⚠️ 「副作用が少ない」と思って処方した非定型薬で、患者の血糖値が10週以内に急上昇することがあります。

非定型抗精神病薬(第二世代抗精神病薬)は、1990年代以降に登場した比較的新しい系統の抗精神病薬です。統合失調症の第一選択薬として現在の精神科臨床を支えています。
定型抗精神病薬(第一世代)との最大の違いは作用機序にあります。定型薬がドパミンD₂受容体を強力に遮断するのに対し、非定型薬はD₂受容体遮断に加えてセロトニン5-HT₂A受容体への拮抗作用を持ちます。これが「非定型」と呼ばれるゆえんです。
セロトニンはドパミンの放出を抑制する働きがあります。この5-HT₂A受容体をブロックすることで、中脳辺縁系以外(黒質線条体・中脳皮質系)でのドパミン過剰抑制が緩和されます。その結果、錐体外路症状(EPS)の発現頻度が定型薬に比べて低下し、陰性症状や認知機能障害への効果も期待できるようになりました。
つまり非定型薬が優れている点です。ただし「副作用が少ない」という単純な話ではありません。代謝系(体重増加・血糖上昇・脂質異常)への影響は、一部の非定型薬において定型薬を上回る場合があり、この点を見落とすと患者に深刻な健康被害を与えるリスクがあります。
下表に定型薬と非定型薬の主な違いをまとめます。
| 比較項目 | 第一世代(定型) | 第二世代(非定型) |
|---|---|---|
| 主な作用機序 | D₂受容体を強力に遮断 | D₂遮断+5-HT₂A遮断(薬剤により多様) |
| 陽性症状への効果 | 強い | |
| 陰性症状・認知機能への効果 | 限定的 | 改善効果を期待できる |
| 錐体外路症状(EPS) | 高頻度 | 比較的少ない(薬剤差あり) |
| 高プロラクチン血症 | 起こりやすい | 一部薬剤で起こる(SDA系で多め) |
| 代謝系副作用 | 比較的少ない | MARTAで顕著(糖尿病禁忌含む) |
参考:抗精神病薬の定型・非定型の違いや作用機序を詳しく解説しています。
非定型抗精神病薬は受容体プロファイルの違いによって大きく4つに分類されます。この分類を把握することが、患者ごとの薬剤選択の根拠になります。
🔵 SDA(セロトニン・ドパミン拮抗薬)
D₂遮断と5-HT₂A遮断を主要な作用とする、非定型薬の中でも最初期に登場したグループです。
| 一般名 | 代表的な商品名 | 特記事項 |
|---|---|---|
| リスペリドン | リスパダール・リスパダールコンスタ | SDAの代表薬。LAI製剤あり |
| パリペリドン | インヴェガ・ゼプリオン・ゼプリオンTRI | リスペリドンの活性代謝物。3ヵ月製剤あり |
| ペロスピロン | ルーラン | 国内開発。5-HT₁A作用も持つ |
| ブロナンセリン | ロナセン | D₂遮断がより強い(DSAとも呼ばれる)。貼付剤あり |
| ルラシドン | ラツーダ | 2020年国内発売。双極性うつへの適応あり |
SDAは陽性症状への効果が安定している一方、他の非定型薬と比べるとEPSや高プロラクチン血症のリスクがやや高めです。これが基本です。
🟢 MARTA(多元受容体標的化抗精神病薬)
D₂・5-HT₂Aに加え、アドレナリンα₁・ヒスタミンH₁・ムスカリン受容体など多くの受容体に作用します。
| 一般名 | 代表的な商品名 | 特記事項 |
|---|---|---|
| オランザピン | ジプレキサ・ジプレキサザイディス | MARTAの代表薬。糖尿病・既往患者に禁忌 |
| クエチアピン | セロクエル・ビプレッソ(徐放錠) | 双極性障害うつに適応。糖尿病患者に禁忌 |
| アセナピン | シクレスト | 舌下錠。糖尿病禁忌なし(MARTA内では例外) |
| クロザピン | クロザリル | 治療抵抗性統合失調症の唯一の承認薬。無顆粒球症に注意 |
MARTAは多受容体への作用から鎮静・催眠効果が強く、急性期の興奮に対応しやすい薬剤群です。ただし体重増加・血糖上昇・脂質異常といった代謝系副作用が顕著で、この点が処方時の最大の注意点です。
🟡 DSS(ドパミン受容体部分作動薬)
ドパミンが過剰なときは抑え、不足しているときは補うという「調整的」な作用を持ちます。
| 一般名 | 代表的な商品名 | 特記事項 |
|---|---|---|
| アリピプラゾール | エビリファイ・エビリファイ持続性水懸筋注 | DSSの唯一の薬。4適応症を持つ。LAI製剤あり |
🟣 SDAM(セロトニン・ドパミン活性調節薬)
DSSの機序にセロトニン受容体への部分作動作用を組み合わせた最新分類です。
| 一般名 | 代表的な商品名 | 特記事項 |
|---|---|---|
| ブレクスピプラゾール | レキサルティ | うつ病増強療法の適応あり。副作用プロファイルが穏やか |
DSSとSDAMは副作用全体が少なめで、特に代謝系への影響が小さい点が特徴です。ただし鎮静作用が弱く、急性期の強い興奮には単剤では対応しにくいケースがあります。アカシジアの発現にも注意が必要です。
参考:SDA・MARTA各薬剤の詳細な比較はこちら。
非定型抗精神病薬の処方において、多くの医療従事者が意識しながらも過小評価しがちなのが代謝系副作用です。代表的なメタ解析によると、オランザピンとクロザピンの10週間の内服による平均体重増加はそれぞれ4.5kgと4.2kgに達しています。体重4.5kg増加は、成人の体脂肪で約4.5Lのペットボトル分に相当するボリュームです。
リスペリドンでも平均2kgの体重増加が報告されており、「非定型薬は体重が増えにくい」という認識は必ずしも正確ではありません。意外ですね。
血糖上昇については、クロザピンとオランザピン(MARTA系)で糖尿病性ケトアシドーシスや糖尿病性昏睡などの重篤な副作用リスクが確認されており、これらは糖尿病患者・糖尿病既往患者への投与が禁忌とされています。抗精神病薬治療を受けている精神疾患患者における糖尿病の有病率は11.6%という報告もあり、定期的な血糖モニタリングは欠かせません。
薬剤別の代謝リスクを大まかに整理すると以下のようになります。
| 薬剤(分類) | 体重増加リスク | 血糖上昇リスク | 糖尿病禁忌 |
|---|---|---|---|
| オランザピン(MARTA) | 高い(10週で平均4.5kg) | 高い | あり |
| クロザピン(MARTA) | 高い(10週で平均4.2kg) | 高い | あり |
| クエチアピン(MARTA) | 中程度 | あり | |
| リスペリドン(SDA) | 中程度(平均2kg) | やや高い | なし |
| ブロナンセリン(SDA/DSA) | 低い | なし | |
| アリピプラゾール(DSS) | 低い | なし | |
| ブレクスピプラゾール(SDAM) | 低い(平均1.6kg) | 低い | なし |
北海道大学の研究では、オランザピンに比べてブロナンセリンで血糖上昇リスクと体重増加リスクが有意に小さいことが示されています(2022年報告)。代謝リスクが高い患者にはブロナンセリンやアリピプラゾールへの切り替えを検討することが、管理上のひとつの選択肢です。
この情報を得た上で、MARTAを処方している患者には少なくとも年1回以上のHbA1cおよび空腹時血糖の確認を徹底することが肝心です。日本精神神経学会が発行する「統合失調症に合併する肥満・糖尿病の予防ガイド」も参照できます。
参考:オランザピンとブロナンセリンの血糖・体重増加リスクの差に関する研究。
北海道大学「抗精神病薬による血糖上昇・体重増加のリスクの違いを解明」
非定型抗精神病薬の一覧を眺めるだけでは、実臨床での薬剤選択には直結しません。重要なのは「どの患者に」「何を目的に」選ぶかという視点です。
急性期の興奮・陽性症状が前景のケース
陽性症状が強く出ている急性期では、D₂遮断が比較的強い薬剤や、鎮静作用を持つMARTAが選ばれます。オランザピンやクエチアピンは催眠・鎮静作用が高く、急性期の不眠・興奮を伴うケースに対応しやすいです。リスパダール内用液も即効性が期待でき、急性期での出番が多い薬剤です。ただし糖尿病既往のある患者にはMARTAが使えないため、注意が必要です。
陰性症状・認知機能障害が目立つ慢性期
慢性期で意欲低下・感情の平板化・認知機能障害が主体となる場合は、DSSのアリピプラゾールやSDAMのブレクスピプラゾールが選択肢に入ります。これらはドパミン受容体への部分作動薬であり、ドパミン不足に起因する陰性症状の改善を期待できます。鎮静作用は弱いため、興奮が強い状態での単剤使用は慎重を要します。
代謝系リスクが高い患者(糖尿病・肥満・脂質異常症)
体重増加や血糖上昇リスクの低いブロナンセリンやアリピプラゾール、ルラシドンが候補になります。特に糖尿病または既往歴のある患者には、オランザピン・クエチアピン・クロザピン・アセナピン以外のMARTAは禁忌であることを押さえておく必要があります。禁忌は必須の確認事項です。
治療抵抗性統合失調症(TRS)
2剤以上の十分量・十分期間の抗精神病薬に反応しない治療抵抗性統合失調症(TRS)には、クロザピン(クロザリル)が唯一エビデンスのある薬剤です。日本人を対象とした研究では、クロザピンの有効率はPANSSで25%以上の改善を基準とした場合に38%と報告されており、諸外国と同程度の成績です。統合失調症患者全体の約20%がTRSと推定されていますが、クロザピンの処方率は欧米と比べて日本では依然低い水準にあります。
クロザピンの使用には無顆粒球症のリスクがあるため、クロザリル患者モニタリングサービス(CPMS)への登録と定期的な白血球・好中球数の測定が義務付けられています。この管理体制は複雑ですが、TRSへの対応において不可欠な手続きです。
双極性障害・うつ病への適応
非定型薬の中には統合失調症以外の適応を持つものも多くあります。エビリファイ(アリピプラゾール)は統合失調症・双極性障害の躁状態・うつ病の増強療法・自閉スペクトラム症の易刺激性の4つの適応を持ちます。ラツーダ(ルラシドン)は双極性障害のうつ状態、ビプレッソ(クエチアピン徐放錠)は双極性障害のうつ状態の適応があります。非定型薬は「統合失調症の薬」という位置づけを超え、気分障害の治療でも重要な役割を担っています。
参考:治療抵抗性統合失調症とクロザピンについての詳細。
慶應義塾大学病院KOMPAS「クロザピン専門外来の取り組みと治療抵抗性統合失調症」
統合失調症治療において最も見落とされがちで、かつ最も重要な問題がアドヒアランスです。服薬を中断した患者の再発率は、継続した患者の約5倍に達することが複数の研究で報告されています。5倍という数字は非常に大きいですね。
経口薬の限界を補う選択肢として注目されているのが、持効性注射剤(LAI:Long Acting Injection)です。非定型薬のLAI製剤として現在国内で使用できるのは以下のものです。
LAIのメリットは「飲み忘れゼロ」だけではありません。経口薬は血中濃度が日々変動しますが、LAIは血中濃度が安定するため副作用の波も軽減される傾向があります。また、医師・看護師が投与のたびに患者の状態を直接確認できるため、早期の症状悪化に気づきやすいという臨床的なメリットもあります。
一方でLAIの薬価は経口薬と比較して高く、この点が導入のハードルになるケースがあります。ただし入院による社会的コストや患者・家族の負担を総合的に考えると、アドヒアランスが不安定な患者ほどLAIの費用対効果は高い評価を受けています。
外来でのLAI導入を検討する場合、患者・家族への事前説明と同意形成が重要です。「注射に切り替える=薬が強くなる」という誤解が生じやすいため、「飲み忘れを防ぐ形の治療法」として丁寧に伝えることが導入成功のポイントになります。これは使えそうです。
参考:パリペリドン3ヵ月製剤(ゼプリオンTRI)の特徴と国内データ。
ジョンソン・エンド・ジョンソン「持効性抗精神病薬注射剤の入院率低下に関する研究」
「非定型薬はEPSが少ない」という理解は正しいですが、「ない」ではありません。特にリスペリドンやブロナンセリンなど、D₂遮断作用が比較的強い薬剤ではEPS(錐体外路症状)が出現することがあります。
EPSの症状は大きく4種類に分かれます。薬剤性パーキンソニズム(振戦・筋強剛・寡動)、アカシジア(静座不能)、急性ジストニア(筋肉の異常収縮)、遅発性ジスキネジア(口周囲の不随意運動など)です。このうちアカシジアは患者が「じっとしていられない・足がムズムズする」と訴えることが多く、副作用と気づかれずに不穏・不安として誤認されるケースがあります。注意が必要です。
アカシジアが強い場合は、β遮断薬(プロプラノロール)や抗不安薬の追加、または薬剤変更を検討します。EPSを抗コリン薬(アキネトン・アーテンなど)で対処する方法もありますが、抗コリン作用による口渇・便秘・尿閉・せん妄リスクとのバランスを考慮する必要があります。
高プロラクチン血症はSDA系(特にリスペリドン・パリペリドン)で起こりやすい副作用です。女性では月経不順・無排卵・乳汁分泌、男性では女性化乳房・性欲低下が見られることがあります。長期的には骨密度低下につながる可能性もあるため、女性の長期使用患者では定期的なプロラクチン値の確認が推奨されます。
薬物相互作用の観点では、クロザピンがCYP1A2で代謝されるため喫煙の有無による血中濃度への影響が大きいことが知られています。入院中に禁煙した患者でクロザピンの血中濃度が上昇し、副作用が増強した事例も報告されています。喫煙状況の変化は必ず確認すべき点です。
また、ルラシドン(ラツーダ)はCYP3A4で代謝されるため、食事との相互作用があります。空腹時に服用すると血中濃度が食後服用の約半分になるため、添付文書では食後服用が推奨されています。服薬指導での伝え忘れが起きやすい部分です。これが基本です。
参考:統合失調症に合併する代謝障害の予防とモニタリングについてのガイドライン。
日本精神神経学会「統合失調症に合併する肥満・糖尿病の予防ガイド(PDF)」