ナイタールだけ使い続けると、鋼種によっては組織が正しく見えないまま検査をパスしてしまうことがあります。
関連)https://unichemy.co.jp/unilab/unilab-1538/

研磨仕上げ後の金属断面は、表面が均一な鏡面になっています。この状態では光が均一反射するため、金属顕微鏡で覗いても粒界やフェライト・マルテンサイトといった組織の違いをほとんど識別できません。
関連)https://unichemy.co.jp/unilab/unilab-1538/
エッチング(腐食)を行うことで、粒界や各相が異なる速度で溶解し、表面に微細な凹凸が生まれます。この凹凸が光の反射差を生み出し、顕微鏡でコントラストとして見えるようになります。
関連)https://ms-laboratory.jp/pdf/grain/grain.htm
つまり、エッチングは「組織を見えるようにする」前処理そのものです。
特に炭素鋼であれば、3%硝酸アルコール(ナイタール)に試料を約15秒浸すだけで、フェライトや旧オーステナイト粒界が現れます。 時間が長すぎると全面が過度に腐食され、組織が判別不能になるため、浸漬時間の管理は非常に重要です。
関連)https://ms-laboratory.jp/pdf/grain/grain.htm
関連)https://ms-laboratory.jp/pdf/grain/grain.htm
関連)https://www.shodensha-inc.co.jp/solution/metallurgical-microscope-preprocessing/
エッチング液は金属の種類によって大きく変わります。代表的なものを以下にまとめました。
関連)http://www.trc-center.imr.tohoku.ac.jp/_userdata/mono49_2a.pdf
| エッチング液 | 対象素材 | 濃度・条件 | 現出できる組織 |
|---|---|---|---|
| ナイタール(硝酸アルコール) | 炭素鋼・低合金鋼 | 2〜5% HNO₃/エタノール | フェライト・パーライト・マルテンサイト・旧オーステナイト粒界 |
| ピクラール(ピクリン酸アルコール) | 鉄鋼全般 | 4g ピクリン酸/100ml エタノール | 旧オーステナイト粒界・セメンタイト境界 |
| しゅう酸水溶液(電解エッチング) | SUS304(オーステナイト系ステンレス) | 10% しゅう酸・電解6V | 粒界・デルタフェライト |
| 塩酸-ピクリン酸-アルコール溶液 | SUS420J2・SUS430 | 各種濃度調合 | マルテンサイト・フェライト粒界 |
| 王水(塩酸+硝酸混合) | ステンレス・耐熱鋼 | HCl:HNO₃=3:1 | 全般的な粒界腐食 |
| NaOH(水酸化ナトリウム)水溶液 | 二相ステンレス鋼 | 20% NaOH・電解 | デルタフェライト相の選択着色 |
| フッ化水素酸系(ケラー試薬など) | アルミ合金 | HF系混合液 | 晶出物・粒界・析出物 |
アルミ合金の場合、ナイタールは使えません。ケラー試薬(フッ化水素酸・塩酸・硝酸・水の混合液)を使うのが原則です。
関連)http://www.trc-center.imr.tohoku.ac.jp/_userdata/mono49_2a.pdf
これが条件です。
ステンレス鋼は種類が多く、同じ「ステンレス」でもエッチング液を間違えると組織がほとんど現れません。
関連)https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/345253.pdf
SUS304(オーステナイト系)には、しゅう酸水溶液の電解エッチングが多く使われます。 電解エッチングは外部回路から電流を試料に流して腐食させるため、化学エッチングよりも均一で再現性の高い腐食が得られます。
関連)https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/345253.pdf
意外ですね。
SUS420J2やSUS430(マルテンサイト系・フェライト系)には塩酸-ピクリン酸-アルコール溶液がよく使われますが、しゅう酸溶液でも組織を観察できることが研究で確認されています。 複数の腐食液を試す柔軟な姿勢も現場では重要です。
関連)https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/345253.pdf
二相ステンレス鋼(フェライト+オーステナイト混合)の場合、20%水酸化ナトリウム水溶液による電解エッチングが、フェライト相を均一に着色するうえで最も安定した結果を得られます。 Berahaが開発した着色エッチング液も、フェライト相を選択的に着色でき、相の分率測定に有効です。
新潟県工業技術総合研究所による各種腐食液でのステンレス鋼組織観察の研究報告(PDF)です。SUS304・SUS420J2・SUS430それぞれに有効な液種と条件が詳細に記載されています。
各種腐食液によるステンレス鋼の金属組織観察(新潟県工業技術総合研究所)
エッチング液の多くは強酸・強アルカリを含みます。現場での取り扱いを誤ると、健康被害だけでなく法的なリスクにもつながります。
関連)https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0102-0661JGHEJP.pdf
硝酸(ナイタールに使用)やフッ化水素酸(アルミ用ケラー試薬に使用)は、PRTR法(化学物質排出把握管理促進法)の特定第1種指定化学物質に指定されています。 年間1t以上の取り扱いがある場合は国への届出義務があり、届出漏れは罰則対象になります。
関連)https://labchem-wako.fujifilm.com/sds/W01W0102-0661JGHEJP.pdf
これは見落としがちなポイントです。
塩酸系のエッチング液では、塩化水素ガスが発生するリスクがあります。 密閉空間での作業は絶対に避け、局所排気装置のある場所での使用が原則です。 吸入した場合は粘膜・気道への強い刺激があり、重篤な場合は化学性肺炎を引き起こします。
関連)https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/7647-01-0.html
関連)https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14254422614
関連)https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14254422614
厚生労働省「職場のあんぜんサイト」では、塩化水素の危険有害性情報・保管・廃棄方法が詳細に掲載されています。エッチング作業環境の安全基準確認に活用できます。
塩化水素 安全データシート(厚生労働省 職場のあんぜんサイト)
通常の化学エッチングでは白黒のコントラストしか得られません。しかし、カラーエッチング液を使うと異なる相を色で区別でき、相の分率定量や微細組織の同定精度が大幅に向上します。
これは使えそうです。
代表的なカラーエッチング液がBeraha試薬(ベラハ試薬)です。 チオ硫酸ナトリウムをベースにした組成で、フェライト相・マルテンサイト相・残留オーステナイトなどを異なる色調に着色します。 通常のナイタールでは見分けにくい相が色分けで一目瞭然になります。
また、Lichtenegger試薬(リヒテネッガー試薬)もカラーエッチングに使われます。 こちらはオーステナイト系ステンレスの粒界や析出物の識別に特に有効とされています。
関連)https://www.struers.com/ja-JP/Knowledge/Etching
トヨタの材料解析部門では、既存のエッチング液では見えなかった粒界を可視化するため、酸の種類・濃度・混合比率を変えた独自のオリジナルエッチング液を開発した事例があります。 汎用液で結果が出ない場合、液の組成を一から見直すことが解決の近道になることもあります。
関連)https://toyotatimes.jp/series/masters/076.html
Struers社(金属組織試料作製機器の世界的権威)によるエッチング手法の体系的な解説です。カラーエッチングの選択フロー・各試薬の用途が日本語で確認できます。