バニラ味だからといって甘さが苦手な患者さんに勧めると、拒否率が3倍になります。

エンシュア・リキッドは、アボット ジャパン合同会社(現・アボット)が製造・販売する経腸栄養剤で、医療現場で長年使用されてきた実績のある製品です。現在市場に流通している主なフレーバーは、バニラ・コーヒー・ストロベリー・黒糖の4種類です。
各フレーバーにはそれぞれ異なる風味の特徴があります。バニラ味は最もスタンダードで、甘みがしっかりとしており、コク感があります。栄養剤特有の「生臭さ」や「薬品臭」をバニラの香りでマスキングしているため、初めて経腸栄養剤を使用する患者さんにも比較的受け入れられやすいフレーバーです。
コーヒー味は、独特のほろ苦さが特徴です。甘いものが苦手な患者さんや、高齢男性に比較的好まれる傾向があります。ただしカフェインを微量含む点は、就寝前に提供する場合などに注意が必要です。ストロベリー味は果実系の甘酸っぱさがあり、フルーティな風味が特徴ですが、人工的な甘さが気になる患者さんもいます。黒糖味は和の風味があり、特に高齢の患者さんや沖縄・九州地方の患者さんに馴染みやすいフレーバーとして知られています。
つまり「バニラが無難」とは一概に言えないということです。
患者さんの食の好みや文化的背景、使用目的(昼間・就寝前など)によって最適なフレーバーは変わります。入院時のスクリーニングや問診で「普段よく飲むものは何か」「甘いものは好きか」を確認するだけで、フレーバー選択の精度が上がります。これは基本です。
| フレーバー | 風味の特徴 | 向いている患者層 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| バニラ | 甘み強め・コクあり | 初回導入・幅広い年代 | 甘さが苦手な患者には不向き |
| コーヒー | ほろ苦・甘さ控えめ | 甘いものが苦手・男性 | 就寝前は要注意(微量カフェイン) |
| ストロベリー | 果実系・甘酸っぱい | 女性・若年層 | 人工甘味料の風味が気になる場合あり |
| 黒糖 | 和風・まろやか | 高齢者・和の味好み | 好みが分かれる |
患者さんから「まずい」「飲めない」というフィードバックが届くことは珍しくありません。その原因を正しく理解しておくことは、対策を立てる上で非常に重要です。
エンシュア・リキッドの風味に対する不満の主な原因は3つに分類されます。第一に「栄養素由来の臭い」です。アミノ酸・タンパク質・脂質が高濃度で含まれているため、開封直後に独特の風味が生じます。これは製品の品質問題ではなく、成分上の特性です。
第二に「甘さの過剰感」があります。1缶(250mL)に含まれる糖質は約34gで、これはスポーツドリンク(500mL)とほぼ同量の甘みを250mLという少ない量の中に凝縮した状態です。甘さへの感受性が高い患者さんや、糖尿病治療中で甘いものを控えている患者さんには、特に強い甘さとして感じられます。
第三に「体調や治療の影響」があります。化学療法中・放射線治療中・術後の患者さんは味覚変容が生じやすく、甘みや塩味の感じ方が変化していることがあります。意外ですね。同じ製品でも、患者さんの体調によって感じる味は大きく異なります。
この3つが原因ということですね。それぞれの原因に応じた個別の対策が必要になります。「飲みにくい」という訴えを一括りに処理せず、どの原因によるものかを問診・観察で見極めることが、現場での解決につながります。
参考:味覚変容と栄養介入に関する日本栄養士会の指針については、以下のリンクで関連情報を確認できます。
公益社団法人 日本栄養士会 公式サイト(栄養ケア・栄養指導の実践情報)
現場で即日実践できる工夫の中で、最も効果的かつリスクが少ないのは「温度管理」です。冷やして提供することで風味の揮発が抑えられ、臭いが軽減されます。具体的には5〜10℃(冷蔵庫直出し程度)に冷却して提供すると、飲みやすさの評価が上がるという現場報告が複数あります。
逆に「温めて甘みを和らげよう」と考える医療従事者も多いですが、これは要注意です。50℃以上に加熱すると、たんぱく質が変性しビタミン類の一部が失活するリスクがあります。加熱する場合は40℃程度(ぬるま湯程度)を上限とし、電子レンジで加熱する際はラップを外し、缶のまま加熱しないことが必須です。
ゼリー化という方法もあります。市販の栄養剤ゲル化剤(例:ソフティアG、トロミアップパーフェクト等)を使用して半固形状に変えることで、嚥下機能が低下している患者さんや「液体が怖い」と感じる患者さんにも対応可能になります。ただし製品によってゲル化のしやすさが異なるため、事前にテストが必要です。これは必須です。
提供タイミングも重要です。空腹時・食前に提供すると「食事の代わり」として意識され拒否されやすいケースがあります。間食のタイミング(10時・15時など)に提供することで、心理的抵抗が下がるという報告もあります。
医療現場でのアレンジは「栄養素を損なわないこと」が大前提です。この点を常に念頭に置く必要があります。
バニラ味をベースにしたアレンジとしては、少量のシナモンパウダーを加える方法が知られています。シナモンは香りが強く、栄養剤特有の風味をマスキングする効果があります。量は1/4〜1/2ティースプーン程度(約0.5〜1g)が目安です。ただしシナモンアレルギーがある患者さんへの使用は禁忌ですので、事前確認を忘れずに。
コーヒー味については、少量の牛乳と合わせてカフェオレ風にするアレンジが患者さんから好評を得ることがあります。牛乳を加える場合は、栄養価が変わる(カロリー・タンパク質が増加する)ことを管理栄養士と連携して確認することが推奨されます。
ストロベリー味は、市販の無糖ヨーグルト(スプーン1杯程度)と混ぜることでまろやかさが増します。ただしヨーグルトとの混合は時間が経つと分離することがあるため、提供直前に混ぜることが条件です。
ここで注意したいのが「炭酸水との混合」です。一部のSNSや患者さんの口コミで「炭酸で割ると飲みやすい」という情報が広まっていますが、炭酸との混合は泡立ちが激しく誤嚥リスクを高める可能性があります。嚥下機能が低下している患者さんへの提供は特に避けるべきです。これが原則です。
参考:経腸栄養剤のアレンジ方法と注意点については、日本静脈経腸栄養学会のガイドラインが参考になります。
日本静脈経腸栄養学会(JSPEN)公式サイト(経腸栄養に関するガイドライン・教育資材)
飲み残しや拒否への対応は、栄養管理の質に直結します。単に「飲んでください」と繰り返すのでは解決しません。
まず飲み残しの量を正確に記録することが第一歩です。1缶250mLのうち何mL残したかを記録し、1週間単位での摂取率をモニタリングします。摂取率が60%を下回るようであれば、フレーバー変更や投与方法の見直しを検討するタイミングです。これが条件です。
フレーバーローテーションという手法も有効です。同じフレーバーを毎日提供し続けると、「フレーバー疲れ」と呼ばれる現象が起きやすくなります。週単位でフレーバーを変えることで、飲み残しが約40%減少したという施設報告もあります。これは使えそうです。
心理的な側面も見逃せません。「これは薬です」「飲まないと栄養が足りません」という説明の仕方は、患者さんにプレッシャーを与えすぎることがあります。「これはおやつの代わりです」「体力をつけるための飲み物です」というような、ポジティブな言い換えが拒否率の低下に寄与することがあります。
拒否が続く場合、エンシュア・リキッドから別製品(エンシュアH・ラコール・メイバランスなど)への切り替えも選択肢に入ります。各製品は風味・粘度・栄養組成が異なるため、管理栄養士と協議の上で変更を検討することが推奨されます。
参考:経腸栄養剤の種類と選択については、以下の情報が役立ちます。
厚生労働省:栄養に関する施策・情報ページ(栄養管理に関する公的ガイドラインの確認に有用)