先発品「DSP」を後発品に変更すると、かえって薬価が上がる場合があります。

アロチノロール塩酸塩錠の先発品は、住友ファーマ株式会社(旧:大日本住友製薬)が製造販売する「アロチノロール塩酸塩錠5mg「DSP」」および「同10mg「DSP」」です。かつては「アルマール錠5・10」という商品名で長年販売されてきましたが、2012年6月に販売名が変更されました。
変更の直接的な理由は、別メーカー(当時サノフィ・アベンティス)が販売する糖尿病治療薬「アマリール錠」との名称類似による取り違えリスクです。「アルマール」と「アマリール」は語感が非常に近く、実際にヒヤリ・ハット事例も複数報告されていました。患者安全の観点から抜本的な対策が必要と判断され、2012年1月に製造販売承認を取得、同年6月22日の薬価収載を経て、同年7月中旬より新名称での出荷が開始されました。
販売名の変更に伴い、アルマール錠は2013年3月末をもって経過措置期間が満了し、薬価基準からも削除されています。現在、先発品として流通しているのは「DSP」ブランドのみです。
薬効分類は「高血圧症・狭心症・不整脈治療剤/本態性振戦治療剤」(薬効分類番号:2123)で、αβ受容体遮断薬に分類されます。先発品の薬価は2025年4月改定時点で、5mg錠が1錠8.80円(令和7年度改定後)、10mg錠が13.20円となっています。
住友ファーマ公式:アルマール錠からアロチノロール塩酸塩錠「DSP」への販売名変更について
参考:アルマール錠からDSPへの販売名変更の詳細経緯と包装変更内容は上記リンクで確認できます。
アロチノロール塩酸塩錠「DSP」の承認効能・効果は、①本態性高血圧症(軽症〜中等症)、②狭心症、③頻脈性不整脈、④本態性振戦の4つです。
このうち①〜③と④とでは用法用量が異なります。高血圧・狭心症・頻脈性不整脈に対しては、通常成人に1日20mg(10mgを1日2回)から開始し、効果不十分な場合は最大1日30mgまで増量可能です。一方、本態性振戦に対しては1日10mg(5mgを1日2回)から開始し、効果不十分な場合は1日20mgを維持量とします。こちらも最大1日30mgが上限です。
注目すべき点として、日本で本態性振戦の治療薬として保険適用を持つ薬剤はアロチノロール塩酸塩のみです。欧米では同じβ遮断薬であるプロプラノロール(商品名:インデラル)が本態性振戦の第一選択薬として確立されていますが、日本国内では本態性振戦に対する承認が得られていません。これが原因で、神経内科の現場では「本態性振戦=まずアロチノロール」という処方文化が定着してきました。
薬理機序としては、α1受容体遮断とβ受容体遮断の両方の作用を持つ点が特徴的です。β受容体遮断により心拍数・心収縮力を抑制して血圧を下げ、α1受容体遮断により末梢血管抵抗を低下させます。骨格筋のβ2遮断作用が本態性振戦の抑制に関与していると考えられており、手や腕の振戦を約50〜70%の患者で改善するとの報告があります。
つまり1種類の薬で、高血圧・不整脈・本態性振戦という複数の病態をカバーできるということですね。後発品も原則として効能・効果・用法用量は先発品と同じとされていますが、処方の際は添付文書で個別に確認するのが原則です。
今日の臨床サポート:アロチノロール塩酸塩錠「DSP」の効能・効果・用法用量詳細
参考:承認効能・効果の詳細と用法用量の最新情報は上記リンクで確認できます。
2025年4月の薬価改定(令和7年度改定)において、アロチノロール塩酸塩錠をめぐり薬価上の異変が生じています。これは現場の薬剤師が必ず押さえておくべきポイントです。
具体的には、後発品として流通していた「アロチノロール塩酸塩錠5mg「サワイ」」(沢井製薬)が、改定対象外で薬価が維持(8.90円)された一方、先発品「DSP」5mgが改定により8.80円→8.10円に引き下げられた結果、後発品「サワイ」の薬価が先発品「DSP」を上回る「逆転」が発生しました。
この状態になった製品は厚生労働省の分類で「★」(後発医薬品のうち先発医薬品と同額または薬価が高いもの)に該当します。★に分類された後発品は、後発医薬品調剤体制加算の算定対象から除外されます。つまり「サワイ」への変更調剤は依然として可能ですが、後発品加算のカウント上は不利に働く状態です。
現場で注意が必要なのは、後発品変更のたびに薬価・分類を最新状態で確認する必要があるという点です。昨年まで加算対象だったものが改定後に対象外になる、あるいはその逆もあり得ます。施設の後発品使用率に直接影響するため、担当薬剤師が定期的に最新の薬価基準収載リストを確認する運用を整えておくことが重要です。
この情報が条件です。薬価改定のたびに後発品の分類が変わる仕組みを理解しておけば、突然の変更にも慌てずに対応できます。
薬剤師.love:令和7年度薬価改定で算定から除外された後発品一覧と理由
参考:アロチノロール5mg「サワイ」を含む★品目の詳細と、後発品調剤体制加算への影響が詳述されています。
2025年3月、住友ファーマは「アロチノロール塩酸塩錠5mg・10mg「DSP」」においてニトロソアミン化合物「N-ニトロソアロチノロール」が検出されたことを公表しました。ニトロソアミン類は一般的に発がん性を有する可能性が指摘されている化合物群で、近年医薬品への混入が国際的な問題となっています。
今回の問題は、製造工程で使用していた添加剤「ベントナイト」に由来する不純物として生成されたとされています。検出量は、欧州当局のガイドラインに基づき算出された1日許容摂取量(1,500ng/日)の最大4.2倍に相当するロットが確認されました。数字だけ見ると深刻に思えます。
しかし、厚生労働省および薬事審議会安全対策調査会(2025年3月25日開催)の見解では、「現状確認されているN-ニトロソアロチノロールの摂取レベルでは、患者の生涯発がんリスクを著しく高める可能性はほとんどない」と判断されています。その理由として、許容摂取量自体が「一生涯(70年間)最大量を毎日服用する」という最大リスクシナリオに基づき設定された値であり、実際の患者の服用状況はこれを大きく下回ることが多いためです。
重要な点として、厚労省は「患者が医療専門家に相談せず急に服用を中止することは危険」と明示しています。アロチノロールはβ遮断薬であり、特に狭心症の患者で突然の中止が症状悪化や心筋梗塞を招くリスクが知られています。「発がん性物質が含まれていた」という情報だけで患者が自己判断で服薬を中断しないよう、現場での適切な説明が求められます。
住友ファーマは改善策として添加剤ベントナイトの供給元変更などを実施し、N-ニトロソアロチノロール含有量を許容限度値(50ppm)以下に低減した製品の生産を順次開始しました(5mg錠:2025年1月末出荷開始、10mg錠:2025年7月頃出荷予定)。供給は継続されます。
PMDA:住友ファーマによるニトロソアミン化合物検出お知らせ(PDF)
参考:N-ニトロソアロチノロール検出に関する住友ファーマからの医療関係者向け通知の全文です。
ニトロソアミン問題とは別に、アロチノロール製剤全体で供給縮小が進んでいます。2023年以降、複数の後発品メーカーが販売中止を相次いで表明しました。東和薬品は2024年7月に「需要状況および原材料価格の高騰」を理由として「アロチノロール塩酸塩錠5mg・10mg「トーワ」」の在庫消尽後の販売中止を正式通知し、在庫終了予定は5mg錠で2024年末、10mg錠で2025年3月頃とされていました。先発品「DSP」も10mg・PTP1,000錠包装が2023年12月1日付で販売中止となっています。
この状況が本態性振戦の治療に直結する問題として浮上しています。日本で本態性振戦に対し保険適用を持つ薬剤がアロチノロールのみという現実があるからです。ガイドライン上の第一選択薬が市場から消えつつある異例の事態です。
代替薬として最も有力なのはプロプラノロール(インデラル)ですが、日本では本態性振戦への保険適用がありません。使用する場合は適応外処方となり、患者の同意取得とレセプト上の対応が必要になります。欧米ではエビデンスレベルAの薬剤ですが、日本の保険制度との乖離に注意が必要です。
抗てんかん薬のプリミドン(ミソリン)も本態性振戦に対して海外では第一選択の一つとされています。日本でも抗てんかん薬として市販されており、適応外での使用が検討されます。ただしめまいや嘔気などの初期副作用が出やすく、少量から漸増する投与設計が重要です。
重症例や薬物療法が奏効しない場合には、脳深部刺激療法(DBS)や集束超音波治療(MRgFUS)という外科的・物理的アプローチも選択肢になります。MRgFUSは頭蓋骨を開かずに体外から超音波を照射して視床の一部を凝固させる最新技術で、開頭手術と同等の振戦抑制効果が報告されています。患者への説明の場で触れておく価値がある情報です。
現時点では「保険適用下で処方できる本態性振戦の薬物治療薬が事実上なくなる」という前例のない状況に備え、神経内科・薬剤部・患者が連携して代替プランを早期に検討しておくことが重要です。これは準備が条件です。患者への説明と代替治療の方針を事前に整えておくだけで、現場の混乱を大幅に回避できます。
アロチノロール生産中止による本態性振戦治療への影響と代替薬の解説(詳細解説ブログ)
参考:アロチノロール消滅後の本態性振戦の治療パラダイム転換について、代替薬・外科的治療・保険対応まで網羅的にまとめた解説です。