吐き気を止める薬が原因で、患者のワルファリン効果が10日後に突然弱まることがあります。

アプレピタントカプセルは、選択的NK1受容体拮抗型制吐剤として、シスプラチン等の強い催吐性をもつ抗悪性腫瘍剤に伴う悪心・嘔吐(遅発期を含む)に使用される薬剤です。添付文書(2023年6月改訂)に記載された副作用は大きく「重大な副作用」と「その他の副作用」に分類されています。
| 分類 | 副作用名 | 発現頻度 |
|---|---|---|
| 重大な副作用 | 皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群) | 頻度不明 |
| 重大な副作用 | 穿孔性十二指腸潰瘍 | 頻度不明 |
| 重大な副作用 | ショック・アナフィラキシー | 頻度不明 |
| その他(5〜15%未満) | 便秘、食欲不振、しゃっくり、AST/ALT上昇、蛋白尿、BUN上昇 | 5〜15%未満 |
| その他(5%未満) | 頭痛、眠気、不眠症、めまい、下痢、悪心、不整脈、動悸、発疹 | 5%未満 |
| その他(頻度不明) | 失見当識、多幸症、認知障害、徐脈、排尿困難、血尿、カンジダ症 | 頻度不明 |
「頻度不明」という記載は、市販後調査で頻度が確定していないことを意味します。発現が稀であっても重篤化しうるため、投与後の観察は徹底が必要です。
5〜15%未満に「しゃっくり」が含まれている点は、後の項目で詳しく取り上げます。消化器系の副作用として便秘・食欲不振が同頻度帯で挙がっており、がん化学療法中のQOLに影響しやすい副作用です。
参考リンク(添付文書の副作用全項目・相互作用の詳細が確認できます)。
医療用医薬品:アプレピタント(KEGG Medicus)
悪心・嘔吐を抑えるために使う薬で、なぜ「しゃっくり」が起きるのか、と疑問に思う方も多いでしょう。これは直感に反する現象です。
しゃっくり(吃逆)は、添付文書では呼吸器系の副作用として5〜15%未満の頻度で記載されています。つまり、10人に1〜2人の患者に出現しうる、決して無視できない副作用といえます。
NK1受容体(ニューロキニン1受容体)は、中枢の嘔吐中枢だけでなく、横隔膜の神経制御にも関与しています。アプレピタントがこの受容体をブロックすることで、横隔膜の収縮抑制機構に影響を及ぼし、逆にしゃっくりを誘発する可能性があると考えられています。
臨床試験においても、主な副作用としてしゃっくりが10.0%(150例中15例)に認められたと報告されています(JAPIC添付文書)。これは制吐薬の副作用としては逆説的に見えますが、実際には既知の事象として記録されています。
患者から「吐き気は止まったのに、しゃっくりが続く」と訴えがあった場合に、アプレピタントカプセルの副作用として速やかに対応できるよう、前もって説明しておくことが重要です。説明なしに突然しゃっくりが出れば、患者は新たな病態を疑って不安になります。
投与前の服薬指導で「まれにしゃっくりが出ることがあります」と一言添えておくだけで、患者の不安を大きく軽減できます。これは使えそうです。
重篤化することは少ないですが、持続するしゃっくりは睡眠障害や体力消耗の原因にもなるため、症状が強い場合は担当医への報告を促す必要があります。
参考リンク(制吐療法とアプレピタント使用時のNK1受容体拮抗薬の管理ポイントが整理されています)。
悪心・嘔吐|副作用対策講座(消化器癌治療の広場 GI cancer-net)
アプレピタントカプセルの副作用管理で最も注意が必要なのが、薬物相互作用です。本剤はCYP3A4の基質であると同時に、CYP3A4を軽度から中程度に阻害(用量依存的)・誘導し、CYP2C9の誘導作用も持つという、二重の酵素作用を有します。
まず、CYP3A4阻害作用によって影響を受ける代表的な薬剤は以下のとおりです。
次に、CYP2C9誘導作用による影響が見落とされがちです。
CYP3A4阻害による「薬物濃度の上昇」と、CYP2C9誘導による「薬物濃度の低下」という真逆の方向の相互作用が同一薬剤から生じる点が、アプレピタントの独自の複雑さです。つまり相互作用は「増強」だけではありません。
デキサメタゾンとの相互作用は、高度催吐性リスクに対する3剤併用レジメン(NK1拮抗薬+5-HT3拮抗薬+デキサメタゾン)の標準的な組み合わせで発生します。アプレピタント併用時はデキサメタゾンの初日投与量を16mgから12mgへ減量するのが原則です。
参考リンク(がん診療ガイドラインにおける制吐療法でのNK1受容体拮抗薬使用時のデキサメタゾン用量が記載されています)。
制吐療法ガイドライン(日本臨床腫瘍学会)
ワルファリン療法中の患者にアプレピタントを処方する場合、特定の時期に凝固モニタリングが必要です。この点は、添付文書の重要な基本的注意(8.2項)に明記されています。
アプレピタントのCYP2C9誘導作用により、ワルファリンの代謝が促進されます。その結果、血中ワルファリン濃度が低下し、PT-INRが下がります。血栓塞栓症リスクが上がる方向への変化です。
添付文書では「本剤処方の開始から2週間、特に7日目から10日目には、患者の血液凝固状態に関して綿密なモニタリングを行うこと」と明記されています。
これはどういうことでしょうか?アプレピタントは投与開始直後はCYP3A4阻害の影響が先行しますが、その後CYP2C9誘導の影響が後から現れます。そのため、投与開始から7〜10日後あたりにPT-INRが下がってくることが多く、この時期を見逃しやすいのです。
臨床的なシナリオとして想定されるのは次のケースです。1コース目の化学療法でアプレピタントを3日間使用し、その後入院を終えて外来経過観察中に心房細動由来の血栓症が悪化する、というものです。外来で検査日程が7〜10日後の時期から外れてしまえば、変化を捉えられません。
PT-INRが治療域(70歳未満で2.0〜3.0、70歳以上で1.6〜2.6)を下回るリスクがある時期を意識したモニタリングスケジュールを組むことが求められます。モニタリングが条件です。
次コースの化学療法前にPT-INRを確認することはもちろんですが、各コース開始から7日目前後のPT-IN確認を外来スケジュールに組み込むことで対応できます。
参考リンク(ワルファリンと抗がん剤の相互作用事例の臨床報告が掲載されています)。
ワーファリンと抗がん剤併用13例における相互作用報告(新潟県厚生連)
アプレピタントカプセルを服用している患者の中に、経口避妊薬(OC・LEP)やホルモン避妊法を使用している女性が含まれる場合があります。この組み合わせには、添付文書(10.2項)が注意を促す重要な相互作用があります。
アプレピタントは、エチニルエストラジオール等のホルモン避妊薬の代謝を亢進させる作用があります。その機序は完全には解明されていませんが、結果としてホルモン避妊薬の血中濃度が低下し、避妊効果が減弱するおそれがあります。
添付文書には「本剤の投与期間中及び最終投与から1ヵ月間は、代りの避妊法又は補助的避妊法を用いる必要がある」と記載されています。3日間の投与であっても、最終服用から1か月間は代替避妊法が必要です。
これは独自視点の注意点です。がん化学療法を受けている女性患者に経口避妊薬の使用者は少なくありません。特に生殖年齢の女性に対する婦人科がんや乳がん治療では、ホルモン治療と避妊の管理が重なることがあります。
医療従事者がこの情報をあらかじめ患者に伝えていなければ、避妊の失敗につながる可能性があります。痛いところですね。アプレピタント服用時には、担当薬剤師または看護師が「避妊方法の確認」をルーティンに組み込むことが、リスク回避につながります。
具体的な対応として、アプレピタント処方時にホルモン避妊法使用の確認を服薬指導チェックリストに加えることが実践的です。確認するアクション一つで防げるリスクです。
参考リンク(ホルモン避妊法への相互作用を含む薬物動態の全データが記載された添付文書PDFです)。
アプレピタントカプセル80mg「NK」医薬品インタビューフォーム(QLifePro)
アプレピタントカプセルの重大な副作用は3種類あり、いずれも「頻度不明」です。使用成績調査等で頻度が確定されていないということは、稀であっても起こりうると理解する必要があります。
重大な副作用が3つが原則です。
皮膚粘膜眼症候群は「口内炎」から始まることがあります。がん化学療法中の口腔粘膜炎とSJS(Stevens-Johnson症候群)の初期症状は重なる部分があるため、眼充血や皮膚の変化を同時に確認することが鑑別の助けになります。
穿孔性十二指腸潰瘍については、アプレピタントとNSAIDsの併用には特段の注意が必要です。抗がん剤レジメンに含まれるデキサメタゾンは消化管粘膜に影響を与える可能性があり、重なる場合はPPIの予防投与を検討する場面もあります。
ショック・アナフィラキシーは、初回投与直後の観察が特に重要です。経口剤であるため病院内投与と外来内服が混在しますが、初回投与後は一定時間の経過観察が臨床現場での安全管理につながります。
なお、本剤はホスアプレピタントメグルミン(注射剤のプロドラッグ)に対する過敏症の既往歴のある患者にも禁忌です。過去に点滴剤を使用した患者に経口剤を切り替える場合でも、過敏症の既往確認は必須です。
「重大な副作用が頻度不明だから稀だ」と判断するのは危険です。観察を怠らないことが原則です。
参考リンク(アプレピタント添付文書PDF全文:重大な副作用の詳細情報が掲載されています)。
アプレピタントカプセル添付文書(JAPIC)