては血糖値を45 mg/dL以下や40 mg/dL以下と設定するところもあり、基準に幅があります。重要なのは基準を事前に確認しておくことです。
有効刺激が確認された場合の反応基準は以下のとおりです。
- ACTH:ピーク値が前値の1.5倍以上、またはピーク値が50 pg/mL以上で反応ありとみなす
- コルチゾール:ピーク値が前値の1.5倍以上、またはピーク値が20 μg/dL以上で反応ありとみなす
- GH:ピーク値が1.8 ng/mL以下の場合に重症GH分泌不全症と診断する
一方、有効刺激が得られなかった場合(血糖値が十分に低下しなかった場合)は、上記の基準値を満たさなくとも、視床下部−下垂体−副腎系の機能低下とは診断できない点に注意が必要です。この「有効刺激が得られなかった=再検が必要」という判断を誤ると、偽陰性として機能低下を見逃すことにつながります。
また、試験開始前に安静が十分守られていなかった場合、ACTHやコルチゾールの前値が高く反応が弱くなります。ただし、ACTH前値が50 pg/mL以上であれば視床下部がすでにストレスに反応している状態、コルチゾール前値が20 μg/dL以上であれば副腎はすでに機能していると判断でき、この場合ITT再検は不要です。これは見逃しやすいポイントです。
参考:ホルモン基礎値の評価から内分泌負荷試験の実際と注意点(糖尿病リソースガイド)
https://practice.dm-rg.net/main/306/787011a9-3f93-4b00-a74a-c50543aca18e
ITTは適切に実施すれば安全な検査とされていますが、患者選択を誤ると致命的な事態を招く危険があります。禁忌症例の見落としが最大のリスクです。
以下の条件に該当する患者は絶対禁忌です。
- 🚫 虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)の既往がある患者
- 🚫 てんかんまたは痙攣発作の既往がある患者
- 🚫 低血糖発作の既往がある患者
低血糖が誘発されることで心筋への酸素供給が急激に不足し、狭心症発作・心筋梗塞が起こるリスクがあります。虚血性心疾患のある患者では冠動脈の予備能が低下しており、低血糖ストレスが直接的な心血管イベントのトリガーになりえます。これは本当に危険です。
慎重投与とすべきケースは以下のとおりです。
- ⚠️ 高齢者(低血糖の遷延が起こりやすく症状が出にくい)
- ⚠️ 甲状腺機能亢進症(代謝が亢進しているため低血糖の進行が速い)
- ⚠️ 低カリウム血症(インスリン投与でさらにK値が低下するリスク)
安全管理の実践的ポイントとして、試験前に必ず問診・心電図・血液生化学(K値含む)を確認することが推奨されます。また試験室内には、救急カート・20%または50%ブドウ糖・グルカゴンキットを配置し、救急対応できる医師が常駐することが必須です。看護師が単独で管理する体制はリスクが高く、必ず医師立ち会いのもとで実施します。
長期ステロイド投与中の患者に対してITTを実施する場合は特別な注意が必要です。通常のヒドロコルチゾンやプレドニゾロンは多くのコルチゾール測定キットと交叉反応があるため測定値に影響します。こういった場合は試験前にデキサメタゾン0.25 mg/日に切り替えておくと、交叉反応が最小化され内因性コルチゾール評価が正確に行えます。デキサメタゾンが条件です。
参考:二次性副腎皮質機能低下症(MSDマニュアル プロフェッショナル版)
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/10-%E5%86%85%E5%88%86%E6%B3%8C%E7%96%BE%E6%82%A3%E3%81%A8%E4%BB%A3%E8%AC%9D%E6%80%A7%E7%96%BE%E6%82%A3/%E5%89%AF%E8%85%8E%E7%96%BE%E6%82%A3/%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E6%80%A7%E5%89%AF%E8%85%8E%E7%9A%AE%E8%B3%AA%E6%A9%9F%E8%83%BD%E4%BD%8E%E4%B8%8B%E7%97%87
近年、GHRP-2(グレリン受容体作動薬)負荷試験がITTの代替として普及しつつあります。GHRP-2負荷試験では、血中GH頂値が9 ng/mL以下の場合にITTのGH頂値1.8 ng/mL以下と同等の診断精度を持つとされており、低血糖を誘発しないため安全性が大幅に向上しています。これは使えます。
しかしGHRP-2試験はGH分泌能の評価が主であり、HPA軸(コルチゾール・ACTH反応)の同時評価という点ではITTに一歩譲ります。つまり、「GH分泌能だけを評価したい」場合はGHRP-2が第一選択になりえますが、「副腎不全(特に視床下部性か下垂体性かの鑑別)も同時に評価したい」という状況ではITTが依然として優位です。
実際の臨床では以下のような使い分けが参考になります。
| 状況 | 推奨される負荷試験 |
|---|---|
| 成人GH分泌不全症のみ疑う場合 | GHRP-2負荷試験(安全性優先) |
| 続発性副腎不全(HPA軸全体)の評価 | ITT(ゴールドスタンダード) |
| 虚血性心疾患・てんかん合併 | ITTは禁忌 → CRH負荷試験+迅速ACTH試験 |
| 高齢者でITTが困難な場合 | GHRP-2+CRH試験の組み合わせ |
見逃されがちな視点として、ITTが「陰性」だった場合でもその解釈には注意が必要です。試験前の過度のストレス、睡眠不足、前日の激しい運動などによる前値の上昇は結果に影響します。また、下垂体腫瘍の術後早期(3〜6か月以内)では、視床下部−下垂体の関係が再構築される途中であり、ITTの偽陰性が出やすい時期とされています。術後の評価タイミングが重要です。
さらに、長期にわたる視床下部障害では、CRH試験に対して初期は過大反応を示しても時間が経つと低反応に変化することが知られています。これはITTとCRH試験の結果の組み合わせ解釈において非常に重要な知識であり、試験結果の日付と病歴のタイムラインを照らし合わせることが診断精度向上につながります。単一時点の数値だけで判断しないことが原則です。
参考:下垂体性成長ホルモン分泌亢進症(指定難病77)(難病情報センター)
https://www.nanbyou.or.jp/entry/3923
参考:内分泌負荷試験(慶應義塾大学病院 KOMPAS)
https://kompas.hosp.keio.ac.jp/exam/000382/