薬価が下がっても、患者の月額実負担は14万円を超えたまま変わらないことがある。

ベージニオ錠150mg(一般名:アベマシクリブ、製造販売:日本イーライリリー)の薬価は、2018年11月の収載時に1錠8,460.10円で設定されました。その後、複数回の薬価改定を経て変動を続けており、2026年4月1日以降の現行薬価は1錠7,917.5円となっています。
これは前改定時(8,616.8円)から約699円、率にして約8.1%の引き下げです。意外ですね。理由は売上急増にあります。
収載時の市場規模予測を大幅に上回る販売実績が確認されたため、厚生労働省による「市場拡大再算定」が適用されました。市場拡大再算定とは、年間販売額が予測販売額の2倍超かつ一定額を超えた医薬品の薬価を引き下げるルールです。ベージニオは2021年に術後補助療法(adjuvant therapy)の適応が追加され、対象患者数が大幅に拡大したことが販売額急増の主な要因とされています。
なお、類似薬であるイブランス(パルボシクリブ)も「類似品」として同様に引き下げの対象となっている点は、処方選択の際に知っておく価値があります。
| 規格 | 2026年3月31日まで | 2026年4月1日以降 |
|---|---|---|
| ベージニオ錠 50mg | 3,049.70円 | 3,049.70円 |
| ベージニオ錠 100mg | 5,567.70円 | 5,567.70円 |
| ベージニオ錠 150mg | 8,616.80円 | 7,917.50円 |
※50mg・100mgは2026年度改定で変更なし。最新の薬価は厚生労働省の告示情報を必ず確認してください。
薬価の推移を時系列で整理すると、以下のように段階的に引き下げられてきた経緯が見えてきます。
後発品(ジェネリック)は2026年3月時点でまだ存在しないため、薬価引き下げによるコスト低減効果は先発品の再算定のみに依存している状況です。
参考:厚生労働省 令和8年度薬価改定について⑤(市場拡大再算定の概要)
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001596964.pdf
ベージニオ(アベマシクリブ)は、CDK4/6(サイクリン依存性キナーゼ4/6)を選択的に阻害することで乳がん細胞の増殖を抑制する経口分子標的薬です。適応は大きく2つに分かれます。
まず1つ目が「ホルモン受容体陽性(HR+)かつHER2陰性の手術不能または再発乳がん」です。内分泌療法剤(アロマターゼ阻害薬またはフルベストラント)との併用で使用し、病勢コントロールが続く限り投与を継続します。
2つ目が「ホルモン受容体陽性かつHER2陰性で再発高リスクの早期乳がんにおける術後薬物療法」です。こちらは投与期間が最長24か月(2年間)に限定されます。対象となる「再発高リスク」の定義は、腋窩リンパ節転移4個以上、または転移1〜3個かつ腫瘍径5cm以上・組織学的グレード3・Ki-67が20%以上のいずれかを満たすものとされています。
用法・用量は通常成人に対して1回150mgを1日2回、連日経口投与です。これがポイントです。
類薬のイブランス(パルボシクリブ)が「3週間連日投与→1週間休薬」の間欠投与であるのに対し、ベージニオは休薬期間なしの連日投与であるため、服薬管理の方法が根本的に異なります。患者への説明でも「飲み忘れなく毎日2回続けるお薬」と明確に伝えることが服薬アドヒアランス維持の基本です。
また減量規定として、100mg 1日2回→50mg 1日2回の2段階が設定されています。副作用の重症度(グレード分類)に応じた休薬・減量の判断基準を事前に把握しておくことが、現場での迅速な対応につながります。
参考:ベージニオ®錠 添付文書(PMDA 医薬品情報)
https://www.pmda.go.jp/RMP/www/530471/44b0ca0b-0206-43ae-a349-8af2b10d2b25/530471_4291054F1026_014RMP.pdf
薬価が7,917.5円に改定されたとはいえ、実際の患者負担額はどう変わるのでしょうか?
通常用法の1回150mg・1日2回・30日投与を例に計算してみます。
これは薬剤費のみの計算であり、実際にはこれに診察料・検査料・処置料などが加算されます。
高額療養費制度を適用すると、一般的な所得区分(年収370万〜770万円の「ウ」区分)では自己負担限度額が「80,100円 +(総医療費 − 267,000円)× 1%」となるため、月額薬剤費だけでもほぼ毎月限度額に達する計算になります。3か月を超えると多数回該当(44,400円)が適用されるため、継続投与の患者では制度の恩恵が大きくなります。
ここで医療従事者として重要な知識があります。高額療養費制度は「同一月・同一医療機関・同一調剤薬局」が原則です。月をまたいで処方箋が発行された場合、薬局での支払いが翌月分に計上されてしまい、その月の合算が上限に達しないケースが生じます。この「月またぎ問題」によって患者が想定外の出費を強いられるケースが臨床現場で報告されています。
処方日や調剤日の月のまたぎには注意が必要です。患者への事前説明と、必要に応じて限度額適用認定証の取得を勧めることが、医療従事者としての大切なサポートになります。マイナンバーカードを保険証として利用登録している患者であれば、事前申請なしに窓口での限度額適用が可能になっている点も最新の情報として案内しましょう。
参考:日本イーライリリー 患者向け高額療養費制度の解説ページ
https://jp.lilly.com/verzenio-info/payment
ベージニオで最も注意すべき副作用は下痢です。頻度が高い、それだけではありません。
臨床試験(MONARCH 2/3試験)での報告では、下痢の発現頻度は約78〜79%と非常に高く、服用開始後1週間前後に出現しやすいとされています。約10人中8人に起こると考えると、その頻度の高さが実感できます。重症度はGrade 1〜2が多いものの、脱水に至るGrade 3以上も一定頻度で報告されているため、服薬開始時から患者に対して「ロペラミドをいつでも使えるように手元に置いておくこと」「水分摂取をこまめに行うこと」を具体的に指導する体制を整えることが重要です。
その他の主な副作用として、好中球減少症(約39〜43%)、白血球減少、貧血、疲労、悪心、脱毛なども報告されています。血液毒性についてはイブランスと比較して軽度とされる一方、下痢はイブランスよりも明らかに多いという特徴があります。この違いが処方選択の一つの判断材料になります。
特に見逃してはならないのが間質性肺疾患(ILD)です。2019年5月に安全性速報(ブルーレター)が発出されており、販売開始から約半年間で14例の重篤なILD症例が報告され、うち3例が死亡に至ったという経緯があります。発熱・乾性咳嗽・息切れなど非特異的な症状から始まるため、早期発見が命に関わります。
ILDのリスク管理として、投与前に肺CT・胸部X線を確認しておくことが原則です。投与中も呼吸器症状に注意を払い、疑われる場合は速やかに投与中断と専門科への相談が必要です。重症化した場合はステロイド治療が必要になることもあります。
また、静脈血栓塞栓症(VTE)のリスクも添付文書に記載されています。特に長期臥床や術後などハイリスク状態の患者では注意が必要です。
参考:PMDA 安全性速報(ブルーレター)アベマシクリブによる間質性肺疾患
https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000529722.pdf
薬価改定は医療財政の観点から論じられることが多いですが、医療従事者の処方行動への影響という観点はあまり語られていません。これは使えそうな視点です。
今回の市場拡大再算定によるベージニオ150mgの8.1%引き下げは、薬剤費の総額ベースで見ると、1日2錠・30日投与の場合に月あたり約41,960円の減少に相当します。患者の3割負担では月あたり約12,600円の自己負担軽減です。
高額療養費制度を利用している患者にとっては、「どうせ上限まで負担するから薬価が変わっても自己負担は変わらない」というケースも少なくありません。この点が冒頭で触れた「薬価が下がっても患者負担は変わらない」という状況の実態です。
一方、高額療養費の上限に届かない所得区分の患者(例えば低所得者や高齢者で軽減措置対象の患者)には、薬価改定の恩恵がより直接的に届きます。医療従事者として、患者ごとの所得区分と制度利用状況を把握したうえで薬価情報を案内することが、細やかなケアにつながります。
また、ベージニオが術後補助療法として2年間の時限投与で承認されている点は、「薬価の総支払総額」に直結します。術後補助の場合、最長24か月間1回150mgを1日2回投与したときの薬剤費総額は以下の通りです。
この規模の薬剤費が「予測を大幅に超えて処方された」ことが市場拡大再算定の背景です。monarchE試験で術後補助療法の有効性が証明されたことで、適応患者数が一気に広がった形です。
薬価制度の観点では、「有効性が証明されて患者が増えた薬剤ほど値下げされる」という市場拡大再算定の構造的な課題も指摘されています。イノベーションの適正評価と医療財政の持続可能性の両立は、現在も中医協での議論が続いている重要なテーマです。医薬品情報(DI)担当者や薬剤師として、こうした薬価制度の背景を理解しておくことが患者や他職種への情報提供の厚みにつながります。
参考:令和8年度薬価改定 市場拡大再算定品目について(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001633478.pdf