スライドコアを1箇所追加するだけで、金型費が最大30%も跳ね上がります。

「アンダーカット形状」という言葉は、金属加工・樹脂加工の現場で日常的に使われますが、文脈によって指す内容が微妙に異なります。大きく分けると「成形金型の文脈」と「切削加工の文脈」の2つがあります。
成形金型におけるアンダーカット形状とは、成形品を金型から取り出す(離型する)際に、型の開閉方向だけでは取り出せない形状のことです。製品を上から見たときに「影ができる部分」と覚えておくと分かりやすいです。たとえば、ポリバケツの取っ手が引っかかる形状や、製品側面にある横穴、内側に向いたフック形状などが代表例です。金型は基本的に「上下に開いて製品を押し出す」構造です。その動きに対して引っかかる部分がある、それがアンダーカットです。
切削加工におけるアンダーカット形状は、刃物が届かない・アクセスできない形状を指します。切削工具は回転軸(主軸)に取り付けられており、壁の裏側やコの字型の内側に潜り込んで削ることはできません。「一方向から見て陰になる形状」というミスミの定義が現場感覚に近い表現です。
つまり原則はシンプルです。「型が開く方向・刃物が届く方向に対して、隠れてしまっている部分」がアンダーカットです。
実は、アンダーカットという言葉はもともと金型業界から来ていると言われています。型から成型品を外そうとしたときに「引っかかって抜けない形状」を意味する用語として生まれ、その後、切削加工の分野にも拡張して使われるようになりました。歴史的には金型が先です。この背景を知っておくと、両分野で同じ言葉が使われる理由が理解しやすくなります。
また、溶接分野にも「アンダーカット」という用語があります。こちらは全く異なる意味で、溶接ビードの止端部(溶接ビードと母材の境界)が溝状に掘られてしまう溶接欠陥のことです。アーク電流が過大、溶接速度が速すぎる、ウィービング幅が大きすぎるといった操作ミスが原因で発生します。金属加工全般に関わる方は文脈によって使い分けが必要です。
キーエンス:溶接品質を損なう表面欠陥(アンダーカット・オーバラップなど)の解説
「どんな形がアンダーカットになるのか」をイメージできるかどうかで、設計段階でのトラブル回避率が大きく変わります。具体的なパターンを押さえておきましょう。
金型加工における主なアンダーカット形状の例:
切削加工における主なアンダーカット形状の例:
段取り替えが必要な形状の場合、切削コストは単純に増えます。ワークをクランプし直す工数、加工精度の確認工数が追加されるためです。たとえば「向きを変えれば削れる」形状でも、1回の段取りが追加されると、加工時間・コストはそれだけで跳ね上がることがあります。これが「なるべくアンダーカットを避けるべき」と言われる理由のひとつです。
代表的なアンダーカット形状のチェック方法として現場でよく使われるのが「投影法」です。製品を型の抜き方向(または刃物の方向)から投影したときに、他の部分に隠れて見えない領域があれば、そこはアンダーカットです。3D CADソフトにはアンダーカット検出機能が付いているものもありますが、最終的には人の目と経験でのチェックも欠かせません。
injection-lab:プラスチック成形金型のアンダーカット基礎知識(具体的な確認方法を含む)
アンダーカット形状が存在すると、なぜここまでコストが上がるのか。そのメカニズムを理解しておくことは、設計・発注・見積もりの全場面で役立ちます。
コストが上がる理由は「部品点数の増加」と「構造の複雑化」の2点に集約されます。
アンダーカットのある成形品を金型から取り出すためには、スライドコアという可動部品が必要になります。スライドコアとは、型が開く前に横方向や斜め方向へ移動して「引っかかり部分を逃がす」ための機構です。これを動かすためにはアンギュラピン、ガイドレール、場合によっては油圧シリンダまで必要になります。単純な「コアと固定型」だけの構成が、スライドコア一式の追加で一気に複雑化します。
実際の数字で見ると、スライド機構が1箇所増えるごとに金型費が10〜30%増加するのが一般的です(injection-fuchu.com調べ)。スライドが2〜3箇所になると、型代全体が1.5倍〜2倍に跳ね上がることもあります。100万円の金型なら150〜200万円になるということです。
コスト増加の内訳はおおよそ以下のように整理できます。
特に見落としがちなのが「メンテナンスコスト」です。金型の初期費用(イニシャルコスト)だけに目が向きがちですが、スライド機構を持つ金型はランニングコストも高くなります。可動部は固定部より摩耗が速く、バリ発生→修正作業→部品交換というサイクルが発生します。量産ロットが多いほど、この差は累積で大きくなります。
切削加工においても、アンダーカット対処のためにコストが増加します。放電加工を組み合わせる場合、電極の製作費と放電加工費の2工程分のコストが上乗せされます。また、形状を分割して別々に切削後に溶接で接合する方法では、溶接後に熱ひずみが発生するため、精度確保のための追加工まで必要になることがあります。つまりアンダーカット1箇所の代償は、見積もり上の数字よりも大きくなるケースが多いということです。
MFG Hack:金型設計でアンダーカット形状をなくすコストカットテクニック解説
アンダーカット形状に対する対処法は一種類ではありません。形状の種類・精度要求・コスト条件・材質によって最適な方法が変わります。ここでは代表的な4つの方向性を整理します。
① スライドコア(横スライド・アンギュラスライド)
製品の外側にあるアンダーカットに対して使われる最もポピュラーな機構です。型が開く動きと連動して、アンギュラピンがスライドコアを横方向に動かし、アンダーカット部を逃がします。対応できる形状の幅が広いのが強みです。一方で、金型費が上がること、スライドの合わせ面からバリが出やすいことが弱点です。
② 傾斜コア(リフター)
製品の内側にあるアンダーカット(コアピン側)に対して使われます。型開き後の押し出し力を斜面に伝えることでアンダーカットを抜きます。横スライドが使えないケースで採用されることが多いです。
③ 無理抜き(強制離型)
材料の弾性を利用して、強制的に製品を抜き取る方法です。低コストで実現できるのが最大のメリットです。ただし、適用できるのは小さいアンダーカット部のみで、ポリプロピレン(PP)やポリエチレン(PE)のような弾性の高い材料に限られます。硬質樹脂では割れや白化が発生します。無理抜きはあくまでレアケースです。
④ 切削加工でのアンダーカット対処
切削加工の場合は、以下の選択肢から状況に応じて選びます。
設計変更が最優先の解決策です。機能上の要件を満たしながらアンダーカットを無くせるなら、それが最もコストを抑えられます。「この形状は本当に必要か?」という問いを設計段階で持つ習慣が、現場から信頼される設計者の第一条件と言えます。
また、3Dプリンターで試作した部品は抜き勾配もアンダーカット制約もなく造形できるため、試作段階では問題なく見えても、いざ金型で量産しようとしたときに初めて問題が発覚するケースがあります。試作段階から金型設計者と連携して「量産できる形状か」を確認しておくことが重要です。
ミスミ meviy:切削加工が難しいアンダーカット形状の種類と対処方法(放電・溶接・分割の具体例付き)
アンダーカット形状を「避けられないもの」と思っている設計者は少なくありません。しかし実際には、ほんの少しの発想の転換で回避できるケースが多く存在します。これは知っているだけで金型費に数十万円単位の差が生まれる情報です。
回避テクニック① 穴形状をU字スリットに変更する
筐体の側面にある丸穴(ケーブルを通す用途など)は典型的なアンダーカットです。この穴が「完全に閉じている必要がない」場合は、パーティングラインまで貫通するU字型の溝(スリット)に変更するだけで、スライドコアが不要になります。機能は同じで、金型費は削減できます。
回避テクニック② パーティングラインの位置を見直す
ある形状がアンダーカットになるかどうかは、金型の分割線(パーティングライン)をどこに置くかで決まります。外観や機能に支障がない範囲でパーティングラインを移動することで、アンダーカットそのものが消えることがあります。これは金型構造の深い理解が必要ですが、最もスマートな解決策のひとつです。
回避テクニック③ 製品を2分割して後工程で組み立てる
複雑な形状でどうしてもアンダーカットが生じる場合、製品をシンプルな2パーツに分割し、それぞれ別の金型で成形後に超音波溶着・ネジ留めで組み立てる方法が有効です。「金型が2つになるからコスト高」と感じるかもしれません。しかし複雑なスライド機構を持つ1型より、シンプルな2型のほうがトータルコストを抑えられることは多いです。
回避テクニック④ 弾性を活かした無理抜き設計
PPやPOMのような弾性素材を使う場合、爪(スナップフィット)の根元肉厚と形状を最適化することでスライドなしに離型できる「無理抜き設計」が可能です。電池蓋のロック爪などで広く使われているテクニックです。高いノウハウが必要ですが、スライド機構を完全に排除できる強力な手段です。
これらのテクニックは、製品設計の初期段階でしか実施できないものがほとんどです。設計が完全に固まってから「アンダーカットを回避したい」と言っても、大幅な設計変更を余儀なくされます。「金型で作れる形状かどうか」を常に意識しながら設計するDFM(Design for Manufacturability=製造容易性を考慮した設計)の考え方が、現代の金属・樹脂加工業界では欠かせません。
設計に迷ったときは、金型メーカーや切削加工業者に早めに相談することをおすすめします。最終図面が完成した後ではなく、ラフ設計の段階から製造現場の視点を取り入れることで、コストと品質の両立が実現しやすくなります。
さくさくEC:成形金型・切削加工におけるアンダーカットの対処法と設計変更アイデアの解説
アンダーカット形状の知識は、設計者だけが持っていればいいわけではありません。現場で加工を担う技術者・品質管理担当者・調達担当者にとっても、直接的な業務品質と納期・コストに関わる重要な知識です。
たとえば、調達担当者がアンダーカット形状の有無を理解していれば、見積もりの段階で「スライドコアが必要な形状かどうか」を確認できます。同じ外形サイズの部品でも、アンダーカットがあるかどうかで金型費が数十万円変わることを知っていれば、見積もりの精度が格段に上がります。
品質管理担当者の場合は、アンダーカットが多い金型はバリやひび割れなどの成形不良が発生しやすいことを知っておくと、工程設計や検査基準の設定に活かせます。スライド機構の合わせ面(パーティングライン付近)はバリが出やすい箇所として重点チェックポイントになります。
加工現場の技術者にとっては、設計図面上のアンダーカット部を見抜く能力が、加工見積もりの精度と段取りの効率に直結します。「この形状は段取り替えが必要か」「放電加工を組み合わせるべきか」という判断を早い段階でできれば、無駄な工数が削減できます。
設計者と加工者が連携する上で最も重要なタイミングは「設計の初期段階」です。3D CADデータが完成してから製造側に渡すのではなく、ラフな構想段階から「製造可能か」のレビューを入れる体制が理想です。早期の連携が、後工程での設計変更・金型修正・加工不良というコストの大きな手戻りを防ぎます。
また、アンダーカット形状の発生を事前に防ぐためにCADツールを活用する方法もあります。製品設計用CADソフトの中には「抜き方向解析」や「アンダーカット検出」機能が搭載されているものがあります。設計段階でこれらを活用することで、見落としを大幅に減らせます。
アンダーカット形状への理解は、設計・加工・調達・品質管理のすべての工程でコスト削減と品質向上につながります。これが基本です。「難しい形状だから仕方ない」ではなく、「アンダーカットを減らす・なくす工夫はないか」という視点を持つことが、結果として製造現場全体の競争力を高めることに直結します。
日経クロステック:3Dプリンタ試作品の抜き勾配・アンダーカット落とし穴と量産移行時の注意点