弾性解析だけで設計したプレス金型は、実は完成品の寸法がズレて当たり前です。

金属材料に力を加えると、まず「弾性変形」が起こります。これは力を取り除けば元の形に戻る状態で、ばねを軽く押したときのような挙動です。しかし力がある一定の値(降伏応力)を超えると、材料は「塑性変形」に移行し、荷重を取り除いても元の形には戻りません。弾塑性解析とは、この降伏後の挙動まで含めて計算する解析手法のことです。
弾性解析は応力とひずみが比例する線形の範囲だけを扱います。計算が速く、使用材料データも少なくて済む反面、降伏後の挙動は一切計算できません。つまり、「加工後にどれだけ変形が残るか」「スプリングバックはどのくらい発生するか」といった情報は、弾性解析だけでは得られないのです。
これが問題になる。金属加工の現場では、プレス・曲げ・鍛造・引抜きなど、材料が常に降伏応力を超える力を受けます。弾性解析のみで金型を設計しても、実際の成形結果と大きく乖離してしまいます。
| 比較項目 | 弾性解析 | 弾塑性解析 |
|---|---|---|
| 扱う変形域 | 弾性域のみ(降伏前) | 弾性域+塑性域(降伏後も) |
| 応力-ひずみ関係 | 線形(比例関係) | 非線形(降伏後は複雑な曲線) |
| スプリングバック予測 | ❌ 不可 | ✅ 可能 |
| 残留応力の計算 | ❌ 不可 | ✅ 可能 |
| 必要な材料データ | ヤング率・ポアソン比のみ | 降伏応力・硬化データも必要 |
| 計算コスト | 低い(速い) | 高い(時間がかかる) |
弾塑性解析が「必要」な場面は明確です。材料が降伏する加工すべてが対象となります。逆に、強度確認や剛性評価など、材料が弾性域に留まる設計検証であれば弾性解析で問題ありません。場面によって使い分けることが原則です。
参考リンク(弾性解析・弾塑性解析の違いと材料非線形の基礎を詳しく説明しています)。
弾塑性解析を正しく理解するには、3つの柱を押さえる必要があります。降伏関数・硬化則・塑性ひずみの発展則(流れ則)です。これらが組み合わさって、金属材料の変形挙動を数式で表現します。
① 降伏関数(降伏条件)
材料が「どの応力状態で降伏するか」を定義するものです。金属材料では「フォン・ミーゼス(von Mises)型」が最も広く使われています。多軸の応力状態をひとつの相当値(ミーゼス応力)に換算し、それが降伏応力を超えたときに塑性変形が始まると判定します。CAEソフトではデフォルト設定でミーゼス型が選ばれていることが多く、プレスや鍛造などの金属加工に適しています。もうひとつ有名なのが「トレスカ型」で、最大せん断応力が基準を超えた時点で降伏と判定します。
② ひずみ硬化則(硬化則)
降伏後、材料はさらに力を加えると再び応力が上昇します。これが加工硬化(ひずみ硬化)です。硬化則はその挙動を数式で記述します。主な種類は以下の3つです。
一般的な塑性加工なら等方硬化則が基本です。
③ 塑性ひずみの発展則(流れ則)
塑性変形が進むときに、どの方向にどれだけひずみが生じるかを決めるルールです。多くの場合「関連流れ則」と呼ばれる条件が使われ、降伏曲面に垂直な方向にひずみが発展すると仮定します。商用CAEソフトを使う場合、流れ則は内部で自動的に扱われるため、ユーザーが直接設定を意識する機会は少ないですが、理解しておくと解析結果の読み方が深まります。
参考リンク(弾塑性材料モデルの基礎として、降伏関数・硬化則・流れ則を体系的に解説しています)。
弾塑性材料モデルの基礎(第1回)|サイバネットシステム(Ansys学習)
弾塑性解析を実施するには、弾性解析よりも多くの材料データが必要です。データが不正確だと、どれだけ解析ソフトが優れていても結果は現実と乖離します。データ準備が肝心です。
必要な材料データは大きく5つあります。
特に注意が必要なのが「真応力と真ひずみ」の使い分けです。材料試験で測定される「公称応力」と「工学ひずみ」は、変形前の断面積や長さを基準にした値です。一方、解析に入力すべきなのは変形後の断面積を基準にした「真応力(コーシー応力)」と「真ひずみ(対数ひずみ)」の場合があります。使用するCAEソフトのマニュアルに合わせて変換することが必要です。変換を誤ると解析結果に数十パーセントの誤差が生じることもあります。これは見落としやすい点です。
また、明瞭な降伏点を示さないアルミや銅などの非鉄金属では、0.2%の永久ひずみが生じる応力を「耐力(0.2%耐力)」として降伏応力の代わりに用いることが一般的です。材料の種類によって基準が異なることを覚えておく必要があります。
参考リンク(真応力・真ひずみへの変換が必要な場合の考え方と降伏条件の設定方法が詳しく記載されています)。
弾塑性解析は「研究者のためのもの」ではありません。プレス・鍛造・曲げ加工を日常的に行う加工現場で直接役立つ技術です。代表的な活用場面を具体的に見ていきます。
場面1:スプリングバックの予測と金型補正
プレス成形や曲げ加工後、素材が弾性的に元の形状に戻ろうとする現象がスプリングバックです。高張力鋼板(ハイテン材)では強度が高い分だけスプリングバック量も大きく、980 MPa 級の超ハイテン材になると寸法の狂いは顕著になります。実際の加工現場では、スプリングバックを見越して金型形状を「意図的に過剰に曲げる」補正が必要です。その補正量を事前にシミュレーションするためには、弾塑性解析が欠かせません。
弾性解析ではスプリングバック量を計算できないため、スプリングバック補正は経験と勘だけに頼ることになります。これが試作回数の増加と金型修正コストに直結します。田部井製作所(栃木県足利市)の事例では、弾塑性解析を活用した成形シミュレーションを金型設計前に必ず行い、金型改修を3回以内に抑えることを目標としています。20年前は±0.5 mm 程度だった寸法精度の要求が、現在は±0.3 mm まで厳しくなっており、解析なしでは対応不可能な水準になっています。
場面2:割れ・しわの成形不良予測
板材プレス成形では、フランジ部の割れや成形品面上のしわが問題になります。弾塑性解析によってブランク各部の応力分布やひずみ分布を成形過程全体で追うことができるため、割れが発生しやすい箇所を事前に特定できます。KISTEC(神奈川県産業技術センター)の事例では、FEM弾塑性解析を用いてフランジ割れ部を推定し、金型形状を変更することで成形品の割れ防止に成功しています。この種の対策は試作実験だけでは発見が遅れがちです。
場面3:金型の応力解析と寿命予測
金型自体も使用中に応力を受け、繰り返し荷重で疲労破壊が起こります。弾塑性解析を使えば、金型各部の応力集中箇所を可視化できます。段付きシャフトの鍛造成形を例にとると、金型の角度を変えることで加工荷重が大きく変わります。KISTEC の実験では、段付き部の角度を1段目15度・2段目10度とした場合に最も加工荷重が低くなるという解析結果が得られ、実機試作でも確認されています。
つまり、弾塑性解析は製品品質の向上だけでなく、金型寿命の延長とコスト削減にも直接つながります。
参考リンク(板材プレス・鍛造・チューブ曲げ加工の弾塑性解析事例が具体的に紹介されています)。
FEM(有限要素法)による塑性加工のシミュレーション解析事例|KISTEC
弾塑性解析を実際に行うには、適切なCAEソフトウェアの選択が必要です。金属加工向けに広く使われているソフトを3つ挙げます。
| ソフト名 | 特徴 | 主な用途 |
|---|---|---|
| DEFORM | 鍛造・切削・転造など金属加工に特化。材料の流動・工具への負荷・熱処理変形などを高精度に解析できる | 冷間・熱間鍛造、切削加工 |
| Simufact Forming | 富士通が提供。弾塑性計算を採用し、スプリングバックや残留応力を精度よく計算。複数の型・工具を用いた複雑なモーションも扱える | プレス・板鍛造・溶接 |
| Abaqus | 汎用CAEソフトの中でも弾塑性解析の定番。学術・産業分野で広く使用されており、金属塑性モデルを豊富に搭載 | 多目的(板成形・疲労・接触など) |
AutoForm は自動車のプレス成形解析に特化しており、スプリングバック予測に強みを持ちます。田部井製作所のように自動車向けハイテン材を扱う金型メーカーでは事実上の標準ツールになっています。
ソフトの選択基準は「加工の種類」と「現場に必要な精度」で決まります。鍛造メインならDEFORM、プレス板金メインならAutoFormやSimufact Formingが合理的な選択です。汎用性を重視するならAbaqusが有力です。
ただし、どのソフトも正確な解析結果を得るためには「材料データの精度」が最も重要です。ソフトに入力する降伏応力や硬化データが実際の材料と一致していなければ、どれだけ優れたソフトを使っても計算結果は正しくなりません。解析精度の8割は材料データで決まると言っても過言ではないです。まず材料試験データを正しく取得することが第一歩です。
参考リンク(DEFORMの機能・対応加工プロセスとCAE活用事例が掲載されています)。
DEFORM|製造系CAEソフトウェア紹介|Applied BBT