「諸般の事情」という理由だけで、あなたが処方してきた最強ステロイドは今年3月末で保険請求できなくなっています。

2025年7月、グラクソ・スミスクライン(GSK)は医療関係者向けに「デルモベート軟膏0.05%・クリーム0.05%・スカルプローション0.05%」および「キンダベート軟膏0.05%」の販売中止を正式に案内しました。発売中止時期は2025年12月頃(在庫消尽次第)とされ、経過措置終了期日は2026年3月末日と明記されています。
理由としてGSKが記したのは「諸般の事情」のたった4文字です。具体的な説明はありませんでした。それがこれだけの波紋を呼んでいます。
なぜこのタイミングだったのか、背景を整理してみます。デルモベートは1970年代から国際的に使われてきた先発品であり、日本でも30年以上にわたって皮膚科の定番薬として処方されてきました。研修医の時代から使ってきたという皮膚科医も少なくないはずです。
その先発品が消えた最大の要因として医療現場が指摘しているのが、厚生労働省の後発品推進政策です。政府は後発品の使用割合を数量シェアで80%以上とする目標を掲げてきました。これに連動して先発品の薬価は段階的に引き下げられ、製造・供給コストとの逆ザヤが生じやすい構造になっています。デルモベート軟膏0.05%の薬価は1gあたり14.6円でした。一方でジェネリックの「クロベタゾールプロピオン酸エステル軟膏0.05%「ラクール」」は16.7円と先発品より高い設定になっており、市場における価格競争力の観点からも先発品を維持する意味が薄れていた状況があります。
つまり、採算が取れなくなった先発品メーカーが市場から撤退する——これが「諸般の事情」という言葉の背後にある構造です。日本医師会も同様の問題を指摘しており、後発品政策の副作用として先発品が次々と撤退するリスクを2023年時点で警告していました。
日本医師会:医療用医薬品不足の現状と問題点(先発品撤退リスクの指摘あり)
デルモベートの有効成分「クロベタゾールプロピオン酸エステル」は、ステロイド外用薬の強さを5段階に分けた分類でトップランクの「I群:ストロンゲスト」に位置します。ストロンゲストクラスの外用ステロイドは市販薬には存在せず、医師の処方がなければ入手できません。
ストロンゲストが必要な状況はどんな場面でしょうか?アトピー性皮膚炎の苔癬化した患部、難治性の尋常性乾癬、掌蹠膿疱症、結節性痒疹、円形脱毛症(重症例)、ケロイドなど、他のランクのステロイドでは太刀打ちできない皮膚疾患に限定して使われてきました。
こうした患者層にとってストロンゲストクラスの薬は「切り札」です。この切り札の先発品が消えたことは、皮膚科医にとって単なる処方箋の書き換え以上の問題を孕んでいます。後発品への切り替えが即座に臨床上の等価を意味しない可能性があるからです。
重要なのが基剤の問題です。有効成分が同一であっても、軟膏・クリームなどの外用剤では基剤・添加物の違いが皮膚透過性に直結します。ラットを用いた皮膚透過性の研究では、クロベタゾールプロピオン酸エステルの先発品は48時間以降に後発品と比べて有意に皮膚透過量が多かったという報告があります(第36回日本臨床皮膚科医会シンポジウム、2021年)。
これは医療従事者向けに直接意味がある数字です。有効成分が同じでも「薬が皮膚に届く量」が違う可能性があるということですね。
日本臨床皮膚科医会シンポジウム:ジェネリック外用剤の問題点と今後の展望(先発品・後発品の皮膚透過性差の研究報告あり)
GSKが案内した公式の代替品は以下のとおりです。剤型ごとに製造販売元が異なるため、現場での確認が必要です。
| 販売中止製品 | 代替品(後発品) | 製造販売元 |
|---|---|---|
| デルモベート軟膏0.05% | クロベタゾールプロピオン酸エステル軟膏0.05%「MYK」 クロベタゾールプロピオン酸エステル軟膏0.05%「イワキ」 |
株式会社MAE/岩城製薬 |
| デルモベートクリーム0.05% | クロベタゾールプロピオン酸エステルクリーム0.05%「MYK」 | 株式会社MAE |
| デルモベートスカルプローション0.05% | クロベタゾールプロピオン酸エステルローション0.05%「MYK」 クロベタゾールプロピオン酸エステルローション0.05%「イワキ」 |
株式会社MAE/岩城製薬 |
ここで注意すべき点があります。スカルプローションの代替品は「スカルプ」という名称を持たないローション剤ですが、適応は先発品と同様に「主として頭部の皮膚疾患」とされています。愛媛大学附属病院の安全使用ニュース(2025年12月)もこの点を明示しており、名称から用途が直接わからない点を注意喚起しています。
愛媛大学医学部附属病院:医薬品安全使用ニュース(代替品切り替えの注意点・ランク確認の手順が記載)
また、キンダベートとデルモベートの同時中止も現場の混乱を招きやすい状況を作っています。キンダベートの有効成分「クロベタゾン酪酸エステル」と、デルモベートの後発品名に含まれる「クロベタゾールプロピオン酸エステル」は名称が非常に似ています。愛媛大学附属病院ではキンダベートの院内採用を削除し、安全対策としてロコイド軟膏・アルメタ軟膏への切り替えを行ったと報告しています。名前の類似による取り違えリスクがゼロではありません。これは注意が必要です。
後発品への切り替えで皮膚科医が現実に直面してきた問題がデータとして存在します。日本皮膚科学会が2017年に皮膚科医1,090名を対象に実施したアンケートでは、外用剤の後発品変更後に患者からのクレームを経験したと回答した割合が、ステロイド剤で52%、保湿剤で56%に上りました。内服薬ではなく外用薬の切り替えで、半数以上の医師が患者クレームを経験しているわけです。意外ですね。
具体的にどのようなクレームが起きるのでしょうか?「使用感が変わった」「においが気になる」「効きが悪くなった気がする」「かゆみが増した」——これらは基剤の違いから説明できるものです。同じアンケートでは、後発品変更後の「効果の安定性」について悪化したと回答した割合が59%、「使用感」については46%の医師が悪くなったと感じていました。
さらに同学会は2013年と2015年の2回、外用剤を後発品促進施策の対象外とするよう厚生労働省に要望書を提出しています。これが「外用剤のジェネリックは内服薬と同様に評価できない」という皮膚科学会の公式見解です。
患者への説明という観点では、「同じ成分だから同じ薬です」という言い方は正確ではありません。「有効成分は同一ですが、基剤が異なるため、使用感や皮膚への浸透の仕方に若干の差が出る場合があります」と事前に伝えておくことが、処方変更時のトラブル予防として有効です。また、しばらく経過を見て効果の変化がないか確認するフォローアップの設定も検討に値します。
デルモベートの後発品への切り替えで、意外に見落とされやすいのが「処方箋の記載方法」の変化です。デルモベートが先発品として存在していた間は、銘柄名で処方することができました。しかし販売中止後、院外処方においては一般名処方が基本になります。一般名「クロベタゾールプロピオン酸エステル軟膏0.05%」と記載した場合、調剤薬局は複数ある後発品(MYK、イワキ等)の中から在庫のあるものを調剤することになります。これが患者に届く製品の統一性を損なう可能性があります。
同じ患者が毎回異なるメーカーの後発品を受け取る状況は、比較的安定した治療経過を観察したい医師にとって変数が増えることを意味します。特に長期経過観察が必要な慢性皮膚疾患では、この点が治療効果の評価を複雑にします。
対策としては、院内採用品を1製品に絞って統一するという方向が現実的です。愛媛大学附属病院のように、特定の後発品を院内採用品として明示し、院外処方でも「変更不可」として銘柄を固定するという方法も選択肢です。処方変更不可とする外用剤が「ある」と回答した皮膚科医は47%に上っており、約半数の医師がこうした対応を取っていた実態があります。
もう1点、見落とされがちなのが剤型に「スカルプ」の名称がなくなったことによる患者への説明です。頭皮に使っていた患者が薬局で「スカルプローション」という名前がない薬を受け取ったとき、「別の薬を渡された」と感じて使わなくなるケースが起こりえます。事前に「名前が変わりますが同じ目的の薬です」と一言添えるだけで、アドヒアランスの低下を防ぐことができます。これは使えそうです。
薬局との連携という観点では、かかりつけ薬局と事前に情報共有しておくことが処方変更時のスムーズな対応につながります。切り替え時に患者が不安に感じやすいポイントを薬局側に伝えておくと、薬剤師によるフォローが期待できます。GSKの問い合わせ窓口(TEL: 0120-561-007)でも代替品に関する照会が可能です。
先発品撤退は今後もデルモベートだけの話ではありません。後発品政策が続く限り、同様の構造的撤退は他のカテゴリでも起こりえます。医療従事者として、先発品ならではの特性が何であったかを把握しておく視点が今後ますます重要になってくるといえます。
グラクソ・スミスクライン(GSK)医療関係者向け情報:デルモベート販売中止・経過措置移行に関する公式案内