従来モーターをそのまま使い続けると、電気代が年間で数十万円単位で損をしている場合があります。

ハルバッハ配列(Halbach Array)とは、永久磁石を一定のパターンで並べた特殊な磁石配列のことです。1980年代にアメリカの物理学者クラウス・ハルバッハ(Klaus Halbach)氏が粒子加速器のビーム収束を目的に考案し、その後特許が消滅したことで、モーターやリニアモーターへの利用が世界中で一気に広がりました。
通常のN-S交互配列では、磁力が磁石の両面に均等に広がります。これに対してハルバッハ配列では、各磁石の着磁方向を90度ずつ回転させて並べることで、片側に磁束を集中させ、もう片側の磁力をほぼゼロに打ち消すことができます。これは物理的にとても不思議な現象です。片側だけ磁力が強まるということですね。
この「片側集中」のメカニズムを活用し、モーターのロータ(回転子)内側にハルバッハ配列の磁石を並べると、コイル側に向かう磁束密度が飛躍的に高まります。具体的には、同じ体積・同じ種類の磁石を使っても、通常のNS配列と比較して磁束密度がおよそ2倍に達します。さらに磁束密度の分布が正弦波状に近くなるため、回転時のトルク変動(トルクリップル)も極めて小さくなります。つまり「強くて滑らか」が基本です。
さらに深化させたのが、工学院大学とマグネイチャーが共同開発した「デュアルハルバッハ配列」です。ロータの外輪と内輪の両方にハルバッハ配列磁石を向かい合わせて2列(デュアル)に並べる構造で、磁力は単体のハルバッハ配列のさらに2倍になります。これを「コアレス(鉄心なし)」のコイル構造と組み合わせたのが、2025年1月に発表された64kW級モーター「MagNach®」であり、1,000〜15,000回転の全回転領域で効率95%以上を世界で初めて達成しました。
| 配列方式 | 磁束密度の特徴 | コギングトルク | 代表的な効率 |
|---|---|---|---|
| N-S交互配列(従来) | 両側に分散 | 発生する | 80%前後 |
| ハルバッハ配列 | 片側に集中(約2倍) | ほぼゼロ | 90〜95%超 |
| デュアルハルバッハ配列 | さらに2倍(内外2列) | ゼロ | 95%以上(全回転域) |
この技術は開発当初、「磁力が強すぎて指を挟み、流血の惨事になった」とアテック会長の芦田氏が語るほど強力な磁界を扱うものでした。磁石どうしが強く引き合い、ロータへの磁石組み込みは非常に困難な作業です。この組立の難しさこそが、ハルバッハ配列モーターが長らく量産化できなかった最大の理由でもあります。
参考:工学院大学発ベンチャー「マグネイチャー」によるMagNach開発プレスリリース(効率95%達成・世界初コアレス+ハルバッハ最適化の詳細あり)
https://digitalpr.jp/r/102680
金属加工の現場で「モーターの振動」が加工品質に直結することは、経験のある方ならご存じのはずです。ところが、その振動の根本原因が「コギングトルク」にあるという事実は、意外と見落とされがちなポイントです。
コギングトルクとは、モーターが回転する際に鉄心(コア)と磁石の間で発生する磁気的な引っかかりのことです。無通電状態でモーター軸を手で回したとき、「コキコキ」とした段付き感として感じられます。この現象が回転中にも生じることで、わずかながらも周期的なトルク変動が起きます。これが振動です。
従来の鉄心付きモーター(コアード構造)では、このコギングトルクを完全に除去することは構造上困難とされてきました。一方、ハルバッハ配列をコアレス構造(鉄心なし)と組み合わせると、鉄心そのものが存在しないためコギングトルクがゼロになります。コギングなしが条件です。
このメリットは精密切削・研削加工において非常に大きな意味を持ちます。たとえば、精度±0.001mmクラスの精密研削や鏡面仕上げ加工では、わずかな振動が筋目(チャタリング)となって表面品質を大きく損ないます。コギングトルクがゼロのモーターをスピンドルに使えば、振動に起因する加工不良が根本から解消できます。実際に工学院大学・マグネイチャーのMagNach®モーターは、「工作機械用スピンドルモーターでの高精度化」を具体的な応用先として明記しています。
大洋電機エンジニアリングのハルバッハモーターは最高回転速度60,000min⁻¹(6万回転/分)を実現しています。これはA4用紙1枚の幅(約297mm)を1分間に6万回往復するほどの超高速です。高速スピンドルへの適用で、アルミ・銅・樹脂などの難削材加工における面品位と工具寿命の両立が期待できます。
さらにハルバッハ配列の特性として「低トルクリップル」があります。トルクリップルとは回転中のトルク変動のことで、これが小さいほど回転が均一になります。回転が均一なら問題ありません。研削砥石や切削工具の送りムラが減少し、工具摩耗の均一化・加工面のきめ細かさの向上につながります。
参考:大洋電機エンジニアリング「ハルバッハモータ」製品ページ(コギングレス・6万回転/超高速設計の詳細)
https://www.taiyo-denki.com/product-h.html
ハルバッハ配列モーターはすでに複数の産業分野で実用化が進んでいます。金属加工業の方が「まだ自分には関係ない技術」と思っているとすれば、それは早計かもしれません。意外ですね。
現時点での代表的な応用分野をまとめると、EV(電気自動車)・電動バイク・大型ドローン・風力発電・水力発電・医療機器(MRI等)・工作機械スピンドルなど多岐にわたります。特に工作機械への応用が、金属加工業界にとって最も直接的な関心事です。
MagNach®モーターは開発チーム自ら「工作機械用スピンドルモーターでの高精度化」を明示的な展開先に挙げています。外径250mm×長さ230mm・重量60kg(水冷ジャケット含む)というコンパクトなサイズで64kWの出力を実現しており、マシニングセンタや旋盤の主軸に置き換えても搭載スペースの問題は少ないと言えます。
大洋電機エンジニアリングのハルバッハモーターは、ビルトインタイプ(スピンドルに直接組み込む方式)にも対応しています。ビルトインスピンドルは中間の伝達機構(プーリーやベルト)を持たないため、振動・バックラッシが根本からなくなります。ハルバッハ配列のコギングレス特性と組み合わせることで、現行のスピンドルモーターでは得られないレベルの加工精度を実現できる可能性があります。
将来的な展望として、リニアモーターへの応用も注目されます。ハルバッハ配列はリニアモーター(直線運動)にも適用でき、送り軸の高速化・高精度化を実現します。現在の工作機械ではボールねじ駆動が主流ですが、ハルバッハ配列リニアモーターに置き換えることで、摩擦ゼロ・バックラッシゼロ・高加速度の送り軸が実現します。
日本の製造業の競争力を維持するうえで、こうした省エネかつ高精度のモーター技術の採用は、今後ますます重要な経営判断になっていくでしょう。工作機械メーカーや精密部品加工メーカー各社が、ハルバッハ配列モーターの採用・評価を本格化させるのはそう遠くない未来です。
参考:ハルバッハ配列の原理と応用分野の包括的な技術解説(magnature.jp)
https://magnature.jp/tech/335