正規ルートで仕入れた薬でも、管理薬剤師が業務停止3カ月になる場合があります。

2017年(平成29年)1月17日、厚生労働省は衝撃的な事実を公表しました。奈良県内の薬局チェーン「関西メディコ」が運営する「サン薬局」において、C型肝炎治療薬「ハーボニー配合錠」の偽造品が患者に調剤されるという、国内では前例のない事態が発生したと発表したのです。
発覚のきっかけは患者自身の気づきでした。それ以前にも本物のハーボニーを服用していた患者が、いつもと色や形が違うことに疑問を持ち、薬剤師に申し出たことで問題が判明しています。偽造品はほとんど服用されなかったため、今回は幸いにして健康被害は確認されませんでした。
その後の調査で、偽造品は奈良県内の薬局3店舗で5ボトル、東京都内の卸売販売業者で10ボトルの計15ボトルが発見されています。
| 発見場所 | 発見数 | 状況 |
|---|---|---|
| 奈良県内薬局チェーン(サン薬局) | 5ボトル | うち1ボトルが調剤され患者に渡った |
| 東京都内の卸売販売業者 | 10ボトル | 流通過程で発見・確保 |
偽造品の中身について分析した結果、いくつかのパターンが確認されています。あるボトルにはビタミン類を含む錠剤28錠が入っており、別のボトルにはC型肝炎治療薬「ソバルディ錠」と外観が似た錠剤と、鼻炎や感冒に使われる漢方製剤に含まれる成分(芍薬・甘草・麻黄・五味子など)を含む薄い紫色の錠剤が混入していました。本物のハーボニー配合錠はひし形のだいだい色の錠剤で、表面に「GSI」、裏面に「7985」の刻印があります。つまり、偽造品の中身は全く別の薬でした。
驚くべきことは、偽造品のボトル自体は「正規品のボトル」が使用されていた点です。国内に流通する正規品のボトルが何らかの形で空になり、そこに別の錠剤が詰め替えられたとみられています。つまり偽造の脅威は海外からだけではなく、国内流通の過程で発生したということです。
参考リンク(厚生労働省による偽造品流通事案の全体像と行政対応について)。
厚生労働省「ハーボニー配合錠偽造品流通事案と国の偽造医薬品対策について」(医薬品・医療機器等安全性情報 No.350)
なぜハーボニーが狙われたのか。結論から言えば、「1錠で数万円」という圧倒的な高薬価が最大の要因です。
ハーボニー配合錠の薬価は収載当初で1錠8万171円(その後1錠約5万4796円に引き下げ)、28錠入りの1ボトルが約153万円という超高額薬剤でした。患者1人あたりの治療費(12週間・84錠)は当初で460万円超に上ります。そのうえ、C型肝炎ジェノタイプ1・2型に対して95〜100%の著効率を誇る画期的な治療薬として処方が急拡大していました。
偽造すれば1ボトルあたり数十万〜100万円規模の利益を得られる計算になります。これがわかると、犯罪者にとっていかに「割に合う」標的だったかが見えてきます。
偽造品が流通経路に紛れ込んだ仕組みとして浮かび上がったのが、「現金問屋」という存在です。現金問屋とは、薬局や医療機関が抱える余剰在庫を買い取り、別の薬局や医療機関に正規ルートより安く転売する卸売業者のことです。多くは医薬品の卸売販売業許可を取得して営業しており、存在自体は違法ではありません。
しかし、現金問屋は「秘密厳守」を慣習とし、売り手の身元確認を十分に行わないケースが多く、偽造品が紛れ込みやすい構造になっていました。今回の流通経路は以下のように複数の現金問屋を経由しています。
6社もの現金問屋を経由しながら、どこでも偽造品だと見抜けなかった点が問題の深刻さを物語っています。関西メディコは、ギリアドの正規取引先(スズケン・東邦薬品・葦の会グループ)以外のルートからハーボニーを仕入れていたことも判明しました。つまり、非正規ルートからの仕入れという行為自体がリスクを高めていたわけです。
現金問屋を利用すること自体に法的問題はありませんが、本事件はそのリスクを如実に示しました。医療機関・薬局の経営者として「少し安い」という理由で非正規ルートを活用することが、偽造品混入という取り返しのつかない事態につながりうるということです。
参考リンク(現金問屋を介した偽造品流通ルートとGDP導入議論について)。
AnswersNews「GDPついに導入?『ハーボニー』偽造品問題 流通規制強化へ」
本事件で多くの医療従事者が注目したのは、「偽造品とは知らずに調剤した薬剤師も行政処分の対象になる」という現実です。
厚生労働省は2017年12月、医道審議会薬剤師分科会の答申を受け、偽造ハーボニーを患者に調剤した管理薬剤師1名(当時31歳、奈良市)に対して、薬剤師法に基づく業務停止3カ月の行政処分を発表しました。処分発効は同月26日です。処分の理由は以下の通りです。
これは重要な点です。偽造品を「故意に流通させた」わけではなく、管理・記録義務の不履行と不適切な対応が処分の根拠となっています。つまり、「知らなかった」「気づかなかった」では法的責任は免れないということです。
さらに、薬局チェーンである関西メディコの2店舗(サン薬局平松店・平群店)には、薬機法(医薬品医療機器等法)に基づく業務停止命令(2017年3月22日〜26日、5日間)と管理薬剤師の変更命令が発令されました。卸売販売業者であるエール薬品は13日間、大興薬品は8日間の業務停止処分を受けています。
また、東京都と大阪府は関与した現金問屋6社すべてに改善措置命令を発動し、販売許可取り消しなど追加処分の可能性も検討されました。つまり、流通に関わった全員が処分の対象になったのです。これが原則です。
「被包や添付文書がない医薬品」を調剤することの危険性は改めて認識が必要です。今回の事案では、被包のない状態で他店から譲渡されていたという事実が決定的な判断材料として処分理由に挙げられています。どんなに忙しくても、このような薬は絶対に調剤してはなりません。
参考リンク(管理薬剤師への行政処分の詳細と処分根拠について)。
薬+読「偽造薬調剤で業務停止3カ月 ─ 奈良市の薬剤師に行政処分」
本事件は医薬品流通の制度を根底から見直すきっかけとなりました。厚生労働省はこの事案を受け、複数の省令改正と新たなガイドライン策定に着手しています。
まず2017年10月5日付で、薬機法施行規則などの一部を改正する3本の省令(厚生労働省令第106号・107号・108号)が公布されました。その主なポイントは以下の通りです。
これらは以前の制度では明文化されていなかったルールです。事件前は、取引相手の本人確認すら省令上の義務ではありませんでした。
さらに注目されたのが「GDP(Good Distribution Practice:医薬品適正流通基準)」の制度化への動きです。GMPが製造〜出荷段階の品質管理基準であるのに対し、GDPは出荷後の流通全般をカバーする国際基準です。日本は2014年にPIC/S(医薬品査察協定・協同スキーム)に加盟しており、GDPへの対応は加盟時から課題でしたが、長らく卸売業界の自主基準「JGSP」による管理にとどまっていました。
当時の塩崎厚生労働大臣は「医薬品の製造から患者さんに至るまでの一貫した安全な流通を実現しなければならない」と発言し、GDPのガイドライン策定を加速させる方針を示しています。ドイツでも2017年に同じハーボニーの偽造薬事件が発生したことで、日本と海外の問題が同時進行していたことも、国際的な対応の必要性を浮き彫りにしました。
GDPが強調するのは「取引相手の適格性の事前評価」です。これは従来の日本の商慣行では当たり前ではありませんでした。厳しいところですね。しかし、このような事件が再び起きないためには、面倒でも仕入先の確認を徹底することが欠かせない姿勢になります。
参考リンク(GDP導入の背景とハーボニー事件の関係性について)。
厚生労働省「医薬品の適正流通(GDP)ガイドライン検討の経緯」
本事件が最終的に示したのは、薬剤師・医療従事者が偽造医薬品に対する「最後の防衛線」であるという事実です。
今回、偽造品を見抜いたのは、前のボトルと錠剤の色や形が違うことに気づいた患者自身でした。しかし裏を返せば、初めてハーボニーを服用する患者であれば気づけず、そのまま服用してしまっていた可能性があります。そうなれば、C型肝炎ウイルスが残存したまま治療失敗という最悪の事態もあり得ました。
ハーボニーの包装形態は不透明なプラスチックボトルにアルミシールで封がされた構造で、シールを剥がさないと中身が確認できない仕様でした。この包装形態自体が偽造のリスクを高めていたとも言えます。事件を受け、ギリアド社は2017年3月より中身が視認できるブリスター包装(PTP包装)に変更しています。これで単純な詰め替え偽造は発見しやすくなりました。
医療現場で薬剤師や医療従事者が取るべき具体的な行動として、以下の点を押さえておくことが重要です。
薬局が偽造品を仕入れた場合、たとえ善意であっても管理薬剤師は行政処分の対象となりえます。現場でのルーティン確認が、自分自身を守るリスク管理にもなるということです。
また、生活保護制度を悪用してハーボニーの前身薬「ソバルディ錠」を医療機関から詐取し横流しするという別の不正事案も本事件の前に発生していました。C型肝炎治療薬全体が不正の標的になりやすい状況がすでに存在していたにもかかわらず、流通の監視体制は甘かったと言わざるを得ません。犯人として逮捕された人物は、覚醒剤取締法違反でも別途逮捕・起訴されており、医薬品の不正流通と薬物犯罪が交差するリスクも改めて認識が必要です。これは使えそうな情報です。
医療現場の多忙さの中では、仕入れ管理の細部まで意識が届きにくいこともあります。しかし、本事件はそのわずかな隙間が患者の健康被害と自身の行政処分につながることを示しました。日常の調剤業務の中に、一枚の「確認」という防衛網を組み込むことが、今の時代に求められるプロフェッショナリズムです。
参考リンク(薬剤師が最後の防衛線であることを解説した専門記事)。
薬+読「第29回 ハーボニー偽造薬事件」(サイエンスライター・佐藤健太郎氏による解説)