ガーゼの上からシュッとかけても、創面にフィブラストはほぼ届いていません。

フィブラストスプレー(一般名:トラフェルミン〔遺伝子組換え〕、製造販売:科研製薬)は、凍結乾燥品と添付溶解液が別々に梱包されています。使用前に必ず自分でミックスする必要があります。これが最初の重要なステップです。
溶解の手順は以下の3段階で進めます。
- ガラス瓶のアルミキャップを両手で「折るように」開ける(ねじらず・折る方向が重要)
- ポリ容器(溶解液)のフィルムをはがしてキャップを取り、溶解液を全量ガラス瓶へ注ぐ(一部残すのはNG)
- スプレーノズルをポリ袋から取り出し、ガラス瓶にセットして「しっかり閉める」
全量注ぐというのが条件です。途中まで入れて濃度を変えようとすると、規定の薬効が保証されなくなります。
溶解後の保存は「凍結を避けて10℃以下の冷暗所(冷蔵庫)」が必須です。そして溶解後2週間以内に使い切ることが安定性の面で求められています。2週間という期限は、単なる目安ではありません。溶解したタンパク質製剤は時間の経過とともに活性が低下するため、正確な管理が治療効果に直結します。
動画で確認しておきたいポイントがもう一つあります。最初にスプレーを使用するときだけ「空押しを5回」行って、液が出ることを確認してから患部に使います。これを知らずにいきなり患部に向けて5回スプレーすると、初回の噴霧が空押し分になってしまい、実際に薬が届く回数が不足するリスクがあります。意外なところで失敗しやすいですね。
科研製薬の医療関係者向けサイトには4分40秒の使用方法動画が公開されており、視覚的に全手順を確認できます。
フィブラストスプレーの使用方法(動画)|科研製薬 医療関係者向けサイト(4分40秒・溶解〜噴霧まで全ステップを視覚確認できる公式動画)
噴霧の基本は、「潰瘍面から約5cm離して、1日1回、5回スプレー」です。この「5cm」と「5回」という数字には根拠があります。5cmの距離から噴霧すると、直径約6cmの範囲に薬液が広がります。つまり5cmという距離は、薬剤が均一に拡散するよう設計された距離なのです。
患部の最大径が6cm以内であれば、中心部に向けて5噴霧(30μg/回)で対応できます。6cmを超える場合は、最初のスプレー面にできるだけ重ならないよう位置をずらして、追加で5噴霧を繰り返します。1日投与量の上限はトラフェルミンとして1000μgを超えてはならないと電子添文で定められています。過剰噴霧は効果が増えるわけではなく、むしろ副作用(過剰肉芽形成など)につながるリスクがあります。
噴霧後に「30秒間、静置する」という指示があります。この時間は「本剤が創面になじむのに必要な時間」とメーカーが明記しています。たった30秒に聞こえますが、bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)が線維芽細胞・血管内皮細胞などの受容体に結合するためには、液体が创面に接触し続ける時間が必要です。つまり30秒が条件です。
静置後はガーゼやドレッシング材で被覆します。静置を「10秒くらいでいいかな」と省略した場合、薬液が流れてしまうか、被覆材に吸い取られる形になり、創面への薬剤定着が不十分になるリスクがあります。これは小さな習慣ですが、治癒への影響は軽視できません。
スプレー後は速やかに透明キャップをかぶせ、冷蔵庫へ戻すことも忘れずに。使用後に常温放置が続くと、2週間以内であっても活性が低下します。注意すれば問題ありません。
製品Q&A|フィブラストスプレー250/500(科研製薬 医療関係者向けサイト)噴霧距離・回数・静置の理由・投与量上限など現場の疑問への公式回答集
現場で最も多い誤用の一つが、「処置の最後にガーゼやワセリンの上からスプレーする」というパターンです。これは効果がほぼゼロです。
なぜかというと、bFGFは創面の生きた細胞(線維芽細胞・血管内皮細胞)の受容体に直接結合することで初めて肉芽形成・血管新生を促します。ワセリンや軟膏が創面を覆った状態では、bFGFが細胞に届きません。届かなければ、効かないということです。
正しい処置の順番は以下の通りです。
| ステップ | 処置内容 | ポイント |
|---|---|---|
| ① | 壊死組織のデブリードマン | 黄色スラフや黒色壊死がある場合は先に除去 |
| ② | 創面の洗浄・清拭 | 消毒後は生理食塩水等で洗い流し余分な水分を清拭 |
| ③ | フィブラストスプレー噴霧 | ここが最初・創面に直接・5cm離して5回 |
| ④ | 30秒静置 | 創面になじむまで動かさない |
| ⑤ | 保湿剤(薄く) | プロペトやアクトシンを薄く塗布 |
| ⑥ | 被覆材で保護 | 非固着性ガーゼ・軟膏ガーゼ・ドレッシング材 |
また、他の外用剤(感染制御系のゲーベン・イソジンシュガーなど)と併用する場合は、必ずフィブラストを先に噴霧・30秒静置してから他の薬剤を使用します。感染制御系外用剤は細胞増殖を弱める方向に働く成分を含むため、順番が逆になるとフィブラストの作用が相殺されることがあります。
被覆材については、「創面の湿潤環境を維持できるもの」を選ぶことが原則です。フィブラストスプレーとドレッシング材を併用した場合、ドレッシング材単独と比べ治癒期間が約1/2に短縮されたという報告があります(褥瘡会誌6(1):23-24, 2004年)。これは使えそうです。滲出液の量に応じて、フィルム材・ハイドロコロイド・ハイドロファイバーなどを適切に選択することが、治癒促進の上で重要なポイントです。
創傷被覆材(ドレッシング材)との併用|フィブラストスプレー250/500(科研製薬)実際の処置フローと、ドレッシング材との組み合わせによる治癒短縮効果を解説
フィブラストスプレーは「肉芽を育てる薬」です。肉芽が育つべき細胞がない創面には、効果が期待できないどころか、不適切使用になります。
使用開始の目安となるのは「創面に良性肉芽が見え始めたとき」です。この段階から上皮化が完了するまでが、最も有効な投与時期と科研製薬のQ&Aに明記されています。
以下のような状態では、フィブラストよりも先に行うべき処置があります。
- 🔴 黒色壊死が残っている段階 → まずデブリードマン(壊死組織除去)を優先
- 🟡 黄色スラフ(膜)がべったり残っている段階 → 浄化・感染コントロールが先
- 💧 悪臭・混濁した浸出液が多い段階 → 感染制御を優先し、感染が落ち着いてから使用開始
感染創に使用する場合の手順も定められています。感染に対する治療を優先し、創部に良性肉芽が見え始めてから、医師等によるデブリードマンを実施し、その後にフィブラストスプレーを使用します。この順番が基本です。
また、約4週間投与しても改善傾向が認められない場合は、外科的療法等を考慮することが電子添文(7.2)に規定されています。4週間が一つの目安です。漫然と継続するのではなく、4週後に治癒曲線を評価して次の手を検討する、というプロセスが求められます。
もう一つ、見落とされがちなのが禁忌となる創面です。悪性腫瘍を有する潰瘍(扁平上皮癌など)には使用禁忌です。細胞増殖作用を持つ薬剤であるため、腫瘍細胞への影響が否定できません。難治性潰瘍の背景に悪性腫瘍が隠れているケースでは、病理検査の実施も念頭に置いた上でフィブラストの使用可否を判断することが重要です。厳しいところですね。
フィブラストスプレーの使い方(Wound Healing Center)|使用前の注意・噴霧ステップ・保存方法をシンプルにまとめたページ
一般的な浅い褥瘡への使用と異なり、ポケット創や深い褥瘡(DESIGN-R分類でD5・D6相当)に対する噴霧には工夫が必要です。創の「底」から治癒が進むため、スプレーがポケットの奥まで届くかどうかが治癒速度を左右します。
深い褥瘡では、ポケットの入口付近にのみ薬剤が溜まって終わり、底部にはほとんど届いていないというパターンが起きやすいです。こうした場合は、陰圧閉鎖療法(NPWT:Negative Pressure Wound Therapy)との併用が有効とされています。フィブラストスプレーとNPWTは作用の方向性が補完的であり、創の底部からの肉芽形成促進と浸出液コントロールを同時に行えます。
保険請求の実務面でも、知っておくと役立つルールがあります。フィブラストスプレーは1本を複数の患者に分割使用して請求することが可能です。
| 製剤 | 1回(5噴霧・0.3mL)の薬剤料 | 点数(2025年4月薬価) |
|---|---|---|
| 250μg製剤 | 約734円 | 73点 |
| 500μg製剤 | 約414円 | 41点 |
分割請求の場合は、1瓶分ではなく「使用した分の薬剤料のみ」を請求するのが正しい方法です。病院・クリニックのスタッフが処置室で複数患者に使用する場合、この点を会計担当者と共有しておくことで過請求を防げます。
動画学習という観点では、YouTube上にもETナース(梶西ミチコ先生)による「褥瘡ケアとドレッシングシリーズ」の一環として、フィブラストスプレーの使用法を扱った動画(全12本シリーズの1本、9分程度)が公開されています。実際の処置の流れを視覚的に確認したい場合に活用できます。
9.肉芽の増殖(フィブラストスプレーの使用法)|ETナース梶西ミチコ先生による褥瘡ケアシリーズ(YouTube)実際の噴霧・ドレッシング手順を映像で確認できる看護師向け動画
また、副作用として注意が必要なのは、過剰肉芽組織の形成(臨床試験で1.03%に発現)と滲出液の増多です。これらは創面の変化を毎回観察することで早期に発見できます。痛みや発赤などの局所反応が強い場合は、投与の中止も検討が必要です。正しい観察眼を持って使うことが最大の安全策です。
DIクイズ5:フィブラストスプレーの使い方(日経メディカル)|臨床現場での具体的な噴霧手順・分量・注意点をQ&A形式で確認できる医療者向けコンテンツ