粉末ハイス鋼はステンレスなのに、使い続けるとポツポツと穴型の錆が出ます。
金属加工の現場で日々ドリルやエンドミルを扱うみなさんは、「ハイス(高速度工具鋼)」という素材を当然よく知っているでしょう。工具として使われるあのハイス鋼が、実は包丁の世界でもトップクラスの鋼材として活躍しています。ただし、切削工具用のハイス鋼をそのまま包丁に転用しているわけではありません。粉末ハイス包丁は、粉末冶金法という製法によってハイス鋼の弱点を克服した、まったく別次元の刃物鋼です。
もともとハイス鋼は金属組織の粒度が粗く、刃全体を研いで切れ味を保つ包丁には不向きとされていました。粒度が粗いと刃先を鋭利に仕上げにくく、「切れ味が悪い」という弱点が生じるからです。
粉末冶金法では、まず原料を溶かして霧吹き状の微粉末にし、型に入れて熱と圧力で焼き固めます。こうすることで金属組織の粒子が均一かつ超微細になり、刃先を極限まで鋭く仕上げることが可能になりました。つまり粉末ハイス包丁とは、工具用ハイス鋼の「耐摩耗性・高硬度」という長所を残しながら、「粒度の粗さ=切れ味の悪さ」という短所を製法の工夫で解消した鋼材です。これが原則です。
金属加工の現場では「ハイスはよく切れる工具材料」という認識が強いかもしれません。これは使えそうですね。ところが工具用ハイスと包丁用粉末ハイスでは、内部組織の均質性がまったく異なります。包丁用に最適化された粉末ハイス鋼は、切削工具としてのハイスより刃先の繊細さに特化して設計されている点がポイントです。
代表的な包丁用粉末ハイス鋼の銘柄には次のものがあります。
銘柄によって得意分野が異なると覚えておけばOKです。
参考:粉末ハイス工具の特性と金属加工への応用(再研磨技術専門サービス)
https://saikenma.com/service/service-2078/
粉末ハイス包丁の硬度は、HRC60〜66が目安です。一般的な家庭用ステンレス包丁がHRC56〜60程度、業務用洋包丁でもHRC59〜62程度であることを踏まえると、粉末ハイスの硬度がいかに高いかが分かります。
| 鋼材の種類 | 硬度(HRC目安) |
|---|---|
| 粉末ハイス鋼(SG2等) | 60〜66 |
| 業務用洋包丁(一般) | 59〜62 |
| VG10(一般ステンレス高級鋼) | 59〜62 |
| 一般的なステンレス包丁 | 56〜60 |
HRCの数値1ポイントの差は、体感でいうと「刃先の鋭さの持続時間」に直結します。硬度が高いほど炭化物も硬く、刃が丸くなりにくいため切れ味が長続きします。研ぎ上げた粉末ハイス包丁は、力を入れなくても食材をすっと両断できるほどの鋭さを実現できます。
ただし、硬いものは割れやすい、という物性の原則はここでも成立します。硬度が高い分だけ衝撃に対して繊細で、骨のある魚を叩いたり、冷凍食品を切ろうとしたりすると刃こぼれが起きやすくなります。厳しいところですね。実際、「高級な包丁ほど刃こぼれしやすい」という逆説的な事実があります。これは完全に鋼材の物性上の話であり、低品質とは無関係です。
粉末ハイス包丁を長く使うためには、まな板の素材選びも重要です。硬い竹製まな板や合成樹脂のなかでも硬いものは刃にダメージを与えます。ポリエチレン製や木製のやや柔らかめのまな板が条件です。
参考:包丁硬度と素材の選び方(株式会社マサヒロ)
https://masahiro-hamono.com/story/story11
粉末ハイス包丁を研ぐとき、「ステンレスだから普通の砥石で問題ない」と思い込んでいると、砥石が全く刃に乗らず時間を無駄にしてしまいます。これは研ぎ作業の大きなロスです。HRC60超の硬度は、標準的なセラミック系砥石では乗りにくく、研ぎムラや刃先の崩れにつながります。
基本的な研ぎの手順と砥石選びのポイントは以下の通りです。
研ぎの際の圧力も重要です。最初はやや強めに当てて「バリ(返り)」を出し、バリが片面全体に均一に出たら裏返して同じ作業を繰り返します。仕上げ段階では圧力を弱め、刃先を整えます。バリを出すことが基本です。
ヤフー知恵袋などでは「普通の砥石では硬すぎて研げない」という声もありますが、砥石の種類と番手を正しく選べば問題なく研げます。定期的な研ぎよりも、刃先が大きく崩れる前に「月1回程度の軽い中砥」を習慣化するのが切れ味を長く保つコツです。
参考:粉末ハイス鋼包丁の砥石選びと研ぎ方(藤次郎株式会社)
https://tojiro.net/reading/8761/
粉末ハイス包丁は価格が高いというイメージがあります。実際のところ、三徳包丁や牛刀の相場は1万円〜3万円台が中心で、高級品になると1本5万円を超えるものも存在します。一般的なVG10ステンレス包丁の価格帯(5,000〜1万5,000円程度)と比較すると、確かに割高に感じる方も多いでしょう。
ただし、この価格差には明確な理由があります。粉末冶金法という製法そのものが通常の溶解法より製造コストが高く、さらに焼き入れや刃付けの工程でも高度な職人技術が求められます。高価なのは当然です。
| 価格帯 | 主な特徴 |
|---|---|
| 1万円〜1万5,000円 | 粉末ハイス割込(芯材のみ粉末ハイス)・量産型 |
| 1万5,000〜3万円 | SG2/R2を使った本格品・職人製・ダマスカス仕上等 |
| 3万円以上 | 鍛冶職人による鍛造品・手仕上げ・限定銘柄 |
コストパフォーマンスを判断する際、切れ味の「持続性」に着目するのが重要です。一般的なステンレス包丁は1〜3か月でしっかりした研ぎが必要になる場合がありますが、粉末ハイス包丁は半年程度は切れ味が持続するという使用感が報告されています。長い目で見ると研ぎの回数が減り、業務用では作業効率の向上につながります。
一方で、包丁の性能は鋼材だけで決まらないという点も知っておく必要があります。鋼材の質はもちろん重要ですが、熱処理・鍛冶の技術・刃付けの精度が切れ味に大きく影響します。高価な粉末ハイス包丁でも、焼き入れが甘く刃先に厚みが残っているものは期待通りの性能が出ないこともあります。購入時は信頼できるメーカーや産地(燕三条・堺・越前など)を確認することが条件です。
参考:粉末ハイス鋼の鋼材別価格と特性(堺一文字光秀)
https://hocho.ichimonji.co.jp/how-to-choose/stainless/powdered-high-speed-steel/
「ステンレス製だから錆びない」という思い込みが、粉末ハイス包丁のケアで最も起きやすいミスです。粉末ハイス鋼はクロム(Cr)を充分に含むステンレス系鋼材ですが、硬度を高めるために炭素(C)の含有量も非常に高く設計されています。この炭素の多さが、他の一般的なステンレス包丁に比べて錆びが出やすい原因になります。
しかも錆び方に特徴があります。一般的な炭素鋼(白鋼・青鋼)の包丁のように「薄く茶色く」なるのとは異なり、粉末ハイス鋼の錆は「ポツポツと穴が空くような」形で現れます。これはいわゆる孔食(こうしょく)と呼ばれる局所的な腐食で、放置すると刃の内部まで進行する厄介な錆です。痛いですね。
日常の手入れとして実践すべきことは次の通りです。
意外と見落とされがちなのが「まな板から移る洗剤残り」です。特に塩素系漂白剤が残ったまな板で粉末ハイス包丁を使うと、局所的な腐食が起きやすくなります。これは要注意です。
定期的なメンテナンスとして、1〜2年に1度は専門店での研ぎ直しサービスを利用する方法もあります。自分では研ぎにくい粉末ハイスでも、専門の研ぎ師に依頼すると最適な角度と仕上がりで刃を復元してもらえます。費用は1本あたり1,000〜2,000円程度が目安で、包丁の寿命を大幅に延ばすことができます。
参考:粉末ハイス鋼の錆び方と手入れ方法(堺一文字光秀)
https://hocho.ichimonji.co.jp/how-to-choose/stainless/powdered-high-speed-steel/
十分な情報が集まりました。記事を生成します。