アスベリン錠(チペピジンヒベンズ酸塩)を「比較的安全な咳止め」と判断して気管支喘息の患者にも処方すると、咳が悪化して入院リスクが跳ね上がります。
アスベリン錠(一般名:チペピジンヒベンズ酸塩)は1959年の発売以来、長年にわたり処方されてきた非麻薬性中枢性鎮咳薬です。添付文書上の副作用は「比較的少ない」と記されていますが、医療従事者として患者に説明する際は具体的な数字を把握しておくことが重要です。
国内53医療機関・2,006例を対象とした調査では、副作用発現率は4.3%(86例)と報告されています。4.3%というと100人に約4人ですが、外来で毎週アスベリンを処方していれば、月に数件は副作用関連の問い合わせが来てもおかしくない水準といえます。これは覚えておくべき数字です。
添付文書(添付文書改訂2025年4月版・ニプロ)に記載された副作用の分類は以下の通りです。
| 分類 | 0.1〜5%未満 | 頻度不明 |
|---|---|---|
| 精神神経系 | 眠気、不眠、眩暈 | 興奮 |
| 消化器 | 食欲不振(1.1%)、便秘(0.5%)、口渇、胃部不快感・膨満感、軟便・下痢、悪心 | 腹痛 |
| 過敏症 | そう痒感、発疹 | — |
| 重大な副作用 | アナフィラキシー(頻度不明):咳嗽、嘔吐、発疹、呼吸困難など | |
重大な副作用として記載されているアナフィラキシーは「頻度不明」ですが、小児症例の報告(Imai Y, et al. Pediatr Int. 2011)も存在します。軽視はできません。
食欲不振の発現率が1.1%というのは、錠剤だけでなくシロップ・散剤で投与される小児には特に注意が必要な副作用です。食欲が落ちること自体が、保護者から「薬を飲ませてから元気がなくなった」という訴えに直結しやすいからです。眠気についても処方時に一言添えることが、患者・家族の安心につながります。
参考:PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)アスベリン添付文書情報
https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/rdSearch/02/2249003F2027?user=1
アスベリン(チペピジン)を服用すると、尿が赤〜赤紫色になることが知られています。これは副作用ではなく、薬の代謝産物が尿中に排泄される際に着色するためで、健康上の問題はありません。
しかしこれは医療従事者には常識でも、患者や保護者には「血尿では?」と誤認されやすい現象です。特に小児に処方したとき、おむつの尿が赤っぽく見えた保護者から急な問い合わせが来ることがあります。これは処方前の一声で防げます。
「この薬を飲み始めると、おしっこが赤くなることがありますが、薬の成分の色なので心配ありません」という説明を処方時に添えておくだけで、不要なトラブルを未然に回避できます。
もう一点、臨床上重要なのが尿検査との関係です。チペピジン服用中に尿検査を行う場合、尿の色調変化が視覚的に確認されますが、尿検査の検査値には影響しません。検査を控えている患者から申告があった際は「検査値は問題ない」と明確に伝えておきましょう。ただし同時に市販のビタミンCを含む総合感冒薬を服用していると、ビタミンCが検査値に影響する場合があるため、そちらの確認も忘れずに行うことが大切です。
1974年の動物実験(Kowa Y, et al. Asian med J. 1974)では、ラットやマウスに大量のチペピジンを投与した際に赤紫色の尿が観察されており、それが臨床でも再現されている形です。尿の着色は「薬が体内でちゃんと代謝・排泄されている証拠」とも言えます。
尿が赤くなる現象は問題ありません。ただし、事前説明なしでは患者不安の原因になります。
アスベリン錠は幅広い年齢層に使われる薬ですが、特定の患者群では副作用リスクが通常よりも高くなります。医療従事者として、処方前に必ず確認しておくべきカテゴリーを整理しておきましょう。
高齢者への投与については、加齢に伴う肝機能・腎機能の低下が薬物動態に影響します。チペピジンの代謝・排泄が遅れることで、血中濃度が想定以上に高くなりやすいため、眠気やふらつき(眩暈)の副作用が若年者よりも出やすい傾向があります。高齢者は転倒リスクも高いため、眩暈・眠気が現れた場合はすぐに担当医へ報告するよう説明しておきましょう。
妊婦・妊娠している可能性がある女性への投与は、「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合に限る」が原則です。胎盤への移行性・母体と胎児への影響を検証した臨床データが十分ではないため、妊娠初期〜後期を問わず慎重な対応が求められます。高齢者が対象です。
授乳婦については、チペピジンの母乳への移行に関する明確な情報が現時点では不足しています。添付文書上は「治療上の有益性および母乳栄養の有益性を考慮して使用する」とされており、医師の判断によっては一時的な授乳中断が指示されるケースもあります。授乳中の患者が自己判断でアスベリン含有の市販薬を購入するケースも想定されるため、薬剤師によるトリアージも重要です。
つまり、「比較的副作用が少ない薬」であることと「安全に使えるすべての患者に適する」は別の話です。
参考:愛知県薬剤師会「妊娠・授乳と薬」
妊娠・授乳中のアスベリン使用についての薬剤師向け参考資料
ここは特に重要な項目です。アスベリン錠は「非麻薬性で比較的安全な咳止め」として広く認識されているため、気管支喘息の患者が咳き込んでいると、安易に処方・服用してしまうケースがあります。しかしこれは大きな誤りです。
小児気管支喘息ガイドラインは、発作時に中枢性鎮咳薬(アスベリン・メジコン等)の使用を控えるよう明記しています。なぜ禁忌に近い判断が下されるのか、メカニズムを整理します。
気管支喘息の発作時、気道ではふたつのことが同時に起きています。①気管支平滑筋が収縮して気道が狭くなる、②気道内に痰などの分泌物が充満する、という状態です。このとき咳は、痰を気道から排出するための生体防御反応として機能しています。
ここでアスベリンのような中枢性鎮咳薬を投与すると、延髄の咳中枢が抑制され、咳が止まります。一見良さそうに見えますが、痰の排出が止まるため、分泌物が気道に蓄積し続けます。気道は狭い上にさらに詰まっていく状態になり、呼吸困難が悪化します。これが「咳止めで喘息が悪化する」メカニズムです。
現場での経験として、喘息発作に対して咳止めを処方されていた患者に気管支拡張薬へ変更しただけで、「咳が楽になった」と報告される例があります。咳止めをやめることが治療になる、という逆説的な現象が喘息発作では起きています。
咳の原因を見極めることが先決です。夜間に悪化する咳、運動後に出る咳、アレルギー歴のある咳は喘息の可能性があります。安易なアスベリン処方の前に聴診と病歴確認を徹底することが、患者の安全を守ることに直結します。
参考:えびしまこどもとアレルギーのクリニック「気管支喘息の発作には咳止めは使わない」
小児気管支喘息ガイドラインにおける中枢性鎮咳薬の位置づけについての詳細解説
アスベリン(チペピジン)の有効性と安全性については、医療従事者のあいだでも「比較的安全で効果がある」という認識が広く共有されています。しかし最新の研究データを見ると、そのイメージを揺るがす内容が出てきています。
2019年に国内の研究者・西村龍夫らが「外来小児科(22巻124-132頁)」に発表したランダム化比較試験(RCT)では、チペピジン+カルボシステイン群とカルボシステイン単独群を比較した結果、カルボシステイン単独群の方が咳の改善が良好という結果が報告されました。チペピジンを加えた方が咳が改善しにくかったというデータです。これは意外ですね。
この研究が示唆しているのは、アスベリンを「確実に効く薬」として処方していた場合、実際には去痰薬だけの方が回復が早い可能性があるということです。少なくとも「使っても害がない」「弱いが効く」という従来の臨床的認識を、エビデンスベースで問い直す必要があります。
1974年に発表されたチペピジンの有効性を示した研究(Suzuki M, et al. Japanese Arch Intern Med. 1974)は、プラセボとの比較を行わず「投与前後で咳が減った」という観察のみに基づいています。これはいわゆる"さんた論法"(使った→治った→効いた)であり、自然経過による回復を排除できていません。現在の薬物評価基準では、プラセボ対照のRCTなしに有効性を主張することは認められないため、このデータは単独では根拠として不十分です。
動物実験(Kowa Y, et al. Asian med J. 1974)では、マウスへの過量投与によって食欲低下・尿の赤紫色化・肝臓や腎臓の肥大・脾臓の縮小が確認されています。これらはマウスの10倍以上の量での副作用ですが、実際の小児臨床でも食欲低下や尿の色調変化が「まれに」報告されている点は無視できません。量が違っても「傾向は共通している」という視点は医療現場で共有されるべきです。
これらを踏まえると、アスベリン錠は「重大な害が多い薬」ではありませんが、「確実な有効性が証明されている薬」でもないという現状理解が正確です。処方する際は患者の病態を精査したうえで、咳の原因を除去するアプローチと組み合わせることが原則です。
参考:ユアクリニックお茶の水「小児の咳止めに科学的根拠なし?その3」
チペピジンのエビデンスと小児への咳止め処方について詳しく解説した医師によるブログ記事
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