ヘルベッサー錠の出荷調整が続いているにもかかわらず、代替薬に切り替えず同じ処方を継続している患者の約3割で、血圧・心拍数のコントロールが悪化したというデータがあります。

ヘルベッサー錠(一般名:ジルチアゼム塩酸塩)は、狭心症・高血圧・頻脈性不整脈などに幅広く使用されるカルシウム拮抗薬です。長年にわたり第一選択薬として多くの患者に処方されてきましたが、2023年後半から2024年にかけて、製造上の問題や原薬供給の不安定化を背景として、複数の製造販売業者による出荷調整が相次いで発生しました。
出荷調整の直接的な引き金となったのは、後発医薬品(ジェネリック)メーカーの製造不正問題の余波です。後発品各社が品質問題による自主回収・製造停止を余儀なくされた結果、先発品である田辺三菱製薬のヘルベッサー錠への需要が急増し、先発品も供給が逼迫する状況に陥りました。つまり後発品問題が先発品不足を招いた構図です。
日本では2021年以降、複数の後発品メーカーによる製造データ改ざんや品質管理の不備が相次いで発覚しており、ジルチアゼム製剤もその影響を強く受けた薬剤の一つです。製造ラインの再整備には数か月から1年以上を要するケースが多く、短期間での供給回復は困難な状況が続いています。
現場としては「いつ解消されるか分からない」のが実態です。医療機関・調剤薬局の双方が在庫管理の見直しを迫られており、処方医と薬剤師の連携が従来以上に重要になっています。
後発医薬品の品質問題の経緯については、厚生労働省の公式発表が詳しいです。
厚生労働省:医薬品の品質問題・回収情報一覧(医療機関・薬局向け)
ヘルベッサー錠が入手困難になった場合、代替薬の選択は適応症によって大きく異なります。これが原則です。
狭心症・高血圧目的での処方の場合、アムロジピン(ノルバスク®・アムロジン®)をはじめとする長時間作用型ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬への変更が第一候補となります。アムロジピンは現時点で供給が比較的安定しており、多くの施設で採用されています。ただし、ジルチアゼムは非ジヒドロピリジン系であり、陰性変時作用・陰性変力作用を持つ点が大きな違いです。心拍数コントロールを目的とした処方では、単純な薬効クラスの置き換えができません。
頻脈性不整脈(心房細動など)への使用を目的とした処方では、代替が特に慎重を要します。β遮断薬(ビソプロロールなど)やジゴキシンが候補に挙がりますが、患者の心機能・腎機能・併用薬を踏まえた個別判断が不可欠です。意外ですね。「カルシウム拮抗薬」という括りだけで他の薬に変えると、心拍数が制御できなくなるリスクがあります。
切り替え時の注意点を整理すると以下のようになります。
処方変更を行う場合は、薬剤師との事前確認・疑義照会の流れをあらかじめ整備しておくことが、現場でのトラブル防止につながります。
出荷調整が長期化する局面では、在庫管理の「見える化」が最初の一手です。
多くの医療機関・調剤薬局では、発注量の上限が卸業者から設定されるケースが増えています。出荷調整品目については、医薬品卸(MS)から定期的に入手可能数量の案内が届くことが多く、その情報を処方医と薬剤師がリアルタイムで共有できる体制を整えることが重要です。紙ベースの管理では情報伝達に遅れが生じやすいため、院内・薬局内の電子連絡ツールの活用を検討する価値があります。
病院薬剤部の実務では、以下のような対応が各施設で取られています。
また、調剤薬局では「後発品への変更不可」指示がある処方箋について、先発品の在庫がない場合は処方医への疑義照会が必須となります。この手続きを省略すると、調剤録の記録義務違反につながる可能性があります。手間でも省略は厳禁です。
在庫が尽きる前に医師と連絡を取り、代替処方の準備を整えておく流れが理想的です。「薬がない状態で患者が来局する」という事態を防ぐためにも、処方発行前の段階からの情報連携が欠かせません。
処方薬が突然変わることは、患者にとって大きな不安の源になります。これは見落とされがちな視点です。
特に慢性疾患を長年にわたって管理している患者の場合、「同じ薬を飲み続けること」自体が安心感の基盤になっていることが少なくありません。ヘルベッサー錠を何年も服用してきた患者が「もうこの薬は手に入らない」と伝えられると、自己判断で服薬を中断したり、インターネット上の不確かな情報に基づいてサプリメントや民間療法に切り替えようとしたりするケースが報告されています。
患者説明を行う際のポイントは次の通りです。
患者への説明に使えるリーフレット様式については、各学会や日本薬剤師会が提供しているものを参考にすると効率的です。以下のリンクは日本薬剤師会の医薬品供給情報のページで、最新の出荷調整品目情報も確認できます。
日本薬剤師会:医薬品の供給状況・出荷調整情報(薬剤師・医療機関向け)
また、患者が「薬が変わったこと」を自分のかかりつけ医に正確に伝えられるよう、「お薬変更のお知らせ」を手渡すことも一つの実践的な方法です。特に複数の医療機関を受診しているポリファーマシー患者では、異なる施設で重複処方が起きるリスクを防ぐ意味でも重要です。
ヘルベッサー錠の問題は、単一品目の供給不足ではなく、日本の医薬品供給体制全体の脆弱性を映し出しています。これが本質です。
日本では後発医薬品の普及推進が国策として進められてきましたが、その結果として後発品メーカーへの依存度が高まり、一社の製造停止が市場全体に波及するリスクが顕在化しました。厚生労働省の調査によると、2023年度末時点で出荷調整が行われていた品目数は延べ1,000品目を超えており、ヘルベッサー錠はその一例に過ぎません。深刻な状況ですね。
医療機関・薬局が今後備えるべきリスク管理の視点として、以下が挙げられます。
PMDAによる医薬品の回収・製造中止・出荷調整の最新情報は、以下のページで一元的に確認できます。
PMDA(医薬品医療機器総合機構):医薬品の安全性情報・回収情報(医療従事者向け)
医薬品供給の不安定化は今後も続くと予想されており、「その薬が手に入らなくなったとき、どうするか」を平時に考えておくことが、患者への安定した医療提供を守ることに直結します。ヘルベッサー錠の出荷調整を一つの契機として、施設全体の医薬品リスク管理体制を見直す機会にすることが、医療従事者として今最も重要な行動と言えるでしょう。